「ヴィスコンティ隊長。ごめんなさい。――じゃなかった。申し訳ありませんでした」
襲撃事件から3日後、イェン・ツィー襲撃事件の事後処理に追われ、人の往来が激しいフライアのロビーでサキは深く頭を下げた。対面するジュリウスはため息を吐いた。
謝罪の理由は判っている。命令違反の件だ。
襲撃事件の際、サキは命令違反、神機の無断使用、設備破壊(居住区画に向かう際、神機で壁や扉を破壊してショートカットした)の罪に問われた。通常であれば一週間の懲罰房行きだったが、ジュリウスが自らの監督責任であると自訴したことから、サキへの罰は3日に短縮され、ジュリウスは2ヶ月間の減棒処分が言い渡された。
「その、大丈夫なんですか。お給料が減ってしまって」
「問題ない。元々、大して使っていないからな」
「服とか凄く高そうですし、肌も髪も綺麗ですから美容にも気を回してそうですけど」
「問題ない」
「本当ですか? 」
「本当だ」
「マジですか」
「マジだ」
サキのくだけた口調が移った「おっと」とジュリウスは口元に手を当てる。
ジュリウスは話を仕切り直すために咳払いする。
「サキ。命令違反は時として取り返しのつかない事態を招くことがある。隊長として、先日の君の行動は褒められたものではない」
「どうして自分に処罰が向くようにしたんですか? 私は一週間懲罰房行きでも謹慎処分でも構いませんでした」
「そうだな……。俺個人としては、あそこで君が動く人間であって良かったと思っている。下手に重い罰を受けて、あの時の決断を『間違っていた』と思って欲しく無かった」
ふっと笑うジュリウスに対し、サキの表情は晴れなかった。
「隊長。私はそんなに強くありません。ゴッドイーターに選ばれたって聞いた時、アラガミが恐くて泣きそうになりましたし、何度か宿舎を脱走しようとも考えました。けど、逃げる当ても勇気も無くて、流れに流されて神機を握ってしまった人間なんです。私があそこで動いたのは、“前のサキ”が私にそうさせたからです」
「“前のサキ”? 」
サキの言葉にジュリウスは首をかしげた。
「隊長は私の経歴を知っていますよね? 」
イェン・ツィー襲撃事件の事後処理を終えた日の夜、ジュリウスはNORNのデータベースでサキのことを調べた。隊長になると閲覧の権限が大きくなり、隊員の個人情報も一部が見られるようになっていた。
――――――――――
紅理沙サキ(15)
出生:6月20日(暫定) 身長157cm
2072年4月マグノリア=コンパス第十三区画に入所。
戦災孤児保護プログラムにより迎え入れられた300名の孤児の1人。
保護される以前の記憶を失っており、当時の記録も火災により焼失、保護担当者もアラガミの襲撃で死亡したため、出自についてはマグノリア=コンパスでも把握できていない。
≪マグノリア=コンパス教導担当者のコメント≫
座学・実技ともに及第点といったところです。性格は明るく、率先して他人の手伝いをする優しい子ですが、痣のせいで周囲からは距離を置かれていたこともあり、人間関係は上手くいっていませんでした。私見ではありますが、無理をして明るく振る舞っているのではないかと心配しています。
≪担当医のコメント≫
慢性侵喰症を患っており、オラクル細胞に侵喰された細胞が痣として出ているものの、現在のところ身体機能に異常は見られない。侵喰しているオラクル細胞の数は少数であり、また侵喰も小康状態であることから、アラガミ化する確率は極めて低いと考えられる。
但し、神機という外的要因により侵喰が活性し、アラガミ化する可能性は否定できない。
≪ラケル・クラウディウス博士のコメント≫
残念ながら、活性化した侵喰症を止める術はありません。
紅理沙隊員がアラガミ化した際、ヴィスコンティ隊長は速やかに彼女を処理して下さい。
――――――――――
残酷なまでに淡々とした文面に覚えた吐き気をジュリウスは思い出す。ラケルからの指示をサキは知っているのだろうか。
「ああ。全部見た。君が記憶喪失であることも知っている。だが――「失礼。道を開けて貰おうか」
