恭侍さんの道場巡りが終わり、私は町に戻ってきた。
なんだかぜんぜん、二週間もこっちに居なかった気がしなかった。
昨日出たばっかりみたいな気がするんだけど、記憶はしっかり二週間分ある。それが不思議だった。
楽しい時間って、本当に早く過ぎるんだなぁって実感。
けど、その瞬くような、一夜の夢のような旅で、私は剣術の話が本気できる友達を手に入れることができた。
実家がなんだか凄そうな柳瀬舞衣ちゃん。実家が神社の安桜美炎ちゃん。2人の家族の話はなんだか凄くて、ウチは普通の家庭だからちょっと見劣りしちゃうなー、なんて思っちゃったり。
あ、いや別にお父さんを悪く言うつもりはないんだよ!? 凄いのと、幸せなのはイコールじゃないって、そこの所は、私キチンと分かってるからね!?
一人で思い出しあたふたしているうちに、恭侍さんは私の荷物を山ほど抱えてどんどん私の前を歩いていく。
振り向く気配は微塵もない。
ぶー、ちょっとぐらい私がなんで足を止めたのか興味を持ってくれてもいいんじゃないかな。
────
柳生新陰流道場。
現れた師範に対して、正座をした恭侍さんが深々と頭を下げた。私も釣られて頭を下げると、師範にくすくすと笑われた。
「ご協力、ありがとうございました」
かしこまった様子の恭侍さんに、先生も合わせてお辞儀する。
「こちらこそ、衛藤さんの事、ありがとうございました」
「いえ。可奈美さんのおかげで、今回の視察の目的をスムーズに果たすことができました。その事にはとても感謝しております。可奈美さんも、ありがとう」
恭侍さんが私に向かっても、頭を下げる。
……
可奈美さん。だって
「ふっ──くふっ」
「おい」
「ふふっ、だ、だって、可奈美さんって。視察の時はずっと、可奈美ー可奈美ーって呼び捨てしてたのに、師範の前だけ可奈美さんって、そんなの笑うしかないよっ」
「まぁ! そうなのですか」
「え、ええまぁ。あまり堅苦しいのはどうかと思いまして……。お前って奴は……、場を弁えろ。締まらないじゃないか」
「私は構いませんが」
「俺が構うんだ。──です」
師範と私のくすくす笑いが綺麗にハモる。
恭侍さんが頭をガリガリとかいて、パンと場を仕切り直すために手を叩いた。
そんな事したって、火のついた笑いは止まらない。私たちのくすくす笑いが治まるまで、恭侍さんは沈黙し、苦そうな顔をしていた。
「とにかくだ。短い間でしたが、お世話になりました! これからもご健勝のほど、お祈りしております」
恭侍さん、強引に場を閉めて、再び深々と頭を下げる。
「はい。飛鷹さんも、お仕事ご苦労様でした。私の方からも、貴方が健康でいることを祈っておりますよ」
「ありがとうございます」
挨拶が終わり恭侍さんがすっくと立ち上がる。
「それじゃ、可奈美、またな」
恭侍さんが下ろしていた竹刀袋を肩に掛け直し、くるっと後ろを向いて、ずんずん歩く。
「えっ!?」
そのまま、なんの未練も無しに、足早に帰ろうとする恭侍さんを私はとっさに捕まえた。
理由が分からない様子の恭侍さんのキョトンとした顔が憎たらしい。
「そんなすぐに帰ることないでしょ! 少しぐらいゆっくりしていけば!?」
「うぅん、でも、一人で知らない町を歩いたところでなぁ」
「なんで1人前提!? 目の前に私がいるのが見えないの!?」
「え? ついてくるのか」
「当たり前だよ! むしろ、なんでそんな驚くのか私には分からないよ!」
はぁはぁ。
頭に血が上って息の荒くなった私を見つめて恭侍さんたじたじ。
って、恭侍さんのせいだよ!?
「じゃ、じゃあ、頼む」
「うん!」
私には、恭侍さんへの恩返しとか個人的にやり残した事とか残っているって言うのに、恭侍さんってば、見切りつけるが早すぎるって!
