4体のシユウがフライアの奥部へと飛翔する。翡翠色の衣を纏った鳥夫人のアラガミがそれを追おうとするジュリウスとロミオの前に立ちはだかる。無の空間から生み出された毛皮のオウガテイルも随伴する。
ジュリウスは足を大きく開き、若干腰を落とした。剣形態の神機を握った両手を顔の近くまで引き、切先をシユウ感応種に向ける。その姿勢は極東の剣術“霞の構え”に似ている。
「ブラッドアーツを使って突破口を開く。お前はシユウを止めろ」
ジュリウスとロミオの神機のコアに光が灯り、神機から光が溢れ出す。神機を構成するオラクル細胞が活性化し、そのエネルギーが熱や光となって溢れ出す。それは神機から2人の身体にも流れ込む。血が湧き、肉が躍る昂揚感が頭にも流れ込んでくる。
ジュリウスは構えのまま前進した。音も空気も置き去りにする速度でシユウ感応種に接近する。毛皮のオウガテイルが阻もうと感応種の前に集まるが刃はそれらを一閃した。
――神風ノ太刀・鉄
彼が刃を振った後の空間で更なる斬撃が生み出される。彼の血の力『統制』によって制御された大気中のオラクル細胞が集積・励起し、無から生まれた斬撃となって毛皮のオウガテイルの全身を切り裂く。数体のアラガミは瞬く間に力尽き、その亡骸を霧散させる。
ジュリウスが作った隙を生かし、ロミオは床を蹴り、壁を蹴ってシユウ感応種の足止めを突破した。床に小型のクレーターを作りながらフライアの廊下を疾走。身の丈を越える武器を抱えているとは思えない速度で飛び立ったシユウ達を追いかけた。
*
感応種の形態変化、無から生まれたアラガミ、シユウ4体の侵入という非常事態を前にオペレーションルームが騒然となる。スクリーン前にフライアの
グラフィック上に複数の緑色の点と赤い点が表示される。緑色の点に「Julius」「Romeo」と表示されていることから、緑は神機使い、赤はアラガミであることが分かる。
4つの赤い点はフライアの上部から下部へと急速に移動し、そこから少し遅れてRomeoと表示された緑の点が追い始めた。
グラフィックの赤い点――4体のシユウが1つの大きな点から2つの小さな点に分裂した。2つの赤い点は別々の方向に進み始める。
「シユウが2組に分裂。インフラ区画と居住区画に進んでいます」
「レオーニ上等兵。居住区画に向かって下さい。そちらはまだ避難が――「ならん! ! 」
グレムの怒声、デスクを拳で叩く音でオペレーションルームがしんと静まり返る。一部のオペレーター達の手が止まり、視線がグレムに集まる。
「レオーニ上等兵はインフラ区画に向かわせろ」
「待って下さい。インフラ区画は既に避難が完了しています」
「あそこはフライアの心臓、超大型オラクルジェネレーターがあるんだぞ! ! あれの開発にどれだけの資材を投入したと思っている! ? 万が一にでも壊されてみろ! ! 貴様ら全員、
言い方こそ金の亡者そのものだったが、インフラ区画を守らなければならないという彼の言い分には一理あった。超大型ジェネレーターは神機兵の研究・開発に必要なオラクルリソースや生活に必要な電気を生み出している。オラクル細胞に頼らない通常の予備電源もあるが、フライア全ての機能を賄うことは出来ず、フライアの生活はこのジェネレーターに依存している。仮にインフラ区画が壊滅すれば電気、ガス、水道、etc……あらゆる全機能がストップする。フライアは荒野の真ん中に上げられた廃船となり、瞬く間にオラクルリソースを求めたアラガミ達の巣窟になるだろう。
例え、理があったとしても誰もグレムの言い分に納得しなかった。居住区画にはフライア職員やその家族が暮らしている。ここにいるオペレーター達も例外ではない。今この瞬間、家族や恋人がアラガミに襲われる危機に晒されている。
『やめろ! ! 助けてくれ! ! 』
『来ないで! ! 来ないでええええええええええええええ! ! 』
