『かみさま』にはなれなくても   作:夢の理を盗むもの

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おかしい……過去最長の話なのに過去最高のペースで書き進められた。
書いてるうちにあまりにも都合が良すぎる展開がどんどん文章となって表れていく。
な、何が起こっているのか分からない……!
まさか。またお前の仕業なのかアイカワカナミ!?


新暦1013年 迷宮1層 『秘蹟調査官』トール・ヘルブスト

 少年と少女は束の間の邂逅の後、正反対の方向へと歩き出していった。

 少年は『正道』を辿り『迷宮』の外へ向かう。

 少女はその反対に『迷宮』の奥へと向かう。

 

 それを『正道』の外から身を隠しつつ確認をしたぼくははぁ、と息を吐いた。

 これで今日の僕の仕事はお終い。いや、『今日の』ではない。

 この命が尽きるまでに残された殆どの仕事が、今終わった。

 これよりあの先輩は仲間を集め、『迷宮』に潜り、その魂が重ねた数多の因縁と向き合いながらその『未練』を終わらせていく。

 その果てにぼくが目指し続けた終わりがある。師が求めたたった一つの未来がある。

『彼女たち』が共に歩む『最後の頁』が。

 だからあとはゆっくり待とうと持った。

 もうずっと──ずっと歩き続けてきた。苦しくても辛くてもずっと、ずっと。

 足が折れても砕けても崩れても、止まってしまう訳にはいかなかった。

 止まってしまったら、もう動けなくなることを知っていたから。

 ぼくが何もしなくたって未来は変わらない。

 そうずっと心に言い聞かせてきて、だけどもしこの始まりの日に前提が狂ってしまえば求めた未来には辿り着けなくなると思って。

 だからせめて今日この日の為だけはお節介かもしれなくても頑張ろうと思った。

 そしてそれももうお終い。

『運命の出逢い』は滞りなく行われ、これでもうやるべきことはない。

 そんな、ぼくにとっての達成感が多く含まれた溜息だった。

 

「──、まだ誰か潜んでいたのか!?」

 

 そしてそれがミスだった。

 先程先輩を発見した金髪の騎士──ハイン・ヘルヴィルシャインが叫ぶように声を上げながら、警戒を強める。

 その声を聞いて素早く他の騎士たちがラスティアラ・フーズヤーズを中心に円で囲み、護るように周囲へと意識を傾けていた。

 

「ハイン」

「間違いありません。極僅かにですが今、風がもう一つの呼気を感知しました」

 

 風──そうか、風を用いた探知術! 

 確かさっき先輩を見つけたのも、この術で先輩の呼気を探知してその居場所を突き止めたのだったか。

 流石は『天上の七騎士序列二位(ハイン・ヘルヴィルシャイン)』、少し気を抜いたとはいえ師にも認められたぼくの隠形を破ってくるなんて……! 

 

「警戒を。先程まで全くこちらにも気づかせないほどの巧妙な隠形でした。今も、正確な場所までは掴めてません」

「ハインの風を潜り抜けるほどの手合いだと……!」

 

 その言葉を聞いた騎士たちは更に警戒を強めてしまう。おかげでここから立ち去るのが少々難しくなった。

 逃げるのは簡単だ。ぼくはこの世にただ一人のあの人の弟子だから。

 この程度の警戒網から逃げる事なんて容易い事だし、100回やっても100回逃げられるという自負がある。

 だから今ぼくが逃げの一手を打たないのは逃走の可不可が問題なのではなかった。

 問題なのは「今、ここから逃げる事で未来が変わってしまうかどうか?」だ。

 もしぼくが今すぐここから逃げたとしよう。当然ながらラスティアラ・フーズヤーズの周囲の警戒が強まる。

 ハイン・ヘルヴィルシャインも今日の不覚を忘れはしまい。幾ら本人が『ラスティアラ・フーズヤーズを運命から解放』したくても、一度ここまでの警戒をしたからには目を離して誰か(先輩)に彼女を任せるという判断を下すのは難しいだろう。

 もしくは彼の『趣味』で同じ流れになる可能性もあるが……その場合、他の『天上の七騎士』の先輩に対する態度は強硬なものになるだろう。

 何せ序列二位が至近距離に近づかれるまでその存在に気付かれなかった何者かが、今も彼等の大事なお嬢様に危害を与えようとする可能性が消しきれないのだ。

 本来の流れのように態々『決闘』などというルールでその行動を自縛しようなどとせず、最初から全員で先輩に会いに行こうとする事もまたあり得るのだから。

 というより──()()()()()()()()()

 

