スカジに人肌のぬくもりを思い出させる話   作:ペトラグヌス

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ドクターがスカジに出会う話

ある小さな男の子の話をしよう。

 

その男の子は、少し内気で、物静かだけれど心根のやさしい、そんなどこにでもいるような子だった。でも、他の子と少し違うのは、お父さんやお母さんがいないということだ。

いや、きっとどこかで生きてはいるのだろう。ただ、男の子は置いて行かれてしまったのだ。

 

そんな男の子は、同じような子供たちと一緒に孤児院で暮らしていた。孤児院の暮らしは大変だ。朝から晩までいろいろな仕事をしなければならないし、もし大人たちの癇に障るようなことをしたら、すぐに殴られる。そんな場所だ。

 

男の子たちには、ありとあらゆる罵声と暴力とが浴びせられた。親にすら捨てられたお前たちに価値なんてない、ゴミ以下だ、屑だ。

そうやって大人たちは、男の子たちに自分は無意味な存在であると刷り込み、自分たちの思い通りに使おうとしていたのだ。

 

男の子は、他の子どもたちよりも少しだけ賢かった。そして、愚かでもあった。

このままではきっと殺されてしまう。そう思った男の子は、孤児院から逃げ出したのだ。

 

裸足にぼろ布をまとっただけの格好。そんな男の子に、外の世界は過酷だった。誰も面倒事にかかわりたくはない。道行く人は、皆男の子から目を背けた。

冬の冷たい空気は容赦なく男の子の体力を奪っていく。そしてついには、どんよりと立ち込めた雲から雪が舞い落ちてきた。

 

もう限界だった。男の子は、自分な中で何かが切れるのをはっきりと感じたのだ。

あのまま孤児院に居れば、何の意味もなく死んでしまうと思っていた。外の世界に出れば、何かが見つけられると思った。でもそんなことはなかった。

この世界のどこにも、自分の生きている意味などなかったのだ。

 

ふと、視界の片隅に何か地面に打ち捨てられたものが飛び込んできた。それは、どうやら生きているらしいが、息も絶え絶えといった様子だった。

仲間だ、男の子はそう思った。自分と同じで何の価値もなく生き、そしてそのまま死んでいく。そんな仲間だと。

 

その生き物の隣に座り込む。一度座り込んでしまうと、今まで立てていたのが不思議なほど力が入らなくなってしまった。いよいよ、死がそこまでやってきたのだとわかった。

だが不思議なもので、こんな時でも腹は減るものだ。男の子は、自分の腹から聞こえてきた音に、思わず苦笑いした。どうやら、隣にも音が聞こえていたらしい。暗闇に光るものと、視線が合うのを感じた。

懐からパンを取り出す。孤児院から逃げる時に持ってきたものだ。最期の時に腹が膨れていれば、少しはましな人生になるだろうか。

 

だが、もはや男の子はそのパンすら食べることができなかった。口を開けようとしても、歯がカチカチと音を鳴らすだけで、パンを受け付けないのだ。

そういえば、こいつはどうだろうか。隣に視線を向ける。その口元にパンを近づけてやると、ゆっくりと口を開いてパンを食んだ。

仲間かと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。どちらにせよ、死ぬことには変わりないが。

男の子は、もうすべてがどうでもよくなった。

 

 

 

 

どれくらい時間がたっただろうか。いつの間にか雪は止み、空を覆っていた雲は消え去って晴れ晴れとした青い空が広がっている。

頬に生暖かい感触を感じる。耳元でやかましい鳴き声がする。

うっすらと開いた視界の中で、地面に転がっていたはずの生き物が立ち上がってこちらをのぞき込んでいるのが見えた。

なんだ、結構元気じゃないか。昨日までの衰弱が嘘のような様子に、男の子は驚く。そして、気づいた。持ってきたパンの塊がすべてなくなっていることに。

 

そうか。僕のおかげでこいつは助かったんだ。世界中から見捨てられていたこいつは、僕のおかげで助かったんだ。

 

男の子にとって、それはまさしく天啓であった。

 