────
恭侍さんと道場視察を始めて、一週間ぐらいした頃の話。
私は恭侍さんに悩み事があることに気付いた。
気付いたきっかけは、立ち合いでの恭侍さんの剣の揺らぎ。
最初は新しい技を試しているんだって思っていたけど、でもすぐに違うって分かった。
恭侍さんの剣は、私心を捨てた何事にも即断即決で対処する、一本筋の通った合理的な剣が魅力だったのに、その時の剣は、中途半端に心が乗っかっていて、太刀筋を無闇に鈍くさせていた。
何かに迷っていて、全力を出せていないのが明白だった。
天然理心流の技だけに拘ったかと思えば、次の立ち合いでは、色々な流派の技を使ってみたり、その次は、極力基本的な技だけで戦ってみたりと、まさに試行錯誤してますって感じ。
私はその悩みの理由が知りたかった。
2人で考えれば、きっと何か良い案が浮かぶはずだから。
それに、いくら歳下だからって、もう何日も付きっきりで練習した仲。
私は家族のような間柄だと思っていて、恭侍さんからも、悩みの一つぐらい打ち明けても良いんじゃないかな? って思ってたんだけど、恭侍さんはそうじゃないみたい。
その事がちょっと悲しかった。
でも、恭侍さんが自分から打ち明けてくれない以上、私から聞くしかない。
けど、恭侍さんは、何気ない感じで私が聞いても、悩みを教えてはくれなかった。恭侍さんは隠し事が好きなタイプだ。
自分でなんとか出来ない事なら早々に一人で抱えるのを諦めるけど、どうにかなりそうな事は絶対人の手を借りようとしない人種。
そう言う人を私は知ってる。
私がそうだったから。
そういう場合、その人の悩みを知るには、力ずくで聞き出すか、外からあたりをつけるかの2択しか方法はないのだ。
そして結局のところ、私は今日まで恭侍さんの悩みを知ることができなかった。
それが私を焦らせる。
しかも、それ以外に焦る理由がある。
私が恭侍さんの悩みを知る機会が、この時を逃すともう無いということだ。
恭侍さんをここで帰してしまえば、当分私と恭侍さんが直に会える事は無い。
帰った後に、電話越しの会話で、私にだけこっそり悩みを打ち明けてくれるなんて、そんな都合の良いことある訳がない。
今、この時を逃せば、恭侍さんは悩みを抱えたまま私の手元から去ってしまう。
もしかしたら、帰った先で悩みを解決できるかもしれない。でも、できないかもしれない。
向こうに帰った後の事は、私には分からない。
それが嫌。
この人の悩みを、知らない所で、知らない人が解決するのが嫌だった。
私に恭侍さんがしてくれたように、
だから
私はやらないといけない。
恭侍さんの悩みをどうにかできるのは、私だけなんだ。
────
道場の周りをぶらぶらして、最近改装したカフェでお昼を済ませて、私は恭侍さんに、お礼がしたいって、立ち合いを申し込んだ。
そしたら何故か盛大に笑われた。
私だって、お礼に立ち合う! っていうのは、ちょっとおかしいかなー、って思ったけど、でも、私はちゃんと考えて、今の恭侍さんへのお礼ならきっとこれが一番だって思って言ったのに。
恭侍さんの顔は、妹の我儘に仕方ないなぁと言って応じるお兄ちゃんの顔だった。
お礼というのは建前で、自分と最後に立ち合いだけなんだ。
って思ってる顔。
かっちーん。
侮られてる気がした。
いや確実に侮られてる。
私って、そんな頭より先に身体が動くタイプじゃないんだけどな。
けど、恭侍さんが私をそう思っているのは明らか。
その評価をなんとかしてひっくり返したい。私をもっと見直してもらいたい。そう思うと、一層身体に気合が入る。
私は立ち合いに一つ条件を設けた。
「恭侍さん。私が勝ったら、一つ質問に答えてください」
恭侍さんへの恩返しのための第一歩。
「いいぞ、一つと言わずいくらでも」
恭侍さんがからからと楽しそうに笑った。
でも、その顔は嘘
笑顔に心が篭ってない。
心から笑えていないのが分かった。
その表情は、痩せ我慢だ。
その理由が知りたいから、私は恭侍さんに立ち合いを申し込んだんだ。
この立ち合いは前座。
本番は、恭侍さんの抱えた悩みを打ち明けてもらってから。
2人で恭侍さんの悩みを一緒に考えることにある。
だから、まずはこの立ち合い。
絶対に負けられない。
私が竹刀を構える。いつもの受けを意識した中段ではなく、攻めるために深く踏み込んだ上段の構え。
対する恭侍さんはいつも通りの平晴眼の構え。
今日の恭侍さんは天然理心流の気分らしい。
ラッキー。今の恭侍さんは、天然理心流を使い始めると、その型に拘ってしまって、得意の無形の剣を使えなくなってしまい、むしろ弱くなってしまう。
いつもなら残念に思うけど、今だけはそれで良い。
……
きっと、恭侍さんは、必死に自分の殻を破ろうとしているんだと思う。
でも、それなら、私に手伝わせて欲しかった。
小さな箱庭で孤独と言う名の愉悦に浸っていた私に、広い世界を見せてくれた恭侍さんには、悩み相談一つじゃ返しきれないぐらいの恩がある。
私にその恩を少しでも返させて欲しい。
「行きます」
私が呟き、間合いを詰める。
今までのどの時も、
今回の立ち合いに限って、私は恭侍さんにこれっぽっちも負ける気がしなかった。
ヤンデレは愛し愛されたい女の子の姿。
ただ闇雲にちょっかいをかけるのではなく、深く深く相手を思ってこそヤンデレ。
ハッピーシュガーライフが私の思う理想のヤンデレですね。
まぁ、今は導入で、私自身が歯痒さで死にそうなのですが。
…もう導入とか捨てていいかな(素朴な疑問)
[本日のあらすじ]
可奈美の勘は冴えまくり。