〝少年が働く酒場に大挙して押しかける人類最高峰の騎士たち。

彼等のその殆どが、焦燥の色を隠せない表情で少年に詰問する。

だが少年は彼等が求める答えを持っていない。それを金髪の騎士と、どことなく胡散臭い商人のような風体の騎士だけが知っていた。

かくして痺れを切らした騎士の一人が声を荒げて少年に詰め寄る。

「お前がお嬢様を拐かしたのだろう!」そう叫ぶ女騎士の目は鬼気迫っていた……〟

 

 ぼくの拙い『読書』力ではその流れをこのようにしか読み取れなかったが……まずい。これはまずい。

 ぼくの中には「()()()()()()()()()()」という確信がある。

 しかしそれは「()()()()()()()()()()()」という事にはならない。

 ぼくのこのミスにより生じる歪みを、他の誰かに解決させるわけにはいかない。

 これはぼくの生んだ()()だ。修正するのはぼく自身でなければならない。

 この流れを──ぼくが書き換える。

 

「──ま、待って下さい! ぼ、ぼくです! 騎士ヘルヴィルシャイン!」

 

 だからぼくは敢えてこの身を晒す事にした。

 普通に考えてデメリットは甚大だ。何せ今、『盤面の外』でぼくの存在を知る者は師とぼくの『後輩』だけ。

 そしてぼくが何をしているのかを知っているのは師だけ。

『彼女』は()()()()()()し、『後輩』も今この時代でのぼくの正確な暗躍を知らない。そういう『生まれ持った違い』をぼくは持っていた。そしてそういう風にぼく達は動いていた。

 だが今ぼくが正体を晒せばその努力は全て水泡に帰す。ここは迷宮1層。この程度の深さならば『糸』は容易く届く。

『後輩』はぼくの『行動と目的』を知り、何時ものようにあの笑い方をするだろう。

 そして『彼女』はぼくの『()()()()()』を知る。()()()()()()

 それが何を齎してしまうのか、それが分からない。それが──怖い。

 だけどここは逃げてはならない時だ。

 ぼくが未来をずらすなら、それはぼく自身の決意をもってして行われるべき『改竄』でなければならない。

 変えた未来に対する覚悟と、変えてしまった未来に対する責任がなければ行ってはならない。

 ただ単にこちらの不覚で変わる未来など許してはならない。

 もうぼくは──()()()()()()()()()()()()()()

 不幸中の幸いにして、ぼくはハイン・ヘルヴィルシャインと面識があった。与えられた物にすぎないが一応の公的な地位もある。

 なら後はぼく自身の問題だ。即席で書き綴った台本は頭の中に、最後までやり遂げる決意は心にある。

 さあ、今日最後の大仕事だ。

 端役にすらなれなかった大根役者だけど……それでも精一杯演じてみよう。

 ぼくは敵意がないことを示す為、両手を挙げつつ隠形を解きながら物陰から彼等の前に出た。

 

 


 

 

 ──出てきたのは殆ど黒に見えるこげ茶色の髪をした少年だった。

 背は低く、体格も然程良くはない。

 羽織っているカーキ色のレザーコートの上にはブレストプレートを取り付けており、コートの下には薄手の黒いシャツ。

 下半身には黒いズボンと金属製の脛当てとレザーブーツ。ブーツには幾つか金属板が取り付けられ、靴底に鋭利な棘が幾つも付いている。滑り止めとしての機能を要しているようだ。

 両手には皮手袋。かなり頑丈そうで掌の方に何か細工しているようだった。

 顔立ちは思ったより幼い。もしかしたら私の肉体年齢より若いだろうか? ラグネちゃんと同い年ぐらいなのかもしれない。

 その表情には怯えがあった。騎士に敵意を持たれているというのもあるだろうが、それだけではないような感じもする。

 あとは──目。そう、目だ。さっきのあの『アイカワ・カナミ』と同じ黒い目。

 彼のように真っ黒な髪ではないが黒い目も中々珍しい為、どことなく彼と重ねてしまうところがある。

 それと何か違和感がある。深い井戸に蓋をしたような何かを隠してるような感じ。それに少しドキドキしている自分がいた。

 全体的な印象としては怯える小動物という感じで、今にも歯をガチガチと鳴らして泣き出してしまいそうにも見える。

 

「君は……」

 

 ハインさんは彼を見るといつでも動けるように臨戦態勢に入っていた身体を普段通りに戻していた。

 知り合いなのだろうか? 先程彼が出てきた時もハインさんに声を掛けながら現れていたし、顔見知りではあるのだろう。

 ハインさんは手で他の騎士たちに警戒を解くように伝えながら彼と会話するために一歩前に出た。

 ただ、今のハインさんの顔には納得と困惑の二つの感情があった。敵意はないのでただ単純に困惑しているのだろうか? 

