サキちゃんが謎を抱えていて多く語れないキャラであるせいか、代わりにジュリウス視点の心情描写が多くなり、彼が主人公みたいになってるなぁとつくづく思います。
女子トイレの暴行事件がジュリウスの耳に入ったのは、ラケルの部屋に残りブラッド隊の運用について相談していた最中のことだった。フランからサキがフレースヴェルグ隊の隊員から暴行を受けて医療区画に運ばれたと連絡が入った。ジュリウスは不安に駆られたが、弱々しい姿を見せないよう毅然とした態度を保ち、「分かった。すぐに向かう」と返答した。
相談を打ち切り、ジュリウスは足早に医療区画へと向かった。「失礼する」と言って職員達を押し退け、白を基調とした医療区画に入ると最初に目に入った看護師を捕まえてサキの居場所を聞き出し、彼女の病室の自動扉を開けた。
「サキ! ! 」
「うわっ。びっくりした」
ベッドとテレビ、壁に備え付けられた戸棚だけの簡素な部屋でサキは眠り、傍らに座っていたロミオは身体が跳ね上がった。ロミオはジュリウスの声に驚き目を丸くしている。彼の凝視でジュリウスは自分が病室で大きな声を出したことに気付き、はっと片手で口を被う。
「ロミオ。サキは大丈夫なのか? 」
「ドクターは『異常なし』って。疲れているから今日はこのまま寝させろってさ」
「そうか」
ジュリウスは安堵する。しかし、サキの容態とは裏腹にロミオの表情は暗かった。
「ごめん。ジュリウス。俺が付いていながら」
「フランから事情は聞いている。仕方ない。場所が場所だ」
暴行事件の後、ロミオはサキを医療区画に連れて行った。その時、手伝ってくれたフレースヴェルグ隊の隊員からテレサがサキを襲った理由を聞かされた。それをそのままジュリウスに語る。
サキを運んでいた輸送機の護衛を務めていた神機使いはテレサの兄――ヨーナス・ヘンミンキであり、彼はサキの護衛任務を終えた後、そのままフレースヴェルグ隊に配属される予定だった。テレサは回収班の知り合いから「ヨーナスはブラッド隊の新人を守って死んだ」とだけ聞かされ、凶行に出たらしい。
「そうか。彼が……」
“悪いのはアラガミであり、その怒りと悲しみをサキにぶつけるのは筋違いだ”――と言うだけなら簡単だ。しかし、大切な人を失った気持ちを何かにぶつけないと狂ってしまいそうになるテレサの心境は理解できないものでは無かった。
「ジュリウス。明日って予定ある? 」
「いや、特には入っていない」
「良かったら明日、サキちゃんの歓迎パーティしようぜ。入隊初日から散々な目に遭っているし、明日ぐらいは良い思いをさせないとな。あ、そうだ。ブラッド隊発足記念パーティもしないと」
ロミオがいつもの明るさを取り戻し、ジュリウスはふっと笑う。1年前、ロミオのことは喧しいと思っていた。しかし、彼に影響されたからだろうか、今は不快に思ってはいない。今後、ブラッド隊の人間が増えていけば彼の人柄は隊を結束させる上で重要な役割を果たしていくのだろうと考える。
「分かった。訓練は明後日からにするよう申請しておく」
これ以上、安眠の邪魔をしてはいけないと思い2人はサキの病室から出て、居住区核に繋がるエレベーターへと向かう。
「ヴィスコンティ少尉。レオーニ上等兵。少し時間を頂けないだろうか」
2人の進路の先に一人の男が立っていた。
*
フライア内部にあるカフェ――他の部屋と変わらず機能的かつ機械的だがゴシック調の装飾も見られる空間でジュリウスとロミオはソファーに座り、テーブルを挟んで対面に座る男を見ていた。
身長は180cmぐらいだが、肩幅が広く全体的にがっしりとした体格をしている。オレンジをベースにダークブルーのラインが入ったアーミージャケットを着ており、その下にはチェストガード付きの黒インナー、下半身は革製のボトムスと軍用ブーツで固めている。
2人から彼の顔は見えなかった。仮面が顔全体を覆っていたからだ。額から下顎までが機械的な仮面で隠れており、一瞬、フェンリルのロボット工学の粋を集めて作り上げたサイボーグゴッドイーターではないかと思ってしまう。ワックスで後ろ向きに固められた黒髪、首元から見える肌で彼が人間だとようやく分かる。
「テレサ・ヘンミンキ一等兵が貴官の隊員に無礼をはたらいた件について、フレースヴェルグ隊を代表し、お詫び申し上げる」
仮面の男――改め、ケイジ・ライアー大尉は腿に手を付き、深々と頭を下げた。
