ジョニィ・ジョースター、杜王町で撃つ   作:澱粉麺

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ジョニィ・ジョースターの人生の巻

 

「……」

 

 

シュルシュルと、鉄の玉が回転を行う。

それはソナーのように、波紋のように、あるモノの場所を突き止めるべく伝播する。

 

その鉄球の持ち主…ジャイロ・ツェペリは静かにマンホールの蓋を開けた。

 

そこに彼の探し人、友人は居た。

 

 

 

「…ジャ、イロ…」

 

 

「…喋るなジョニィ。この出血は回転で取り敢えず止めてやれるし、ゾンビ馬の糸でもある程度は治せる」

 

 

「……ああ…」

 

 

 

返事では無く呻きに近いその声を、ジョニィ・ジョースターはあげた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「ジョニィ、しっかりしろ、ジョニィ!」

 

 

 

ああ、懐かしい声がする。

それに、この呼ばれ方も久々だ。

 

 

目を開けた。そこには、僕の恩人、師匠、友人…そのどれでもある、彼がいた。

 

僕の偽名の元である、彼が。ジャイロが。

 

 

 

…夢、だったのか?

悪い夢…いや、いい夢だったか。

 

 

この出血、銃撃のダメージは間違いなく、あのファニー・ヴァレンタイン大統領にやられたものだ。あの時、治された筈の。

 

では、何故今その銃創がある。答えは、あの杜王町の出来事が泡沫の夢にしか過ぎなかった、という事だろう。

 

 

運命は残酷だ。

あんな、希望を持たせるような事を見せておいてそれを取り上げるなんて。

 

友人が出来た。色々な経験も出来た。

…この脚が、動くかもしれなかった。

 

それらを何もかも、奪われた。

いや、奪われるようなものすら本当は無かったのかもしれない。

 

自嘲するように、出来ないだろうと諦めながら自らの脚に力を込めようとした。

それが出来ないならあれは何もかも、夢であったと諦めがついたから。

 

 

 

……脚が、動いた。

 

 

 

 

(………ッ!)

 

 

 

動く。動いたんだ。そう、あの時、『エニグマ』といっていたあの少年に襲われた時。

僕は動く事が出来たんだ。

 

 

 

「なあ…ジャイロ…!

『さっき』僕の足が動いたんだ…!」

 

 

 

『いつ』『どこで』かの説明は、するつもりは無かった。錯乱してるだけだと思われる。

 

 

 

「見てくれ…!移動、出来たんだ!

見てくれよ、動いたんだ!」

 

 

 

血塗れでも、身体に何も力が入らなくとも、立ち上がる。立ち上がらなきゃいけない。

そうじゃなきゃ、まるで仗助たちの存在まで全部嘘だったみたいじゃないか!

 

 

しかし、ああ、それは途中で崩れ落ちる。

僕にまだ、立ち上がる力は、無い。

それは精神論だとかそういうのではない、もっと無慈悲な『現実』だった。

 

 

 

「…くそッ!もう少しだッ!

あとほんの少しなんだッ!どうしてもこの脚を動かしたい!『生きる』とか『死ぬ』とか誰が正義で悪だなんてどうでもいいッ!」

 

 

「僕はまだマイナスなんだッ!

ゼロに向かって行きたいッ!自分のマイナスを、ゼロに戻したいだけなんだッ!」

 

 

 

心を全て吐き出すような、吐露。

いつからかずっと溜まり続けていた感情がもはや止まらずに濁流となったようだった。

 

 

こんな事ならば、何も知らなければ良かった。『遺体』も、『杜王町』も、自分に希望を与える存在全てを!

 

 

 

「……なあ、知ってるか?鐙が発明されたのは11世紀だ」

 

 

「……?」

 

 

「鐙は単に脚を乗せるためだけのものじゃない、馬のパワーを下半身から吸収し闘う技術の為に発明されたんだ」

 

「……何を」

 

「お前さんが脚を踏ん張っていられるなら。

馬から得た回転で、大統領の未知の能力に立ち向かえるチャンスがあるかもしれない」

 

「……!」

 

 

 

…ああ、そうだ。やはり、そうだ。

彼はいつも僕に勇気をくれる。

 

縋りたくなるような弱々しい勇気ではない、心を奮起させられる、とても、強い。

 

 

ジャイロは、諦める事は考えてない。

さっきまでならまだしも、『誰かの為に』という事ならばもうそこに諦念はあり得ないのだ。

 

 

 

「…ありがとう。ジャイロ…」

 

 

「ああ。…ジョニィ。お前さんが何を見たのかは後でゆっくり聞くことにするが…」

 

 

「…」

 

 

「俺はお前に協力する。だからお前も俺に協力しろ。つまり、いつも通りだぜ」

 

 

 

なんて、お人好しだ。

彼にとってはもう、遺体は無くともいい。恩赦のためにこの争奪戦は、関係がないのだ。

 

それでも彼はそう言うのだ。

それもきっと、本心から。

 

 

……本当に、今更だが。

僕はジャイロと逢えて、良かった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬の走る足音が夜闇に響く。

 

バカラ、バカラと。

 

 

 

……今でも、昨日の事のように思い出せる。

あのレース、SBRの事は。

 

 

結局のところ、僕はあのレースを失格になった。どうしようもなかったから、まあ仕方のない事だ。

 

 

ユリウス・カエサル・ツェペリ。彼が教えてくれた、ジャイロの本当の名前。

 