 

「何故身を隠すような真似を? 『迷宮(ここ)』に君がいる事は何ら不自然ではない筈だ」

「ああいや、すみませんでした……先程の『彼』に気付かれるわけにはいかず……」

 

 先程の『彼』? もしかして──? 

 

「よろしいですか? ハインさん」

「お嬢様……ええ、彼は危険な人物ではありません。信頼できる人物です」

「お嬢様……? 騎士ヘルヴィルシャイン、もしやその方が?」

 

 私がハインさんに話しかけると、彼は私に気付いたのか視線を向けてきた。

 ……やはりどこか落ち着かなくなる。先程はドキドキすると思ったが今の私はむしろ「怖い」と感じるようになっていた。

 嵐が起きる前の凪いだ水面のように、必死に何かを抑え込んでいる気がする。

 

「お嬢様。紹介します、彼は──」

「騎士ヘルヴィルシャイン。どうかその先はぼくに言わせていただけないでしょうか? 自己紹介くらい、自分で行ってみたいのです」

「あ、ああ。分かった……すまない」

 

 ハインさんはそう言うと一歩横にずれて彼を私の正面に立たせた。

 彼は軽く礼をしながら自己紹介を始める。

 

「略式ですが失礼します、『現人神』ラスティアラ・フーズヤーズ様」

 

 その時、私は遂に彼の『目』を見た。

 

「ぼく──私はフーズヤーズが元老院直属、秘蹟調査官の『トール・ヘルブスト』と申します」

 

 それは──例えるなら地平線を埋め尽くしながらもなお燃え盛る焔だ。

 それは──例えるなら嵐で荒れ狂い全てを呑み込む大津波だ。

 それは──例えるなら一瞬たりとて雷鳴が鳴り止むことのない暗雲が無限に広がる空だ。

 それは──例えるなら千年の時を経て成長した天に聳え立つ巨大な樹だ。

 それは──例えるなら果ての無い奈落の底へと誘う深い深い闇だ。

 それは──例えるなら、例えるなら、例えるなら、例えるなら──

 

「お会いできて、光栄です」

 

 ──『怒り』だ。

 彼は怒っている。今の一瞬でさえ私にそう思わせるくらいずっと、強く、殺したいと思う程に。

 それは『世界』だとか、『人類』だとか、そういう不特定なものに対してではない、もっと単純に、「誰か」に対してずっと怒っていた

 人は、人はここまで誰かに対して『怒り』を抱けるものなのか? まるで『世界』を燃やし尽くしそうなほどの熱量を誰かに向けていられることに驚く。

 この熱量に比べたら私が抱いた感情の炎は()()()()。彼のは本にしたら何頁も何頁も費やさなければ表せないものだ。私とは違う、と思った。

 あの『アイカワ・カナミ』に会った時、私の中から湧き出たような熱さとは比べ物にならない。

 あれは私を熱しながらも暖かい熱だった。これは熱すぎて炙られていると感じる。私に向けられているものではないのに、それどころか逆に寒気までした。

 怖い──何よりもこの熱を彼が隠せていたことが怖い。

 間違いなくこんな目をしている人は全力で、本気で生きている。

 これが──これが、『本物』……。

 ……『羨ましい』

 

「──アラ様? ラスティアラ様?」

「……ぁ、はい」

 

 いつの間にか目の前には彼とハインさんがいた。

 今感じていた熱はもう失せてしまって、彼の表情はもう先程のようにどこか怯えたようなものになっていた。

「何か失礼をしましたか……?」と不安げに聞いてくるその姿からはさっきの印象はまるで幻のようで。

 ──それでも、その『目』だけは燃えるように黒く輝いていた。

 

 


 

 

「それで……ええと、その『秘蹟調査官』? というのはどのような仕事なのですか?」

 

 あの後──ラスティアラ・フーズヤーズに自己紹介をして()()()彼女がしばし自失して再び一触即発の空気になってから5分ほど経過した。

 ハインさんや自失していたラスティアラのお陰で何とか緊張した空気は取り除かれ、今は『正道』を辿りながら奥へと進んでいる最中だった。

 何故ラスティアラがしばし呆然としていたのかについては上手く要領を得なかった。自分でも上手く分かっていないんだとか……。

 正直『後輩』が何かやらかしたのではないかと焦っていたがどうやらそうではないようだった。

 その事実に安心するぼくは、現在場の勢いで彼等の一団に加わりながら話をしていた。

 ぼくとしては回れ右するタイミングを計りたかったが、こうなってしまってはどこかで一区切りしなければ抜け出せないだろう。

 今はぼくの表向きの職務についての話題になっていた。

 

