吐く息は白く、四肢は悴み、腹の虫は食物を求めて大きく鳴き声を上げている。正直に言えば、オールラウンダーの
それもそのはずで、道中で羽織っていた毛皮は村へと逃げた只人僧侶へとやってしまったので、今着ている物は袖なしの道着のみ。食べ物の方も、ここ最近で口にしたものと言えば、寒村の人々が涎の出るのを我慢して提供してくれた蒸かし芋のみなのである。
そこをいくと、対峙する小鬼拳闘士は、長いことこの雪山を根城としているだけあって、すっかり体の仕組みが寒さに適応してしまっているし、見たところ空腹に餓えている様子もない。恐らくは砦の中に、捕らえた冒険者や村人たちで拵えた「食事」を蓄えておくための倉庫があるのだろう。
これがもし、オールラウンダー万全の状態であったなら戦況は違ってきただろうが、冒険者として身を置いている以上、そのような言い訳は通用しない。
それにしても、だ。空腹と寒さ。この二つの要素さえ整えば、小鬼拳闘士はオールラウンダーとの力量差を埋められる、というのは厄介なことではないか……。
現に、戦いを傍観している闇人は、
(あんな小鬼風情に、何を手間取っているのだ……)
内心苛ついていた。
(
なのである。
見たこともない個体だが、所詮は小鬼。それに、いつか自分を打ち負かしたオールラウンダーがやられっぱなしとなっていることに、闇人は我慢ならないでいた。
二人は、睨み合って未だ動かない。
遠くで見守る小鬼聖騎士も、下手に動けないでいる。
そうこうしているうちに、とうとう闇人が痺れを切らした。
「えぇい! 何をしているのだ!」
怒声を放った彼は、唐突に拳闘士へと肉薄し、手にした突剣を突き出した。
これを黙って受ける拳闘士ではない。彼は横目に闇人の様子を見たけれども、すぐさまオールラウンダーへと視線を戻し、それでも器用に、
「くたばれっ!」
闇人の突剣が当たる直前、するりと宙へと飛び上がり、身を反転させ、その勢いで闇人の頭を蹴った。
「がっ……!」
前のめりに倒れた闇人は、そのまま地に積もる雪の影響で、オールラウンダーの足元へと滑っていく。
「なにやってんだよ」
「五月蠅い!」
戦場において、下らぬ口論は命取りだ。
未だ空に身を置く拳闘士は、一見すると隙だらけであったが、
「GA!」
と、その大きな口を開いた時、オールラウンダーは奴めが何をするのかを悟り、
「やべぇっ!」
闇人の襟首を掴み、慌てて後方へ跳んだ。
それと同時……いや、僅か手前で、拳闘士の口から緑色の閃光が走った。
閃光はそのままオールラウンダーたちのいた箇所へとぶつかり、爆風を生む。
まともに受け身もとれぬまま、少年と、彼に掴まれた闇人は城壁へと叩きつけられてしまった。
「くっ……」
真っ先に起きたのはオールラウンダー。彼はそのまま、敵の位置を確認しようとして、
「あっ……」
すでに地に降りていた拳闘士が、今一度こちらへ向けて大口を開けているのを見た。
眩い閃光が、充分にその大口へと集中しており、それが容赦なく放たれた。
一瞬、避けようかと考えたオールラウンダーであったが、
「うっ……うぅ……」
背後で闇人のうめき声を聞くや、その考えを捨てた。
躱す代わりに、彼は腕を交差し、防御の構えをとったのである。
果たして、拳闘士の放つ閃光は、見事にオールラウンダーへと当たった。
「なっ……!?」
闇人が驚愕に目を見張る中で、オールラウンダーは閃光に押しやられる形で、砦の奥へ奥へと吹き飛ばされてしまった。
口を拭った拳闘士が、
「さぁ、次はお前の番だ」
と言わんばかりに闇人を見る。
焦るかと思われた闇人であったが、むしろ何かが弾けたようで、
「くそぉぉぉ!」
突如として、青筋を浮かべながら怒声を上げた。
その途端、少しばかり周囲の空気が震えたものだが、これに気付いた者はいない。
さて、一方でオールラウンダ―はといえば……。
「いちち……」
拳闘士が放った閃光を、なんとか上空に弾き飛ばしたところであった。
奴が放つ一発一発は致命傷を与えるほどのものではないのだが、こちらが思うように動けない一方、打たれるがままになっているというのは、オールラウンダーにとっても苛立ちの積もるものとなっていた。
「ハッチャンにあったときは、家の中だったからさむくなかったんだけど……」
そう呟き、ふとオールラウンダーは上を見た。
先の拳闘士の閃光を弾いた時、砦の天井が崩壊し、気が付けばそこから夜の空が顔を見せているのである。
鉛色の雲は捌け、煌く星々が空を埋め尽くさんとしているのが見える。果たして、その中央に陣取るように、緑色に光る月も。
……と。オールラウンダーが動きを止めた。
瞳が虚ろとなり、猿の尻尾が逆立っている。
わなわなと、徐々に少年の体が震え始めた。
次の瞬間、
「わああぁぁぁっ!!」
悍ましい咆哮が、砦の中に響いた。
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