寓意の光景   作:紫 李鳥

9 / 27


 十時頃、カーディガンにマフラーをした柴田がやって来た。

 

「美音ちゃん、寝たの?」

 

「ああ。うまい、うまいって、ペロッと食べたよ、君の料理」

 

「良かったわ」

 

 お茶を()れながら、柴田をチラッと見た。

 

 柴田は火をつけた煙草を、炬燵にある先刻の小皿に置いた。

 

「酒はないの?」

 

「飲まないもの」

 

「今度、置いといてくれ。後でお金をやるから」

 

「いいわよ。何がいいの?」

 

「そうだな、……辛口の日本酒でいいよ」

 

「分かったわ。買っとく」

 

 湯飲みを置くと、その手を柴田が握った。

 

「布団に入ろうか」

 

「……ええ」

 

 純香は恥ずかしそうに俯くと、膝を上げた。

 

 

 薔薇(ばら)花弁(はなびら)がスローモーションで開花するように、純香の体は、柴田の指先に素直に応えていた。――

 

 シャワーを使った柴田は、

 

「帰るぞ。おやすみ」

 

 横たわる純香の耳元に囁いた。

 

「うーん……」

 

 純香は気だるさの中にどっぷり浸かっていた。柴田は、下駄箱の上に置いてある鍵を使うと、ドアの郵便受けに戻した。その金属音を耳にした純香は、安心して眠りに就いた。

 

 翌晩も、食事ができた頃に柴田がやって来た。

 

「タッパー、外の郵便受けに入れといて。出勤の時にでも」

 

 豚肉と小松菜の炒め物とほうれん草のおひたしをタッパーに入れながら顔を向けた。

 

「オッケー。じゃ、次からそうする」

 

「ええ。はい、どうぞ」

 

 ビニール袋を手渡した。

 

「十時頃、来るから」

 

「ええ」

 

 微笑むと、ドアを閉めた。

 

 買っておいた陶器の灰皿を炬燵に置くと、酒の(さかな)を作った。――十時頃、昨夜と同じ格好で柴田がやって来た。

 

(かん)にする?」

 

「ああ」

 

 返事をすると、炬燵に入った。灰皿を買う時についでに買った徳利に酒を注ぐと、湯気を立てている鍋に入れた。作っておいた(ふき)(たけのこ)の煮物と蒲鉾(かまぼこ)の素揚げを徳利とセットのぐい呑みと箸、箸置きと一緒に盆に載せた。

 

 煙草を吹かす柴田の前にぐい呑みと箸を置くと、つまみを添えた。

 

「お、うまそう」

 

 柴田が嬉しそうな顔をした。

 

「蒲鉾は少し醤油をつけるとおいしいわよ」

 

「はーい」

 

 柴田は言われた通りに、小皿に入った醤油に蒲鉾をつけて食べた。

 

「ん。うまい」

 

「シンプルだけど、イケるでしょ?」

 

 台所から声をかけた。

 

「うん、イケる」

 

 柴田は煮物にも箸をつけた。

 

「蕗もうまい」

 

「ありがとう」

 

 布巾(ふきん)で拭いた徳利を盆で運んでくると、

 

「どうぞ」

 

 と、お酌をした。

 

「ありがとう。君も飲めよ」

 

「ちょっとだけね」

 

 純香は腰を上げると、セットのぐい呑みを取りに行った。――柴田が酒を注いでくれたぐい呑みを、柴田が手にしたぐい呑みに当てると、互いは笑顔で酌み交わした。

 

「うまい!」

 

 柴田が感激していた。

 

「ホントにおいしそうね」

 

「うまいさ。美人のお酌に、うまい肴。言うことないね」

 

 柴田は本当に満足そうだった。

 

「明日、うちに来ないか」

 

「え?」

 

 突然だった。

 

「娘に会ってほしい」

 

「……」

 

 本当に会っていいのだろうか。純香は決断できずにいた。

 

「早めに帰ってくるから。な?」

 

「……え」

 

 結局、相手に任せるという優柔不断な性格が、そこにあった。これまでもそうだ。相手が引っ張ってくれないと、自分勝手に事を急いで、決まって失敗していた。その挙句(あげく)、自分の進路を相手に決めさせていた。

 

 今回もそうだ。好きになってしまった柴田に依存している。(あだ)も忘れて。いや、忘れているわけではない。ただ、考えないようにしていただけだ。要するに、面倒くさがりの無精者なのだ、と純香は自分の性分を嘆いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。