「ええと……『聖人ティアラ』様が伝承で様々な『奇跡』を起こしていたのはラスティアラ様も勿論ご存知かと思います」

「はい。『レヴァン教』の教えについてはこれまで学ぶ時間がとても多かったので……」

「それらの『奇跡』は今となってはどのようになされたのか、何かが捻じ曲がって伝わったのか、そもそも本当に実在していたのか、ハッキリと分かってはいません」

「そうですね……『聖人ティアラ様が天をも貫く巨木を縦に切り裂いた』なんて話も大真面目に伝わっていますし、現実的に考えればあり得ませんが無いとは言い切れませんね」

 

 そう言いながらラスティアラの目はキラキラと輝いている。

 余程この『レヴァン教』、特に『聖人ティアラ』についての話が好きなのだろう。

 早く続きを話せと目で訴えてくる。

 この話って具体的にどこまで続ければいいのだろうか? ぼくはチラリと隣のハインさんを見た。

 目が合う。すかさずアイコンタクト──「そ・の・ま・ま・つ・づ・け・て・く・だ・さ・い」? マジかよ。

 ぼくは一旦咳払いをして話を仕切り直す。

 

「ラスティアラ様の言う通りです。現実的に考えれば『あり得ない』。しかし伝承としては残っている。そしてそれらが『ある』ことの証明は出来ない。しかし逆を言えば『ない』ことの証明もまた出来ません。今ラスティアラ様が例に挙げた様に『ティアラ様が巨木を指先一つで縦に切り裂いた』ことの真実は歴史の闇の中です」

「もし仮に、ですが。これらの伝承が真実だと仮定します。

 国一つ踏み潰せるほど巨大な動き樹も、

 大陸を覆う暗雲全てが身体の不死人も、

 触れるもの全てを凍らせる大氷蛇も、

 その全てが実在したと仮定して、それら全てを『聖人ティアラ様』が指先一つでダウンしたことも、それら全てを仲間に引き入れたことも何もかもをです。ここまでは宜しいですか?」

「は、はぁ」

 

『聖人ティアラ』は予言という形で死後の多くの未来を的中させている。ならばこそ荒唐無稽なこれらの伝承もまた、やはり真実なのではないか? 

 そういった声は常に上がるし無くなることはない。しかし、そうなると大変困った事になる。

 

「これら全ての伝承が事実だった際、その殆どが遺失していたとしても何処かにこれらの『奇跡』が残っている可能性は否定できません。多種多様な化け物を指先一つでダウンさせる『魔法』或いは同じ結果を齎す『何か』は勿論の事、あの最悪の『魔法陣』が現存していると考えればとてもではないですが気が気ではありません」

「『魔法陣』……あの、戦争の最後に敵味方に戦死者を9割出したという?」

「ええ。もしその『魔法陣』が現存していたら? 或いは『魔法陣』ではなくても同じ結果を齎す『何か』があれば? 危険極まりないでしょう。もし、そういったものが心無い輩の手に渡ってしまえば……」

「…………」

「お分かりいただけましたか。これら現代においてあまりにも強大すぎる古代の遺物、魔法などを調査・発見して二度と使用されないように封印をするのが『秘蹟調査官』の仕事になります」

 

 それ故に、古代の遺物が発見されることが多い『迷宮』にいても何ら不思議もない職、それが『秘蹟調査官』だ。

 ところでお分かりいただけただろうか。

 これらの職務内容に関する発言は『全て真っ赤な嘘』である。

 いや、事実として元老院からは確かにこの仕事を与えられているがコレ、実質フリーライセンスのようなものなのだ。

 何せそもそも件の『魔法陣』は既に管理状態にある。目下最大の捜索対象が既に手元にあるのにそんな真面目に仕事する必要性はない。

 それ以外の危険な術式について書き込まれた魔石や遺物も、そもそも『迷宮』に潜る者の為に用意されているのだから回収する必要がない。

 なのでこれは元老院からの「取り敢えず公的な立場は与えてあげるから好きに動いて良いよ」というお達しに過ぎない。

 まぁ、詰まるところ『後輩』からのプレゼントである。

 

「だから『迷宮』に……それは大変なお仕事ですね。危険もたくさんあるのでしょう?」

 

 だからそんなキラキラした目で見ないで欲しい。心が痛む。

 別に何も大変ではないんだ。誰かに突っつかれないように適当にお仕事してます感出してればそれだけで充分な仕事なんだよ……

 

「あー、いや……そうでもないのですが」

「えっ?」

「先ほども言いましたように『あり得ない』ものが本当に『ある』か『ない』かを探す仕事ですから、『ある』ならそれでよし、『ない』なら『ない』事を証明するまで探し続けるのが仕事です。そしてそういったものを探すにはラスティアラ様の推察通り『迷宮』に潜るのがベストではありますが……ラスティアラ様、何か気づきませんか? 

