走る
走る
走る
藍色と橙色がグラデーションを作る暁の空。
刻は夕暮れ。
太陽は既にその身のほとんどを地平線の彼方に沈め、夜は間近に迫っている。
不自然なほど人も車も無い道路。
ぽつねんと光り輝く電光掲示板盤に流れる何かの注意報。
つい先ほど、最後の人がその掲示板を見て慌ててこの場を去り、それっきり動くモノはわずかに木の葉が風に吹かれて揺れるだけ。
そんな殺風景に動くモノが一つ。
信号どころか、歩道も車道も関係なしに、一直線にどこかへ向かう影。
進む先、ビルの影が途絶え、日の光が影を照らしてその姿が露わにした。
それは背丈160cmぐらいの少年だった。
少年は白い学ランに黒の防弾チョッキのようなものを着ていて、のっぺりとした白面と金の二本角の額当てを合わせた仮面を被り、腰には本物とおぼしき刀を帯刀していた。
そうそう見かけない奇抜な格好をした少年は、そのまま何処に向かって流れ星のように一目散に道路を駆け抜ける。
路地に差し掛かった辺りで、仮面の裏から着信音。
随分とハイテクな仮面は少年が「通話」と言い放つだけで、相手と繋がった。
『飛鷹、現場には既に刀使が2名到着している。お前が出る必要はない』
「かもしれない。でも、成績表によれば、その子たち実技が弱いらしい。正直不安だ」
『お前、勝手に個人情報を見るなと前にも──』
「俺が行くべきか否かの判断するには必要だった。仕方ないだろ?」
『そういう問題では──はぁ、お前が行ってどうにかなるのか?」
「どうにかしてみせる」
「……その言葉信じるとしよう。ただし、絶対に面は外さないこと。これ以上、私の仕事を増やしてくれるな」
少年が嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとう」
仮面に仕込まれたインカムを切り、少年は目の前のフェンスを飛び越えた。
──────
京都府
雅な花街ではなく、ビル立ち並ぶ街の一角。
大きく育ちすぎた街路樹に彩られたほの暗い道路に、カァと日の光が差し込んだ。
日が沈む直前の暴力的な
影すら赤黒く、風に吹かれ揺れる木はあまりにも赤く染まりすぎて影と本物の見分けがつかないほど。
そんな紅く燃える道路の中央。
とすとす
と、自動車よりも巨大な体躯に見合わない静かな足音で、一匹……否、一つの赤い何かが歩を進める。
ソレの進む先に見えるのは荒れ果てた道路の姿。
ひしゃげたガードレール
ひび割れ陥没したアスファルト
えぐれきざまれへし折れた樹木
外壁をくり抜かれてオープンテラスと化したビル
そして、力なく倒れた2人の少女。
それら自分の所業をどこか満足げに眺めるのは、岩の様な肌をした異形の虎。
人でも車でも、それどころか現世のモノですらないソレは、
グォォォオオオオオ
暴風の如き咆哮を放った。
◇◇◇
この日本には、『荒魂』と呼ばれる化け物が存在する。
赤褐色の岩のような骨格を持つその化け物を倒せるのは『刀使』と呼ばれる少女たちだけ。
彼女たちは『御刀』と呼ばれる神器に選ばれた神薙ぎの巫女であり、御刀の神力で普通の物理法則の範疇に収まらない超常の力を扱うことができる。
基本能力である『写シ』は自分の身体を質量のある霊体に変換し、その能力が発動している間の負傷──たとえば銃で撃たれたり、刀で真っ二つにされたとしても──能力を解除すれば身体は無傷の状態に戻る。
つまりは、死を無かったことにできる。
『迅移』と呼ばれる加速能力は、銃弾よりも早く走れる足を
『八幡力』と呼ばれる筋力強化は、銀行で使われるような鋼鉄の壁を叩き斬れるほどの怪力を
『金剛身』と呼ばれる硬化能力は、対戦車ミサイルにすら耐える頑健さを
少女に与える。
それは正に、人が個人で持ちうる中で最強の力。