ジュリウスの言葉を遮るように低い声が2人にかかる。振り向くとそこにはフライア法執行部の白制服を着た男達と、手錠をかけられたテレサがいた。彼らはロビーからヘリポートに向かうエレベーターを利用しようとしていたが、ジュリウスとサキの立ち位置がそれを阻んでいたようだ。
「よう。チビッ子。いや、サキっていうんだっけ」
「口を慎め」
「良いじゃねえか。挨拶ぐらい」
男たちの隙間からテレサはサキに声をかけるが、執行部の男たちがその身を壁にする。
手錠をかけられた彼女がヘリポートに向かおうとしている。フェンリルやフライアの事情を知らないサキでも、今ここがテレサに会う最後の瞬間になると分かった。
「すいません。少し話をさせて下さい」
サキから要望が出たことに執行部の者達は少し驚く様子を見せた。
「分かった。手短にしろ」
人体の壁が開き、サキとテレサが対面する。サキはテレサの様相が変わっていたことに驚いた。彼女なりにヨーナスの死に踏ん切りをつけたのだろうか、その表情から怒りと憎しみは見られない。サバサバとした気の良いお姉さんといった印象を受ける。こっちが普段の彼女なのだろう。
「その……悪かったな。アンタの事情はウチの隊長から聞いたよ」
「あの……お兄さんのこと――痛っ」
“ごめんなさい”と言おうとした。ジュリウスに諭された今でも彼らの死は「自分のせい」だと思ってしまう。しかし、謝罪の言葉はテレサのデコピンで遮られた。
「シケた面すんなよ。私が拝む最後の顔なんだからさ」
儚げな顔を浮かべていたテレサは真剣な面持ちになる。それに釣られてサキも固唾を呑んだ。
「教えてくれ。ヨーナス兄ちゃんの最期はどうだった? 」
「動かない神機を握って、私達を守る為に最後まで必死に戦いました」
「…………ありがとう。兄ちゃんらしい死に様だよ」
サキが何一つ飾られない端的な答えを聞き、テレサの唇が震える。こみ上げる悲しみを抑え、噛み締めて堪えた。
「どこかに行ってしまうんですか? 」
「まぁな。あんな事件を起こして、人類の希望様に傷をつけたんだ。どこぞの辺境支部に飛ばされる程度で済んだだけマシさ。どこだっけ? ファーなんとか支部ってところ。色々とやべー激戦区みたいでさ。『そこで戦って死んでこい』ってことらしい」
「そんな……」
激戦区への異動――それがテレサ・ヘンミンキに下された罰だった。罪人とはいえ神機使いはアラガミを倒せる貴重な人材だ。その命を牢屋や絞首台で浪費出来るほど、今の人類に余裕は無く、激戦区への異動は神機使いに下される罰の中でもありふれたものだった。
「時間だ」
執行部の男たちがテレサの両腕を掴む。彼らの手を振り払いながらも彼女は執行部の男たちに囲まれ、エレベーターへ向かう。
「サキ! ! 」
テレサが名を叫び、俯いていたサキが面を上げる。
「せいぜい活躍しろ! ! いつか、お前が有名になった日には『私の兄ちゃんはあいつを守って死んだんだ』って、みんなに自慢させてくれ! ! 」
サキの返事を待つことなく、エレベーターの扉が閉まった。位置を示すランプは次々と上階を示す。最上階にランプが灯るまで、サキとジュリウスは見届けた。
「隊長……。私は強くなれますか? 私を守った人の死を無駄にしないような、彼女が自慢できるような立派なゴッドイーターになれますか? 」
「君はもうその強さを持っている。その意志を決して、手放すな」
「……はい」
サキの目尻から涙が零れる。それは頬を伝い、彼女の黒い腕輪に滴った。
「おーい。ジュリウスー。サキー」
人の往来を掻き分けてロミオは手を振りながら駆け寄った。
「遅いよ。みんな待ってるんだけど」
「え? みんな? 待ってる? 何のことですか? 」
「君の歓迎会だ。まだやっていなかったからな」
ロミオとジュリウスに連れられ、サキはフライアの商業区画を歩く。レストラン、カフェ、ブティック、左右に煌びやかな店舗が並んだ光景に思わず目を奪われ、気が付くと2人の姿を見失っていた。
「サキちゃん。こっち。こっち」
目を向けるとロミオが手招きしていた。人間2人がようやく通れるサイズの脇道だ。ふと上を向けると「Chacette(隠れ家)」と書かれた看板があった。