「…………あ」

 

 どうやら気付けていただいたようだ。そう、この仕事はそもそも致命的な問題を抱えている。

 

「これって……いつ『ない』ことが証明されるか全く分からない?」

「ご名答、その通りです。この仕事、どちらかというと浪漫派なものでして」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……つまりそれは所謂『悪魔の証明』だった。

 突き詰めるまでやるなら何時まで経っても終わる事の無い、いいや終わらせてはならないそういう仕事だった。──嘘なんだけど。

 

「というわけで元老院(うえ)から催促されない程度に仕事しているポーズを見せて、適当に『迷宮』に潜ってそれっぽい報告を挙げるだけの簡単なお仕事なんですよ」

「え、ええぇ……?」

「幻滅されました?」

 

 だからフリーライセンスなのだ。

 危険な古代遺物を調査するという名目で高い独立性と権限を持ち、それでいて『迷宮』など様々な場所にいたって何ら疑問を持たれることのない実態のない職業。

 それが『秘蹟調査官』。聖人ティアラ──『後輩』ティアラ・フーズヤーズがぼくの為に用意してくれた「設定」だ。

 

「まあそういう訳でして。今日もお歴々に報告をでっち上げる為に『管理領域外』でフィールドワークをしていたのですが……そこで『彼』を見かけまして」

「──ッ!」

 

 なのでここでぼくの自己紹介はおしまい。

 君が一番聞きたかった事を教えてあげよう、ラスティアラ。

 君の──『主人公(ヒーロー)』の事を。

 

「あの『少年』の事ですか……毒を受けているのに態々『正道』の外で休んでいるなど不自然だとは思っていましたがやはり何か?」

「ええ……よくある事です。一つのパーティーが『管理領域外』で強力なモンスターに遭遇、その場から撤退するために一人の少年を囮にしました」

「それは……なるほど、大方『荷物持ちでついてきたパーティーに見捨てられて、極度の人間不信に陥った』のがあの時の『少年』の反応なのですね?」

 

 何も間違ったことは言っていない。そもそも『少年』はパーティーの一員ではなく、その場に現れた乱入者だった事を言ってはいないだけだ。

 だからハイン・ヘルヴィルシャインは『読み間違える』。嘘というのは真実だけでも作ることが出来るのだ。

 

「……え?」

 

 だけど、そう。君にはこの嘘は通じない。

 何故なら君は『アイカワ・カナミ』の『異常』を知っているから。あの年齢で()()()1()というのがどれだけおかしい事か分かるから。資質が人類最高峰を優に超えた7という異常極まりない値であることも知っているから。

 なにより君には見えていたから──《異邦人》の三文字が。

 

「お嬢様?」

「トールさん、今の話は本当なのですか?」

「ええ、この目で見た事実です。確かに見ました──逃げていく一団と炎に包まれて叫ぶ少年の姿を」

「そう……ですか」

「何かおかしなところがありましたか?」

「いいえ、何もおかしいところはありませんでした」

 

 そういう彼女の顔はぼくの言う事を疑ってはいないようだった。

 ここまで真摯に接してきたのが功を奏したのだろう。ぼくが語っていない真実があるとは露知らず、ぼくが認識していない事実があるのでは? と想像の翼を広げている。

 

「そんな場面を見てしまったのでなんとか助けになってやりたいと思っていたのですが、彼はその時のショックで極度の不信状態に陥ってしまったようでして迂闊に声を掛けることも出来なく……そうこうしているうちに彼が毒を受けてしまいまして」

「解毒してやりたいが今近寄れば狂乱する可能性があるから何も出来ずただ遠巻きに見てるしか出来なかった、と」

「ええ、恥ずかしいあまりです。なので助かりましたよ、騎士ヘルヴィルシャインが彼を見つけてくれた時は」

 

 これは事実だった。もし万が一見つけてくれなかったら何もかもが狂うところだった。

『彼女』も『後輩』もそんなヘマをするわけがないがそれでも不安は不安なのだ。

 

「彼はかなり怯えていましたから気配にとても敏感で……ぼくも隠れるために必死に息を潜めていました。彼が『正道』に沿って『迷宮』から出ていく姿を見てホッとしたところで気が抜けてしまって」

「それを私が発見した、と。なるほど……筋は通っている。それにしても見事な隠形でした」

「争いごとが苦手でして。『迷宮』では不意の戦闘があるので自衛手段がないわけではないのですが、基本そうはならないように心掛けているのです」

「……? そう言えばハインさんとトールさんは何時出会ったのです? どうやらそこまで親密であるようには見えないのですが……」

 

 ああ、と相槌を打ちながら思い返す。

 あれは確か──ええっと……? 

