スカジに人肌のぬくもりを思い出させる話   作:ペトラグヌス

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本作品のヒロインはスカジです。



本作品のヒロインはスカジです。


これだけは伝えたかった。


ドクターがケルシーと出会う話

彼女の目に映る世界は、いつも色褪せていた。

 

物心がついた頃、幼女の目に映るものは知らないものばかりだった。

底なしの好奇心、とどまるところを知らない知識欲。その頃の彼女は、ある意味情熱に燃えていたのかもしれない。

幼女が少女になったころには、もう既にその火は消えていた。

残ったのは冷めきった鉄のような心。あのころの面影はもうどこにもなかった。

 

彼女は天才だった。それも、この上なく。

その幼き頭脳は、科学史に名を遺すような発見を繰り返した。

彼女からすれば、それは緻密な論理の結論としての必然だったのだろう。

だが、それは彼女だけの科学だった。

世界は、彼女についていくことができなかった。あまりに難解な理論は理解されず、その結果だけが空々しく称賛された。"神の贈り物""魔術師"そんな言葉で飾り立てられた。

 

世界は、彼女にとって余りにも遠い場所だった。

 

そのことを知った瞬間から、彼女にとっての世界は退屈なものになった。

夜空を見上げ、思う。その気になれば、きっとあの空の星も手に入れることができる。

私の星。私だけの星。

でも、そんなものに何の意味があるのだろうか。たとえどんなに輝いていたとしても、誰からも知られていない星は、存在していないのと同じだ。

誰にも理解されないことを追い求めて何になるのだろうか。

誰にも理解されない私は、存在しないのと同じだ。

 

私は、何のために生きているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

……奇しくも、その疑問こそが彼女の命をこの世につなぎとめた。

命は、何故に存在しているのか。

誰にも理解されない、自分のためだけの研究。

そのために、彼女はすべてを捨てた。名誉、家族、そして名前。

かつて天才少女として世間をにぎわせた彼女は、いつの間にか人々から忘れ去られていった。

 

 

そうして、彼女が生命の研究を始めてから数年の月日が流れたある日、そんな彼女のもとをある人が尋ねた。

……それがいったい誰だったのか、いったい何を話したのか。それはわからない。

ただ、結果として彼女は組織に入った。それだけは確かだ。

 

 

 

組織に入ってから、彼女の研究はそれまで以上に加速していった。豊富な資金力、充実した研究設備、機材。彼女が望んだものは、必ず手に入った。……それがどんなものであったとしても。

彼女の研究は、ようやく世界に認められるようになったのだ。

 

……だというのに、彼女はどこか虚しさを感じずにはいられなかった。

確かに、組織は彼女のことを必要としたのかもしれない。彼女は、世界の一部にようやく受け入れられたのかもしれない。

だが、組織の一員としているうちに、彼女の研究は彼女のものでは無くなっていった。いつの間にか、研究は組織のためのものへと姿を変えてしまっていた。

 

……彼女は、それを受け入れた。

それは、子供が大人になった瞬間でもあった。彼女はそこで諦めるということを知ったのだ。

幼年期は終わり、彼女は社会の歯車となることを選んだ。

 

これでよかった、これでいいんだ。そう自分に言い聞かせながら彼女は組織を回し続ける。

自己を殺し、他者に身をゆだねた。一瞬色づいたかのように見えた世界は、瞬く間に灰色に染まった。

そんな無機質な日々が、幾日となく続いていく。

これが生きていくということなのだろうか。そんな疑問も抱かなくなって久しいある日、彼女は出会った。

 

 

それは、出会いなどと呼べるほどロマンティックなものではない。

鉱石病に罹患し空きが出たポストの人員補充。何ともシステマティックなものだ。

 

初めはただ優秀な人材としか認識していなかった。出来のいい、見込みある学生。

だから彼女はスカウトしたわけではあるが、所詮はその程度の存在だった。

何百人といるスタッフのうちの一人。それが彼だった。

 

──だというのに、いったいいつからだろうか。彼のことを意識し始めたのは。

……やはり、それはあの日だったのだろう。あの日、あの彼の決意を聞いた日。

彼女の人生は、きっとあの日から始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

真夜中の研究室。残っているのは自分一人だけだと思っていた青年は、背後からかけられた声に肩を震わせた。

 

