雪山に聳え立つ荘厳な砦。その地下水道を往く三者三様の侵入者たち。
先頭を歩く盗賊の老爺は、青白い炎を揺らめかせる蝋燭を角灯に仕舞い込め、これを光源としている。
この蝋燭、所謂
「じいちゃんは不思議なもんをいっぱいもってるんだな」
オールラウンダーがそう言うと、
「うちには熟練の魔術師もいるからな。とは言っても、なんでもかんでも魔術で解決するわけにはいかねぇ。それじゃ盗みに芸がなくなるものな」
老爺は得意げに鼻をひくつかせながらそう言った。
蝋燭が炎を揺らす対象は、攫われた貴族令嬢と只人僧侶である。……彼女たちを『物』として扱うことには、どうかとは思うが。
しかし、蝋燭は彼女たちを『物』と判断したようで、木々の枝のように分かれる水道の中を、あっちこっちへと炎の向きを変え、老爺たちを目的地へと導いていく。
「物と判断されてるんだ。今頃は死体にでもなってるんじゃないのか?」
闇人が、さも愉快気に言うのへ、
「んなわけねぇさ」
仲間であるオールラウンダーは、激昂するでもなく、むしろ笑ってそう言ってみせた。
それが面白くなく黙りこくってしまう闇人に代わり、
「ほう。随分と信頼してるんだな」
老爺が興味深げに言う。
「ああ。ねえちゃんたちはだいじょうぶだ」
根拠のない、しかし信頼を感じる少年の言葉であった。
そんなオールラウンダーの背後を歩く令嬢剣士は、不思議でならなかった。
ゴブリンに攫われた娘が、それが冒険者であれ村娘であれ、どのような末路を辿るかについては、彼女は雪原の洞穴にて嫌というほど味わったことである。
(彼だって、それくらいは分かってるのに……)
洞穴内の惨状……殊に半森人の痛ましい姿を見ても取り乱さなかった辺り、この少年は相当な場数を踏んでいるのだろう。そう、令嬢剣士は捉えた。なればこそ、仲間である貴族令嬢たちの身を案じるのが道理というものではないのか。
しかし少年は、全くと言っていいほど落ち着き払っている。
(……分からない……)
冷酷というものではなく、しかし些か思いやりに欠けるような……。そんなことに思案を巡らせていると、
「ふふふ。お前さんも、その冒険を重ねていれば、そのうち分かってくるさ」
分かりやすく表情に出ていたのだろう。令嬢剣士の沈黙を心配した老爺が、彼女の心中を察して声をかけた。
令嬢は応えず、赤くなった顔を俯けた。
と、その時である。
角灯の中の蝋燭が、一段激しく燃えたのだ。
「む。そろそろ近いの」
足を止めた老爺が、右へ左へと炎を向ける。が、炎は激しく燃えるばかりで、対象がある位置へと向くことはない。
ならばと天井へ持ち上げてみると、まるで指さすように炎の先端が伸びたではないか。
「真上、か」
「天井ぶっとばすか?」
さも当たり前に言うオールラウンダーへ、
「馬鹿。丁度娘がいる場所だったらどうする。お前の馬鹿力で死んでしまうだろうが」
珍しく厳しい口調で老爺が窘める。
よっぽど堪えたのか。少年が肩をすくめる横で、身を屈めた老爺は、腰巻に巻きつけた雑嚢の中を探り始めた。
果たして彼が取り出したのは、一枚の巻物。
「それって……魔法の巻物ですか……?」
令嬢剣士が問うのへ、
「《
にやりと笑った老爺は、再び立ち上がり、またしても角灯を天井へと翳す。
炎が指し示す向きを確認し終えた彼は、徐に巻物の紐を解き、これを天へと投げた。
途端、巻物が綺麗な円を形作り、これがぴたりと天井へとはまる。直後、それが光を放ったかと思うと、次の瞬間には頑丈な造りの天井へ、ぽっかりと穴が開いていたのだ。
「よし。行け」
老爺に言われ、オールラウンダーはこくりと頷いて穴へと飛び上がる。
「お?」
果たして彼が穴の先で見たのは、短い廊下を挟み、左右に設けられたいくつもの牢獄。どうやら見張りはいないようだが……。
「GYAGYAO!!」
いや、いた。どうやら彼は、『お楽しみ』をするところだったらしい。ゴブリンにおける『職務怠慢』とは、常に他者が行う時にのみ適用される概念なのだ。
「よし。ぶっとばしてやる」
オールラウンダーは足音を殺し、化け物の鳴き声がする最奥の牢獄へと進む。
赤錆びた鉄格子が開き、果たして奴はいた。
襤褸切れを一枚纏っただけの只人僧侶へ、今にも圧し掛かりそうであった奴に、
「それっ」
飛びかかったオールラウンダーは、背にした如意棒を引き抜き、それを奴の首へとかける。
「……っ! ……っ!」
声を発せぬそ奴の背中へ、オールラウンダーは容赦なく膝を蹴り込んだ。
瞬転。小鬼は白目をむいて、どさりとその場に倒れ込む。
「おい。だいじょうぶか」
「ソ、ソンさん……!」
「さみぃだろ。これきてろ」
安堵の涙を流す僧侶へ、オールラウンダーは自身が来ていた狼の毛皮を着せてやる。
その時、老爺たちも鉤縄を使って牢獄へと昇って来た。
「こりゃひでぇ有様だ……」
顔を顰めた老爺は、まず入り口の箇所を確かめた。
上へと続く階段。足音を忍ばせてそれを上った老爺は、上階との境からひょっこりと顔をのぞかせた。
今しも見廻りをしているゴブリンが一匹、こちらへと背を向けて、奥へ奥へと消えて行くところであった。巡回直後のタイミングであったらしい。
老爺は再び牢獄へと引き返すと、オールラウンダーがしとめたゴブリンの骸を探った。
極寒たる地下牢獄だというのに、腰蓑一つであったそのゴブリンは、上等な拵えの鍵の束を持っていた。
「なるほど。役得だわな」
呟いた老爺は、ぴくりともしないゴブリンの死体へ蹴りを一つ入れ、
「これで牢屋を片っ端から開けてくれ。生きてる娘は手当てしてやろう」
そう言って、身を強張らせている令嬢剣士へと鍵の束を投げ渡した。
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