スカジに人肌のぬくもりを思い出させる話   作:ペトラグヌス

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随分と遅くなりました。




ドクターがロドスに帰ってきた話

僕が気を失っていたのは、ほんの短い間のことだったらしい。

 

奴の最後の一撃でビルが崩れ去るその瞬間、スカジは飛び出していた。

歓喜に浸っていた周りのオペレーター達は何が何だかわからなかったようだ。

それもそうだろう、あんなでかい奴を相手にしたことがあるオペレーターはそうそういない。それを倒したんだから、気が緩むのも仕方がないというものだ。

ある意味このような状況に慣れている彼女だからこそ、動くことができたのだろう。

そうして飛び出した彼女が見つけたのは、瓦礫とともに落下していく血まみれの僕の姿だった。

間一髪で彼女が受け止めてくれたおかげで僕はこうして生きているわけだけれど、もし間に合わなければ間違いなく死んでいただろう。

そうして彼女の腕の中に納まった僕は当然ながら気を失っていた。しかも、落ち方が悪かったのか、額をざっくりと切ってしまっていたため、額から血を垂れ流して気を失っているという、傍から見れば大変に危険な状態に陥っているように思われたのだろう。

やがて、他のオペレーター達もスカジに追いつき、その光景を目の当たりにしたことで、もう集団でパニック状態だ。僕が目を覚ましたのは、そんな喧噪の最中のことだった。

 

目を覚ましてからしばらく意識が定まらなかった僕が最初に知覚したのは、スカジに力いっぱい抱きしめられているということだった。その赤い瞳に雫を湛えつつ、こちらを非難するような、心の底からほっとしたような、一言では言い表せないような何もかもがごちゃ混ぜになった表情でこちらをのぞき込んでいる。

僕は、なぜだか無性に嬉しかった。

 

 

 

それから先はもう大変だ。僕が目を覚ましたことに気づいたオペレーター達が大騒ぎするし、額の傷の手当だ検査だとてんやわんやしていた。

そんな騒がしい中でも、スカジは僕のそばを片時も離れようとしなかった。護衛としての役割を果たせなかった責任でも感じているのだろうか。尋ねてみようとも思ったがお互いに何と無く気まずく、結局口を利くことのないまま、淡々と事後処理を進めていった。

 

しばらくすると後続の治安部隊も無事に到着し、暴動の終息への道筋もたってきた。僕の仕事は残すところあと一つ、報告書作成といったところだろう。そんな訳で、当局との話し合いの結果、負傷のこともあって、人員は残したまま僕は一足早くロドスに戻ることとなった。額の傷は単なる切り傷で、特に重症ではないとは思われるが、念のため検査をきちんとしておこうということだ。

 

そうして僕は、ようやくロドスに帰ってくることができたのだった。

 

 

 

 

 

「ドクター!お帰りなさい!」

 

車から降りた瞬間、久しぶりのかわいらしい声が聞こえてくる。久しぶり、といってもつい数日前に聞いたばかりなのだが、あまりに密度の濃い異常な日々を過ごしてきた僕にとっては本当に久しぶりの日常が帰ってきたという感じだ。

下向きの頭を起こすと、その視線の先にはひょこひょこと耳を振る小柄な少女、アーミヤがいた。

 

「ただいま、アーミヤ。なんだが随分と会ってなかったような気分だよ」

 

「私も、ドクターが無事に帰ってくるか心配で……ドクター、その頭、何ですか?」

 

アーミヤの目が細められる。どうやら彼女は、フードの隙間から巻かれた包帯を目ざとく発見したらしい。

心配をかけないように隠していたんだけれど、やっぱりアーミヤの目は欺けないようだ。

 

「いや、ほんのちょっとした切り傷だよ。そんな騒ぐようなものじゃ……」

 

「…………はい。用意のほうをお願いします。最優先で………はい」

 

「ドクター。今すぐ検査しましょう」

 

「……いや、だから大した……」

 

「ドクター?」

 

「あっ、はい」

 

…どうにも僕はアーミヤに弱いみたいだ。彼女の言葉にはどうにも逆らえない。

…本気で僕のことを案じてくれているのが伝わるから、というわけではない。アーミヤ以外でもそう思ってくれている人はいるし、僕もそれを感じ取れないほど鈍くはない。

けれども、僕は自分の欲望の赴くままに行動するし、そのためにはそのような思いも平気で無下に出来るようなひどい人間だ。だから、僕がアーミヤの言葉に逆らえないのは、もっと違う何かがあるからだ。

その何かのせいで、僕は度々甘えてしまう。彼女の優しさに。縋ってしまうんだ。

 

「ドクター?行きますよ?ほら」

 

言葉とともに手が差し出される。年相応の女の子らしい小さな手。僕はこれまで、こんなにも小さな手に縋ってきた。…そして、きっとこれからもそうなのだろう。

差し出された手を取る。アーミヤは、僕の手を逃がすまいとギュッと握り締め、少しはにかんだ。

 

