その黒金の刃は翡翠の鳥夫人を斬り裂いた。ブラッドアーツによる無から生まれた斬撃で全身を刻み、怯んだ隙を突いた一閃は正面からシユウ感応種の胴を別った。
液状化したオラクル細胞が返り血のように吹き上げ、ジュリウスの身にかかる。
シユウ感応種が仰向けに倒れた。周囲の眷属も霧散する中、ジュリウスは剣形態の神機を構え残心。息を吐く中でシユウ感応種が完全に霧散する姿を見届ける。相手は未確認の新種、その上、神機を無力化させる感応種だ。どんな能力を持っているか油断できない。
シユウ感応種が塵となって消え去ったことを確認するとジュリウスは戦いの中で緩んだインカムを耳に押し当てる。
「こちらブラッド
『了解しました。至急、フレースヴェルグ隊を向かわせます』
「俺も向かう。シユウの居場所を教えてくれ」
『インフラ区画に2体、居住区画に2体です。インフラ区画はレオーニ上等兵が対処。居住区画は……その……』
珍しく歯切れの悪い喋り方をするオペレーターにジュリウスは「どうした? 」と尋ねる。
『紅理沙二等兵が無断で出撃し、現在交戦中です』
――ッ! !
「分かった。居住区画に向かう」
ジュリウスは歯噛みしつつも平常を装った。サキが心配でならなかった。初実戦でオウガテイルを倒したあの動きで彼女の実力が並みの新人ではないことは理解していた。しかし、オウガテイル1体とシユウ2体では難易度が格段に違う。訓練を追えた神機使いですら一人での対処は厳しい状況だ。
フライアの廊下を駆け、居住区画へと向かう。
瞬間、熱波のようなものがジュリウスの全身に当てられた。
血の力を使った時に感じるオラクル細胞の疼き、湧き上がり、全身から溢れ出しそうになるエネルギー。自身の中で感じていたものを外部から当てられたような感覚に襲われる。
――これは……血の力? いや、でも何だ……。この禍々しい感じは。
*
その斬撃は無音だった。
骨肉が千切れる音がしなかった。
流動する空気の音も聞こえなかった。
しかし、テレサ・ヘンミンキの目には確かにシユウを斬断する紅理沙サキの姿が見えた。
シユウの上半身が腰から滑り落ち、直立していた下半身も膝から崩れ落ちた。
――何なんだ? あれ。
テレサの目は異形の神機に向けられていた。
捕喰形態――神機使いが
しかし、サキの使い方はいずれにも当てはまらなかった。
――アラガミの部位を掴んで武器にするとか、聞いたことないぞ。
もう一体のシユウが雄叫びを上げて翼手を振るう。掌には炎弾が纏っている。
サキは神機を振るいシユウの翼手を両断しようとする。しかし、空振りに終わる。
シユウはサキの動きを読んでいたのか、翼手を引っ込めて翻る。フェイントだ。身を回転させ、反対側から炎弾付きの拳骨が飛んだ。
ガードが間に合わず、サキの身体が飛ばされる。翼手を咥えたことで何倍にもサイズと重量が大きくなった神機でバランスを崩し、受け身も取れず壁に叩きつけられる。
シユウは翼手を広げてバックステップし、対面に壁に背をつけるところまで下がった。両翼の掌から炎弾を作り、連続してそれをサキに放つ。
今のサキには対処する手段がない。肥大化した捕喰口が銃身パーツや装甲パーツ、変形機構に関わる部位に干渉しており、銃身パーツ展開による遠距離攻撃、装甲パーツ展開による防御、更に捕喰攻撃もすることが出来ない。
サキの目の前に巨大な壁が割り込み、炎弾を防いだ。
「おい! ! チビっ子! ! 大丈夫か! ? 」
サキの目の前にはテレサがいた。彼女は神機のタワーシールドを展開させ、シユウの炎弾を防いでいる。装甲パーツの中でも最大の防御力を誇るそれは正面から攻撃を受けても衝撃で下がることはない。
「テレサさん……? どうして? 」
「何か分かんねえけど、神機が動かせるようになったんだよ! ! 」
「いえ、そういうことじゃなくて……」
サキが聞きたかったのは自分を助けた理由だった。テレサからすれば、自分はヨーナスを死なせてのうのうと生き残った憎悪の対象だ。あれほどの怒りや激情が一晩で治まる筈がない。
「色々と言いたいこととか聞きたいこととかあるけど、とりあえず今は目の前の敵に集中しろ」
テレサも腹の虫が治まった訳ではない。ヨーナスの死に対する悲しみも生き残ったサキに対する見当違いの怒りもまだ心のどこかで燻っている。しかし、目の前にアラガミがいればそんなことを考えてはいられない。一人の女ではなく神機使いとしてのスイッチが入る。
テレサがタワーシールドの隙間から向こう側を覗く。シユウは翼手の掌を合わせ、そこから巨大な炎弾を作り上げていた。
「大技来るぞ! ! 」
これまでとは比べ物にならない。シユウの全長と同じサイズの炎弾が放たれた。テレサが構えるタワーシールドに直撃するとその場で爆発を起こす。周囲の床や壁、装飾品も巻き込んで爆散し、崩れた建材とそれが塵になり煙となって空間を被う。
煙からタワーシールドが飛び出した。それはシユウ目がけて一直線に走り抜け、シールドバッシュをお見舞いする。質量の伴った攻撃にシユウの足がふらついた。
「やれ! ! チビッ子! ! 」
サキが跳躍した。テレサのタワーシールドを飛び越え、全身を回転させて長大な神機を振るう。
翼手刀がギロチンのように振り下ろされ、シユウの胴体を袈裟斬りにする。
――浅い! !
