雛鳥と籠の鷹   作:筆折ルマンド

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その剣は如何程か〈此花寿々花〉

 駆け足の太陽、こんがり焼けたイワシ雲。

 見渡す山々は青々とした緑からカラッとした赤に変わっていた。

 木々は冬を前に最後の晴れ着を着ていて、紙吹雪のように木の葉がハラハラと宙を舞っている。

 

 秋

 

 テレビでは紅葉狩りはいつとか、どこそこの文化祭の準備がどうで今年は気合いがウンタラカンタラと言われている頃。

 

 多くの学校が文化祭に向けて湧き立つ季節

 

 しかし、そんな中にこと有名ながらこの季節にイベントごとが予定されていない

 というか、年に一回の合同大会ぐらいしか大きなイベントが無い学校が存在した。

 

 刀剣類管理局に所属する伍箇伝の五校の事だ。

 

 実は伍箇伝の学校には、普通の学校には存在しうる文化祭や運動会と言った多くの行事が存在しない。

 

 理由は様々だが、端的に言えば、「用意する時間が無い」から。

 

 刀使として日夜人々を荒魂災害から守る(かたわら)、学生として学業に臨む彼女たちにとって、刀使の仕事は熱心な部活動のように厳しい。

 ましてや、その鍛錬が命に関わるとなれば、なおさら催し物にうつつを抜かせないのも致し方ない事。

 

 その分、伍箇伝の生徒はそれぞれ近くの町から、幼稚園のお祭りチケットのような感じでお祭りの優待券を束で貰えるのだが、そうは言っても生徒主体の行事の少なさに味気なさを覚える刀使も一定数居る。

 

 特に、技術班と呼ばれる「荒魂の討伐」という実務ではなく、勉強や研究に勤しむ刀使。

 いわゆる普段日の目を見る機会が少ない文化系の生徒にとって、そういった学校行事というモノは貴重なアピールチャンスな訳で。

 それが無い各伍箇伝の文化系生徒──研究班は、代々時期を見て文化祭の代わりに展示会を開いていた。

 

 ◇◇◇

 

 綾小路武芸学舎

 伍箇伝最古の伝統ある学校

 

 増改築によって古めかしさと新しさの交わる校舎

 その中に少女たちの喧騒がどこからか微かに響いていた。

 

「なにやら騒がしいですわね?」

 そう言いながら髪をくるくると指で遊ぶのを辞めたのは、優雅な立ち居振る舞いが目立つ赤い髪の刀使『此花寿々花』

 彼女は前述した合同大会「御前試合」以来久しく聞いていない歓声に興味を惹かれてその音源へ足を向けた。

 

 歓声の源は寿々花が居た場所に思っていたより近かった。

 彼女が歩いていた旧校舎の通路からほど近い新校舎にふた回り大きなモノが建てられたため半ばレクリエーションルームと化した旧剣道場。

 

 その中から、バタバタと体育の授業中のように大きな音が響いている。

 

 寿々花が扉のまえに立つ。

 体育館の鉄板で出来た扉には『技術班成果物展示会』というポスターが貼られていた。

 技術班が旧剣道場を借りて展示会をしていたのだ。

 

 けれど展示会とは静かに見るもの。では何故こんな騒音が? 

 その問いの答えはポスターの下半分に書かれていた。

 

『模擬戦実施中! 勝てばスイーツバイキング無料!?』

 題名よりも大きな謳い文句

 アピールポイントなのは誰が見ても明らか。

 

「なるほど、技術班の方々も考えましたわね」

 

 技術班の展示会は総じて人気が無い。

 

 普通の刀使では展示品を見てもよく分からないし、そもそも興味が無いので行かない。興味がある子の場合は、その多くが既に技術班に入るなり協力なりしていてわざわざ展示会にお客さんとして行くとは無い。

 伍箇伝の学校には関係者以外入れないため、外部からお客さんも呼べない。

 つまり人が誰も来ないのである。

 

 そこで今回技術班の彼女たちが用意したのが「景品付き模擬戦」だった。

 たとえ展示会に興味がなくても女の子がみんな大好きスイーツの力によって、腕に多少なりとも自信がある刀使は「勝てば無料」の文言に釣られてやってくる。

 そしてそんな友達を見に更に人が寄ってくるという算段だ。

 技術班の女の子たちが客寄せのために用意した秘策だった。

 

