突如として現れた侵入者へ、ゴブリンどもは罵詈雑言の限りを浴びせる。
勝手に自分たちのテリトリーに入っただけでも度し難いが、奴らが飛び降りてきたのは、砦の武器庫から。なんたることか。さっきの大きな音は、奴らがあそこを台無しにした音に違いない。
ゴブリンどもの怒りは相当なものになった。
例の、鎧と外套を纏ったゴブリンが号令をかけ、射撃部隊が動く。
粗末な弓に、同じく粗末な矢を番え、そして放つ。
雨のように降り注ぐ矢を、オールラウンダーは背にした如意棒を引き抜き、手早く振り回して弾いた。傍では、闇人がちゃっかりとその恩恵に与っている。
「くそっ、あの小娘め。生きて還ったら、きっと借りは返すぞ」
ぼやきつつ、闇人は腰元から突剣を引き抜き、臨戦態勢に移った。
(まったく。こうなるのなら、あの老いぼれから早々に離れるべきだった……)
彼は心の中で嘆いたが、後悔先に立たず、である。
そもそも邪な野望を抱く彼が、盗賊とはいえ人の良い老爺と行動を共にしているのには理由があった。
秋祭りの一件で、
(いずれ、混沌勢力繁栄の大きな障壁となる……!)
として、オールラウンダーを標的に定め、なんとしても彼を殺すべく……まずはそのための力をつけるための旅に出た。
出たはいいのだが、無計画にも程があるその旅路は、当日の晩に頓挫した。オールラウンダーとの戦いで体力を消費したまま旅に出たので、疲労と空腹によって道端で倒れてしまったのだ。
そこに救いの手を差し伸べたのが、同じく旅の道を歩いていた老爺たちであったのだ。
闇人が味わった屈辱は、計り知れないものであった。
(この私が……只人に計画を潰された挙句、只人によって命を拾われるとは……)
なのである。
この屈辱を、老爺殺害という非道な手段に移さず、
「貴様なんぞに借りを作るなど、ごめんだ」
そう言って、老爺たちの仕事……すなわち盗賊稼業の手伝いをすることで帳消しにしようとする辺り、この闇人は混沌勢力にしてはどこかズレているところがあると言ってよい。
初めこそ、朗らかな笑みの似合う老爺が盗賊だということに多少の驚きを感じた闇人であったが、
(なぁに。他者を襲い、奪う。そんなことはこれまでに何度もやって来たことだ)
と高を括っていたのだが、老爺たちの盗みの技術は芸術のそれに近く、闇人がそれまで行ってきた野蛮なものとはわけが違った。
「これ。そんな足音じゃ、小鬼どもに気付かれるぞ」
だの、
「馬鹿。殺すのは小鬼の巣に潜った時だけだ」
だのと仕事の度に注意を受け、その都度、闇人の中のなにくそ精神は強くなっていった。そうするうちに、彼は今日まで老爺たちと行動を共にするようになってしまったのである。
しかし、今日は違う。当初は砦内の宝を物色し、盗み出すことであったが目的であったが、今となっては小鬼の殲滅が新たな目標。それも、ひっそりとやるなら兎も角、もはや向こうに存在を察知されてしまっているのだ。
(もはや、小手先の技術は必要ない)
のである。
オールラウンダーの防御を前にし、射撃部隊が矢の雨を止めた。
その背後から、手斧やら剣やらを構えた別部隊が雪崩れてくる。
そ奴らへ、
「くたばれっ!」
颯爽と間合いを詰めた闇人が、一匹、また一匹と、その首元を突剣で正確に突き刺していく。
この様子を見ていたオールラウンダーは、
「おっ」
と目を開いた。以前の彼とは、体運びが別人のように違うのである。
「やるなぁ、あいつ。修業してたんだな」
言いつつ、オールラウンダーも向かい来るゴブリンどもを如意棒で薙ぎ倒していく。
次々と仲間が斃されていく中、長身のゴブリンと、聖騎士は余裕綽々の笑みで様子見を決め込んでいた。
……と。
戦場へ、息を切らせて駆け込んでくる別の個体。
漆黒の僧衣に身を包んだそのゴブリンは、聖騎士へと何事かを叫んだ。
「なんだ?」
迫るゴブリンの一匹を殴り飛ばしたオールラウンダーが、その様に気を向ける。
「牢獄の娘たちがいないことに気付いたんだろう」
闇人が、《
彼の言う通りであった。
僧衣のゴブリンは、いわば聖職者。聖騎士が砦の主となる
果たして聖職者は、式典に必要なもう一つの要素である『生贄の娘』を連れて来ようと地下牢へ向かい、そしてそこがもぬけの殻になっていることに気が付いたのである。
聖騎士が、青筋を浮かべた。剣を引き抜き、掲げた。
あいつらを殺してしまえ!
ゴブリンの言葉が分からない二人の戦士も、それくらいのことは理解できた。
「奴らめ。更に死に物狂いで向かって来るだろうな」
「しるもんか」
慌てふためく射撃部隊を殲滅し終えたオールラウンダーが、他のやつらを闇人に任せ、己は聖騎士へと突進を仕掛ける。
これを迎え撃つかのように、聖騎士の隣で静観を決め込んでいた長身の個体が、遂に動いた。
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