スカジに人肌のぬくもりを思い出させる話   作:ペトラグヌス

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ドクターがスカジに抱きしめられる話

燃え盛る街の空を駆けて行く。

僕たちは炎と煙、暴徒達の異様な熱狂に包まれたエリアから少しずつ離れていった。そのうち、街の雰囲気が少しずつ変わっていく。うだるような暑さは消え去り、辺りは人ひとり見当たらない異様な寒々しさに覆われていく。先ほどまでの熱気も嫌だったけれど、今の刺すような空気のほうがより不気味で、すごく嫌な感覚だ。だけれども、この感覚こそが僕の仮設が正しいということを裏付けているような気がする。スカジの背に掴まりながら、僕は寒さに身を震わせた。

 

やがて、目標が見えてくる。周囲の建物は粉々に破壊されている中、地下の心臓部への入り口だけが無事だった。恐らく、敵はもうここに着いているのだろう。最早一刻の猶予もない。そう考えた僕が、突入の指示を出そうとしたその時だった。そいつが現れたのは。

異様な雰囲気の男だった。ぼろぼろの服にマントを羽織ったみすぼらしい姿。だというのに、外見には似てもつかないような強烈な威圧感をそいつは放っていた。

呆気にとられるオペレーター達を気にも留めず、そいつは柔和な笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。

 

「ようこそ、ロドスの諸君。……先ずは話でもしようか」

 

「っ!前衛、相手を頼む!後方要員は撤退!」

 

間髪入れずに指示を出す。その言葉に従ってオペレーター達は一斉に動いた。多少のイレギュラーがあったとはいえ、さすがはロドスの精鋭。戦闘要員が敵に襲い掛かり、僕たち非戦闘員は驚くべきスピードでその場から離れていく。去り際に、やつが小さくつぶやくのが見えた。

 

「……つれないね」

 

 

後方で体勢を立て直した僕たちは、様子を見るためにドローンを飛ばした。僕もこれまでなかなかの修羅場を潜り抜けてきたと自負しているけど、あそこまでの圧迫感は久々だ。生の実感ってやつを存分に味わうことができるのは。こっちは三人、あっちは一人。数の上じゃ圧倒的だし、それも精鋭ぞろい。普通ならばとっくに蹴りはついている。だけれども、僕には確かな確信があった。

ドローンのカメラが戦場の様子を送ってくる。辺りにはもうもうと土煙が立ち込め、詳しい様子がわからない。しかし、その中で動く人影を見つけた。やはり戦闘は続いているらしい。

と、突如として映像が途切れる。どうやらドローンを墜とされたようだ。敵は遠距離攻撃を使うらしい。だが、先ほどまでの映像では前衛オペレーターの近接高速戦闘を捌き切っているようだったし、そもそもそんな状況でどうやってドローンを発見したのか。敵の能力は未だに謎に包まれている。かなりまずい状況だ。さっき僕たちを運んだスカジと護衛を除く二人が新たに加わったとはいえ、ただゴリ押しするのはあまりにも危険すぎる。何か敵の情報を得られるような、そんな一手が欲しい。取りあえずは、目を手に入れるべきだろう。

 

「スカジ、少し頼みたいことがある」

 

 

スカジに連れられて、僕はまだ無事なビルの屋上へと降り立った。ここからならば、戦っている様子が多少なりとも見える。双眼鏡から見える景色には依然として辺りには砂埃が立ち込め、敵の姿もオペレーターの姿もおぼつかない。がしかし、どうやら攻めあぐねているらしいことはわかる。うっすらと見える輪郭にほとんど動きがないことがその証左だ。

戦闘が小康状態になった所で、僕はオペレーターに連絡を入れた。

 

「状況はどうなってる?」

 

「ドクター……ううん、あんまりいいとは言えないかな」

 

「敵の能力については何かわかったか?」

 

「うーん、ずっと砂埃がひどくてよくわからないよ。突撃しても躱されちゃうし」

 

やはりそれが問題みたいだ。視界が悪いせいでどうにも情報が掴めない。不幸中の幸いとしては、それで一方的に敵から攻撃されることにはなっていないということか。そこまでの余裕がないのか、はたまた……

そこまで考えたとき、先程の奴の言葉が脳裏をよぎる。あいつは僕たちがロドスだということを知っているようだった。その上で話をしようとも言っていた。打つべき一手はこれかもしれない。

 

「通信機を敵に寄越してやってくれ。予備を取りにこっちに退いてもらっていい」

 

「ええ!?ドクター、どういう事?」

 

「考えがあるってことだよ。さ、早く」

 

「了解!」

 

その返事を聞いた僕は、他のオペレーターたちにも距離を取るように伝える。果たして敵が応じるかどうか。奇妙な沈黙が続く。

破ったのは、やはり敵の一声だった。

 

「やあ、ドクター。会えてうれしいよ」

 

通信機越しに声が聞こえてくるとともに、舞っていた砂埃が吹き飛ぶ。あれが奴の能力なのか。

 

「どうも、初めまして。ええと……」

 

「名前なんぞ私にはないさ。……それに初めましてでもない」

 

僕としては見覚えがないのだけれど、どうやら初対面ではないらしい。まあ、昔は色々とふらふらしていたし、その時にでもあったのかな?