「とは言え、技術班の刀使では普通科の刀使相手は分が悪いでしょうに」

 

 技術班の刀使と一般の刀使には実力に確たる実力差がある。

 もちろん技術班の刀使とて、実験のために荒魂と対峙する。しかし基本的に戦闘は腕の立つ普通科の刀使に任せて、自分たちは実験のデータ収集に回ることが多い。

 そもそも彼女たちは科学者志望であり、実戦にもあまり出ない。そのため腕前では普通科の刀使に一歩も二歩も劣るのだ。

 

 そんな彼女たちがスイーツバイキングを賭けて、本気の刀使と闘えば連戦連敗とはいかずとも相当数負けてしまうはず。

 学校も流石に部費におやつ代は含めないだろうから、それらの支出は技術班の刀使の実費のはず。

 となれば負けが込んだ場合、数万円、ともすれば二桁万にも迫る出費になるのかもしれない。

 

 好物をコンビニ弁当の漬物と言ってはばからないが、その反面、毎日高級車を服のように入れ替えて登校する自称庶民派お嬢様は、技術班の少女たちの人集めのために身銭を切るような行為に、心配と興味が半々といった感情を抱いて体育館の金属製の扉を開いた。

 

 瞬間、わぁっと想像以上の歓声が寿々花の頰を叩く。

 ざっと1クラス分、30人以上の刀使が輪を作っていた。

 恐らくはその中央で行われている模擬戦の最中である刀使に声を投げかけているのだろう。

 

 しかしその言葉はこれまた寿々花の予想を裏切り、応援の言葉が多数だった。

 

「リベンジだー!」

 

「頑張れぇ!」

 

「勝てる勝てる!」

 

 少女たちの隙間からちらりと試合を覗くと、少女たちの輪の中に居るのは、寿々花も見覚えのあるなかなか腕の立つ刀使の姿。

 

 しかし、その彼女の表情に余裕は無い。むしろ険しい。

 

 ──彼女が苦戦するとなると相手の方はなかなかの腕前ですわね

 

 辛うじて片方の顔は見れたものの、肝心の対戦相手が人垣に紛れて見えなかったため、寿々花は試合を見るために人垣に身体を滑り込ませる。

 

 近くの女子たちは新しい観客が寿々花、此花寿々花様だと気付くとすぐにその場から退いた。

 

 代々折神家に仕える由緒正しい正真正銘の名家の出のお嬢様であり、文武両道かつ綾小路最強と名高い此花寿々花の威光が為せる技だ。

 

 あっと言う間に、彼女の目の前はモーゼの十戒の如く人波が割れ、寿々花は模擬戦を目にする事ができるようになった。

 

「感謝致します」

 

 そう退いた女の子たちに寿々花が声を掛けると、小さくわぁと黄色い声が上がった。

 

 そうしている間に模擬戦は佳境に入っていた。

 セミロングの(地毛なのだろう)艶やかな栗色の髪を揺らす少女が、オーソドックスな晴眼の構えを崩し、踏み込みながら袈裟斬りを放つ。

 対する相手はその袈裟斬りを肩をすれ違わせるように踏み込んで躱す。

 

 相手は1980年代のメタルヒーローを彷彿させる銀色の丸みを帯びたアーマーに身を包んでいた。

 あけすけに言ってしまえば古臭くてイマドキの女学生にはダサく見えるデザインだ。

 だが、その身のこなしから中身の人物が相当な腕前の持ち主で有ることが分かった。

 

 栗色の刀使の振り切った竹刀が飛び上がり逆袈裟斬りに派生。

 

 しかし相手は冷静にその逆袈裟斬りの下にチャンバラ刀のような緑の蛍光色の刀身を持つ模造刀を滑り込ませ、大きく打ち上げた。

 

 少女の身体が後ろに反る。だが体勢は崩れ、ない。

 

 押し飛ばされる衝撃はそのままに。お腹に力を込めて胴が伸びきらないように、いち早く片足を下げて後ろに倒れ込まないように、浮き上がった竹刀を落とさないように手の形を変えて掴み直す。

 

 少女は踏みとどまり突きを繰り出した。

 

 銀のヘルメットがキラリと光る。突き出された竹刀の切っ先を模造刀が掠めるように横に弾き、更に翻った模造刀が再び竹刀を高く打ち上げた。

 

 続く袈裟斬りの連携。

 少女の竹刀は辛うじて少女と模造刀の間に滑り込んだ。だが胴の入った一太刀を受け切ることは叶わず、押し込まれた竹刀がバシンと少女の肩を打つ。

 

 ピピーッ! 

