悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


其の二

 突進するオールラウンダーへ、長身のゴブリン……さながら拳闘士(ファイター)は、その長い足を振り上げて応戦する。

 

「ぎゃっ……!」

 

 顎を蹴り飛ばされたオールラウンダーは、そのまま城壁へと叩きつけられた。

 これを見た闇人は、驚愕のあまり目を見開き、動きを止めた。

 

(奴が……こうも簡単に蹴り飛ばされるとは……)

 

 この事実も然る事ながら、拳闘士の見せた動きが、明らかにゴブリンが発揮できるものではなかったからである。

 

「う、ぐぐぐ……」

 

 がらりがらりと落ちてくる瓦礫を払いつつ、オールラウンダーはようやっと立ち上がり、姿勢を立て直す。だが、それを悠長に待つような拳闘士ではない。彼はすでに少年の目の前へと来ており、

 

「GYAU!」

 

 まるで勝ち誇ったかのような咆哮の後、その胸ぐらを掴むと、勢いよく地面へと叩きつけたのだ。

 

「がっ……!」

 

 そのまま、二度三度と石畳の道に打ち付けられたオールラウンダーは、仕舞いに上空へと蹴り上げられた。

 すでに彼に興味を無くしたのか。拳闘士はゆっくりと闇人の方を振り返る。

 

「ちっ……!」

 

 舌を打った闇人が姿勢を低くした……丁度その時。

 

「波ッ!」

 

 頭上から、素晴らしい大音声が響くと同時に、青白い炎が拳闘士目掛けて突っ込んでくる。

 

「!?」

 

 油断していた拳闘士は、しかし腕を交差して防御の姿勢を取りつつ、背後へと跳び退る。

 的を外したオールラウンダーの《かめはめ波》は、それでも着弾と同時に爆風を生じさせ、拳闘士の体を押しやる。

 空中で姿勢を崩された拳闘士は、背面から地へと落ち、むくりと体を起こした。その目が、(きっ)と上を向く。

 両掌を重ねた姿勢を保ちつつ、ゆっくりと下降してくるオールラウンダーは、

 

「はえぇな……」

 

 苦々しい顔つきで呟いた。

 戦いを傍観していた聖騎士が、拳闘士へと何かを叫んだ。しかし、拳闘士はそれを無視し、降りてくるオールラウンダーをじっと見つめているのみである。

 聖騎士は苛立った表情を見せたけれども、それ以上の言及を諦めたようで、今度は僧衣のゴブリンへと叫んだ。

 これを受けた聖職者が、何かをぶつぶつと呟く。

 

「あれは……」

 

 この様子を眺めていた闇人が、何かに気が付いたように「はっ」として、城壁の上……自分たちが降りてきた武器庫の辺りを見た。

 恐らく、まだあそこには貴族令嬢たちがおり、装備を整えているはずである。そんな場所から、細く赤い閃光が、上空へ向かって伸びているのである。

 聖騎士が、閃光を見てにやりと歪んだ笑みを浮かべた。

 次いで彼は剣の先をその閃光へと向け、オールラウンダーたちに恐れをなして縮こまっていた他のゴブリンどもへ何かを命じた。

 指令を受けた下っ端どもが、爛々と目を光らせ、途端に城壁を上り始める。

 

「気づかれたぞ!!」

 

 闇人が、貴族令嬢たちへ呼びかけた。

 果たして、当の彼女たちはどうしているのか……。

 

「うっ……あ、あっ……」

 

 やっとこさ装備を整え、さぁこれからオールラウンダーたちの援護に……というところで、突然に貴族令嬢が蹲ってしまった。

 

「だっ、大丈夫ですか……!?」

 

 駆け寄った剣士は、見た。

 貴族令嬢の透き通るように白いうなじの辺りに、いつしかゴブリンどもの巣穴で見た、緑の月を模った刻印が燃え盛るように赤く光っているのを。

 

「あ、あつっ……!」

 

 心配し、背中へ手を当ててみると、これが焼けるように熱い。

 ふと、闇人がこちらへ何かを叫んでいる声を聴いた。

 直後、下方からゴブリンたちが欲望に塗れた声を上げて迫ってきている気配を感じた。

 貴族令嬢の体は熱く、とても抱えて逃げられるものではない。

 そうこうしているうちに、とうとうゴブリンの先陣部隊が城壁を上り切り、二人の雌を見つけ、興奮の雄たけびを上げた。

 守らなければ! 戦わなくては!

 そんな戦意とは裏腹に、彼女の瞳は涙で潤んでいく。

 体が震え、それでも辛うじて突剣を引き抜く。

 やがてゴブリンの一匹がこちらへゆっくりと近づき、そして、

 

「あ、ああっ!」

 

 それまで倒れ伏していた貴族令嬢が、狂ったような気合声を上げ、掬い上げるようにゴブリンの首筋を切り裂いた。

 思わぬ反撃に、後方に控えていた無数のゴブリンがどよめくが、それも一瞬の事。

 立ち上がった貴族令嬢は、鬼気迫る表情をしてはいるが、所詮は一人。傍にいるもう一匹は、生まれたての小鹿のように足を震わせている。

 数で押せば勝てる!

 目の前の獲物に舌なめずりをしたゴブリンどもが、またしても近づこうとするのへ、

 

「があっ!」

 

 傍に斃れていたゴブリンの骸を掴んだ貴族令嬢が、これを群れへと投げた。

 一匹がこれを受け止めるような形となり、他の者は巻き添えにならないようにと脇へ避ける。だが、狭き回廊で無数のゴブリンが同じ方向に動くとどうなるか。

 

「GYA!?」

 

 一番端っこにいたゴブリンどもが、押し寄せる仲間たちによって圧迫されていき、やがて床を踏み外す。

 高所から、ぼろぼろとゴブリンどもが落ちていき、その衝撃によって一匹二匹と次々に潰れて行く。

 貴族令嬢とて、これを狙ったわけではない。迫りくる死の危険と、体を駆け巡る地獄の業火のような苦しみに、ただがむしゃらとなっているだけなのである。

 そんな中、貴族令嬢は剣士を庇うように前に立ち、

 

「だい、じょうぶ。きっと、まもり、ますから……」

 

 途切れ途切れに、しかし不敵に笑って、そう言って見せたのである。

 それは、精一杯の強がりであった。しかし、強がることが出来るだけの勇気を、彼女は持ち合わせていたのだ。

 瞬間。剣士の中で何かが弾けた。

 

「う、ああああっ!」

 

 恐怖を拭うように、大声で叫んだ彼女は、迫るゴブリンの大軍へと掌を突き出す。

 

「《トニトルス(雷電)……オリエンス(発生)……ヤクタ(投射)!!》」

 

 呪文の詠唱と共に飛び出したのは、鞭のようにしなる紫電。それが、ゴブリンどもを文字通り一網打尽にしていく。

 だが、ゴブリンは次から次へと後方から補給されていく。

 剣士は、気の遠くなるような思いがし、瞳に涙を浮かべつつも、迫りくる敵をしっかりと見据えていた。

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