 

「それは失礼。……して、話とは?」

 

「……私のアーツは土砂の操作。予めマーキングした土砂を自在に操ることができる」

 

「?」

 

「操作できるのは私を中心に半径3km、操作限界重量は……まあ、やってみた限りは青天井というところだ」

 

こいつは何を言っているんだろうか。聞きもしないのに自分の情報を言うとは。聞いた限りでは大層な能力だが……欺瞞だろうか。

 

「ふふ……嘘じゃあない。どうだい、なかなかに素晴らしい、イカれた能力だとは思わないかね?」

 

「本当だとすれば大層なアーツだ。……でも普通じゃ有り得ない」

 

そう答えた瞬間、双眼鏡の先の奴の横顔がニヤリとその姿を歪めた。

ゾクリ、と。嫌な汗が噴き出してくる。……そうか。ケルシー先生が伝言なんてしたのはこういうことだったのか。

 

「……ドクター?」

 

となりのスカジが怪訝な表情でこちらをのぞき込んでくる。僕の動揺は彼女からも見て取れるようなものだったらしい。何でもないと答え、汗をぬぐう。

 

「……そう。普通じゃない。こんな、体内に源石を詰められて、なお生きながらえているというのはね。君とケルシーのおかげだよ」

 

「……なるほどね。そういうことだったのか」

 

「そうとも。……ああ、いや、別に君たちのことを恨んでなんかはないさ。むしろ今は感謝している」

 

こいつの正体はわかった。あの威圧感はそういうことだったのか。

 

「……なぜ暴動を?」

 

「……感染者に人権はない。……人として扱ってもらえないんだよ」

 

「……そのためのロドスだ」

 

「ロドス!ああ、そうだね。私も知ったときは驚いたものだ。だが納得もした。君がいたからね」

 

男は相も変わらず、飄々と話し続ける。

 

「君たちの志は立派なものだ。感染者と非感染者の共存。そうなったらどんなに素晴らしいものか。私だってそう思っているよ」

 

「……」

 

「でもね、私たちが欲しいのは今なんだよ。今、人らしく生きたい。未来に生きてる君たちとは違ってね」

 

ふと、男がうつむく。再び顔を上げたとき、男の顔には先ほどとは打って変わって自嘲が満ちていた。

 

「……まあ、もはや人と言えるかどうかもわからない私が言うことでもないか」

 

ちくり、と。胸を刺す痛みを無視せずにはいられない。心の奥底にしまったはずのものが顔を出そうとする。

ちらりと隣にいるスカジを見る。

そうだ。僕は救いを与えるんだ。相手の望む望まぬにかかわらず。エゴを押し通すんだ。

 

「……いや、むしろだからこそ、まだ人である皆のために国を作ってやりたかったのかもしれないな」

 

「どうだい、ロドス。これが私たちだよ。ただひっそりと、普通に生きていたいだけなんだ。放っておいてはくれないか?」

 

そう言って奴の話は終わった。

奴は犠牲者だ。それは間違いない。いや、奴だけではなく感染者というのは得てして犠牲者なのだ。

救われたかったのだろう。みんな。

でも、だからといって暴虐を見過ごすわけにはいかない。この暴動を止めないわけにはいかない。

だから────

 

「……それは無理だ。お前たちは暴動を起こした。無関係の多くの人を巻き込んで。だから、それを止めるのが僕の仕事だ」

 

もう僕にはこういう救いしか与えることができない。押し付けることしかできない。

 

「……そうかい、ドクター。残念だ」

 

その言葉とともに、大地が揺れ動く。周囲の破壊されたビルの瓦礫が奴に向かって集まっていく。

振動が収まったとき、そこには天を衝く土塊の巨人がいた。

 

「ゴーレム、とでも言おうか。どうだい、すごいものだろう?」

 

通信機から奴の声が聞こえる。どこか誇らしげな、どこか悲しげな、そんな奇妙な声色。けれども、そんなものは右から左へと流れていく。目の前に現れた巨体に意識を持っていかれる。呆然と見上げるだけの僕はの前で、巨人が腕を振り上げ────次の瞬間、大地が割れた。

圧倒的な破壊力。大質量の通過で辺りには突風が吹きすさび、粉塵を舞い上げる。

 

「ドクター!あれ、危険すぎるよ!ひとまず退かないと……!」

 

オペレーターの悲鳴のような叫びがきこえる。でも僕は何も返事を返せなかった。頭が真っ白になる。なんだ、あの化け物は。ビルすら見下ろすような奴だなんて、どうすれば……

 

「私に任せなさい。化け物退治には慣れているわ」

 

それが聞こえてきたのはすぐ隣からだった。スカジが、事もなげに言ってのける。その一言で、凍り付いた思考が再び動き出した。

 

「……いけるのか」

 

「ええ。履歴書にもあったでしょう?あれは私の獲物よ」

 

じっとスカジの眼を見つめる。見つめ返してくる深紅の瞳はまっすぐで、どこか誇らしそうにしていた。

 