少女たちはそんな大いなる力を持って、人の世に災いをもたらす化け物を討伐し、日夜 平和を守っているのだ。
……
なんて、誇張表現がすぎるか。
◇◇◇
日が沈みきり、あたりが一気に暗くなった。
電灯がジィンジィンと点灯し、夜道の明暗が一層濃くなる。
しかし、虎の姿をした4mの
虎型荒魂の動きは驚くほど滑らか。虎のようにしずしずと、壁際のぐったりと動かなくなった獲物に歩み寄る。
荒魂は人を積極的に襲う。
彼らは人を殺す事を目的として活動していて、その対象は、彼女たちが神薙ぎの巫女であろうと、人である以上変わらない。
10mも無い距離はあっという間に埋まり、虎型荒魂はすぐに少女たちの前に立った。
荒魂が長く鋭い爪の並んだ右足を振り上げる。
木を一撃でなぎ倒すほどの威力を持つその手が振り下ろされれば、特別な力を失い、気を失った少女たちは、踏みつけられた卵よりも脆く、呆気なく、その命を落としてしまう。
しかし
それを許さない者がいた。
ビルの隙間から飛び出してきた少年が、荒魂の蛮行を阻止するため、腰に据えた鞘から すらり と刀を抜き放つ。
露わになった鈍色の刃が夜のとばりを切って払う。
「八幡力!!」
少年の着る防弾チョッキのポケットの一つがポワンと光った。
20mを一足跳びで0にして、少年が両手で振り抜いた刀は、荒魂の身体の正面をしっかと捉えた。
ガイーン
にぶい音と共に上体を起こしていた荒魂は吹き飛んだ。
虎型荒魂は二転三転した後に、衝撃によって転がる身体を止めるため、地面に爪を突き立てた。
ガリガリとアスファルトに深く爪痕が刻みつけられる。
八幡力
刀使の使う筋力増強能力。
5つの段階があり、彼が今使ったのは3段階目。
自動車と同等の馬力を持つ。
ゴルゴルゴルゴル
まるで本物の生き物のように苛立った様子で、虎型荒魂は少年を睨みつける。
品定めか、威嚇か、少年がどの程度の強さか測ろうとしているのか。
「殺人本能しかない化け物のくせに悠長な事するんじゃねぇ」
動かない荒魂を前に、少年が先に踏み込んだ。
横薙ぎの一閃
虎型荒魂は飛び退き躱す。
飛び退いた先で荒魂は着地と同時に前足を交錯させた。
間を詰める少年。
荒魂はぐっと上半身が沈みこませ、交錯させた前足を起点にぐんと一回転。
荒魂の下半身が野球盤のバットのようにぶんと振られる。
少年は後退し、それを避けようとするが、
荒魂の岩石そのものの硬さを持つ尻尾が、ムチのようにしなりながら少年に迫る。
射程から逃れられなかった少年。だが彼は焦らず、剣道のように御刀を正面に構えて、晴眼の構えを作り、僅かに御刀を上に跳ねた。
刀の先が尻尾の先を捉えて、それだけで迫る尻尾は高く打ち上がり少年の図上を切り、少年の髪を揺らすだけに留まった。
そのまま踏み込み、上段からの、真っ直ぐ芯の通った袈裟斬り。
回転し終えた荒魂と少年が顔を合わせる。
するり と太刀は荒魂の顔を切り取った。
荒魂の顔の3分の1が切り落とされて、ゴトンと音を鳴らす。
しかし、荒魂は止まらない。
降りてきた両足で大地を踏みしめる。
悪寒
「金剛身ッ」
身体を硬化させる刀使の能力。
少年がそれを使用した直後、荒魂の後ろ足が爆ぜた。
荒魂の突進をもろに喰らい、少年は吹き飛び、転がり、ビルの壁に叩きつけられた。
金剛身は段階による強度の差に大きな開きがある。
最高の5段階ならばミサイルからも完璧に身を守れるけれど、少年が使った金剛身は2段階。
トラック並の力で轢き飛ばされたにしては軽傷で済んだものの、それでも身体の芯にダメージは残る。
虎型荒魂は、顔の表面、片耳と顔面の半分と上顎を削ぎ落とされたにもかかわらず、そんな事、意に介さずゴルゴルと唸る。
が、少年も痛みで動きが鈍るほどやわではない。
即座に立って、御刀を構え直す。