そんな彼女を見て湧き上がってきた感情の名前を、僕は知らない。

…でも、ひとつわかることがある。

つないだ手から伝わる温かさは、僕には過ぎたるものだということだ。

 

 

 

 

「ドクター!もう金輪際こんな危ないことはしないで下さい!」

 

診療室への道すがら、僕はアーミヤに今回の出来事を根掘り葉掘り尋ねられていた。

適当にはぐらかして答えようとしたんだけれど、結局は洗いざらいしゃべらされてしまい、結果は御覧の通りだ。こうなることが目に見えていたからごまかそうとしたんだけれど、徒労に終わってしまった。

 

「ドクター?ちゃんと聞いてますか!」

 

「いや、でも仕事で…」

 

迫力に押されてたじたじになりながらも、何か言い訳めいたことを口走る。

言った瞬間、しまった、と思った。

アーミヤが俯き、肩を震わせているのが目に入る。僕は大噴火を覚悟した。

 

「……心配だから言ってるんです」

 

「…ドクター。あんまり無茶なこと、しないで下さい……!」

 

「……ごめん。ごめん、アーミヤ」

 

「……ドクター。少し……いいですか?」

 

「あ、ああ」

 

胸に飛び込んできたアーミヤを恐る恐る抱きしめる。ガラス細工を扱うがごとく、そっと。

そうでもしないと、その華奢な身体を傷つけてしまうような気がした。

彼女が、胸の中で小さく震えるのを感じる。その振動が伝わったかのように、心に波が立ち始めた。

やってしまった。傷つけてしまった。そんな苦々しさが沈殿して積もっていく。

でも、僕はそれを態度には出さない。出してはならない。

僕はそういうものを踏みつぶしてここまで歩いてきた。そうでもしないと、僕は僕でいられなくなる。

とても生きてなんかいけなくなる。

だから、僕は努めて優しい声で語りかけた。

 

「……本当にごめん、アーミヤ。もうこんな危ない真似はしない。約束するよ」

 

「……    」

 

「?今……」

 

「約束ですよ、ドクター」

 

「……ああ」

 

 

 

「……そういうのは後にしてくれないかしら」

 

背後から、僅かに怒気を含んだ声が投げかけられる。

そこには─というか、最初からいたのだけれど─スカジが立っていた。

 

ロドスについてからもまだ彼女とは口をきいていなかった。流石にロドス内で誰かに襲われるようなことはないと思うんだけれど、彼女はいまだに僕の護衛として付いてきていたのだ。

……やはり、この前のことで何か負い目のようなものを感じてしまっているのだろうか。結局無事だったわけだし、むしろ彼女がいなければ死んでいたのだから、僕としては誇りこそすれそうまで気に病むことではないと思うんだけれど、彼女にとってはそうではないらしい。

そんな訳で、先ほどの一言が久しぶりに聞く彼女の声というわけだ。

 

「……!……なんでもないわ。気にしないで」

 

「……?」

 

何なんだろう。さっきは少し怒っていたのに、今度はまた何か悩んでいるような様子だ。

やはり何か声をかけるべきなんだとは思う。だけれども、何といえばいいのかわからないし、僕のことで何か思うところがあるのなら、余計に収拾がつかなくなってしまう。

そうやって僕が行動しかねているところで、アーミヤが動いた。

 

「スカジさん、ドクターを助けてくれてありがとうございます」

 

「……私は…」

 

「本当に、ありがとうございました」

 

そう言って深々と頭を下げるアーミヤ。

いい機会だと、僕も彼女に声をかける。

 

「スカジ、僕からもちゃんとお礼を言わせてほしい」

 

「……今、僕がこうしていられるのも全部スカジのおかげだ」

 

「……」

 

「……もしかしたら、自分のせいで僕が危ない目にあったなんて思ってるかもしれないけれど、そんな事はない」

 

「あの敵は僕が呼び寄せたようなものだ。スカジがいてもいなくても、僕はあいつと戦うことになっていたと思う」

 

「でも、もしあの場に君がいなかったら、僕はあのまま死んでいた。他のオペレーター達だってそうだ」

 

「スカジが僕のことを、みんなのことを、救ってくれた。救ってくれたんだ」

 

「だから……本当に……ありがとう、スカジ」

 

「……私は……はあ……わかった。素直に褒め言葉を受け取っておくわ」

 

一見すると不承不承といった様子の彼女ではあるが、よく見るとどことなく嬉しそうな様子だ。

 

僕の眼力が上がってきたからかもしれないけれど、彼女は案外感情が顔に出やすい気がする。

態度で勘違いされているだけで、実際は表情豊かな人だというのもつい最近知ったことだ。

彼女の心は死んでいるわけではない。ただ、少しばかり臆病に縮こまってしまっているだけだ。

今からでもまだ間に合う。彼女はまだ、柔らかく、暖かな部分を失っていないのだから。

彼女がそれを、温もりを取り戻せたとき、僕は彼女を救えたということになるのだろう。

 

久しぶりに見た彼女のそんな表情に、僕は改めてそう思った。

 

「……ドクター。行きますよ」

 

……今度はなんでこっちが不機嫌なんだろうか?