 とホイッスルの音

 

「そこまで! 勝者、飛鷹恭侍!」

 

 瞬間、一際大きく少女たちの波がざわめいた。

 声の内訳は、残念がる声が5割、歓声3割、その他2割と言った所。

 

 双方が礼を終える。

 

 名を呼ばれた対戦相手──恭侍は、メタリックな丸くてスリットの入ったヘルメットを脱いで、眼鏡をかけた刀使──技術班の女の子の1人から受け取った飲み物を口にした。

 

 女泣かせな父親の血を継いだ端正な顔立ちと汗で湿った髪。

 彼の着ている銀色に光る陳腐なアーマー、1980年代の特撮ヒーローのような見た目を圧してなお恭侍の色香とも形容できる少年的な瑞々しさは一部の少女たちにほぅと息を吐かせた。

 

 対する恭侍との模擬戦に負けた少女は、敗北したにも関わらず、どこか晴れやかな顔をしている。

 実は展示会は今日で3日目。彼女は初日から何度も恭侍に挑んでいたが結局、勝つことは叶わなかった。

 その顔は持てる力を尽くしてなお勝てなかった事による逆説的な清々しさから来ていた。

 

 少女と寿々花の目があった。

 今の試合を見られていたのかと少女は少し恥ずかしげ。

 

「此花さん」

 

「何故彼が技術班の展示会にいるんですの?」

 恭侍と寿々花は顔見知りだ。

 刀使の中でも指折りの実力を持つ寿々花は次期指揮官候補として鎌府女学院ひいては折神家に研修に行くことが多く、綾小路の刀使が折神家を訪ねる場合、高確率で彼が案内人になるからだ。

 

「技術班の子が彼に応援を頼んだんです」

 ずるいですよね。と言って少女がくすくすと笑う。

 

「へぇ。なかなかの腕前のようですわね」

 

「知らないんですか? 彼、何年か前は京都天然理心流のタイニーデビルって呼ばれてたんですよ」

 

「あら? わたくしの知っている限りでは、その名を冠したのは女の子のはずですわ」

 

「2人居たんですよ。タイニーデビルツインズは語呂が悪いし、女の子の方が目立っていたから知らなくても無理ないですけど」

 

「そうでしたの」

 

「ところで、此花さんは彼とやるんですか?」

 

 少女の一言に寿々花の周囲がざわめく。

 集まっている皆が、この展示会中、日を跨いで計数十戦無敗の恭侍と公式記録において綾小路最強の寿々花の対戦カードは是非とも見たいと思っていたからだ。

 こう言った催しに集まる以上、この場にいる刀使の中に強さ比べが嫌いな者はいない。

 

 期待の眼差しを一身に受けた寿々花が浅く頷いた。

「そうですわね。元々は冷やかしに来ただけなのですが、彼は相当に腕が立つようですし、獅童さんに勝つため出来るだけ多くの経験を積みたいですから」

 御前試合の決勝戦で獅童真希に敗北を喫した寿々花は、その敗北をきっかけにして打倒獅童真希を掲げ闘志を燃やしていた。

 

 寿々花の言葉。仮にも綾小路の中でも腕自慢の刀使相手に連戦連勝を重ねる相手を練習台扱いする頼もしさに、栗色の髪の少女が笑う。

「油断していると負けちゃうかもしれませんよ」

 

「それは要らぬ心配と言うものですわ。貴女が負けるのを見た以上、手を抜いて勝てる相手ではないことは重々承知しております」

 

 なんだか褒められて栗色の少女が頬を赤らめる

「じゃ、じゃあ、勝っちゃってくださいね」

 

「ええ、言われずとも試合う以上、勝ちを譲るつもりは毛頭ありませんわ」

 人垣を抜け、寿々花は自分の髪をかきあげファサっと広げると、恭侍の前に立った。

 

