スカジに人肌のぬくもりを思い出させる話   作:ペトラグヌス

10 / 10
お気に入り登録、感想等ありがとうございます!




今回のイベントはスカジが大活躍で嬉しい。

拙作での活躍はもう少しお待ちください。


ドクターがケルシーとお祝いする話

病室でケルシーと話してから数日後、青年はようやく退院することができた。

その際には今度は睡眠をしっかりとれだとか、心理カウンセリングを進められたりといろいろ言われたが、研究が再開できるということで頭がいっぱいだった彼は右から左へとそれらを聞き流した。

その様子に、担当医はまた近いうちにこの患者と対面することになると悟ったという。

 

だが、幸いにもその懸念は現実のものとはならなかった。

 

退院の翌日、早速現場復帰した青年は、やはりというべきか猛烈な勢いで仕事を進めた。

その勢いはとどまるところを知らず、当たり前のように他のスタッフが帰った後も続いた。

この真夜中の時間帯はいい。誰も仕事をしていないときにやる仕事は生の実感を与えてくれる。

青年がそう独り言ち、器具をセッティングしていた時だった。

 

「おい」

 

「わっ!……せん……主任」

 

声をかけられた方を振り向くと、そこには呆れ顔のケルシーが立っていた。

 

「流石に今日くらいは……と思ったんだがな」

 

その表情と言葉とは裏腹に、どこかしら喜色が混じった声で彼女が言う。

それに対して、青年は何を言っているんだとばかりに返した。

 

「当然、やるにきまってます。入院してた分をちゃんと取り返さないと……」

 

「……それが生きる理由だから?」

 

「そうです」

 

やや憮然とした表情で返答する。

それを聞いたケルシーはうんうんと二度ほど頷いた。

やはりこいつは本当に答えを持っている。どうやってその答えを得たのか、どうしてそれが答えなのか、知りたいことはたくさんある。久しぶりに科学者としての血が騒ぎだしたような気がした。

 

「やるぞ」

 

「へっ?」

 

間の抜けた声を出す青年。目を白黒とさせている。

 

「入院していた時の分を取り戻すんだろう?早く準備しろ。私とて朝日は拝みたくない」

 

「せん……主任が手伝ってくれるんですか!?」

 

「……先生でいい。二人の時はな。ほら、急げ。時間は限られてるんだ」

 

「……はい!先生!」

 

青年は勢い良く返事をすると、薬品庫へと軽やかな足取りで駆けていく。

その後ろ姿を見送るケルシーの頬は、知らぬうちに少し緩んでいた。

 

 

 

 

それからというものの、ケルシーは度々深夜の研究室を訪れた。

彼女は、直に接することによって青年を観察し、分析し、様々な情報を蓄積していった。

"他者"という新たな研究対象。その研究は、ケルシーに久しく忘れていた"楽しい"という感覚を思い出させるものだった。

青年と研究室で一晩を過ごすたびに、彼女は青年の新たな一面を知った。

その大半は下らない、どうでもいいような情報だった。けれども、そのどれもが不思議と輝いて見えた。

 

……初めは、青年の持つ"答え"について知るための手段だった。

けれども、その手段はいつの間にか、目的へと変わっていった。

手段と目的の取り違え。それは、本来ならばやってはいけない間違いなのだろう。

だが、その間違いがケルシーには心地よく感じられた。

 

 

 

 

 

その日は特に寒い一日だった。

 

年末の祭りを前日に控えた夜。青年は、いつものように一人研究室にいた。

同僚たちは、皆足早に帰っていった。ある同僚は息子にプレゼントを買うのだといい、またある同僚は家族とゆっくり過ごすのだという。

青年もその祭りがあること自体は知っていたが、義父は仕事でいないことが多く、まともにお祝いというものをしたことはなかった。だから、せいぜいプレゼントをもらえる日といった程度の認識だ。

そんな訳で、一人で過ごす聖夜はある意味青年にとってはいつも通りなのだ。

研究室も明日は休みだが、青年はこのまま泊りがけで明日もここで一人過ごす算段でいた。

 

