牢獄に囚われていた哀れな娘たちの中で、生き延びていたのは六名であった。
これを『たった六名』と受け取るか、『六名も』と受け取るかは、やはりこの広い世界に身を置いた年月や経験の差が物を言うだろう。令嬢剣士の場合は、前者であった。
彼女は、牢獄の中で事切れている娘たちの骸へと目をやり、何とも言えぬ気持になっていた。
骸は一糸まとわぬ姿となっており、壁に埋め込まれた鉄輪に腕を繋がれたまま、だらりと力なく項垂れている。
こうした状態はまだいい方で、中には半分ほど木乃伊化したものや、更に酷い物は白骨となり、隅の汚物溜めの中へと無造作に放り込まれているものもあった。
「地獄を引きずって生き続けるより、まだましかもしれんよ」
立ち尽くす令嬢剣士へ、傍にいた老爺が声をかけた。
彼は、腰に巻きつけた雑嚢から小瓶を取り出し、これの蓋を開けて、何やらそこから漂う匂いを生き残りの娘の一人へと嗅がせているところであった。
それまでぐったりと力抜けていた娘が、ゆっくりと目を開ける。
「よしよし。もう大丈夫だ」
久方ぶりの只人を見たからか。それとも老爺の笑みがよほど人のよさそうなものだったからか。娘は安堵の涙を浮かべ、なにやらぱくぱくと口を開けて喋ろうとする。
「無理をして喋ろうとするな。寝てればよいわさ」
老爺に言われ、娘はこくりと頷き、そしてまた瞳を閉じた。直後、安らかな寝息が聞こえ始める。
こうして四名の娘の介抱を終えた老爺は、
「そっちはどうだ?」
牢獄の最奥にいたオールラウンダーへと声をかけた。
少年の傍には、襤褸切れ一枚を纏ったのみの只人僧侶と、同じく貴族令嬢の姿があった。
貴族令嬢の方は傷一つない元気な姿なのだが、僧侶の方は火傷の後が痛々しく残っている。恐らく、圃人野伏が言っていた、寒村での奇妙なゴブリンとの戦闘で負った傷なのだろう。
「だ、大丈夫です……」
僧侶は気丈に笑って見せたが、それがやせ我慢であることや、戦線離脱やむなしであることは明白であった。
「彼女、ここに運ばれてきてから碌に傷の手当なんてしてなかったんです。それに、この寒さもあって……」
貴族令嬢は語る。
「本当に運がよかったんです。牢屋に放り込まれて……それでも彼女は奇跡を懇願できるだけの気力が辛うじて残ってて……」
かくして僧侶は、寒くて暗い牢屋の中、か細い声で《
そんな彼女の様子を、幸いにも見張り役のゴブリンは、
「死期を悟り、神へと助命を懇願する哀れな娘」
と見たらしく、にたりにたりと厭らしい笑みを浮かべ、これを眺めているのみであったのだ。
「なるほどのう」
話を聞き終えた老爺は、二度三度と頷いた後で、
「よし。お前さんは、わしと一緒に村へ行こう。娘たちを運ばにゃならんし」
と、手を打った。
僧侶は困ったように、
「で、でも……」
反論をしようとしたのだが、声を出したことで体に響くものがあったのだろう。苦悶の表情を浮かべ、すぐさま蹲ってしまった。
「無茶を押し通すのが死への一番の近道さ。ほれ、ここで暖を取って英気を養ったら、すぐ出発するぞ」
老爺が言うのへ、
「帰りはどうやって……?」
令嬢剣士が問う。
老爺は不敵に笑い、
「迷宮に潜る時は、《
と答えた。
なるほど。彼の雑嚢には、あと二つほど巻物が見える。
「じゃあ、じっちゃんたちとはここでおわかれだな」
オールラウンダーの言葉に、老爺と貴族令嬢を除く一同が目を見開いた。
「まさか……あなた、ここに残るんですか……?」
令嬢剣士にそう聞かれ、
「きまってるだろ。あいつらをみんなぶっとばすんだ。ほっとくわけにはいかねぇもん」
さも当たり前のようにオールラウンダーは答えるのだ。
加えて、隣に立った貴族令嬢も、
「そうですね。ここのゴブリンたちは、数もさることながら……ソンさんのカメハメハのような術を使う個体もいます。放置しておけば、あの村の人達は確実に皆殺しにされてしまう……」
そう言って、見張り役の小鬼の骸から拝借した手斧の調子を確かめつつ、そんなことを言い始めた。
襤褸切れ一枚に手斧が一つ。そんな装備で、彼女もまたこの砦に残り、小鬼の殲滅を行おうというのだ。
令嬢剣士には、この二人が理解できなかった。
何も、今から小鬼を相手にしないでもいいではないか。
一旦は老爺たちに続いて砦を抜けだし、後日体力を回復させて戻ってくれば……。
「それだと、また村に奇襲をかけられる恐れがあります。牢屋の中の捕虜がいないと知れば、ゴブリンたちは怒り狂うでしょうし。そうなった時の彼らのすさまじさは、先日の比じゃないはずです。今ここで、彼らの息の根を確実に止めてしまわないと……」
「でも……あなたまで残ることは……」
「これは、冒険者としての意地でもあるんです」
力強い貴族令嬢の言葉であった。
「はっ……」
とした剣士は、それ以上なにも言えなかった。
立ち尽くす彼女を他所に、オールラウンダーと貴族令嬢はこれからの手はずを語り合い、老爺は捕虜の娘たちへと小瓶に入った火酒を振るい始める。
上へと続く階段で見張りをしている闇人は、その長耳をぴくつかせ、
「こちらへ向けて足音が近づいてくる。巡回か、それにかこつけて娘を犯そうとしてる奴か……」
一同へと知らせた。
それが、令嬢剣士には「覚悟を決めろ」という催促の声にも聞こえた。
もはや、迷っている暇はなかった。そもそも、寒村の宿で一度は決意をしたではないか。
「わっ、わたくしも……残ります!」
その一言に、貴族令嬢は力強く頷き、オールラウンダーと老爺は、にんまりと温かく笑って見せた。
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