彼はフライア発足当初から所属している神機使いであり、フライア発足時に各支部から派遣された神機使いを統括するフレースヴェルグ隊の隊長を務めている。部隊こそ違うが、ゴッドイーターとしてはジュリウス、ロミオの上官にも当たる。
ケイジ・ライアーという名前、男性、29歳、日系アメリカ人、第一世代神機使いであること以外は一切の素性が不明となっている。グレム局長から直々に「素性の調査を禁ずる」と命令が出ており、今はフライア七不思議の一つとなっている。
「ヘンミンキ一等兵には法務部の処分が下るまで自室謹慎を命じている。彼女には心の整理をつける時間が必要だ。そちらの新兵の容態を窺っても? 」
「特に問題はありません。医者が言うには過労で寝ているとのことです」
「そうか。大事に至らなくて良かった」
仮面のせいで表情は読めないが、口調からサキの無事を願っていたケイジの優しさが滲み出る。
「こちらこそ、ヨーナス・ヘンミンキ少尉の戦死について、ブラッド隊としてお悔やみ申し上げます」
ジュリウスはケイジにアジア式の礼儀としてお辞儀をし、ロミオも続いて頭を下げる。
「これは、ご丁寧にありがとう」
ジュリウスとロミオが頭を上げると丁度良くウェイターが注文したコーヒーを置いた。
「して、話とは何でしょうか」
「少し貴官らに確認したいことがある。回収班からの報告では輸送機周辺に居たのはサリエル1体、オウガテイル8体、ザイゴート10体だと聞いている」
「我々が到着した時にはヘンミンキ少尉、紅理沙二等兵が既に討伐済みでした」
「それ以外にアラガミは? 」
「紅理沙二等兵と合流した後、回収班のために周辺のクリアリングを行いましたが他は見つかりませんでした」
ジュリウスが業務連絡のように淡々と述べると、ケイジは少しがっかりした様子で「そうか……」と少し落ち込んだ様子を見せた。
「えーっと、ライアー隊長。何かあったんですか? 」
――とロミオが尋ねる。
「整備班から奇妙な報告があった。まず、ヘンミンキ少尉は第二世代だ。ショートブレード・アサルト・バックラーの構成で銃形態を基本に使い、オラクルの回収手段として近接武器や捕喰形態を使っていた。しかし、整備班からは『戦闘で銃形態を使用した痕跡が無い。捕喰形態も、バックラーの展開もさせていない』と報告があった。少尉は終始、あまり使わない近接武器で戦い続けたことになる。同じ変形機構を持つ神機使いとしてどう思う? 」
「確かに奇妙ですね」
「これは個人的な推測なのだが、少尉は神機を動かさなかったのではなく、
「それって、まさか――」
ケイジが言おうとしていることを2人は理解した。その事実に驚きを隠せなかった。
「確証は無いが、もしかすると輸送機を襲撃したのは極東から報告のあった例のアラガミ、もしくは同種の存在かもしれない」
神機と神機使いの接続を切断し、無力化するアラガミ――感応種
オラクル細胞を制御する偏食場パルスを発することで周囲のアラガミを統率し、更には神機と神機使いのパスを切断することで無力化する新種である。極東支部で最初の個体が確認され、以降は活動範囲を広げている。
現在のところ、第一世代・第二世代に対抗手段は無く、同じく偏食場パルスでオラクル細胞を制御する第三世代神機使いが唯一の希望とされている。しかし、ブラッド隊がまだ感応種と交戦していない現状、それは理論上の話でしかない。
「もし輸送機を襲撃したアラガミが感応種なら、最初の第三世代である君達に白羽の矢が立てられる日は近いだろう」
その言葉はプレッシャーとして2人に圧し掛かる。ジュリウスはとうの昔に覚悟を済ませているのか表情は変わらない。対してロミオは緊張して固唾を呑んだ。
「我々も出来る限りのバックアップは行うが、感応種が出たら君達や例の新人隊員に頼ることになる。――頼んだぞ」
「「了解(しました)」」
2人は敬礼する。頼もしさを感じたのか、仮面越しだがケイジは「ふっ」と笑みを零し、口元が少し緩んだのが見えた。機械的な見た目に反して、感情は豊かだった。
「引き止めてすまない。話は以上だ」と言ってケイジは立ち上がろうとする。しかし、ふと何かを思い出し、動きが止まった。
「ああ、そうだ。お詫びと言っては何だが、これであの子に美味いものでも食わせてやってくれ」
ケイジは懐から1枚のカードを取り出し、ジュリウスに渡す。フェンリルで使用される通貨