先ほどから部屋中に響いていたキーボードを打つ音がぴたりと止む。

青年は一つ大きく伸びをし、ちらりと時計に目をやった。0時5分前。もうじき日付が変わる頃合いだ。

椅子から立ち上がってやかんに水を汲む。石油ストーブにやかんを乗せ、その前に座った。

別にお祝いというわけではなく、眠気覚ましにコーヒーでも淹れようと思い立ったのだ。

赤熱するストーブを眺めながらぼうっとしているうちに、青年はふとある人のことを思った。

 

──先生はどうしているんだろうか。

 

初めて会った時から、本当にすごい人だと思った。自分なんかじゃとてもかなわないような、本物の天才。雲の上の存在だった。

スカウトされて組織に入ってからも、それは変わらなかった。確かに組織にはたくさんすごい人がいるけれど、先生程の人はいない。

……そんな人が、僕のことを気ににかけてくれるようになった。

きっかけはここで倒れたことだ。無茶なことをして自滅した僕のことを、先生が助けてくれた。

その時からだ、先生と過ごす時間が増えていったのは。

いろいろなことを教えてもらった。先生のような人の指導を一対一で受けられるなんて、夢みたいだった。

面白いことにも気づいた。いつもは冷徹でポーカーフェイスの先生だけれど、実はからかい好きで、笑いもすれば怒りもする、そんな人だということだ。

それがわかってからは、近寄りがたかった最初のころの感覚は消え失せていった。

先生は雲の上なんかじゃなくて目の前にいる、それがわかったから。

今では、先生と過ごす時間はとても…その、楽しい?ものに感じられるのだ。よくわからないけど。

 

──聖夜というのは大切な人と過ごす日らしい。

僕にとってそれは父さんだ。……先生にとっては誰なのだろうか。

先生は、その人と過ごせているのだろうか。

 

火照った頭でそんなことを考えているうちに、徐々に瞼が重くなってくる。

そんな睡眠の誘惑と格闘していたからだろうか。青年は背後の物音に全く気が付かなかった。

 

「今日はもう寝るのか?珍しいな」

 

一気に眠気が覚める。慌てて振り返ると、ニヤニヤと笑うケルシーがそこにいた。

 

「先生!?……いつからそこに?」

 

「今さっきだ。……お前が眠気と戦う様は中々面白かったぞ?」

 

「じゃあ早く声をかけてくださいよ!……まったく!」

 

「まあそう怒るな。今日はいいものを持ってきたんだ」

 

そう言うと、ケルシーは後ろ手で隠し持っていた袋を見せつける。

それはなにかという青年の問いを無視し、ただ開けてみろとだけ言うケルシー。

訝し気な表情で袋の中にあった箱を開けると、そこには可愛らしくデコレーションされたケーキが入っていた。

 

「これって……」

 

「運良く売れ残りがあってな。……少し二人分にしては大きいが……まあ、いいだろう?」

 

「わざわざ買ってきてくれたんですか?」

 

そんな青年の問いに対し少し気恥ずかしさを感じたのか、ケルシーは目線をそらしながら言った。

 

「……まあ、なんだ、ちょっとしたご褒美みたいなものだ。……色々と手伝ってもらったしな」

 

「そんな、僕の方こそ色々と教えてもらって……」

 

「ああ、うるさいうるさい。こういう時は素直に受け取っておけ」

 

青年の言葉を遮り、ぶっきらぼうに言うケルシー。

それを聞き、青年も不承不承といった感じで頷く。

次いでなにかケルシーが言いかけたところで、窓の外から鐘の音が響いてくる。

時計の針は零時を回り、既に日時は祭り当日となっていた。

 

「……せっかくだ、お祝いでもするか」

 

「……」

 

「どうした?私とでは不満か?」

 

からかうようにケルシーが問いかける。

 

「違います!」

 

青年は慌ててかぶりを振った。だが、その後が続かない。

二人の間に暫しの沈黙が現れる。

……やがて、青年はおずおずと口を開いた。

 

「……僕なんかでいいんですか?」

 

その声はかすかに震えていた。

青年のそんな様子を訝しんだケルシーは尋ね返す。

 