「貴方がこれほど腕が立つとは存じていませんでしたわ。どうかしら、一試合受けてもらえまして?」

 

「もちろん受けます。でも、その前に係りの人に参加費200円を払ってください」

 

 憎まれ口も喜色も無い。事務的で想定外の言葉に寿々花は面食らってしまった。

 

 恭侍が手の平を向けた所には集金箱を抱えた女の子の姿。

 キョトンとした寿々花の視線にあてられ、アタフタしていた。

 

「有料でしたの?」

 

「バイキングのチケット代もタダじゃありませんから」

 1人200円なら、スイーツバイキング1回分をチャラにするためには少なくとも18勝は必要。

 そもそも何回かは負ける前提だったので、多少お金を取っても収支はマイナスになると予想されていた。

 

「それにしては随分と稼いでいるように見えますけど」

 

「否定はしません」

 謙遜するでもなくそう堂々と言う恭侍。

 その不敵な姿が寿々花は気に入った。

 

「フフッ、承知いたしましたわ。それでは……これでよろしいかしら?」

 川の主を前にした千尋のようにガチガチの女の子が、寿々花の取り出した200円を受け取る。

 刀使は荒魂の発生場所によってどこにでも行く。当然、クレジットカードが使えない田舎にも行くため、遅刻しそうになれば戦闘機を持ち出すほどの大金持ちの寿々花でも、多少の小銭は持っているものなのだ。

「ア、アリガトウゴザイマス」

 少女は緊張でカチコチだ。

 

 踵を返した寿々花に、古臭いデザインのヘルメット被った恭侍が出迎える。

 

「その被り物、見にくくありませんこと?」

 

「まぁ確かに多少は見にくいですが、ここは展示会ですからね。一応出し物として格好だけでもそれらしくしておかないと」

 

「そう言うものですのね」

 

 他の技術班の子より一回り大人びた雰囲気を漂わせた先輩格の刀使が寿々花に竹刀を差し出す。

 

「これを使って下さい」

 

「わたくしは彼の持っている模造刀を使いたいのですが」

 

「アレ、重いですよ」

 

「構いませんわ。同条件でなければフェアではありませんもの」

 

「なら、あのアーマーも着ますか?」

 先輩刀使はそう意地悪く言うが

 

「何か有用性が有るのなら着るのもやぶさかではありませんが、あの装備は飾りでしょう?」

 

 先輩刀使は驚いた。

 技術班の刀使は工学系大学に迫るクオリティの研究を独自に行なっているが、そこはやはり教授職の先生の大きな研究の一部をやらせてもらっている状態で、実用的なモノは少ない。

 あとは個人が趣味で作ったゲテモノが多少有るくらいだ。

 今回、展示会のために恭侍には色々と脚が速くなる靴やら倒れなくなるバランサーやら試してみたが、結局は邪魔にしかならないという結果に行き着いてしまった。

 結果として、今の恭侍が着ている装備は、色覚補正と暗視機能(未使用)の付いたヘルメットと、機能を完全にオミットしたハリボテ同然のガワだけアーマーで、ロボジーのように見た目をそれっぽく取り繕っているだけだった。

 

 その事をこの短時間で見抜いたのかと驚いた。

「……ご明察の通りです」

 

 そう言いながら、彼女は青い蛍光色の刀身を持った模造刀を寿々花に手渡した。

 

 パステルカラーのポップな見た目ながら長さは竹刀と同等、刀身は厚手のビニールに水を入れたようなぷよぷよとした感触、だがそれに反してズッシリとくる重さ

 

「重いですわね」

 

「平均的な御刀と同等の重量と重心バランスによる実践的な使用感と、負傷を最小限にとどまるための工夫を幾重にも施した自慢の一品です」

 

 ──彼の打ち合いの強さはこの重さに起因しているのでしょうか

 

 重い方が威力は上がるが速さの面では劣る。

 ごく単純な二律背反

 

 ──けれど竹刀の速度にこの重量で比肩するのはそう容易い事ではありませんわ

 

 恭侍の技量の一端を見て、寿々花は静かに闘志を燃やす。

 

 2人が向かい合う。

 

 

 恭侍がとるのは晴眼……否、手の形から平晴眼の構えだと分かる。

 対す寿々花も恭侍に釣られるようにして剣先やや低めの下段の構えをとった。

 相対する相手に対して、互いの目に傲りは無い。

 

「その胸貸していただきます」

 

「高くつきますわよ」

 

 レフェリー役の技術班の先輩刀使が挙げた腕を振り下ろす。

 

「始め!」

 

 

 ◇◇◇

 

 ──────

 ────

 ──

 

 ──これほど手強いと思っていませんでしたわ! 

