雛鳥と籠の鷹   作:筆折ルマンド

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回る若鷹、行く先いずこ

 時は2月、在りし日の縁側。

 

 どっさり降った雪は師匠(ジジイ)の家の庭を、苺を乗せる前のショートケーキみたいに真っ白に、真っ平らに埋め尽くしていた。

 雪像と化した松は実に寒そう。雪に埋もれた池の鯉も少し心配だ。

 

 そんな庭を眺めていると、みたらし団子を乗せた皿を持ってジジイが俺の横にどかっと腰を下ろしてきた。

 

「ボウズ。お前、綾小路に行くらしいな」

 

「おう」

 

「……いくらオメェが強くてもよ、男じゃ刀使にはなれねぇぞ」

 

「別に刀使じゃなくていい。刀使より強い剣士になれればいい」

 

 ジャキーンと腰の木刀を構えると、ジジイがポカンとオレを見つめた。

 

 それから数瞬して、かっかっかと大笑い。

 

「なんだよ」

 

 ぬっと伸びた骨張った腕が、俺の頭をワシワシと撫でた。

 

「あだだだだ!」

 

「お前って奴は。本当馬鹿だなぁ」

 

「馬鹿に決まってんだろ! でなきゃこのご時世に総合武術なんてやるかよ」

 

 総合武術 天然理心流源流 現行門下生一名。

 剣術専門の分派である女流に、剣術指南の需要を全て持っていかれてしまい、今や閑古鳥が年中鳴いているここの道場の未来はどう考えても暗い。

 

「ははは! ちげぇねぇ!」

 それなのにジジイはげらげらと笑って、上機嫌でみたらし団子をつまんでいた。

 

 ……

 

「てかオレにも団子よこせ!」

 

「嫌だ。オメェ、この前みたらしより3色の方が好きっつったろ」

 

「はぁ⁉︎それとコレとは話が別だろ!」

 

 

 ◇◇◇

 

 ──────

 ────

 ──

 

 ダダダ ダーン 

 ダダダ ダーン

 

 ベートーヴェン

 交響曲 第5番 ハ短調 作品67

『運命』

 

「このように運命は扉を叩く」と言う言葉と共に冒頭の4音が有名なこの曲は、目覚ましにするにはインパクトがありすぎるかもしれない。

 けど、こと寝起きでもしっかりとした受け答えが要求される社会人にとって、頭をシャキッとさせるにはちょうど良い。

 

 まぁ、俺まだ中学生なんだけどさ。

 

 ちなみにコレ、スマホの着信音。

 一番ヤバい人専用の着信音だ。

 

 ……

 

 いやいや「だ」じゃない!

 

 ふやけた頭が氷風呂に突き落とされたかのように一気に冴える。

 慌ててスマホを手に取って電話に出る。

 

「はい! 飛鷹です!」

 

『あぁ。朝早くにすまないな』

 

「いえ、大丈夫です!」

 

『そうか。実は明後日予定されていた長船(おさふね)での新型装備の運用テストの予定が繰り上がった。今日の朝10時出発となる。準備をすませておけ』

 

「……今日ですか」

 

 流石に明後日の予定を今日って繰り上げすぎだろ! 

 しかも連絡が今日って……。

 いいや、考えるの止めよ。そういう職場なのは分かってる。

 

「いささか急ではあるが、問題はあるまい」

 

 まぁ、今日は俺、(1ヶ月ぶりの)全休ですからねー。

()()()無いですよー。

 

「先日の実験の報告書は郵送で良い。いいな」

 

 郵送以外にどうしろと。

 というか、いいな って、拒否権なんて無いだろうに。

 

 ……はぁ。

 

「了解しました」

 

 

 プープー

 

 ……切れてる。

 

 ……

 

「はぁ……」

 

ため息をついて空を仰ぎ見る。

見えるのは知ってる天井だけど。

 

 ────

 

 警視庁特別刀剣類管理局局長 折神紫様。

 

 それが今、俺に電話をかけてきた人。俺の上司の名前だ。

 

 まぁ、ざっくり言ってもの凄〜く偉い人。

 

 天皇皇后陛下とまでは行かないが、代々国防に深く関わってきた一族の当主で、大抵の人に様を付けられるぐらい偉いお方である。

 というか知名度で言ったら、天皇の本名とか、現職の警視総監の名前より確実に上。

 

 20年前、1600人を超える死者、2万人を超える負傷者を出した「相模湾岸大災厄」と呼ばれる大事件を治めた正真正銘の英雄でもあり、

 今も毎日10件以上の会合を抱え、時間刻みのスケジュールをこなす「労働基準法? この20年聞いたことのない単語だな」とか素で言っちゃうぐらい多忙なお方だ。

 

 率先して働くリーダーの鏡ですね。

 はっはっは

 

 

 ……はぁ。

 トップが勤勉すぎるのも困り物だよ。

 

 サボるよりはマシだけどさ。

 

 

 ────

 

 

 ジャッとカーテンを開ける。

 外はまだ薄暗い。

 

 時計を見れば5時40分。

 

 まったく、朝っぱらからご苦労様なこってす。

 

 

 買い置きの食パンにビアハム、チーズ、マヨネーズを乗っけて魚焼き機に放り込む。

 

 焼けるまでの間に顔を洗って、ソファの上に投げていたカバンの中から、人に見られてはいけない類の代物を金庫の中に放り込んでガチャン。

 見られてはいけないけど手元に置いておかないとヤバい代物を、厳重に封印して竹刀袋に放り込む。

 

 後は押し入れから、昨日準備しておいた小さめのスーツケースを出して準備完了。

 

 慣れた手つきはこれまでの経験の賜物。

 この程度の理不尽、もはや理不尽のうちにすら入らないわ! 