「は、はいっ!?……って、先生……?」

 

「……ここでは先生ではないと前に言っただろう。ここでは主任だ」

 

「……はあ……一度慣れたものを変えるのは難しくて……」

 

「……まあいい。それより、こんな時間まで何をしてるんだ?」

 

他のスタッフはもう帰ってしまっている。ケルシーが残っていたのも書類をまとめていたからであって、本来ならば誰もいないような時間のはずだ。

 

「いや、今日のデータで少し気になるところがあったので……」

 

「なら明日やればいいだろう」

 

ケルシーはあたりに目をやる。あちこちに散らばった器具が彼の奮闘を示しているように思われた。

 

「もう学生じゃないんだ、わざわざ居残ってやらなくてもいい。他のスタッフもみんな帰っているじゃないか」

 

「でも、やりたいんです」

 

そう言うと、青年はまっすぐな目でケルシーを見据えた。濁りのない、純粋で澄んだ目。

それを見たケルシーの脳裏に、かつての自分の影がふとよぎった。

 

「……そうか。まあ、好きにするといい。私は帰る」

 

「はい、お疲れ様でした、先生」

 

その場を立ち去りながら、いつまでもつかな、と独り言ちる。

長いことここで働いていれば、あんなふうな奴を見たことも何回もあった。

しかし、彼らは皆、社会に飲まれ、純粋だったその目は今や濁り切ってしまった。

……今の自分と同じように。そう言ってケルシーは自嘲した。

 

 

それからは、というより元からそうだったのに気づいていなかっただけなのだろう。

深夜の研究室にはいつも青年がいた。早朝の研究室にはいつも青年がいた。

一体何が彼にそうさせるのか。ケルシーには理解しがたかった。

所詮は他人の研究だというのに。その時間を使って自分の研究をすればいいものを、なぜ私の研究に使うのだろうか?

疑問を抱きつつも、好きにしろといった手前、ケルシーは特に口出しはしなかった。

気のすむまでやればいい。そう思っていたし、こんな状態がいつまでも続くとも思ってはいなかったからだ。

果たして、ケルシーの推測どうり青年は研究室に来なくなった。いや、これなくなったという方が正しいか。

 

それはある朝のことだった。昼頃からのミーティングに備え、ケルシーは朝早くから研究室を訪れた。

資料をまとめたかったのもあるが、どうせ彼もいることだろうし、現場目線の意見の一つや二つくらいは聞いておこうという腹積もりだったのだ。

予想通り、研究室の電気は煌々と輝いていた。よくもまあ続けるものだと彼女が呆れ半分、感心半分といった面持ちでケルシーはドアを開けた。

 

「……」

 

特に反応はない。いつもだったら先生やら何やらと声をかけてくるはずなのにと少しばかり不審に思ったが、寝落ちでもしたのだろうと納得したケルシーは、自分の机に向かおうとして──

──血まみれの青年の姿を見つけた。

 

「……っ!?」

 

慌てて青年のもとへと駆け寄るケルシー。青年の腕を取り、その脈拍を確かめる。

ドクン、ドクン──指先に伝わってきた確かな拍動に、彼女は心底安堵した。

 

取り敢えず救急部門に連絡をよこし、あたりを改めて見渡してみる。

額の切り傷に、机の角の血痕。どうしてそうなったのかはわからないが、机に頭をぶつけたらしい。

 

「いや……」

 

……想像はつく。多分こいつは限界を迎えたのだろう。

朝早くから夜遅くまで延々と働き続けて、睡眠もロクに取っていなかったのだ、いつぶっ倒れてもおかしくはなかった。

……私が止めなかったせいだろうか。そんな考えが浮かび上がってくる。

だが、ケルシーは首を振ってその考えを打ち消した。止めようが止めまいが、こいつはどこかの時点でこうなっていたはずだ。思えば、初めからこいつはどこか異常だった。単なる仕事好きなんかの域にとどまらない、もっと偏執的なものがこいつを突き動かしているような気がするのだ。

 