 油断した自身への叱咤……いえ、素直に彼を称賛すべきですわね。

 

 ギシギシと模造刀が軋み、驚くほどに鍔迫り合う。

 

 寿々花が剣を振るおうとすると吸い付くように恭侍の剣が飛んできて、その切っ先を撥ねて鈍らせ後の先を奪おうと企むが、軽く鈍らされた程度では寿々花も後手に回り切らず、恭侍に流れを容易には掴ませない。

 

 結果、足は動かずとも剣同士が激しくぶつかり合う。

 

 ドン

 と重く鈍い音

 

 次いで

 キチキチ

 と風船が擦れる音を数オクターブ下げたような音が響く。

 

 恭侍の突き上げに寿々花が対応した結果、模造刀がぶつかり合い、もう何度めか分からない鍔迫り合い、すぐさま結ばれた剣は分かたれた。

 

 押し切ったのは意外にも寿々花。恭侍は潔く後ずさる。

 

 押し切った勢いのまま、空いた間を埋めるように寿々花が一歩踏み出した。

 

 しかし後の先は恭侍が取った。

 あえて鍔迫り合いは引いていたのだ。

 

 キシ

 と音を立てて剣がぶつかる。

 

 今度は恭侍が押し切り、二太刀目を寿々花は避けて反撃を狙うが、それに恭侍が反応する。

 

 機先を制するのは寿々花の十八番だが、

 恭侍の十八番もまた機先を制する事。

 

 キシ

 恭侍の剣が一足早く、寿々花は恭侍の剣を辛くも受け流す。

 

 剣劇の腕は恭侍が一枚上手だった。

 寿々花のそれは勝つための心情であり技法だが、

 恭侍にとって機先を制する事は勝利における絶対条件

 その熱意の差が恭侍を一歩先んじさせた。

 

 恭侍は能力を無制限で使う刀使に勝つ事を目標としている。

 それはつまり筋力も速度も防御力も全てにおいて上回る相手に技量だけで対抗する事を意味する。

 その刀使の持つ能力の中で、剣術勝負で最も気をつけるべきなのが迅移だった。

 当然、金剛身や八幡力も危険だが迅移は別格なのだ。

 その歩みは

 一歩でアスリートの全速力より速く、

 二歩で車より速く、

 三歩で新幹線よりも速くなる。

 一度発動してしまえば、同等の能力を持たぬモノに勝ち目は無い。

 

 故にその起動を許してはならない。その初動は必ず一歩で抑えなければならない。

 

 ──だから絶対に先手は譲らない。

 

 その決意が寿々花を後手に回らせていた。

 

 寿々花とて先手を取れなければ勝てないような軟派な刀使ではない。

 彼女の技量は間違いなく刀使有数だ。

 だが、恭侍とてそれは同じ事。

 その上で機先を抑えられ。強みの押し付け合いで負けてしまっている今の寿々花の勝算は低いと言わざるを得ない。

 

()()()()()()拉致があきませんわ」

 

 恭侍の剣が弾かれる。

 寿々花とて息継ぎ間近の気の抜けた剣を返す程度は造作もない。

 

 寿々花の纏う気配が変わる。

 カツカツと靴の音がよく響く。

 

 弾かれても爆速で復帰してきた恭侍の剣が寿々花の次の剣の動きを封じようと振るわれる。

 

 寿々花の軽いステップに相反する強い足取り。

 

 寿々花の剣は軽く吹き飛ばされ、攻めに移れない

 

 はずだった。

 

「やはり」

 

 弾かれたはずの切っ先が宙に舞う木葉のようにクルリと一回転し、下段から突き上げて来た。

 

 恭侍は驚きつつも冷静にその突きを半身になって躱し、横なぎ一閃。

 