そうだ。僕の価値は、ここにあったんだ。この瞬間だけ僕は、世界中から見捨てられていたこいつを救った僕は、きっと世界中の誰よりも価値がある存在だ。

 

男の子は笑った。そして、その意識は再び闇の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

僕は医者だ。それもかなり変わり者の。

何が変わっているかというと、僕は非感染者ながら感染者の治療ばかりする医者だというところだ。

 

僕としては、苦しんでいる人を救うのに感染者、非感染者の区別などないと思うし、むしろ世間から見捨てられている感染者の治療のほうが急務だとさえ思う。

ただ、世間一般からすれば僕は異常なようで、色々と大変な目にあってきた。

 

でもここでは、気兼ねなく治療に取り組むことができる。この場所──ロドスでなら。

ロドスには、いろいろな人が集まってくる。それは鉱石病に苦しむ人であったり、そんな人を助けようとする人たちであったり、ちょっとマッドな研究者であったり……様々だ。

僕の仕事は鉱石病の治療とその研究。それに加えて、今は作戦指揮も担当している。そんなわけで、僕もロドスのちょっとしたお偉いさんだ。

 

お偉いさんというのは、ただ偉いんじゃなくて色々やらなければいけないこともあるわけであり、新規戦術オペレーターとの面接なんかも僕の仕事だ。

ロドスの行うような作戦においては、オペレーター個人の力量、特性が非常に重要になってくる。だから、これも指揮官として非常に重要な仕事ではあるんだけど……

 

「あなた、本気で私を雇うつもり?私がいれば、厄災を招くかもしれないのよ」

 

こんな風に、ちょっと怖い人と一対一でやりあわなきゃならないのは何か違う気がするんだ。そんなこと口が裂けても言えないけれど。

 

「ええ。本気ですよ、スカジさん。ロドスはあなたの力を必要としています」

 

まあ、僕だってある程度の場数は踏んできている。こういう相手に対しては、一歩も引かずにこちらの熱意を伝えればいいんだ。

 

「……そう。本気なのね」

 

そういうスカジさんの目は、透き通るように冷たい。その目で射すくめられたら、逃げ出したくなってしまうほどに。けれど、僕に逃げるという選択肢は残されていない。

そんなことをしたら、僕を拾ってくれたロドスの看板に泥を塗ることになるし、僕にもプライドっていうものはある。だから、僕は逃げたしたくなる気持ちを押し殺して、彼女の目をじっと見つめ返した。

お互いにお互いを見つめあって、沈黙の時が流れる。永遠に続くかと思われたその沈黙に終止符を打ったのは、彼女の言葉だった。

 

「……わかったわ。でも、私には近づかないほうがいいわ。あなたも面倒事は嫌だろうし、私だって困るのよ」

「わかりました。では、改めてよろしくお願いします、スカジさん」

 

返事はなかった。だが、きっとそれが彼女のやり方なのだろう。少なくとも、仕事はしてくれるに違いない。

緊張の糸が切れると、どっと疲れが出てくる。それにしても、彼女は何というか、何としても人を近づけたくないとでもいうのだろうか。

とにかく人を遠ざけるような言動をしていたな。あれではあまり他のオペレーターからは良い印象を得られないだろう。こちらでフォローする必要があるかもしれないな。

それに……近づくなというときに一瞬見せたあの瞳の揺らぎ。あれはいったい何だったのだろう。

彼女の履歴書を見る。なかなかにひどいものだ。数々の作戦に参加し、そのすべてにおいて多大な成果を上げている。すばらしい経歴だ。……彼女以外の参加者が悉く全滅しているということを除けばの話だが。

ついた渾名は”厄災”、”凶星”、その他諸々。いずれにせよ、良いようには思われていないということは確かだ。

彼女もまた、世界から見捨てられてきた存在なのかもしれない。

 

 

 

だとすれば、これは僕の領分だ。僕の仕事は、世界から見捨てられた存在を救うこと。

 

それによって僕の価値は証明され──それ以外に僕の価値はないのだから。

 

 

 

 

 




スカジをデレさせるのは難しいです。
あと何話かかるんだろう…

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