「……よし。スカジ、頼む。あの巨人を倒してくれ!」

 

「了解!」

 

そうして彼女は飛び立つ。僕はオペレーターたちに通信を入れた。

 

「みんな、聞こえるか」

 

「ドクター!?どうするの……」

 

不思議な気持ちだ。さっきまであんなにどうしようもなく感じていたのに、今ではすっかり変わってしまっている。この不思議な高揚感は果たして勝利の確信からくるものなのか、彼女の瞳にあるもの見たからなのか、それはわからない。けれども、ただ一つ言えることは────

 

「大丈夫だ。心配ない。彼女がいる」

 

あの巨人に対して、彼女はあまりにも小さい。さながら、僕たちと蟻の関係のように。

けれども、飛びかかる彼女の背中はとても大きく、頼もしく見えた。

彼女が大きく剣を振りかぶる。ようやく気付いたのか、巨人がこちらを振り向き、そのままの勢いで腕を振るう。

襲い掛かる大質量。凄まじい速度のそれは、莫大の運動エネルギーを湛えて彼女に向かっていき────拳から肩口まで、真っ二つにスライスされた。

 

「!?」

 

通信機から息を吞む音が聞こえる。思考に生じた一瞬の空白。奴の制御から逃れた瓦礫を足場に、彼女は加速する。瓦礫が砕けるほどの踏み込みから高く舞い上がり、巨人の頭上に達した彼女は体を回転させ、その勢いと全身の力を余すことなく剣に蓄える。

 

「行け!」

 

我を忘れて叫んだ。僕も、オペレーターたちも、誰もが。

その叫びを背に受け、大剣が振り下ろされる。脳天から股座まで、正中線を斬撃が貫き────土塊の巨人は、思い出したかのように元の瓦礫へと戻った。

 

「……やった」

 

誰かがそうつぶやく。

次の瞬間、誰もが口々に叫ぶ。

 

「やった!」

 

歓喜の輪が広がっていく。そして、その中心にいるのはスカジだ。

ずっと孤独に過ごしてきた彼女が、今こうして皆と歓喜を分かち合っている。果たして、彼女はどんな顔をしているのだろうか?戸惑っているのだろうか、それとも少し照れてはにかんでいるのだろうか。ここからではその表情はわからない。双眼鏡を使えば見えるが、そんな野暮な真似をする気はなかった。

屋上で一人、寝転がる。アーツが消えたということは、その使い手の命脈も断たれたのだろう。

これが僕の与えることのできる唯一の救いだ。

……死という救い。これもエゴなのだろう。自分の都合で時には命を救い、時には死を与える。罪深い人間だと思う。

でも、僕がこうして生きているということは、まだ僕は人を救うことができているのだろう。

僕はその事実に満足を覚え、また嬉しく、誇らしくも思った。

 

 

 

 

「……患者はさ……治……後の…活はどうでも……てさ、ただ……お医者さんに治して……救って欲しいだけなんだ」

 

「!?」

 

置かれた通信機から、雑音混じりの声が聞こえてくる。

 

「……だから…………クター、私を救ってくれてありがとう」

 

「……それと……これは私……のプレ……トだ。……もう……君も疲……だろう?」

 

直後、轟音とともに足元が砕け散る。

猛烈な浮遊感とともに、意識が薄れていく。これが死の間際という奴なのか。

脳裏を走馬燈が駆ける様子はない。ただ浮かんだのは、これで終わりかという気持ち。

結構な人を救ってきたと思う。生きる意味を全うできたという達成感。もう救わなくてもいいのかという残念さ。開放感?なのだろうか、これは。

まあ、終わりということはそういうことだ。もう世界に僕の生きる意味は残っていないのだろう。

……だというのに、この心残りはなんなのだろうか。暗闇に銀糸が瞬き、僕の意識はそこで絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クター……ドクター……」

 

誰かが僕のことを呼んでいるような気がする。

 

「ドクター!目を覚ましなさい!」

 

どこかで聞いたような、聞きたかったような、そんな声。

 

「……どうして」

 

「あなたには……死んでほしく……なかったのに……」

 

震える何かが僕の頬を撫でる。それは冷たくて、けれどどこか温かい。

 

「あなたには……!」

 

その温かさが、僕の凍り付いた四肢を、脳みそを、溶かしていく。

その肌の触れ合いが、僕という存在をこの世界に繋ぎ止める糸となる。

そうだ。僕はまだ生きる意味を全うできちゃいない。まだ救いたい、救わなきゃいけない人が残っている。

あの銀糸は、あの深紅の瞳は、未だに僕の脳裏にしっかりと焼き付いている。

だから、僕はその名前を口にする。

 

「……ス……カ………ジ………?」

 

「…………っ!」

 

視界が開けていく。飛び込んできたのは彼女の姿。霞んだ景色の中でもわかる、その姿。

ぼやけてしまって表情はよくわからない。ここが夢か現か、それすらも定かではない。

でも、抱きしめられた腕の中で感じた彼女の熱は、ここが現実なんだと、僕はまだ生きているんだと、そう教えてくれた。

 

 

 

 

 

 




ようやく遠征が終わりました!
次回こそは過去編やります。
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