2人は、サキの歓迎パーティ・ブラッド隊発足記念パーティの予算をゲットした。
*
四方を金属の壁で囲まれた空間に紅理沙サキは居た。空間はベースボールもサッカーも出来そうなくらい広々としているが、壁や床に刻まれた巨大な爪痕、拭い損ねた血のシミのせいで殺伐とした雰囲気を醸し出す。
中央には台が置かれていた。天辺がサキの胸元に合うように高さが調節されている。
目の前に見えるガラス張り、その向こう側から数人の白衣の男たちがサキを見ていた。その内の一人がインカムを装着している。
アナウンスに従い、中央の台に向かって歩く。近づくと台の蓋が開き、彼女の身の丈を越えるブレードが姿を見せた。黒い刀身に銀色の刃が室内照明に反射して光沢を放つ。
――これが私の神機……。
『赤い窪みに手首を合わせて、神機を握って下さい』
サキが指示通り窪みに手首を合わせ、神機を握った。
瞬間、台の蓋が閉じてサキの手が挟まれた。
全身が焼ける様に熱い。右手首から何かが入り込み、身体の中を駆け巡る。血管や神経が喰われる感覚に襲われる。否、感覚ではない。彼女の身体は実際に喰われていた。神機から伸びる触手が腕を、肩を、胸を、頬を捕喰していく。
――痛い痛い痛い痛い痛い! ! 助けて! ! 助けて! ! 誰か! !
声に出したくても喉が言うことを聞かない。引き千切る勢いで挟まれた右腕を引っ張るがびくともしない。サキは立っていられなくなり、膝から崩れ落ちる。自律神経系が壊れたのかその場で血反吐を吐き、穴という穴から体液を垂れ流す。
当初の予定ではこんなに苦しむことは無かったのだろう。白衣の男達は慌てた様子を見せる。しかし、誰かがガラスを突き破って助けに来ることは無かった。
途切れそうな意識の中、サキの目に神機を握った男が映った。血まみれの服、同じ痣を持った腕、折れた神機、彼が幻覚なのか現実なのかサキには分からなかった。
神機使いの男は告げる。
『命令は3つ
死ぬな
死にそうになったら逃げろ
そんで隠れろ
■■■■■■■■■――――――――』
――懐かしい声。貴方は、誰?
*
サキが起きると壁も天井も近い狭い部屋が目に映った。外が見えないので今が昼なの夜なのか分からない。壁にかけられた時計を見て、今は朝の8時だと分かる。自分が12時間以上も寝ていたことに驚いたが、悪い夢を見てしまったせいか汗が酷かった。
「何で私、泣いているんだろう……」
ボタンで看護師を呼び、シャワールームの場所を教えて貰う。
程良く温かいシャワーで汗を流し、すっきりと目が覚める。悪い夢の内容も忘れていた。ふと鏡を見た。昨日、テレサに殴り飛ばされ、割れた鏡で額を切った筈だったが、傷跡は残っていなかった。首筋と頬の痣、金色の右目が目立ついつもの顔が映っていた。
――こっちも治してくれたら良かったのになぁ……。
ゴッドイーターの身体になれば、奇異の目で見られる痣と金色の目も治ると期待していた。しかし、現実はそう上手くいかないようだ。
「サキちゃん。退院おめでとー。ようこそフライアへー。明るく笑顔の絶えないアットホームなブラッド隊はサキちゃんを歓迎するよー」
ドクターの問診を終え、医療区画から出たサキをロミオがパーティ用の三角帽子をかぶり、クラッカーを鳴らして出迎えた。ロミオの背後にジュリウスもいるが、彼は浮かれておらず、プレゼント用に包装した花束を持っていた。
「ロミオ先輩。ヴィスコンティ隊長。何やってるんですか? 」
「いやー、ほら。サキちゃん昨日は散々な目に遭ったじゃん。だから今日はパーッと遊ぼうぜ。軍資金も貰って来たし。どこ行く? ご飯にする? それともショッピング? 服ならいいところ教えてあげるよ」
「大丈夫なんですか? 訓練とかあるんじゃ……」
「訓練は明日からだ。上には話を通している」
「えっ? 」
サキは戸惑った。ロミオはともかく、いかにも冷静で真面目そうなジュリウスも歓迎パーティに協力するとは思ってもいなかったからだ。本部の特殊部隊に配属されると聞かされていた彼女は分単位でスケジュールをガッチガチに固めた訓練尽くしの毎日が待っていると思っていた。
「それに部隊内で親睦を深めるのも重要な訓練だ」
「は、はぁ」
サキは生返事をし、とりあえずジュリウスから渡された花束を受け取る。
パーティを訓練と誤魔化すジュリウスを見て、サキは「もしかしてけっこう愉快な人なんだろうか」と思い始める。
