娘たちの逃亡を老爺に任せ、オールラウンダー、貴族令嬢、令嬢剣士、そして闇人の四人は地下牢を後にした。
「……どうしてあなたまで……?」
貴族令嬢は、警戒の目を闇人へ向けた。彼が以前に企んでいたことを思えば、それも当然のことと言えよう。まともな神経の持ち主であらば、辺境の街へ小鬼の群れを差し向け、混乱に乗じて街の住民たちを
彼女が警戒の目を向ける
一方で闇人は、やはり長耳をぴくりぴくりと動かしつつ、
「私がいては不服か?」
挑発するような目つきで、貴族令嬢に聞き返すのだ。
今は敵陣のど真ん中。故に大声で反論するわけにもいかず、貴族令嬢は歯噛みをするのみである。
この様子を見ていた令嬢剣士は、しかし彼、彼女たちの間に生じた因縁の詳細を知らぬので、訳が分からぬといった表情であった。
ここで、一行が目指している場所を明かしておこう。
彼らは、砦の武器庫に向かって歩を進めていたのだ。貴族令嬢の武器防具を新調するという意味合いもあるが、
「そこを潰せば、彼らの戦力もいくらかは削れるでしょう」
この側面も持ち合わせていた。ちなみに、これを発案したのは貴族令嬢本人である。
ところが、一行は砦の内装をよく知らぬ。打ち捨てられた神代の頃の砦の見取り図などあるわけでもなく、しかし無作為にあちらこちらを探し回るわけにもいかない。
そこで役立つのが、盗賊の老爺が渡してくれた、『物探しの蝋燭』であった。
先の《
貴族令嬢が、
(武器庫……砦の中の武器庫……)
と念を込めるのに反応し、蝋燭の青白い炎がぽうっと先を右へ左へと傾ける。
後は、闇人の聴力とオールラウンダーの嗅覚を頼りに、罠の類がないか。敵が向かって来ないかを確かめつつ、一同は着実に前進していた。
こうして四人は、砦の一郭に聳える大きな鉄の扉の前に来ていた。
そこは回廊を上った先にある一室で、中庭を見下ろせる形となっている。
その中庭では、奇妙な光景が広がっていた。
あろうことか小鬼どもが綺麗に整列をし、左右に分かれて道をつくり、そして錆びれたラッパを吹き鳴らしているのである。
「へたくそめ」
聴力が他より優れている闇人は、不快感を露わにして中庭の光景を眺めている。
……と、その時。
小鬼どもが避けて作った道を、ゆったりとした足取りで歩む二つの影が現れた。
そのうちの一匹に、貴族令嬢は見覚えがあった。
かの寒村で、自分を人質に取った個体。
オールラウンダーの『かめはめ波』に似た術を使う個体。
僧侶ともども、自分たちをこの砦へと連れ去って来た個体。
成人した只人の男ほどはあろうかという背丈をした、逞しい体つきの小鬼であった。
そ奴の横で、真紅の外套……いや、恐らくは砦のどこかの部屋のカーテンを引きちぎって、それに見立てたものを引きずった個体が一匹。
どこぞの優良銀等級冒険者を思わせる、鉄兜と鎧に身を包んだその個体は、左右に広がる他の小鬼どもからの歓声を受け、それに一々頷き返している。
「なんとも間の抜けた英雄だ」
闇人が皮肉を込めるのを聞き流しつつ、貴族令嬢は鉄の扉を触り、鍵がかかっていることを確かめるや、
「ソンさん。この扉を壊してください」
「いいのか?」
さすがに、扉を壊した時の大音声を気にしたオールラウンダーが念を入れるのへ、
「大丈夫。その代わり、扉を壊したらすぐに中庭に飛び降りて、ゴブリンたちの相手をしてください」
その人と。貴族令嬢が自分を顎指したことに気が付き、
「っ!? この私を囮に……」
抗議の声を発しようとするのへ、貴族令嬢は人差し指を立ててみせ、
「ゴブリンに気付かれますよ」
いかに彼が混沌の勢力に与しているとはいえ、この砦に巣食うゴブリンからすれば憎き侵入者の一人にすぎないのである。
ぐぬぬ。歯噛みをして黙り込む闇人を他所に、
「ソンさん。お願いします」
「わかった」
頷いたオールラウンダーが、勢いよく拳を鉄の扉へ突き出す。
瞬間。分厚い扉が大きなお音を立てて吹き飛び、その先に樽に詰め込まれた槍やら剣やらが納められた一室が姿を見せた。
同時に、中庭のゴブリンどもも興奮から醒め、音のする城壁を見上げる。
「よしっ! いくぞっ!」
オールラウンダーは道着の帯を締めなおし、強引に闇人の腕を掴んで、その場から中庭へと飛び降りた。
貴族令嬢は、
「見張りをお願いしますね」
令嬢剣士に言い置いて、倉庫の中へと飛び込む。
あまりに次々と起こった出来事に、令嬢剣士はあたふたと混乱を見せていたけれども、
「頼みます」
倉庫内から貴族令嬢が寄こした、念押しの声に我を取り戻し、腰に差した突剣を引き抜き、
「まっ、任せて……ください!」
力強く返した。
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