 

「確か3か月ほど前でしたか。『本土』から『開拓地』にやってきた彼を私が案内しまして」

「ええ、ええ、確かにそうでしたね。あの時の事は本当に感謝しても足りません」

 

 ぼくが正確な時間を思い出そうとしているとハインさんが助け舟を出してくれた。

 助かった。正直時間間隔が狂って当てにならないのだ。

 

「そういえば……以前から『パリンクロン』とは面識があったのですね」

「騎士レガシィですか。ええ、『秘蹟調査官』の職務上レガシィ家とは懇意にさせていただいているので」

 

 本当はレガシィ家の始祖と懇意にさせてもらっていた、が正しいが言う必要のない事だった。

 さて、と足を止める。丁度十字路の回廊に出たようだ。この辺りでお暇させてもらおう。

 

「では私はこちらに行かせていただきます。今日はありがとうございましたラスティアラ様、騎士ヘルヴィルシャイン。それとお付きの騎士様方」

「ええ。貴重なお話、ありがとうございましたトールさん」

「出来れば今度は『迷宮』ではなくもっと落ち着ける場所でパリンクロンも交えて話しましょう。あいつも喜びます」

「ええ。それでは──『聖人ティアラ様』の()()()があらんことを」

 

 


 

 

 深く礼をして回廊の闇へ融け込むように進んでいく。

 暫く進んで風の探知網から抜けたことを確認してからふぅ、と息を吐いた。

 

「ハードな一日だった……」

 

 途中まで順調だったが最後の最後にケチがついてしまった。

 やはりぼくは詰めが甘い。昔もこんな感じでよく『彼女』に笑われていたっけ。

 

「『陽滝』ちゃん……」

 

 祈るように、捧げるようにその名前を口から出す。

 まるで名前を呼ぶことそれ自体が『詠唱』であるかのように、ぼくの内側から()()()が削れていく。

 その喪失感を、ぼくは心地よいと思った。

 

「……終わりだ。これでもう何もかも、ぼくがやるべきことは終わった」

『…………』

「この後どうしようか。『最後の頁』までまだまだ時間は余ってるし……」

『………………』

「……畑でも作ってみるかな? それともどこか土地を用意してお店でも開いてみるとか」

『……………………』

「小洒落た喫茶店とかどうだろう……この世界にはコーヒーは無かったはずだしもしかしたら流行るかもしれない」

『…………………………あの、トール君? まだ終わっては──』

「まずは豆を用意しないといけないかな。この世界でコーヒー豆っぽいものを用意して……あと何か軽食があればいいか。ぼくは料理得意だしこの辺りは問題な──」

『──それはダメだ!!!!!!!』

「のわぁッ!?」

 

 ぼくが「最後の頁」に至るまでのささやかな未来を思い描いていると脳裏に……正確にはぼくの『領域』に声が響いた。

 

「お、お師様? 目を覚まされたんですね、もうほとんど終わりまし──」

『それよりも! 君が料理とか、そういうのをやるのは無しだ! 絶対に!』

「えっ」

『ダメ! これは師匠特権だからね!』

「アッハイ」

 

「もうこれ以上犠牲を出すわけにはいかない……あんな目にあうのはボクとレガシィとティアラだけで十分だ……」などと呟く師に困惑しながらも取り敢えず今思い描いていた喫茶店経営案は破棄した。

 はて? 以前に出した料理に何か問題でもあっただろうか……? 師も『先生』もティアラも、何も言わずに黙々と食べてくれていたような気がするが。

 ……もしやぼくの料理の腕に問題があるのだろうか? 他人様に出せるものではない半端なものを出してしまった? 

 だとしたら一度、腕を磨き直さなければならないだろう。どこか飲食物を取り扱うところでバイト募集していたらやってみよう。

 そして磨き直したその腕で師にも納得してもらえる至高の一品を出す。

 

「決まったな……見えたぞ、ぼくの『最後の頁(エンディング)』までの筋書き(ルート)が」

『う、うう……と、止めてあげないといけないのに……でも珍しく前向きになってるところに水を差すのも……な、なんでボクを裏切ったんだよぉ、レガシィ……』

 

 未来への宣誓をしていると師が『先生』に対して恨み言を言っていた。

 やはりあの謀反はショックだったのだろう。『先生』に言わせるのなら「俺はやりたい事を見つけた」だから『先生』を応援してあげたい気持ちもあるが……ぼくは師の気持ちもなんとなく分かるのだ。

()()()()()()。裏切られた方も、裏切る方も。

 もし裏切る方に罪悪感が無いのなら、そもそもその関係性は信頼ではなかったのだ。

 真に一方通行でもない限り、裏切りというのは両方に癒えない傷を与える。──ぼく等がそうだったように。

 

『……ゴ、ゴホン。ト、トール君? 何かもう全部やり切った感出して未来に想い馳せてるところ悪いけど、まだ君の仕事は終わってないよ?』

「──はい?」

 

