「…まさか、キサマ…!」
『…ねっ。あんたが動物を簡単に本に出来るなら。ぼくだって会話できるのは人間だけじゃあないんだ……』
猫、猫、猫、時たま犬。
一面を埋め尽くす動物達。
飼い慣らされたものではない、野良のそれたちは今一つだけを痛めつけようとその気持ちを一緒にしている。
『ああ、そうさ!ぼくがこいつらを呼び寄せたのさッ!ぼくがこいつらに犬猫を殺すのが好きな奴だと今教えてなァーッ!!』
「……ッ!『ヘブンズ・ドアーッ!』」
『背中を見られてはいけない』。
ただそれだけのルールを課す、亡霊のようなスタンド、『チープ・トリック』。
前略。
岸辺露伴は、今それに取り憑かれていた。
そしてまた、その対処に追われている。
チープ・トリックは、その名の通り、陳腐で安っぽい罠。能力だ。背中を見せられなくなる、というそれだけ。そしてそれ以外の能力は、ただ『話す』のみ。
だがそれがまずい。否、まずくなった。
話す能力とは、逆を返せば『話せる』という事。何とでも話し、意志の疎通ができるという。そういう事になる。
人は人と話せる。猫は猫と話せる。
そして普通は、同じ種族としか話せない。
そういった種族の垣根など、エネルギー体であるスタンドに何の意味があろうか?
如何に『ヘブンズ・ドアー』であっても、膨大な数の犬猫には、単純に手数が足りない。例えそれがクレイジー・Dの拳よりも早く漫画を描ける露伴であっても、その全てに能力を発揮する事などは到底出来ない。
『アハハァーッ、勝ったッ!!』
チープトリックが勝利を確信した哄笑をかます。その状況は確かに、『詰み』であった。
それを覆せる手札も無かった筈なのだ。
そう、その場には。
ドン、ドン、ドン。
重厚な発射音と共に、コンクリートの地面、壁に穴が空く。そしてまた、群がっていた内の一体の猫の前足に風穴が空いた。
びくり。臆病風が吹いた。それを機に、命の危機を感じた犬や猫は一目散に去っていく。怒りは、それ以上の怯えの前では無力になるのだ。
「……動物には罪は無い。だからどっかに行ってくれればそれでいいよな」
前足から出血していた猫もしかし、奇怪な事に、『穴が移動をし』、傷そのものがどこかへ消えてなくなる。多少の出血と、かなりの痛みだけが陽炎のように残ったその現況を目の当たりに、不気味そうにその猫は逃げていった。
「どうやらマズイ状況みたいだったから勝手に助けたが…大きなお世話だったかな」
「…お前、いや、君は…!
その、スタンドはッ!」
そう。その姿は、死人の姿。
ここでありここで無い場所で自殺をし、頭部を岩に潰された死人。そうして、何の因果かまたこの場に戻ってきた、並行世界の囚人。
「……『ジョニィ・ジョースター!』ッ!」
「ああ。…その喜びようからすると、思ったよりギリギリだったみたいだな」
その姿は確かに、それだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
僕がまず、目を覚まして見たものは、犬と猫に群がられる漫画家先生の姿。
その説明だけだと微笑ましいようだが…皆、牙と爪を剥き出しにしていたし、何より露伴そのものの様子がおかしかった。
その背中を壁に当てて微動だにしようとしない。まるで何かを守っているかのようだった。まあ彼に限ってそれは恐らく有り得ないが。
だから、何発か撃ってそれらを撃退する。
背中に喋る何かを見る事も、容易かった。
「…『チープ・トリック』。
この場でお前は振り向いた。もっとも、もしここが何処かわかっていたにせよ…
お前は自身の能力ゆえに、ジョニィ君の方を向かざるをえないけどな」
そうして一度手助けすれば、あとは早いものだ。彼はもう既に、対処方を持っていた。ゴールを既に決め、そこに邁進していたのだ。
『う……うおおおっ!離せッ!
どこへ引っ張ってく行く気だ!?ねッ!』
「さあな。天国とか地獄とかあるのかは知らんが…描いといてやるよ。念のためにな」
彼がその背の『敵』に、何かを書き込む。
瞬間、怖気がするような『手』の気配が消えた。あれは、僕が生身だった頃よりよほど恐ろしい物に感じた。
「……ふぅ…喋る以外は何もしないが…
恐ろしい奴だった。ジョニィ君がいなければ僕は死んでいたよ」
「それは良かった。死なれちまったらかなり悲しいしな」
「…まあ、礼は言っておくよ」
露伴は、ふと。そう語る僕の身体をマジマジと見た。会話をし、先程の戦いを終えた今になってふと、違和感を覚えたのだろう。
「…しかし、君、何処に行っていたんだ。
クソッタレの仗助が噴上を使って血眼になって探していたぞ。君が何処かって……」
世間話のように軽口を叩きながら、彼は僕に触れようとした。そしてそのまま。腕は静かに僕を通り過ぎていった。
「…ッ!」
予想はしていた。
だが、そうであって欲しくなかった。
…そんな顔を、していた。
「ジョニィ…君…まさか…ッ!」
「ああ、違う!アイツに殺されたわけじゃあないよ。だから、露伴が気に病む必要はない」
「それなら尚更問題だろうッ!