『ゴッドイーターは何してるんだよ! ! 』
『ママぁー! ! マ―――――――
マルチスクリーンの一角に居住区画の惨状が映し出される。内部隔壁を突破した2体のシユウが翼手で逃げ遅れた人達を掴み、捕喰していく。手足が食い千切られ、臓器の食べ残しが床に散らばり、天井のカメラレンズに犠牲者の脳漿がこびりつく。
グレムも金と権力に倫理観を投げ出した訳ではない。オペレーションルームに響く悲鳴や叫び声、職員がアラガミの餌になる光景を目の当たりにして苦悶の表情を浮かべる。
「神機兵はいつ出せる? 」
「パーツ交換完了まで残り15分です」
「分かった。出撃を急がせるんだ……。レオーニ上等兵はインフラ区画へ。これは局長命令だ」
一部始終を見ていたサキは固まっていた。目は水晶玉のように居住区画の光景を凝視している。知らず知らずの内に両手は拳を握っている。
――昔、同じようなものを見た気がする。
力を持っているのに、
目の前で犠牲になっている人がいるのに、
ただそこで見ることしか出来なくて、
助けに行くことが許されなくて……
フラッシュバックする光景――――それは、紅理沙サキが知り得る
「私が、行きます」
気が付くと言葉を放っていた。オペレーター達の視線がサキに集中する。
「サキ。貴方はまだ訓練も受けていない新兵です。出す訳にはいきません」
サキの決断を制止したのはラケルだった。彼女は窘めるようにサキの手に触れ、ゆっくりと撫でる。しかし、サキはそっとラケルの手を振り解いた。
「実戦ならもう経験しました」
「オウガテイル1体とシユウ2体では難易度が違います。それに貴方は貴重な人材です。いたずらに命を落とさせる訳にはいきません。ジュリウスも言っていたでしょう。貴方はこれから学び、より多くの人を救う立場にあります」
ラケルの正論が耳に入る度、サキの神経が逆撫でされる。諭す言葉一つ一つが逆効果となり、サキの眉間にしわが寄り、握り拳は更に強くなっていく。
――――――――――ぷつん
サキの中で何かが切れた。
サキは落下防止のフェンスに拳を叩きつけた。腕輪と鉄製のフェンスがぶつかり合い、鈍い音が響く。
「私は……私は……
彼女の荒ぶる声に周囲が震えた。全員が固まる隙にサキは出入り口に向かって走り出す。
それを止めようとする者はいなかった。
サキはオペレーションルームを出ると壁に設置された簡易ターミナルに腕輪を入れた。腕輪を認証したターミナルが内部の搬送ラインで彼女の神機を呼び出す。壁の一部が開き、神機のグリップが斜めに飛び出した。彼女は走りながらグリップを握り、神機を引き抜く。
腕輪から伸びた触手が神機と繋がり、そこを経由して彼女の体内にあるオラクル細胞を活動させる。
サキは飛躍した身体能力でフライアの床と壁を蹴り、障害物の全てを神機で斬り開き、最短ルートで居住区画に向かった。
*
――何やってるんだろう。私……。
居住区画にある部屋の一つ、照明を落とした自室でテレサ・ヘンミンキは枕を抱き、ベッドの上で転がっていた。ライアー隊長に自室謹慎を命じられ丸一日が経った。部屋の中に閉じ籠っていても最愛の人、唯一の家族、尊敬する兄貴分を失った悲しみが晴れることは無い。その上、何の罪もないブラッド隊の新人に八つ当たりして大怪我を負わせた自分の愚かさが畳みかける。
――いっそのこと、死刑にしてくれないかな。
ターミナルの利用が制限されているせいで、普段ならお気に入りのパンクロックが響いている自室が今日はしんと静かになっている。
テレサはふと外が騒がしいことに気付いた。たくさんの人の声と走る音が聞こえる。
叫び、悲鳴、――そしてアラガミの咆哮。
「おいおい。マジかよ」
テレサは身を起こし、目に付いた涙を拭う。声の大きさからしてアラガミはすぐ近くに居る。この扉を開けたら目の前に居てもおかしくない。テレサは身構えながらドアとは反対側の壁に身を寄せる。