 師が何か分からないことを言っている。

 いやだってもう先輩は、ぼく達が望む未来への流れに沿って落ち始めたではないか。

 このまま順当に落ちていって『代償』を支払いきり、彼は完成する。

 あとはティアラが書いた筋書きに沿って『彼女』の『最後の頁』を加筆し、勝利するだけだ。

 ぼくはこの『未練』を果たし、ティアラと『彼女』は一緒に旅立ち、師は念願の『救世主』を得る。

 そういう『契約』だった。その最大の難所ともいうべき分岐点が今日だった筈だ。

 

「な、なんでです? もう今日の分岐はない筈」

『……ティアラが『ヒタキ』に勝利する未来は限りなくか細く、奇跡の釣瓶打ちをしてようやく手が届く確率しかない。それ以外の未来は9割強がヒタキの勝ち、残りがそもそもヒタキもティアラも勝利できない特殊な未来だ』

「ええ、分かっています。その特殊な未来をぼく等は今日、未然に芽を摘むことで取り除きました。だからあとはティアラがやり切って……」

()()()()()()()()()()()()()()?』

「──、──」

『今はまだ、ヒタキの方が遥かに優勢だ。確かにボク等はティアラの勝利の可能性を見ている。けれどもそれがちゃんと起きる保証は持てていない。ヒタキもティアラも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ヒタキがティアラに負ける可能性があるように、ティアラの筋書きにだって穴はあるんだ。

 例えばお互いにとってイレギュラーな事があった時、本来の流れに戻す為お互いがコストを支払って修正をする。これが何度も続くことはそう無いかもしれない。けれどもその一回がティアラにとって致命的な損失を招く事だってあるんだろう。実際君も、二人の意にそぐわないカナミ君の結末を知っているだろう? 

 そこから修正するのにティアラが切り札を切らざるを得なくなったら──? ティアラの戦い方は最後の最後に今まで隠し持っていた手札を一気に注ぎ込んで、瞬間的に圧倒するものだ。ヒタキの『最後の頁』に届くまでその残弾が切れてしまったら? 今残ってる可能性の中で殆どのティアラが負けるのは()()()()()だよ。いいかいトール君──』

 

 そうして師は、ごく当たり前のことを弟子に教えるかのように、なんてことのない口振りで言った。

 

『──()()()()()()()も『()()()()()()()()()()()

「──────────『かみさま』じゃ、ない」

 

 その言葉は、ぼくの中に雷鳴のように降り注ぎながらも、渇いたスポンジが水を吸い込むように染み渡った。

 

『だからボクたちは今後も、カナミ君やその周囲に目を配りながらティアラの筋書きにない出来事が起きないようにしないといけない。ティアラの筋書きはとても懐深く何にでも対応できる柔軟性がある。ボクから見ても凄いものだ。でもだからといって何にでも対応させて良いわけではない。今のボクの言葉は全て杞憂なのかもしれない。「()()()()()()()()()()」と思って高を括っていても良いのかもしれない。けれど、「()()()()()()()()()()()」という事にはならないんだ』

「『こうはならないだろう』……でも、『だから放っておいて良い』わけではない」

『分かったね? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ボクたちの()()()()()だ』

「……はい」

 

 ああ、つまるところまたぼくは思い上がっていたのだ。

『かみさま』じゃないのに、『かみさま』になったかのように思い上がって、それで危うく失敗するところだった。

 それに気づかせてくれたこの人には感謝してもし尽くせない。

 この人には期待しない、願わない、捧げない。そう決めたからこそ、この人に与えられるものがぼくには無いことが悔しい。

 だからせめて、決意だけは持とう。

 

『──あぁぁぁぁ、どうしよう。つ、つい熱くなって偉そうに長々と説教してしまった。ボクがそんな事言えた義理ではないのにも、もしこれでトール君が「契約」の破棄を申し出たらどうしよう? いや「契約」の破棄そのものはボクにとっては悪い事ではないけれども失望されたい訳じゃないんだ。ああやっぱりもう駄目だ何も考えたくない。だ、だから今の話がなかったことになればいいよね? うん、そうだ。なかったことにしよう。ボクとトール君は、こんな話をしなかった。今のボクたち二人の会話は全部、全部全部全部、なかった。そういう事にしよう。なかったことにするんだ。「なかったことに」』

「お師様」

『「な──」え?』

「──『最期までお供します』。『ぼくの命は彼女にあげた』けれど、『ぼくの魂と身体と人生は、貴女と共に』。『これは供物でもなければ願いでもない』。『ぼくがそうすると決めて、そうしたいだけ』です。だから『()()()()()()()()()()()()()』」