「慣れた型が一番」

 

 寿々花はひらりと身を翻し、避けるついでに剣をふるう。

 目線の高さに飛来した剣を恭侍は受け流す。

 

「ですわね」

 

 寿々花の動きの代わりようは劇的だった。

 

 勢いよく回る身体にスカートのすそをつまみ、くるりと一回転した身体が静止する頃には寿々花の構えは平凡な両手持ちの構えから変わっていた。

 近い構えを言うのならフェンシングだろうか。

 片手で中段に剣を構え、もう片方の手は腰に据えられている。

 

 ひゅんひゅんと軽くバツの字に片手で剣を振るう。

 

「やはりこちらの方がしっくり来ますわね」

 

 ──なるほど確かに

 

 此花寿々花の片手構え

 なんとも優雅で実に()()()()来ている。

 

 先手を取ったのは寿々花。

 再び剣がぶつかるが、鍔迫り合いは起こらなかった。

 

 もう剣で押し合うことはなかった。

 剣はボスンとぶつかるとすり合い滑るように交差する。

 寿々花の足は軽やかに、身体は右は左へダンスを踊るかのように躍動している。

 恭侍は寿々花の動きを追いながら、追われるように軸を動かし続ける。

 

 寿々花の剣は紙のようにたおやかで、しなやかで、鋭い。

 

 寿々花の舞うような剣撃に恭侍は防戦を強いられる。

 一合ごとの勝敗は6:4で恭侍が勝っている。の だが寿々花はその不利を足で覆す。

 

 刀使が片手で御刀を構えるのは、実は割とメジャーな型だ。

 両手で持てばいつでもそれなりの攻撃、それなりの防御に移れるが、両手で刀を握る事で腰が座ってしまい機動力が削がれてしまう。

 その点、片手なら抜刀しながら動くのは容易だし、攻撃する時はその時だけ両手で握れば良い。もちろん片手持ちには反応が遅れるとまともに防御も攻撃もできなくなるというデメリットがあるため、この片手持ちはそれ相応の実力を持ち、その上で攻めっ気のある刀使だけが使う型となっている。

 

 そして前述した通り、恭侍が最も危険視しているのは刀使の機動力。それを最大限発揮するこの型は恭侍にとって最も警戒すべき型なのだ。

 

「道理で不利を覆せない訳です。まさか初めから貴方に主導権を握られていたとは思いもよりませんでしたわ」

 

 冷静に自分を分析し、寿々花はそう結論を出した。

 

 人に囲まれた小さなリング。

 恭侍の堂々たる平晴眼の構え。

 

 相手取る刀使も自然と型を取るようになってしまう。

 

 その行動が既に恭侍の土俵に乗る行為だったのだ。

 二つの条件が目に見えない圧力を作り出した結果、図らずも対戦相手の刀使は持ち味である身軽さを忘れ、恭侍最大の強みである真正面からの立ち合いに知らず知らずのうちに誘導されていた。

 

 しかし寿々花は既にその事に気づき己の調子を取り戻した。

 

 寿々花の動きが劇的に良くなったのに合わせて恭侍も構えを変える。

 

 両手をハの字に広げ、片手持ち。

 

 寿々花の左右に揺さぶるような動きに合わせ、模造刀をお手玉のように投げ渡して対応し始める。

 二刀流に付随して両利きになったから出来た事だった。

 

 ──突き

 

 を右手で弾き、左手に渡して袈裟斬り。

 

 が弾かれたのに合わせて咄嗟に伸びそうになる右手を堪えて、両手で構えて逆袈裟を放つ。

 

 恭侍の剣を受ける寿々花はその一撃の重さに息を呑む。

 

 寿々花の動きは見違えるほどに洗練されているが、恭侍も1秒ごとに寿々花の動きに慣れていく。

 

 ──不味いですわね。

 

 型を変えた直後は寿々花が優勢だったはずなのに、この僅かな時間で完全に拮抗。

 もう少し手の内を明かしてしまえばまた不利になる事は容易に想像できた。

 

「これ以上、長引かせるのは無駄ですわね!」

 

 上段突きの構え。刀を恭侍に向け斜に構える。

 呼吸を整え、飛び込む様に突きを放つ。

 

 ──『天狗の太刀』!! 