 はっはっは! 

 

 ……はぁ、クソジジイが恋し、いや、恋しくはねぇな。うん。

 

 台所からピピッと電子音が鳴る。

 芳ばしい匂いと共にパンが焼き上がったと魚焼き機から報告が入った。

 

 

 ────

 

 

『今日のお天気情報です。関東地方はおおむね曇りところにより雨が』

 

 

 サクサクサクサク

 

 今日もパンの焼き加減は絶妙。

 ほんのり付いた焦げ目の香りが実にいい。

 

 ……何故ウチの妹は食パンを焼く時、必ずと言って良いほど焦がすのか。寮生活を始めてしばらく経った今でも理由が分からん。

 

 ……

 

 ま、いいか

 

 サクッとトーストを噛むと、ビアハムのサラミに近い強い塩気と香味がピリッと顔を見せる。次にチーズとマヨネーズがそれを優しく包み込み、ほどよい塩気に変え、口の中に調和の取れた味世界が広がる。

 焼けたビアハムの薄いながらもしっかりとした歯ごたえが、サクサクふわふわのパンと相まって非常に美味! 

 これにピザソースを加えて簡易ピザパンにすると更に美味いんだが、残念ながら今は切らしてる。

 ま、無い物ねだりをしてもしょうがない。

 

『それでは続いてのニュースです。昨日夜18時ごろ、鎌倉市内に出現した荒魂ですが、周辺の刀使(とじ)により早期に駆除された結果、怪我人は出なかった。とのことです』

 

「おっ、昨日の奴だ」

 

 ニュースに流れたのは、出現場所が研究所の近くだったんで、急遽俺が実地試験として交戦した荒魂の話。(機密情報)

 到着までに一般人の負傷者はいなかったようで良かった。

 刀使は2人死にかけたけどな。

 幸い、俺が間に合ったお陰で軽傷で済んだらしいけど。

 

 ────

 

 刀使(とじ)の女の子たちは、超法規的国家公務員であると同時に、ごく普通……とはいかないが、普通に学校に通っている。

 彼女たちは日本各地に5校ある、中高一貫の刀使養成学校通称「伍箇伝(ごかでん)」に通う傍ら、刀使として、荒魂の討伐に勤しんでいるのだ。

 

 で、俺はその伍箇伝を統括し、警視庁の対化物部門である「刀剣類管理局」を指揮する刀使の頂点「折神家」直属の査察官。

 

 と言う名の伍箇伝共有の実験サンプルだったりする。

 

 ……途中までカッコ良かったのに最後の一言で台無しだな。

 自覚はある。でも悲しいかな、それが真実。

 

 現役の中学2年生。

 中高生が人員のほとんどを占める刀使と同年代かつ、男でありながら(学生の範囲なら)3指に入るぐらいに剣術の心得がある俺は、日本各地で行われている刀使に関連する研究において、刀使ではない人間のサンプルとして極上だ。

 そのため新しい技術が開発されたり、改良される度にデータ取りのため日本中をたらい回しにされるという訳。

 

 まぁ、その事自体は自分で望んだ事だから文句は無ぇんだけどさ。

 

 研究所の予定を優先されるせいで、俺の曜日感覚は月月火水木金金ってなもんで、休みがなかなか貰えない。

 学校も実質通信教育だ。ペンフレンド募集中。

 

 紫様も、時折俺を呼び出しては、稽古という名の気晴らしという名の憂さ晴らしに付き合わせるしさ。

 20年前の英雄でありながら、今でも現役の紫様は、剣の腕も最強クラス。いっつもボコボコにされちまう。

 

 まったくさぁ。

 折神家本邸には山ほど警備の刀使がいるんだから、その子たちに付き合って貰えばいいじゃんかよ。

 

 

 閑話休題

 

 ────

 

 俺は朝食を食べ終えると、小さめのスーツケースをガロンガロンと引きずって、竹刀袋を肩にかけた。

 早めに駅に行くためだ。

 

 今は6時半ちょうどになったばかりでまだ時間にもずいぶんと余裕があるんだけど、生憎デスクワークが残ってる(昨日の実験の報告書)。

 

 部屋にいるよりは、外で待っている間にやった方が仕事も捗るだろうし、万が一これ以上早くなった時、困る(前例有り)。

 なら早いに越したことはないだろ? 

 

 まぁ、一番の理由はあまり部屋に留まると可愛い妹分が遊びに来てしまう(そして駄々をこねる)からなんだけどさ。

 

 ごめんな結芽。お兄さんは社畜なんだ。

 

 そんな訳で、俺はそそくさと自分の部屋を後にした。




飛鷹恭侍の口調
素の口調が若干荒いのは師匠(ジジイ)のせいらしい。
よそ行きの口調が丁寧なのは師匠の妻のお婆ちゃんのお陰らしい。

飛鷹矜持の強さ(現状)
アニメメインキャラの全力>飛鷹矜持>メインキャラの素の剣術の腕>並の刀使の全力>>以下有象無象

[本日のあらすじ]
上司に無茶振りされて休日出勤
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