荒魂は生物ではない。
負の神性を持つ『ノロ』と呼ばれるゲル状の物質が寄り集まって、生物の姿を模したモノなのだ。
それ故に、神力を纏った御刀以外の全ての攻撃は荒魂に対して致命傷になり得ない。
そして、今、少年の持つ御刀は神気を纏っていなかった。
刀使になれるのは、二十歳を超えないうら若き乙女だけ。
彼は中学生。歳こそ御刀の許容範囲ではあるが、そもそも性別が違った。
……
それでも少年は荒魂の前に立ち塞がる。
彼の防弾チョッキに仕込んである護符は、ほんの一瞬だけ、御刀から力を借りる事を可能にする。
彼は少年剣士の中ではとびきり優秀で、その一瞬で勝てる自信があった。
だが、何よりも彼の心に重くのしかかっていたのは、自分の背に、守らなければならない少女たちがいることだ。
彼女たちの存在が彼の中から逃げるという選択肢を完全に消し去っていた。
────
虎型荒魂は早くしなやかに、さながらコンパスのように軸移動を多用し、少年の足が止まる瞬間を狙って襲い掛かる。
実に理知的でいやらしい攻め方。
だが少年の構えを崩すには至らない。
一撫でで人を殺す化け物を前にしても、少年は全く怯まない。
彼は、相手の攻撃を掻い潜るためなら、攻撃をより弱く受け止めるためなら、自分から荒魂の懐に潜り込むことすら辞さない。
それは、彼の後ろに倒れる刀使では出来なかった事。
それが今、彼女達が地に伏し、彼が未だ倒れていない理由。
彼の剣の腕前、いざと言う時の勝負強さは、並の刀使の能力を含めた全力よりもなお強い。
もっとも剣の腕前に限れば、
それこそ現役の警察機動隊員なら、誰だって刀使と呼ばれる女学生の大半よりも強いはずだ。
だが、
実際に防具も
それこそ、この少年のように、頭のネジを3つ4つどこかにやってしまったような人間でなければ、刀使でない身で、わざわざ荒魂とやりあおうなんて事考えない。
その点に置いてだけは、彼は確かに特別だった。
────
十数回目のすれ違い。
虎型荒魂の攻撃は擦りもせず、かといって少年の攻撃が荒魂に何かダメージを与えられようには見えない。
しかし
荒魂は大きく迂回し、少年と距離を取った。
小回りでは少年に部があった。
少年の方は、無闇に追うことはせず待ちの姿勢。
刀を寝かせた状態で真正面に切っ先を低く構える。
天然理心流 平晴眼の構え。
ガァアアアアア
虎型荒魂が吠え、駆ける。
少年の、一足一刀の間合いに荒魂が入る。一歩、大きく踏みしめ、踏み出した分、御刀が下がり、その下がった分が刀を振るうタメになる。
斜めに振り上げ、逆袈裟斬り
しかし、その軌道に荒魂はいない。少年の頭上に橙色の光が瞬く。
──跳んだ!?
荒魂の腹のボゥっと光る橙色の縞模様に次いで、後脚が迫る。
4mの鉄塊を支える足だ。ひっかけられただけでも重症は免れない。
──中に人でも
咄嗟に足の力を抜いて膝をつき頭を下げる。
──入ってんじゃねぇのか!?
荒魂の後脚を辛くも躱した少年は、膝を支点にすぐさま振り向いたが、その時既に荒魂は身を翻し二度目の突進を始めていた。
立つ──いや遅い!
マジかよ!? こんな所で!!
刃で手が切れるのもお構い無しに最速で御刀を鞘に収める。
両膝をついて正座。
──こんな技を使うハメになるなんて!
少年の鼓動は今にも爆発しそうなほどに激しい。
荒魂は万全の体勢で己に襲いかかる寸前。
対する少年はまともに構えられていない。
刀使、否、この状態から勝ちを拾える剣士など、そうそう居ない。
それでも荒魂を倒すため、自身が生きる。勝つために少年は正座の
狙うのはただ一つ、正座からの居合抜刀斬り。
その一太刀をもって荒魂を討滅する事。
それしか少年に道は無い。
虎型荒魂が迫る。
迫る
迫る
目前
前足が浮いた
──今!