まったく、年頃の女の子の考えることはよくわからない。

 

 

 

 

 

 

 

検査も無事に終わり、異常なしという結果が出た。

というわけで、僕は今報告書作成に取り組んでいる。

現地からの情報もあって、今回の暴動は相当周到に計画されたものだったということが段々と分かってきた。

中心にいたのはやはり奴。あの圧倒的なアーツの力であれだけの感染者たちをまとめ上げた。

こちらにとって幸いだったのは、余りにも奴一人に依存した組織だったということだろう。

もし、奴のほかにいわゆる幹部クラスの人材が複数いれば、もっと被害は大きくなっていたはずだ。

アーツの強大さというのは、それ自体がある種のカリスマを帯びる。今後、より強力なアーツの使い手が現れれば、今回と同じようにその力に引き寄せられて組織が形成されていく可能性は高い。

それが複数集まれば、それはもう立派な脅威だ。このような組織の早期摘発は、ロドスにとって今後の重大な課題となっていくことは間違いないだろう。

 

……あいつのような存在がこの世界にはまだいるはずなのだから。

 

そんな思考を中断したのは、ノックの音だった。

 

「ドクター?」

 

外から声が聞こえる。僕は返事をして、中に入ってくるように声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

やってきたのはアーミヤだった。何でも、先生が僕のことを呼んでいるらしい。

帰ってきたら話をするといっていたから、多分それだろう。

先生の部屋をノックすると、入れ、と一言声がかけられた。僕も失礼します、と形式ばった返事を返し、部屋の中に入る。

 

「先生、話というのは何でしょうか」

 

僕がそう切り出すと、先生は何か面白いものを見るかのような顔をして言った。

 

「何、今回はなかなか愉快な目にあったらしいな」

 

「からかうのはよしてください。こっちは大変だったんですよ」

 

「……それに、随分と仲良くなったそうじゃないか」

 

先生が目を細める。僕は先生が何を言いたいのかいまいちよくわからなかった。こんな話をするためにわざわざ呼んだとは考えられない。はぐらかすような態度の先生を、僕は問いただすことにした。

 

「先生。冗談はその辺にしておいて、本題に入りましょう。いったい何の用です?」

 

「…………」

 

「やはりあのアーツ使いのことですか?先生はあの事を知っていたんですか?」

 

「…………」

 

「……先生。何とか言ってください」

 

「……あの女…スカジに深入りするのはやめておけ」

 

「……え?」

 

思わず呆けた声が出てしまう。スカジに深入りするな?いったいどういうことなんだ?

 

「あれはお前の手に負えるようものではない。生半可な気持ちで立ち入る問題ではないということだ」

 

「……先生は僕のことをよくご存じでしょう。それで僕が手を引くとでも?」

 

「……ああ。よく知っているさ。だからこそ言っている。やめておけとな」

 

「…………」

 

「……ドクター。お前は……あれの中に自分を見ている。もしもの自分を」

 

「いつの間にか投影してしまっているんじゃないか?自分のことを彼女に」

 

「……だとしたらやめておくんだ。お前とスカジとは別人なんだから」

 

「……先生。ありがとうございます。……でも、やっぱり僕は……救いたいんです。彼女を」

 

「……それがどんなに歪んだものだとしても、か。……まあいい、好きにしろ」

 

「ありがとうございます。……では、失礼します」

 

先生の部屋を出て、廊下を歩く。

頭の中では、先ほどの先生の言葉がぐるぐると渦巻いていた。

僕は、本当に彼女を助けようとしているのだろうか。

 

まさか、自分が助かろうとしているんじゃないだろうか。

 

……だとしたら、それは許されないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ。私も救いがたいな……」

 

ドクターの去った後の部屋で、ケルシーはひとり呟く。

夕暮れどきの空は雲一つなく、差し込んだ西日は部屋をセピア色に染め上げている。

そんな夕日の、網膜にちらつく色彩がケルシーを幾分か感傷的にさせた。

伏せておいた写真立てを元に戻し、その中に閉じ込められた過去を思い起こす。

ケルシーは写真立てを握り締め、静かに目を瞑った。

瞼の裏に浮かんでくるのは、あの素晴らしき日々。

彼女の人生の中で、最も光り輝いていた時代。

─そして、もう二度と戻らない時間。

 

写真には、仲睦まじい男女の様子が収まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からガチのマジで過去編です

ドクターとケルシーの過去に何があったのか。それを解き明かしていきます。

名前を付けるなら「黄金時代編」みたいな感じで。
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