突如、轟音と共に壁が崩れた。廊下から入る明かりで部屋が照らされ、シユウの姿が目に入った。右手の翼手には人間が握られている。翼手の握力で内臓が潰れたのだろうか、既に絶命しており、シユウはフライドチキンを頬張るように人間を食い千切る。
――これで、ヨーナス兄ちゃんのところに行ける。
一瞬、死を受け入れる考えが脳裏を過った。
テレサはシーツをシユウに目がけて投げた。空中で広がったシーツで視界が潰れた隙にヘッドスライディングで股を潜り、廊下へと出る。血と涎を垂れ流し、剥き出しにされた鋭利な牙を見て、生存本能が勝ったのだ。
身体を転がしながら立ち上がり、壁に設置された簡易ターミナルに腕輪を差し込んだ。ターミナルが腕輪を認証。壁の一部が開き、そこからテレサの神機が飛び出した。
テレサのそれは第一世代近接式(ショート)に分類される。片刃のサバイバルナイフを大きくした形状をしているが、彼女のそれはアラガミ由来の素材で作られた胸郭、頭蓋骨が装飾され、そのデザインは悪趣味極まっている。
「これでも食らえ! ! 」
テレサは神機のグリップを握り、シユウの脇腹に目がけて刃を振ろうとした。しかし、握った瞬間、右手は神機と共に重力に引っ張られ、床に落ちる。接続すれば自分の手足のように振り回せる神機、それが今は巨大な鉄塊のように感じる。
「何で――――」
その拍子にバランスを崩した瞬間だった。シユウの翼手がテレサの身を打ち飛ばす。咄嗟に神機を盾にするが衝撃は和らげない。テレサは廊下を転がり、壁に頭を打ち付ける。眩暈がする。呼吸も上手く出来ない。
――ヤベェ。
神機が繋がらない今、彼女の身体能力と治癒能力は普通の人間とさほど変わらない。神機が繋がっていれば何てことはない傷や痛みで今は動けなくなっている。
ぼやけた視界の中でシユウの影が大きくなっていく。その翼手は眼前に迫り、自分の頭を掴みかかる寸前だった。
一瞬、黒銀のブレードが視界に入った。シユウの掌がゴトリと音を立てて地面に落ち、オレンジ色のカーペットが敷かれた床が真っ赤に染まる。
黒と金のブーツに覆われた細い脚、黒と銀の神機を握った細い腕、右手に嵌められた黒い腕輪が目に映る。彼女が振り向くと頬に見覚えのある痣が見えた。
紅理沙サキの視界には凄惨な居住区画が映っていた。そこら中に喰い散らかした死体が散乱している。5~6人はここで命を落としただろう。自分がここに来るまでの3分でこれだけの惨状が出来上がっている。ジュリウスが感応種を倒すか、神機兵とやらが動けるようになるまでを待っていたら、どれほどの人が犠牲になっていただろうか、想像するだけで身震いする。
サキの目の前には片翼のシユウが牙を剥き、こちらを睨んでいた。更に仲間の危機を察知したのか、もう一体のシユウも天井を突き破って出現し、視線の先に立ち塞がる。
複数のアラガミを相手にした戦闘は昨日の初実戦で経験した。しかし、その時にいたのはオウガテイルやザイゴートなどの小型アラガミだ。高い格闘能力と飛行能力、遠距離攻撃も兼ね備えた中型アラガミ・シユウではラケルの言う通り難易度が違う。
神機を握って2日目の新人には重すぎる状況だったが、サキは冷や汗を流しながら、これは僥倖だと考える。少なくとも自分が2体を引き付けていれば、犠牲者は出ない。ジュリウスが感応種を倒すか、神機兵が動くまで時間を稼ぐだけでも十分だ。
「テレサさん。立てますか? 」
サキはシユウと睨み合いをしながら、背後で壁にもたれかかるテレサに声をかける。数秒ほど、呼吸だけが聞こえる。荒く、大きく、不規則で、苦しそうで、医者でなくとも大丈夫じゃないと分かる。
「……逃げ……ろ。……助ける……義理……なんて……無いだろ」
「貴方には無くても私にはあるんです。死にたくなかったら、そこで大人しくして下さい。あれを何とかして、医者が来れるようにしますから」