届いた刃は先端の十数センチのみ。前例のない形態をとった神機の間合いを把握しきれていなかった。増大した重量が跳躍の距離と速度に与える影響の見込みも甘かった。
嘲笑うかのようにシユウは距離を取る。サキとテレサが遠距離攻撃できないことを既に学習したのだろう。再び両翼に炎弾を形成し、それを放とうとする。
その瞬前、鋼鉄の巨人が急襲した。
巨人はフライアの壁を突き破り、神機以上に巨大なブレードをシユウに振り下ろした。完全に不意を突かれたシユウは頭頂部から左右に分断される。
シユウはその場で倒れるがまだコアが残っているのか、ずっと組んでいた本体の腕を出し、最後の力を振り絞って逃げようとする。しかし、巨人はシユウの翼手を足で踏みつけ、動きの止まったところにブレードを突き立てた。完全に息の根を止めた。
照らされた鋼色の装甲、筋肉のように脈動するダークグレーの人工オラクル筋繊維、有機的に黄色に輝くパーツが目に入る。胴体に対して長い手足と前傾姿勢のせいで、体躯はヒトよりも類人猿を彷彿させるものだった。
「新手! ? 」
サキは神機を構えようとするが、テレサが制止する。
「待て! ! 神機兵だ! ! 」
「神機兵? 」
サキは聞き返すが、はっと同じ単語がオペレーションルームの会話で出て来たことを思い出す。神機使いに並ぶ新たな対アラガミ兵器だと――。
『ケガは無いか? 』
スピーカー越しに透き通った青年の声が聞こえる。その声色、口調だけでも彼の透明感のある爽やかな雰囲気が伝わる。
「だ、大丈夫です」
「その声、ギリーか。心配すんな。見た目ほど悪くねえよ」
サキとテレサは神機兵に向けて手を振る。
『了解した。俺は整備区画に戻る。突貫のパーツ交換だったからな。
「サキ」
居住区画とその他の区画を隔てるゲートが開き、ジュリウスが駆け寄って来た。彼の後ろには途中で合流したのだろう。ケイジをはじめとしたフレースヴェルグ隊の神機使いも数名ほど付いて来ている。
サキは自分がオペレーションルームで啖呵を切り無断出撃したことを思い出す。ジュリウスにも出撃するなと命令されたばかりだ。勝手に出たことを怒られるんじゃないかと思い、身体がビクついてしまう。
「大丈夫か? 」
「あ、はい。大丈夫です」
サキはジュリウスの視線が自分の右腕に向けられていることに気付く。制服の袖で隠れていた奇怪な痣に塗れた腕――。サキは目を伏せ、身体と左腕でそれを隠す。
サキはふと神機に目を向ける。翼手を咥えた神機にジュリウスは何も言わないのだろうかと思ったが、翼手刀は既に無くなっていた。本体のシユウと共に霧散したのだろうか、綺麗さっぱり無くなっており、神機は何事も無かったかのように剣形態に戻っていた。
「えっと……腕は元からです。気にしないで下さい」
サキの表情は憂えていた。それが何に対してなのかジュリウスは理解していた。腕の痣を見られたことにではない。人を助けられなかったことにだ。居住区に散らばるシユウ達の
「まず、お前が無事で良かった」
ジュリウスは手を伸ばし、サキの頭を撫でた。自然と手が伸びていた。異性に触れられるのはそれなりに抵抗があるだろう。セクハラと言われるかもしれない。けど、こうして気を紛らわせて、安心させないと彼女は死者ばかりに目を向け、勝手にその死を背負い、自滅していってしまうかもしれない。そんな思いにかられた。
――■■■お兄ちゃん……。
ジュリウスに撫でられた時、サキは「お兄ちゃん」と呼ぶ誰かを思い出す。影になっていて、どんな顔で、どんな服を着ていたのか思い出せない。そのお兄ちゃんが血縁なのか、ただ年上の男性だったからそう呼んでいたのかも分からない。
答えは忘却の彼方。
*
今回の戦いでフライアは多大な被害を被った。インフラ区画は一部機材の損壊に起因する一時的な断水と停電が発生、居住区画では12名の職員とその家族が死亡した。
これまでフレースヴェルグ隊がアラガミ侵入を阻んできたこともあり、シユウ感応種およびシユウ群によるフライア襲撃事件は発足以来最悪の事件として人々に記憶されることとなった。
また、報告を受けたフェンリル本部は変異したシユウ感応種を新種と判断。
シユウ神属の感応種をイェン・ツィー、眷属のアラガミをチョウワンと命名した。
感応種が出たり、サキの神機が変な形になったり、神機兵が飛び出して美味しいところを持って行ったりとB級映画みたいに色々詰め込んでしまったなと思っています。
次回はイェン・ツィー襲撃事件の締めくくりになります。
次回「別れ道と勝利の美酒と」