──一度こいつとちゃんと話し合わなければならない。

近づいてくるサイレンの音を耳にしながら、ケルシーはそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。もう何度目かの見慣れてきた天井。青年の一日、今日も病室から始まった。

 

あの日のことはよく覚えていない。いつものように作業を進めようと思ったら、急に足元がふわふわとして──気づいたら病院にいた。どうやら頭を打っていたらしく、色々と検査をされたが、そっちのほうは大丈夫だった。

睡眠不足、それにストレス。それがこんな事態を引き起こしたらしい。

……心当たりはありすぎるほどにあった。

僕がここにいるのも、ここでゆっくり休んで気力と体力を回復しろということらしい。

……それでも、やはりもどかしい。

 

理解はできても納得はできない。それが青年の率直な思いだった。

 

しばらくすると、病室にコンコン、というノックの音が響く。入るぞ、という言葉とともにやってきたのは何度目かの来訪客だった。

 

「体調はどうだ?」

 

「先生……ありがとうございます、わざわざ」

 

「……私の研究で倒れたんだ。見舞いに来るのも当然だろう」

 

やってきたのは彼の上司、ケルシーだった。

 

「ほら、お土産だ」

 

そう言って彼女は、紙袋からリンゴを取り出す。

 

「いろいろとすみません」

 

「……まったく、好きにしろとは言ったが倒れるまでやるとはな」

 

「ははは……」

 

ポリポリと頭を掻く青年。そんな彼に、ケルシーはある質問をする。

 

「……早く研究に戻りたいか?」

 

「はい」

 

即答。予想はしていたことだったが、それでもやはり驚かされる。

そのわずかな動揺が漏れ出すかのように、ぽつりぽつりとケルシーは言葉を紡ぎだした。

 

「……どうして……どうしてお前はそんなに研究に打ち込むんだ…?」

 

「…………」

 

「……これは私の研究だぞ。そんな……命を削るような真似をしてお前がやる必要なんてないんだ」

 

「…………」

 

「……なあ。何でだ?何で、お前はそんな……」

 

「……先生。先生はすごい人なんです」

 

「僕なんかよりも、ずっと。だから、先生の研究を進めれば僕がやるよりももっと多くの人が救える」

 

「……人助けだと?……それでお前が倒れたんじゃ、何の意味もないじゃないか。もっと自分を……」

 

大切にしろ。その後に続くはずだったその言葉が紡がれることはなかった。

青年が大きく首を振ったからだ。あなたは何もわかっていない。そんな風に言われたようにケルシーは感じた。理解ができない。この目の前にいる人物のことが。自分以上に大切なものなどあるのだろうか。

あっけにとられたようなケルシーに対して、青年は少し微笑み、言った。

 

「それが僕のすべてなんです。それだけが、人を救うことだけが、僕の生きている理由なんです」

 

「なっ……」

 

言葉が出てこなかった。遠い昔の記憶がよみがえる。

自分は、何のために生きているのだろうか?そんな疑問が。

とっくの昔にあきらめたはずのものだった。無為な日々を繰り返す、それこそが人生なのだと自分に言い聞かせて。子供じみた、陳腐な問いだと切り捨てたはずの疑問の答え。

 

ケルシーにはわかった。わかってしまった。目の前の青年は、その答えを持っていると。何の疑問もなく、その答えを信じ切っていると。

 

その時、ケルシーは生まれて初めて"羨ましい"と思った。

どこまでも純粋に、青年のことが羨ましいと思った。

 

同時に、ケルシーは思う。こいつのことを知りたいと。

如何にして、その答えにたどり着いたのかと。

 

……それは、彼女が初めて抱いた他者への興味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が初めてだったからだろうか。

それとも、他の誰でもなく彼が彼だったからだろうか。

今となってはそれを確かめる術はない。

けれども、いつ考えても結論は同じだ。

……彼が彼であったゆえに、彼は私のすべてなのだと。

 

私の、生きる理由なのだと。

 

 

 

 

 

 

 




ドク×ケル流行れ(他力本願)



曇りないケルシー先生は絶対かわいい

次回は甘いお話の予定です。




……そして曇るのを考えると胸がいっぱいになる
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