『──えっ、えっ?』

「さあ、そう決めたのなら早くここから出て次の行動を決めましょう。ぼく等次元魔法使いが言えたことではないですけど、時は無慈悲に流れていくものですから」

『ちょ、ちょっと待ってトール君、今のなに!?』

「あっはっはっはっは」

『トール君ー!?』

 

《コネクション》で『迷宮』からの出口を作りながらぼくはふと思う。

『秘蹟調査官』──『ある』か『ない』か定かではないものを『ない』と証明するまで続く終わりのない仕事。

 それは『ある』か『ない』か定かではない可能性の芽を摘み続けて『ない』と証明する今のぼくと重なって──ああ、つまりあの貪欲で優秀な『後輩』は、最初からこうなる事が分かっていたのだろう。

 本当に……本当にぼくは優秀な『後輩』を得た。

 ならばその期待に応えてみせよう。君の為に、彼女の為に、師の為に、先輩の為に、世界の為に。

 ──誰よりも、何よりも、自分の為に。

 

 

 

 さあ、未来を変えていこう。可能性を消していこう。

 真っ白な頁ではなく、真っ黒な頁でもなく、地獄に一筋の光が射すような、そんな未来を目指して。




お師様はヒロインではない(真顔)イイネ?
なんでトール君いきなり口説き始めてんの……?君にはもう心に決めた人がいるでしょ?そんなところまで先輩をリスペクトしなくていいのよ?

そんなわけでようやく第三者からのオリ主君――トール・ヘルブスト君の事を書くことが出来た
なんかやたらとらすちーちゃんがヤベェヤベェ言ってるけど当てにしなくて良いぞ
人生経験少ないお子様が目だけギラギラしてる中身が全く成長してないショタジジイに恐れ戦いてるだけだから

それよりか『秘蹟調査官』の設定書きながら思いついたものなのにトール君にぴったしの職業になってしまったのあまりにも恐ろしくて作為的なものを感じました
この肩書を用意したのはティアラ……やっぱりあのお姫様ヤベーわ
俺の天敵リストにアイカワカナミと一緒に名前載せておきますね?
師匠と一緒で嬉しいでしょう?喜んでいいぞ?

そんなこんなでチュートリアルはおしまい
ここからがトール君の本当の戦い、起きるかどうかわからない未来をそもそも起こさないために暗躍する終わりの見えない地獄のデスマーチの開幕です

正直原作は上手く行き過ぎたというか、くろまくーズが頑張りまくってあの結末に行ったんだろうなというのが俺の感想です
でも守護者IFだとか異世界学院の頂点√、マリアIFにスノウIFの存在を考えればあの二人の盤面統制も完璧ではないことが明らかです
そこから巻き返す力はお互い持っていますが、そもそもその力の総量の差は明白です
ティアラが原作で勝てたのは切り札を最後まで温存しておいて、陽滝の読みを上回り、致命的な時に全ての残弾を使い切った事で瞬間的に圧倒して押し切ったのが理由でしょう
ですがイレギュラーに対して自分の流れに巻き返そうと力を使ったり、イレギュラーを自分の流れに巻き込んでいけば少しづつ、ティアラの余力は削れていきます
これは陽滝も同じですがあちらは最終的には力で強引に全てをひっくり返す地力があります
原作でティアラの書いた筋書きはどんなイレギュラーも受け入れる柔軟性があると評されていましたがそれはイレギュラーを受け入れる理由にはなりません
使えるものはどんどん取り込んでいくべきでしょうが、それで消耗して最後に負けてしまえば意味がないです
なのでトール君とお師様はティアラが勝てるように添削していかなければなりません
勿論起きるかどうかは分かりません。ですがやります
前から流れがあった可能性もあれば、急に流れが生まれてきて事故を起こす可能性だってあります
その全てを未然に防ぐか、影響を最小限にします
いつ終わるか分かりません。『悪魔の証明』を『最後の頁』まで続けなければなりません
困難ですがそれは「やらなくて良い」理由にはなりません
例え全てが杞憂で、意味の無い空回りになるかもしれなくても
と言っても恐らく7-1章、或いは7-3章までいけばもうほとんど杞憂は無いと言っていいでしょう
あれが「運命」なのでもうあそこまでいったらジェットコースターです
なのであそこまでいけば俺も安心ですトール君も安心、お師様も安心、皆安心
まぁ、まずはガチガチにスケジュールが詰まってる1・2章を乗り越えない事には始まらないのでそういう意味でもここからが本当の戦いですね

最後にらすちーちゃんが『擬神の目』で見たトール君の詳細を載せようと思いましたがまだ整理できてないので次回の「爆誕!新人アルバイター『キリスト・ユーラシア』」でキリストさんの注視とまとめておこうと思います
それでは
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