寓意の光景   作:紫 李鳥

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 ノックすると、少し間を置いてドアが開いた。二十二、三歳だろうか、気の強そうな女が目を据えていた。

 

「先程電話しました森――」

 

「ああ。どうぞ」

 

 純香の言葉が終わらないうちに口を挟んだ。先刻の電話の女に違いない。

 

 中に入ると、デスクに向かっている数名の男女が純香に視線を向けた。女はノックもしないで、『社長室』とあるドアを開けた。

 

 デスクの前に座った柴田の顔が真っ正面にあった。

 

「応募の方です」

 

 女はそう言うとドアを閉めた。柴田は身動ぎせずに純香を見詰めていた。私に母の面影でも見たの?柴田さん。純香はそう心で呟きながら、目を逸らした。

 

「どうぞ、お座りください」

 

 柴田はそう言って、黒革のソファーに目をやった。

 

「……失礼ですが、富山の方ですか?」

 

 いきなりだった。どうして?富山に私に似た女でも居たの?

 

「出身は富山ですが、大学からは東京です。出版社で校正をしていました」

 

 応募するのに、まさか休暇中とは言えまい。

 

「ほう。東京ですか」

 

 テーブルを挟んだ柴田が、興味深げな目を向けた。

 

「履歴書です」

 

 ショルダーバッグから出すと、柴田に手渡した。

 

「拝見します」

 

 柴田は封筒を手に取ると、履歴書を出した。

 

「……大広田ですか」

 

 真っ先に本籍地を確認した柴田は、その目を素早く上げた。

 

「はい」

 

 純香は本籍地を偽っていた。本籍地である“岩瀬浜”と苗字である“森”では、感づかれるかもしれない。母が死んだ後に、姓名を知り得た可能性もある。ましてや、事件があった“岩瀬浜”となれば、疑われかねない。

 

「……ほう。R出版ですか、スゴいですね。……翻訳もできるんですか」

 

 柴田が期待を込めた目を向けた。

 

「童話ぐらいですけど」

 

 純香が謙遜した。

 

「ぜひ、お願いしたいですね。うちは自費出版や共同企画の童話や絵本の依頼もあるので、海外でも読んでもらいたい。……現在地がホテルになっていますが」

 

「仕事が決まってからアパートを借りようと思って」

 

「そうですか。じゃ、近くを当たってみましょう」

 

「え?近く?」

 

 純香は会社の近くだと思った。

 

「ええ、東岩瀬ですよ。森さんが泊まっているホテルの近くを」

 

「はあ。お世話かけます」

 

「いや。と言うのも、私の自宅の近くなんですよ、このホテル」

 

 純香はハッとした。柴田を探るために近くのホテルにしたことがバレないかと、ハラハラした。

 

「えっ、そうなんですか?」

 

 純香は(とぼ)けた。

 

「近所の不動産屋に聞いてみますよ」

 

「……お世話になります」

 

「あなたのように実績のある方にぜひ、お願いしたいし」

 

「ありがとうございます」

 

「在宅で構いませんから」

 

「えっ?」

 

「あなたほどのキャリアがあれば安心だ。それに、うちはバイト感覚の若いもんばかりだから、何かと気を使うでしょうし」

 

「……ありがとうございます」

 

「……つかぬことを伺いますが、どうして富山に戻ったんですか」

 

「……都会暮らしに疲れたと言うか、故郷(ふるさと)が恋しくなって」

 

 目的は復讐だが、純香のその言葉は偽りではなかった。

 

「……そうですか。とにかく期待してますので、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 頭を下げた。

 

「先ずはアパートを探しましょう。これからご予定は?」

 

「いいえ」

 

「じゃ、善は急げだ。早速、探しましょう」

 

「あ、はい」

 

 慌ただしく腰を上げた柴田に、純香も動きを合わせた。柴田は履歴書を机の引き出しにしまうと、壁のフックからコートを取った。

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