少年が膝立ちになる。
その瞬間、少年の胸元から炎が吹き出し御刀に絡みついた。少年の御刀にほんの一瞬だけ神力が宿る。
「神居!!」
刹那の閃き
目のくらむような閃光。
周囲が一瞬昼のように明るくなり、そして一層濃い夜が一気に押し寄せる。
いつのまにか中腰で刀を振り切っていた少年の肩を荒魂の左後脚が蹴り飛ばした。
少年がもんどりうって倒れ込む。
刀を振り抜いた姿勢、身体が硬直した状態で、強く肩を打たれたせいか、無理な体勢のままのけぞらされてしまい、腰と肩が痛くてたまらない。
それでも少年は痛みによって沸いた涙を拭く間も惜しんで振り返った。
……
そこには胴を両断され、その断面と頭部の損傷からトロトロと琥珀色の液体を流す虎型荒魂の姿があった。
みるみるウチに琥珀色の液体が湖を作り、虎型荒魂の身体が萎んでいく。
その姿を確認し、少年は緊張が途切れたのか腰を抜かした。
付けていた仮面が、今になって苦しく思えて思わず乱暴に投げ捨てる。
ざっくばらんに伸びた髪がバサバサと暴れた。
根本だけ白く他は黒い逆プリン頭の少年は、そのまま胡座をかくと膝をついて深〜く息を吐いた。
「まさか……荒魂相手に居合なんて使う日が来るとは」
御式内
それは古流室内体術を居合術に派生させたものだった。
師匠に気まぐれで教えられた技がまさか役に立つなんてな……。こんな博打二度とやらねぇ。
少年がぐでぇっと地面に腕枕で寝ようと──
「飛鷹! おい! 飛鷹恭侍! バイタルサインが途切れたぞ!! そちらはいったいどうなっている!!」
投げ捨てた仮面から女性の怒号が轟いた。
ついさっきのはずなのに、遥か昔に話したっきりのように思える先生の声。
どうやらあの仮面は通信機能だけでなく少年の状態をチェックする機能まで付いていた模様。
少年はなんでこんなに遠くに投げてしまったのだろうと後悔しながら、這って仮面の元に向かい、先生にボソボソと報告を始めた。
「こちら飛鷹。荒魂の討伐に成功。先に到着していた刀使2名は気絶。怪我の有無は不明。自分は左肩を打撲。ノロ回収班と救急車お願いします。オーバー」
インカムの向こうで女性が息を呑む。
一歩間違えば、自分の教え子が2人死んでいたかもしれなかった事にショックを受けたのかもしれない。
「……そうか。すぐに救急車の手配をしよう。そこなら着くのに5分とかからないだろう。よく2人を守ってくれたご苦労だった」
「いえ、俺はやりたい事をやっただけです──それじゃ待ってます」
インカムが途切れ、少年は仰向けに寝っ転がった。
──弱いなぁ、俺
少年 飛鷹恭侍は自分の強さにそれなりに自信を持っていた。
それこそ刀使の5割……いや、7割よりも強いと自負していた。
それが、荒魂一匹にこの体たらくとは情けない。
刀使の実力は本当にピンキリだ。下を見れば何故刀使をやっているのか不思議なぐらい弱い子や臆病な子がいる。
だが
逆に上、刀使の頂点は凄まじい。
最強クラスの刀使は、恭侍が倒した荒魂を超える一軒家のように大きな荒魂をバッタバッタとなぎ倒し、荒魂の群れとの連戦を2時間や3時間平気でこなすと言う。
その
「遠い、遠いなぁ」
荒魂出現の影響でわずかに街灯がつくばかりの真っ暗な道路。
見上げる星、見上げる月は星座の線すら見えそうなほど鮮明だった。
恭侍は月に手を伸ばし、その手をグッと握りしめた。
「強く……なりたい」
手を広げれば、そこには変わらず月が浮かんでいた。
時系列
本編から2年前
飛鷹恭侍
オリ主
現在 綾小路武芸学舎中等部2年 折神家出向中
流派 天然理心流
性格 裏表がなく情熱的。
真面目にヒーローと呼ばれる存在に憧れており、行動基準が利他的かつ博愛的。また、英雄的な行いを心掛けすぎるために自己の優先基準が低い傾向がある。
独自設定
護符
御刀と同じ神気を放つ特別な鉄で出来たお札。
刀使ならば一時的に能力を大幅に増幅し、刀使でない人間でも御刀を媒体にすることで一瞬刀使の能力を使えるようになる。
一つにつき、発動は一回。
再使用までのインターバルは一般人の場合は数時間。
刀使の場合、6分から3分で再使用可能。
ゲームにおける奥義ゲージと装備を劇中に当てはめたモノ。
矜持はこれを仕込んだ防弾チョッキを装備していた。
神居
ゲームにおける安桜美炎の奥義。
火を纏った御刀で相手を斬り付ける技だが、今作では御刀に一時的に神気を纏わせる技として使用された。
本当は炎を纏った御刀でカッコよく倒す予定だったのだが、荒魂が思ったより強かったため、居合切りで使用されてしまい炎を描写する隙が無かった。
[本日のあらすじ]
飛鷹矜持は強くなりたい。