もうこの世には居ない。

それでも、忘れた事は無い。

 

 

 

 

 

馬の音。バカラ、バカラ。

 

 

 

 

 

里那と知り合い、愛し合い。彼女の産まれた故郷の名前を聞いた時。僕は運命だと思った。

 

『杜王町』。二度と、忘れられない地名。

当然その光景は違っていたがそれでも、僕はただ、感慨にふけた。

 

里那との暮らしは幸せだった。

子供も出来て、幸せな何たるかを知れた。

それほどまでに。

 

 

 

 

バカラ、バカラ。

 

 

 

 

後悔は無いかと問われれば、むしろ取りこぼしたもので脳髄が揺らぐようだ。

それでも、この瞬間を、今立っているこの僕を恨み、無かった事にしたいと思った事は無い。出会いすら否定する事はもう、出来なかった。

 

親友に出会えた。

最愛の妻に出会えた。

 

そして、ジョージ・ジョースター。

お前に出会えてよかった。

それだけで、いいんだ。

 

 

かっこよく、微笑んでそう言えたらよかった。でもダメだ。どうしても、泣いてしまう。後悔も悔しさも悲しみも、拭いきれはしないから。

でも、それでもこの幸せは、間違いのないものだから。

 

 

 

バカラ、バカラと馬が走る。

僕の乗っている、馬が。

 

 

 

黄金の長方形。

馬が、自然に産まれた事を感謝する、その形が生まれるまで、待っていた。

 

『タスクact4』。

 

僕の持つ、『スタンド』。

それはきっと、その回転さえ乗せてしまえば、僕が望む行動をさせてしまう事のできる、強力無比なスタンド。

 

 

僕は、それを使いこなすような事は出来なかった。だからこそ、今、愛する者の為に使える事がこんなに嬉しいと思わなかった。

 

 

…聖なる遺体よ。

里那の病気を、僕がお前に飛ばさせた時、ジョージに移したのが僕に対する罰だったなら。ようやくこれで許されるかな。

 

 

 

タスクact4。

その指向性を持って、このジョージの病気を、絶対に僕の元へ持ってこい。

 

聖なる遺体による、『押し付け』を全て、僕の元へ。

 

それで二人が助かるならば、きっとそれは幸せの形だ。

 

 

 

「……タスクッ!」

 

 

 

…最愛の息子の頭を、射抜く。

 

その傷は、ほんの少しすぐに消える。

病を表していたその硬質化した頬も、可愛らしいピンク色に戻る。

 

 

その光景を、既に消えかけた意識で見ていた。良かった。これで、何もかも。

 

 

 

身体から、切れてはいけない決定的な何かが切れた感覚がする。激痛すらも最早感じなくなってきた。痛みは、身体が生きる為に出す危険信号。身体がもう、必要ないと判断したのかもしれない。

 

 

ああ、act4。最後の最後に、こんな事の為に使わせて済まない。

そして、申し訳ついでに。出来れば一つ頼みたい事がある。

 

 

未だに残り続ける悔いを一つだけ、終わらせたい。もう、無理かもしれない。

だけど、どうしても、まだ終わっていない気がしてならないんだ。

 

 

『杜王町』。今、此処ではない、あの。

 

僕は彼らにまだ、恩を返しちゃいないから。

あの殺人鬼に、借りを返しちゃいないから。

 

 

未だに、僕はあの光景を思い出す。

そして未だに、あれは僕の弱い心が生み出した幻想だったのかもしれないと思う事も。

 

杜王町という名前も、ただの偶然だったのかもしれない、と。

 

 

それでも。僕は…

あの夢を追っていきたい。夢みたいな幸せをこの人生で掴む事が出来たのなら、夢のようなあの景色を願う事もいいだろう。

 

マイナスからゼロに、今なれたのなら。

ゼロからプラスを望むのは、分不相応かな。

 

 

極度に鈍化した、時間感覚。

これがきっと、走馬灯ってヤツか。だが、それもいよいよ終わるようだ。

 

ふと、悲しそうなジョージの顔が見えた。

出来れば、これからずっと笑顔で。

 

ここに居ない、里那を想う。

すまない、先に行く。

 

 

そして、これは果たして本当の出来事か。

漂うように、僕の分身が…

タスクが立っていた。

 

その無機質な表情は分かりづらかったが、しかしきっとあれは、寂しげなんだ。

 

ずっと一緒に居たのだ、それくらい判る。

 

で、どうだい。最期の願いくらい、聞いてくれたかい?

 

 

そう心の中で問いただした。

 

…ああ、大岩が頭に迫ってくる。

イチョウの葉が、聖なる遺体、act4。その神秘たる力を乗せて、それが起きた。

 

ありがとう、タスク。

君のお陰だろう。

 

 

大岩が、僕を潰そうとする。

僕を、地面と岩で、『挟もう』と。

 

 

初めて来た時は、星条旗。

戻った時は、『エニグマ』。

 

 

…二つとも、不思議な、次元を超える力を有しているからこその移動だった。世界を超える力と、三次元と二次元を行き来する能力。

僕には、それを持ち得ない。

 

だが、今はそれの代わりになるもの…

聖なる遺体が存在する。

 

だから、きっと。

 

 

…いずれにせよ、僕は死ぬ。

 

考える時間は幾らでもあったのに。

それでも、悔しいし、もう少し生きたかったって思ってしまう。

 

 

ああ、ああ……

 

 

 

 

………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒to be contenued…

 

 


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