「何がだ?」

 

「……こういうのは、大切な人と過ごすものだって聞きました。……先生。僕にそんな価値はありますか?いつも先生に迷惑をかけている僕に、そんな価値はありますか……!?」

 

 

……青年の歩んできた道のりは、彼の自己評価を限りなく低いものにしてしまっていた。

その人にとって役に立つか、立たないか。価値という概念を歪んだ形で植え付けられた青年は、これまでの人生で必死に自分が役に立つ存在であることを示そうとしてきた。

……裏を返せば、それは元の自分には価値がないものだと思っていたということだ。

それ故に、彼にはケルシーの言葉が信じられなかった。

祭りの日を共に過ごす。それは、彼がいまだかつて経験したことのないものであり、尚且つ彼はそれを当然のものとして受け入れてしまっていた。

価値ある存在だけが選ばれる神聖な儀式。彼の中で、その存在は神聖視されていたのだろう。

 

勿論、ケルシーにその様な認識があったわけもない。

彼女にとって、このイベントは灰色の毎日のごく一部にしか過ぎなかった。

かつていた"カゾク"という存在によって進行される、年に一度の行事。

いい思い出などあるはずもなかった。

 

だからこそだろう。彼女が青年に声をかけたのは。

冗談交じりに提案して見せたのも、きっとそれは彼女なりの照れ隠しなのだ。

本人はまだそうとは意識していない──正確には認めようとしていない──が、彼女な中で青年の存在は大きなものとなっていた。

面と向かって言うのは何となく気恥ずかしい。だから彼女はこんな回りくどい手を取ったのだ。

 

だが、そんなケルシーの思惑は脆くも崩れ去ってしまった。

懇願するようにこちらを見つめてくる青年。その視線に、彼女の仮面はあっけなく剥がされてしまう。

貼り付けた笑みを捨て去り、彼女は青年と向き合う。

ケルシーは優しく微笑むと、彼に語りかけた。

 

「……お前は……その、私の大切な…………弟子だ」

 

「……弟子は迷惑をかけるものだろう?だから……いいんだ。お前はそれで」

 

「……お前は、いてくれるだけでも価値があるんだ」

 

そこまで言うと、ケルシーは顔を背けた。

 

「ほら、弟子らしく早く準備しろ。どうせコーヒーでも飲むつもりだったんだろう?私の分も淹れろ」

 

それだけ言うと、自分の部屋のほうへと歩いて去っていく。

その頬がほんのりと桜色に染まっていたのを知る者はいない。

ただ、ケルシーはやたらと顔が熱っぽいのを感じていた。恐らくストーブのせいだろう、そう思っていたが。

 

「……………っ」

 

青年はただその後ろ姿に向かって深々と頭を下げた。温かい何かが頬を伝っていく。

はじめて言われた「価値がある」というその言葉。青年にとってどれほど重みのある言葉だろうか。

もはやそれ以上に言葉などいらない。いるはずもなかった。

 

 

 

 

 

「先生。お待たせしました」

 

しばらくした後。青年は二人分のコーヒーを淹れると、それを手にケルシーの部屋を訪れた。

堰を切ったように流れ出たそれを押しとどめるのには、随分と時間がかかってしまった。

さすがに今は落ち着いてはいるが、よくよく見れば青年の瞳が少し赤くなっているのが見て取れたことだろう。だが、それを指摘するのは野暮だというものだ。

部屋に入ってきた青年に対して、ケルシーはニヤッと笑って言った。

 

「中々に時間をかけるじゃないか。……どうだ、美味しいのが入ったか?」

 

「……ええ。ま、ちょっとしょっぱいかもしれませんけどね」

 

こいつめ、と嬉しそうに笑うケルシー。お返しだとばかりに笑い返す青年。

両者とも、もう湿っぽいのは終わりだと言外に告げあっていた。

そう、何せ今日はクリスマス。年に一度の特別な日なのだから。

 

「あ、先生。ケーキ出しといてください。僕は食器を持ってきます」

 

「わかった。……柄にもなく興奮しているな」

 

「それはそうですよ。初めてですから」

 