サキは神機を銃形態に変形、シユウに銃口を向けてトリガーを引いた。デフォルト設定として搭載されていた散弾モジュールにより、小さなオラクルバレットがサキの前方数メートルに散らばり、シユウや周囲の壁、床、天井を穿つ。
壁の内部にある水道管を撃ち抜き、水と火属性のオラクルバレットで水蒸気爆発を起こす。視界が真っ白になった中でサキはショットガンを構えたまま吶喊。残ったオラクルを散弾で使い切るまでトリガーを引き続ける。
シユウが翼手を振るい水蒸気を吹き飛ばす。開けた視界の中、サキの目の前には巨大な鳥人の姿が迫る。しかし彼女は臆すことなく神機を剣形態に変形させ、刃を上に向けて斬り上げた。
しかし、刃は届かなかった。もう一体のシユウが翼手の先端にある指で刃を挟み、真剣白刃取りのように斬撃を止めた。万力のように刀身パーツは固定され、それを握るサキも身動きが取れない。
神機を掴んだシユウは翼手を振り回し、サキを壁や床に叩きつける。唯一の武器を手放す訳にはいかない彼女は遠心力で身体の中身を振り回され、叩きつけられた衝撃で意識を失いそうになり、手足の骨が折れた痛みで意識が呼び戻される。
シユウは留めと言わんばかりに神機と共にサキを放り投げた。刀を地面に干渉させバネにしてサキは勢いを残したまま立ち上がる。
その隙に片翼のシユウが残った翼で炎弾を放つ。シールドを展開して受け流そうとするが、背後にテレサがいることに気付き、炎弾を受け止める。その衝撃で更に後方に飛ばされ、壁に背を打ち付けた。その拍子に神機も落としてしまう。
サキは壁伝いに立ち上がる。内臓が一度潰されたのだろうか、血反吐を吐き、額から温かい血が流れる感覚が皮膚に伝わる。左腕も骨が折れているのか指を動かすと激痛が走る。
ふりだしに戻った。2体のシユウが再びサキとテレサに向かって走り出す。オラクルは残量なし、銃形態は使えない。両手でグリップが握れない今、剣戟もまた防がれる。シールドを展開しても2体が別々の方向から攻撃すれば対応できない。
そもそも地面に落とした神機を拾う数秒を彼らは与えてくれるだろうか。
――神様。
絶望の中、荒ぶる神々の前で神に祈った。
『お前、神に祈るのは止めたんじゃなかったか』
土砂降りの雨の中、どこかで聞き覚えのある声の男が諫める。サキはこの光景が思い出せない。いつなのか、どこなのか、目の前の人は誰なのか、全く分からない。けど、何故かこの人は信頼出来て、その声を聞くと安心する。
『拾え。お前の神機を――
お前は、何の為に
サキははっと目を覚ます。世界は再び死体が散らばるフライアの廊下に戻り、2体のシユウが迫っている。彼女は咄嗟に屈んで神機を拾った。
グリップを握った瞬間、神機から熱い何かが流れて来る。神機から腕輪へ、腕輪から右腕へ、右腕から右頬へ、火傷しそうなほど熱くなるが不思議と痛みは感じない。その熱に服が耐え切れなくなったのか、袖が燃え上がり、右腕の素肌が露わになる。右頬と同じ痣に覆われた腕、それが赤熱し蒸気を放つ。
神機から黒い筋繊維が溢れ出す。本体の質量を越えて出現したそれは互いに絡まり合い、巨大な竜の顎を形成する。神機使いが“神を喰らう者”と呼ばれる所以、
捕喰形態が口を開け、首を伸ばした。目指す獲物は目の前のシユウ――ではなく、サキの足元、最初の一撃で斬り落としたシユウの翼手だ。落ちていた翼手に喰らいついた捕喰口は顎から更に繊維を伸ばし、翼手に絡みついていく。水に黒いインクを落としたかのように鈍い光沢を放っていた翼手は炭のように黒くなっていき、関節から禍々しい紅色の光を放つ。
翼手に喰らいついたまま捕喰口はサキの手元に戻る。赤黒く変色した翼手を刀に見立て、彼女は神機を振るった。
ロングブレードとは比べ物にならない。
一切の抵抗も摩擦も感じない。
空気を斬るかのように赤黒い翼手を咥えた神機はシユウを一刀両断した。
次回「箱舟の機鋼兵」