『コンディションレッド発令! ! コンディションレッド発令! ! 』
突如、フライア内部でけたたましく警報が鳴り、天井に配置されたランプが赤く点灯する。
『広域レーダーにアラガミ群を捕捉! ! 数は約30! ! 3時の方角より1100ノットで接近中! ! フレースヴェルグ隊、直ちに戦闘配置に着いてください! ! 』
周囲でドタドタと慌ただしい足音が響く。テレサやケイジと同様にオレンジとダークブルーのジャケットを着た神機使い達が走り抜ける。彼らは外に繋がる通路に向かうと壁に設置されている簡易ターミナルに神機使いの腕輪を入れ、認証させる。後に続く神機使い達も次々と簡易ターミナルに腕輪を読み取らせていく。
フライア内部には神機を運搬するコンベアが全体に張り巡らされており、壁に設置されている簡易ターミナルに腕輪を読み取らせることで最寄りのゲートに神機を運搬する仕組みになっている。これにより神機使いがわざわざ保管庫に行く必要が無くなり、
「パーティどころではなくなったな」
「ジュリウス。どうするんだ? 」
「ブラッド隊も出撃する。俺はフランとライアー隊長に連絡を取る。フレースヴェルグ隊と連携を取りたい。ロミオはサキを避難所に案内してくれ。その後は神機を持って俺と合流。場所は後で連絡する」
「ま、待ってください。私も戦います」
サキはジュリウスに食って掛かった。視線は真っ直ぐとジュリウスに向かっており、勇気を振り絞っているのだろうか両手は握り拳を作っている。
「駄目だ。訓練を受けていない君を実戦に出す訳にはいかない」
「実戦なら経験済みです」
「あれは緊急事態だ。それに今回は遠距離からアラガミを撃ち落とす防衛戦になる。君の装備では射程が短すぎる」
サキの神機構成はロングブレード・ショットガン・バックラーだ。銃身パーツであるショットガンは近距離での威力に特化させたパーツであり、その間合いは格闘戦とほとんど変わらない。ジュリウスの言った通り、フライアの上に立ち、接近するアラガミを撃ち落とす防衛戦には不向きだった。
「君はこれから多くを学んで強くなる立場だ。不十分な状態で戦って、いたずらに命を落とさせる訳にはいかない」
「でも……」
それでも食い下がるサキの肩をロミオが叩いた。
「サキちゃん。そんなに俺達が頼りない? 弱そうに見える? 」
「あ……いえ、そんなつもりは……」
「俺達けっこう強いんだぜ。何たって第三世代ゴッドイーターだからな。フレースヴェルグ隊だってずっとフライアを守ってきた防衛戦のベテランなんだ。こんなの何度も経験してるんだぜ」
ロミオに言い包められたのか、険しかったサキの表情は穏やかになっていく。
「大船に乗ったつもりで俺達に任せてくれよ」
「は、はい。分かりました」
*
フライア屋上のヘリポートでケイジは双眼鏡でアラガミが来る方角を見ていた。
双眼鏡越しに見える丸い視界、荒野に広がる青い空で黒く短い横線が見え始めた。それは段々と大きくなり、接近するアラガミが見えた。
腕組みした武人の背中に翼手が生えた姿が特徴のアラガミ“シユウ”だ。飛行能力を持つ中型アラガミの代表格であり、翼手から放つ火球、見た目からも想像できる高い格闘能力を持っている。
接近する30体全てがシユウだった。
――あの群れ、妙だな。
ケイジはシユウの群れに奇妙さを感じていた。シユウが群れること自体は珍しくない。30体は多い方だが不思議に思う程でもない。ケイジが不審に思ったのは彼らの飛行だった。一般的にアラガミに知能は無いとされている。一部を除いて統率されることは無い。
しかし、シユウの群れはコンピュータで制御されたかのように規則正しく隊列を組んでいた。
ケイジは双眼鏡で群れの中央を飛ぶ1体の姿を捉えた。その姿に驚愕し、目を見開く。
中央のシユウは肩から赤い触手が生えていた。
「まさか昨日の今日でお出ましになるとはな……」
ケイジはインカムのチャンネルを切り替え、フライアの指令室に繋げる。
「フラン。ブラッド隊に伝えろ。
――――『感応種が来た』」
解説:シユウ感応種
今回のラストで登場したシユウは漫画「the 2nd break」で登場したシユウ感応種と同タイプのものです。他のアラガミを統率し、神機を無力化する感応種としての基本的な能力を持っています。
次回「血の喚起②」