 

 三連突きの末尾になぎ払いを繋げる4連撃

 奥義に数えられる高等技

 

 だが

「遅い!」

 

 三連突きが完遂される前に恭侍の剣が割り込む。パリィが決まり、寿々花の連撃のために脱力していた身体が押し飛ばされる。

 寿々花がのけぞる。

 

「もらった!」

 大上段。頭に当たらないように角度を付ける。

 

 一歩踏み込み──

 

 ──足がすくわれる

 

 ガニ股になって恭侍の動きが止まった。

 

 寿々花がしゃがみ、恭侍の踏み込む足を超低空で蹴り飛ばしたからだ。

 

「負ける訳にはまいりませんの」

 

 恭侍の足を刈った足がくるりと一回転して寿々花が立ち上がる。

 

 そのまま流れるように両手袈裟斬り。

 無駄なく滑らかに繋がったソレは、見た目にそぐわず一撃必倒の威力を秘めていた。

 

 ガツンとここ一番の大きな音が鈍く響いた。

 恭侍が押し飛ばされる。

 

 ──手応え……不十分ですわね

 

 重かったが押し切った感じはしなかった。

 寿々花は恭侍が咄嗟にスウェーバックしたのを肌で感じた。

 

「ですが、この勝機モノにさせていただきますわ!」

 踏み込み再度左袈裟斬り

 

 受けた恭侍の模造刀がたわみ恭侍の上体が反る。

 

 ──もう一撃! 

 

 右袈裟斬り

 

 寿々花渾身の一打で

 遂に恭侍の体が崩れた。

 

 受けそびれた恭侍の身体が横に傾く。

 

 あと数瞬で恭侍は倒れる。

 

 だが寿々花は一分の油断もなく剣を構える。

 

 恭侍が薄く笑った。

 手が地面についた。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 倒れる上半身。持ち上がる下半身。

 

 寿々花と恭侍の目が合う。

 

 寿々花の目に恭侍の足は写っていない。

 

 ──蹴りが──当たるな

 

 カポエラか忍者のようなアクロバティックな逆立ち蹴り。

 恭侍の技の引き出しにソレはあった。

 

『小僧テメェ、女の子蹴っぽるたぁいい度胸してんじゃねぇかオイ』

 ──(師匠)……ッ

 

 刹那、寿々花の肩を打つはずだった蹴りが、寿々花の模造刀を蹴飛ばした。

 

 男の矜恃か、甘さか

 

 足を振り抜きその遠心力で、恭侍が側転を決めて立ち上がる。

 

 だがその動作はあまりにも大きく遅い。

 

 恭侍が剣を構えながら面を上げるが、直後に

 

 ゴスッ

 

 と恭侍の胸のアーマーに模造刀の柔らかい切っ先がぶつかり音を立てた。

 

 2人の動きが止まり、

 周囲からも雑音が消える。

 

 

 恭侍がゆっくりと両手を上げた。

 

「俺の負けです」

 

 瞬間、爆発と見まがう様な歓声が沸き起こる。

 

 ──負けても惜しくないと思っていたけど、ここまで喜ばれると笑うしかないなぁ

 ヘルメットの下で苦笑いを浮かべながら恭侍が礼をする。

 

 寿々花は我慢していたのか、今更になって息が荒くなった呼吸を整えている。

 

 ──わたくしの勝ち。のはずですが、どうも腑に落ちませんわ

 

 恭侍には今回の試合で手を抜いたと言わないまでもおよそ公式の場で使えない技がいくつもある。

 最後の逆立ち蹴りだって普通にアウトゾーンの技だ。

 それらを全て使った完全な恭侍の実力は未知数。

 

 ──勝ったはずですのに、どうしてこうも心乱されるのでしょう……。それもこれも彼が怪しいのがイケないのですわ! 

 

 興味関心

 獅童真希の時と全く同じ轍を踏んでいることに寿々花は気付いていなかった。




文の3/4が戦闘描写ってアンタ、アニメの絵コンテじゃないんだから。
ストーリー面ペラッペラだし…
筆のおもむくまま書くとラブもロマンスも無くバトルしか描かなくなるのは自分でもどうかと思います。

戦闘描写を封印して質を上げねばならぬ(ケツイ)
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