◇西暦2011年 4月2日 ノルウェー
「はぁ・・・」
のび太は宿への帰路を歩きながら溜め息をついていた。
自分は何故こんなことになっているのだろう、と。
まあ、今更ではあるかもしれないが、それも当然だろう。
本来であれば、のび太は今頃小学校を卒業し、新しく始まるであろう中学生活にウキウキしている頃だった筈だったのだから。
「みんなは今月から中学生か。良いなぁ」
のび太は1年半程前までの友達、特に3人の少年少女を思い出す。
のび太と同学年の彼らは、先月に小学校を卒業し、あと数日後には中学生生活が始まっている筈だ。
それを考えれば、自分だけ仲間外れにされているような感覚を覚えてしまう。
まあ、実際のところは先月起きた東日本大震災のせいで幸先の良い小学校卒業とはいかなかったのだが、この時ののび太には知るよしもない。
(まっ、今更なんだけどね)
のび太はそう思いつつ、こんな考えが出来るようになった自分に皮肉の笑みを送った。
自分の手はもう血に汚れている。
今更、そんなことを望むのか、と。
しかし、それでも今ののび太にとっては眩しく思えた。
このように去年までなら考えすらしなかったであろう考えであるが、このような考え方が出来るようになった理由についても検討がついていた。
あの少女のせいだ。
時折、のび太に鋭いことを指摘してくるお蔭で、のび太はその感覚を徐々に以前のようなものに戻していた。
それが良いことかどうかは分からない。
だが、少なくともその事を気持ちいいと感じていることは確かだった。
「でも・・・やっぱり、彼女は僕を恨んでいるのかな?」
既に去年の7月にあの警備員から奪ったハンカチは、少女の物という事が分かっている。
そして、それは少女が贈った物であるということも本人から聞いており、そこから自分を恨んでいるという事実は簡単に連想できた。
何故なら、あのハンカチの刺繍はドイツ語でこのような文字を刻んでいたのだ。
Ich liebe dich(イヒ・リーベ・ディヒ)。
これはドイツ語ではあるが、英語で言えば、I love youである。
もはやここまで来ると、日本語で訳すのは小学生でも出来るだろうが、敢えて言えば『あなたを愛しています』という意味である。
つまり、彼女はその男の事をそこまで想っていた事になる。
「ッ!?」
ズキッと胸が痛む。
そして、次の瞬間にはその胸の痛みの正体が分かってしまった為、大きく落ち込んでいた。
そう、フィーネと同様にのび太もまた彼女に恋をしていたのだ。
まあ、ある意味それは健全な反応とも言えるのかもしれない。
フィーネは誰もが認める美少女であり、もしのび太が復讐者になる前に出会っていれば、もしかしたら告白まで行ったかもしれない。
(いや、僕にそんな意気地が有るわけないか)
のび太はそう思い、内心で苦笑する。
あの頃の自分に告白する勇気など有るわけもないし、そもそも言葉すら話せなかっただろう。
まあ、今の状況だと告白する勇気どころか、その資格すら無いのだが。
「ははっ、皮肉な話だな」
のび太はそう思いながら、自分自身を嘲笑う。
そして、考えても仕方ないと、一旦彼女に対する思考を打ち切り、次の仕事に思考を移すことにした。
「さて・・・次の仕事は確かドイツだったか」
そして、この数分後、のび太は宿屋へと帰ることになるが、そこで泣いていたフィーネを見て大いに慌てることとなる。
◇同年 4月21日 ドイツ ???
ドイツの某所。
そこでは複数の人影が何やら話をしていた。
そして、リーダー各の初老の男は一堂に向けてこう言った。
「諸君、よく聞け。オールレンジがこのドイツへと帰ってきた」
返ってくる言葉はない。
男達にとって驚くべきほどの事ではないからだ。
むしろ、来るべき時が来たという感じだろう。
「オールレンジは我らの中でも腕利きのアインを葬った男だ。油断は出来ん」
アインとは去年のクリスマスイブに公園でのび太を襲撃してきたあの男だ。
そして、この場に居る男達はその男の仲間ということになる。
そもそも彼らは何者なのか?
纏っている服装と雰囲気から暗殺集団であることは素人でも分かる。
だが、彼らはただの暗殺集団ではない。
ドイツ政府直属の暗部組織“死の手”、しかもその中でも腕利きの部類に入る者達だった。
彼らの歴史は意外と古い。
古くは帝政ドイツ時代まで遡り、その次はナチス、更にその次は西ドイツ、そして、ソ連崩壊後はこうしてドイツ政府直属の暗部となる。
もっとも、離散の危機が無いわけではなかった。
ナチスから西ドイツに鞍替えする際は当然揉めることになったし、その西ドイツ時代にしてもナチスに従属していたということで、かなり冷や飯を食わされていた。
だが、そういった様々な苦難を乗り越えた結果、今の“死の手”があった。
しかし、何故、そのような組織がのび太を狙うのか?
死の手は基本、政府の依頼以外では動くことはない。
信用問題に関わるからだ。
まあ、自分達に襲い掛かってくるのであれば、政府の依頼以外でもやるが、あくまでそれは向こうが襲い掛かってくれば、という前提から成り立っている。
つまり、死の手がのび太を襲う理由としては、政府の命令か、何かやむを得ない理由でのび太を襲っているかのどちらかでしかないのだ。
そして、今回の場合は前者であり、彼らはドイツ政府に依頼される形で動いていた。
何故かと言えば、それはフィーネが好きだった警備員の男が関係している。
いや、正確には彼が守っていた施設に、と言うべきだろうか?
その男が守っていた施設。
それは島田透配下の施設の内の1つであり、その中にはS─ウィルスのサンプルやら、資料やらが満載だった。
おまけにフローズン・バイオハザードの二の舞を狙ったのか、予防接種と称した注射器まで大量にあり、もしのび太が襲撃していなければ、フローズン・バイオハザードと同じような事態が起こったのは間違いないだろう。
そして、のび太の襲撃後、そこにあった資料やサンプルはドイツ警察に押収された訳だが、ある一点だけ回収されなかった資料がある。
それは幾つかのドイツの有力政治家がこの研究所の研究内容に関わっていたという証拠だった。
勿論、のび太はそんな資料を回収どころか、発見してすらおらず、ドイツの有力政治家があの研究所の設立に関わっていた事実など知るよしもない。
しかし、ドイツ政府はそうは考えていなかった。
確かに一度は戦闘後の混乱で消失したのかもしれないとは考えたが、もしかしたらという考えは頭の中にこびりついていたのだ。
まあ、それも当然だろう。
消失していれば良いが、もししておらず、何かの拍子にその情報が公開されてしまえば、自分達の首は瞬く間に飛んでしまう。
しかも、日本の政治家のように社会的に飛ぶ程度ならまだ良い方で、場合によっては物理的に首が飛ぶかもしれないのだ。
政治家達が必死になるのも当然と言えた。
「だが、2度の失敗は許されない。今度こそ奴を確実に始末しなくてはならない。そうでなくては“仕込み”をした意味もないからな」
そして、彼らもまた、先の失点の回復と仲間の仇を討つために様々な策を用意し、準備を進めていた。
更に確実にのび太を仕留めるために、とある仕込みまで行っていたのだ。
ここまでして仕留められなければ、彼らの組織は正真正銘、致命的な打撃を帯びることとなるだろう。
だからこそ、失敗は許されない。
「さて、諸君。“ここ”でオールレンジを迎え打つ。準備を急げ!」
「「「おお!!」」」
──こうして、ドイツで暗躍している裏の者達が遂に牙を剥こうとしていた。