木製に偽装されたドアを開けるとシックな雰囲気の空間がそこにあった。洒落たジャズがBGMとして流れる小さなカフェだ。客席はテーブルとカウンターを合わせて、10人分ぐらいしかない。
落ち着いた照明の下で客席いっぱいの人が3人を待ち受けていた。
「我らのヒーローのご到着だ」
3人が入った瞬間、中に居た人々がクラッカーを鳴らす。破裂音と共に紙テープが3人に降りかかる。ビックリしてサキは目を丸くした。それはジュリウスとロミオも同じだった。
死者が出た事件の直後ということもあり、歓迎会はブラッド隊3人だけのささやかなものにするつもりだった。
「ライアー大尉。どういうつもりですか? 」
ジュリウスはクラッカーを持っていたケイジに視線を合わせる。
「ちょっとしたサプライズだ。部隊の尻拭いをしてもらったお詫びも兼ねてな。お前に会いたいという奴も何人か連れて来た」
サキの前に一人の女性が近づく。金髪のショートボブと睨むようなエメラルドグリーンの瞳、サキと年齢はそう変わらなさそうだが、既に仕事ができるクールな雰囲気が漂っている。
「ブラッド隊担当オペレーターのフランです。ミッションでご一緒することが多いですので、これからよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
カフェの雰囲気に似合わないツナギ服の青年が「お嬢ちゃん」と呼ぶ。
「統合整備班のアストーだ。姉貴を助けてくれてサンキューな。一杯奢らせてくれ」
「あの、私お酒はまだ……」
「経理部のハリーです。娘を助けてくれて、本当に……本当に、ありがとう」
「助かって良かったです」
「フレースヴェルグ隊・隊長のケイジ・ライアーだ。我が隊のフォローに感謝する」
「いえ、こちらこそ」
「この前は助かったわ。『ハミング』って服飾店やってるから。今度来たら割引大サービスしてあげる」
「本当ですか? ありがとうございます」
各々がサキに感謝を述べている中、ジュリウスはふっと笑った。
静かな歓迎会にする予定だったが、こういうのも悪くはない。
*
静寂に包まれた研究室でラケルは一つの画面に目を向けていた。3日前のイェン・ツィー襲撃事件の際の映像だ。居住区画の廊下に設置された監視カメラがサキとシユウの戦いを記録しており、ジュリウスが目にすることの無かった翼手刀もしっかりと映っていた。
ラケルは動画を一時停止させる。
「捕喰機構のブラッドアーツといったところでしょうか……。これはまた、予想外の掘り出し物ですね」
画面に着信を知らせるウィンドウが表示される。ラケルは発信者を確認するとボタンを押し、通話に出る。画面には立派な白髭が目立つ初老の男性が映った。
『お久し振りです。ラケル先生』
「お呼び立てしてすみません。フォード理事長。単刀直入で申し訳ないのですが、折り入ってご相談があります」
『何を畏まったことを言いますか。他ならぬラケル先生の頼みであれば、私は首を縦に振ることしか出来ませんよ』
「そう言って頂けると助かります。実はですね……。近々、隔離指定人物№08を出そうと考えております」
その言葉を聞いた瞬間、フォードの顔色が変わった。冷や汗が流れ、惜し黙ってラケルを見つめる。「その頼みは聞けない」と言わんばかりだ。
「こちらには神機使いが揃っていますし、神機兵も有人搭乗型なら実戦投入が可能な段階に入っています。いざという事態になったとしてもフライアで対処は可能です。偏食場パルスのデータも確認しましたが、ここ数年は落ち着いているのでしょう? 」
『……分かりました。手配いたします』
そう告げて、フォードからの通話が切られた。
同時にメールが送られてくる。ラケルはキーボードを操作してウィンドウを展開、メールの添付ファイルを開いた。
――これで、血を分けた子は4人になりますね。
隔離指定人物 個体管理№08 香月ナナ
実際のところ、ゴッドイーターの重犯罪者の処罰ってどうなってるんでしょ
次回「救難信号」
最近、Twitterを始めました。
本作の裏話やGEプレイ時代の思い出などを語る予定です。
興味がありましたら是非。
twitter@drunk_writer13