「……初めて、か」

 

「はい。先生は?」

 

「……いや、私もさ。私も、初めてだよ」

 

 

 

 

 

箱を開いてケーキを取り出す。ナイフでカットしてそれぞれの皿に取り分ける。

トナカイとサンタの砂糖細工を、どちらがトナカイを食べるのかで言い争う。

そのどれもが青年にとって、そしてケルシーにとって、初めての体験だった。

美味しいケーキと美味しいコーヒー。その二つを燃料として、机を挟んだ二人の会話は続いていく。

 

いつしか、話題は青年の将来の話へと移っていった。

 

「で、お前はその後どうするつもりなんだ?」

 

「その後?」

 

「鉱石病の治療に目途が立った後だ。何もずっとここで研究を続けるわけじゃないんだろう?」

 

「そうですね………やっぱり、父さんの診療所を継ごうと思ってます」

 

「今までの分をちゃんと返さなきゃいけませんから」

 

しばらくの沈黙の後、青年はそう答えた。

 

「父親の?」

 

「はい。町のお医者さんっていう感じの人なんですけど──」

 

嬉しそうに語る青年。そんな青年の話を聞きながら、ケルシーは考えていた。

自分に家族はいない。当然、父親もいない。

かつて"父親"だった人のことを、自分はこのような顔で語ることができるだろうか。

果たして"父親"とは、どういった存在なのだろうか。

 

「──だから僕は、感染者の人たちにも同じようなことをしてあげたいと思ってます」

 

「今やっている貧しい人たちへのものと同じように、か」

 

「はい。誰よりも助けを求めている人達ですから」

 

「そうか。……なら、その為にも研究を進めないとだな」

 

「はい!……そういえば、先生はどうなんですか?」

 

「私か。私は……」

 

そう言うと、ケルシーはちらりと青年の顔を見た。…いや、見てしまったと言うべきか。

 

これからのことなどよく分からない。これまで当てもなくただ生きてきた。そしてそれが続くと思っていた。

…けれども今は違う。俯いていたその視線を未来に向ければ、そこには彼がいる。

青年こそがケルシーにとっての未来そのものなのだ。

 

だが、それを素直に認めるには彼女はまだ青すぎた。

それほど意識しているというのに、そのことを頭では理解しているというのに、どうにも認めがたいのだ。

視線を感じ、不思議そうな顔で自分を指さす青年。

青年を意識してしまったという気恥ずかしさ。それを彼を揶揄うことで誤魔化そうと、ケルシーは小さく笑う。

 

「まあ、先ずはこのポンコツ弟子を一人前にすることだな」

 

「うわっ。先生、いくら何でもそれはひどいですよ」

 

大げさな声を上げる青年。対して、ケルシーはピシャリとはねのける。

 

「うるさい。お前はまだまだそんなものだ。ほら、手術の練習をするぞ」

 

「ええ!?今からですか!?」

 

「お医者さんになるんだろう?頑張れよ、ドクター。……っ」

 

「……先生。今絶対に笑いましたよね」

 

「いや、そんなこと無いぞ、ドクター」

 

「絶対馬鹿にしてますよね?!ドクター(笑)って言いましたよね今?!」

 

「……ほう。私にケンカを売るとはいい度胸だな。……今日はみっちり扱いてやるから覚悟しておけ」

 

「……理不尽だ」

 

青年の呟きは、暗い廊下へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別に馬鹿にしたかったわけじゃない。今ならわかる。

あれは、ちょっとした照れ隠しのようなものだったのだと。

……我ながら、程度が低いな。

でも。

お前は今でもその名前を使っているな。

別に特別な名前でもない。誰でも付けられるような名前だ。

だけれども。

……それを私と関連付けるのは、少し自惚れが過ぎるだろうか。

なあ、ドクター。

 




久しぶりにまともにイベスト見たら頭の中がすごいことになりました。

慌てて時系列を整理してこの物語の存在する余地を確保!
……できたのだろうか?

過去編ということでガッツリ独自設定ですが、何とか文脈に沿うものに仕上げたいと思いますので、楽しんで頂ければ幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。