何故君が今こんな事になってるッ!」
彼らしくもない、汗をかいた顔。
なんだか珍しい物を見た気分になり、状況にそぐわないとわかりつつ、少し笑っちまった。
「なんて説明するべきか…正直、未だにこれは僕の夢なんじゃないかと思ってるくらいで」
と、軽く話していく内に、どんどんと露伴は冷静さを取り戻していっているようだった。
ただ、その中でも、僕が『幽霊』になっている事については、常に怪訝に思っているようだ。
「ふうん…随分とキャラが変わったな
それに、少し老けたかい?」
「ああ、だから、それについての説明は今…」
ぴたり。
露伴の指先が、今度は僕に触れた。
露伴の。違う、彼の『スタンド』の指だ。
だから今度は、すり抜けない。
「『説明』?説明なんて要らないさ。
……どうやら、忘れちまったみたいだな。
僕のスタンド能力を」
「……『ヘブンズ・ドアー』。
心の扉は開かれる…」
…
……
「ハッ!」
次に目を覚ました時には、そこには頭を抱えてぶつぶつと独り言を言っている露伴と、心配そうにこちらを眺めている鈴美がいた。
「……にわかには信じられないほどだ。だが僕のヘブンズドアーはその人物がそれまで知ってきたリアリティを読み取る能力だ」
「……なんて、スゴい体験だッ!僕は『また』!漫画家として最高のネタを掴んだぞッ!」
興奮して喚き立てる、露伴。それの対応に鈴美が困っている、という事もありそうだ。
その興奮具合にふと不安になってくる。
「…露伴。君、僕のページを破り取っちゃいないだろうな」
「取れなかったさ。手がすり抜けてしまってね!クソッ、幽霊なんてのは不親切なもんだ」
取れなかったってことは、つまり取ろうとはしてたんだな。
…まあ、取られてないなら良いが。
「久しぶりね、ジョニィくん。えっと…露伴ちゃんからこれまでの事を聞いたけど、その…」
「信じがたい、かな?」
「フン、信じないならそれでいいさ。
ただ、僕は誓って真実しか言ってないぜ」
ヘブンズ・ドアで本となった人間は彼以外にも見ることが出来るはず。ただ鈴美は、それを見るのは忍びないと、きっと目を逸らしてくれたのだろう。
…まあ、話されてしまっている分大して変わりはないが。
「…つまりは、君は元の世界に戻り。
そして『死んだ』んだな。
何やら満足しながらの『自殺』か」
「ああ。」
「フン。それを可哀想とは言わないぞ。
読ませてもらった上で言うが、君のそれは鼻から先まで全て自己満足であり、周りのことなんてまるで考えてない身勝手な行動だ」
「……そうだな。反省しているつもりだ」
「いいや、懺悔なんて僕が一番嫌いなものだ。
僕が聞きたいのは『そんなの』じゃあない」
「…」
「だからなあ。僕がする質問は、一つだ。
『何故、君はここに来た?』
どうやって、だとかそういうのは良い。
何故わざわざこの杜王町に来たかだけ、答えてもらおうじゃあないか」
「キミは、何をしに此処に戻ってきたんだ。
回答によっちゃあ、このまま君のページを全部奪って資料にさせてもらうぜ」
一度、読んだ上での発言。
彼はその答えがわかっている筈だ。だがその上でこれを聞いている。それはつまり、僕が、この口で言うべき事だからだ。
一度目を閉じ、そして口を開いた。
「僕は一つ、この町でどうしてもやらなくちゃいけないことがある」
そうだ。
この町にどうしても来なければならなかった。それは仗助達にその身の安否を伝えるだとか、この街の平和を取り戻すだとか、それもある。
「僕にはあのイカれた殺人鬼に借りがあるんだ。それを返しに来た」
だが、それよりも。何より。
そういった、黄金の精神よりも。
(「…今度は、ぶっ殺してやる」)
…あの病室で思った、思念。
漆黒の意思を、奴にぶつけてやらねばならなかった。あの時に貫かれた腹部の借りを、お前にとって最悪のタイミングで返してやる、と。
しかるべき報いを与えてやる。
「……フン、取り繕おうともしないんだな」
「一度読まれているんだから、ウソは吐いても意味がないだろ」
「いいや。君はもし僕がそうしなくても、そのままの答えを言った筈だ」
倦厭するように、嫌悪するように彼が此方を見る。それはさっきまで最高のネタを掴んだと喜ぶ漫画家の姿ではなく、ほんの一握り残った良心がある人間、岸辺露伴としての姿だった。
「とは言っても…
ジョニィくんはもう、わたしと同じ幽霊だから此処から出ることは出来ないわ。この小道の近くから。だから、借りを返すと言っても…」
鈴美が、困った顔をしながらそう問いかけてくる。それについては、全く持って考えていなかった。だが、それも問題は無い。
「大丈夫さ。僕は信じてるよ。彼らなら…
仗助達なら、僕が居なくとも、奴を追い詰めることが出来る」
「だから僕がやるのは。
『最後の一押し』だけだ」
本当は、この街の住人じゃあない僕が奴を仕留めてしまうのもあまり良くないとも思うしな。
此処に、この杜王町に久しぶりに来て、思った。僕の暮らした杜王町と、この杜王町は似ているようで、限りなく遠い。
僕が親しんだ杜王町はこの、ここではないんだ。だから、きっと。
「……っと。
そこで一つ頼み事があるんだけど」
「…キミィ。随分厚かましくなってないか?」
「色々あったからな。
…一つ借り物をしたいんだ」
「モノによるぞ」
「その…なんていうかな。
あの時…『ハイウェイ・スター』と戦った時に仗助が乗っていたもの、あるじゃないか」
「えっと…バイクって言うんだったかな?
あれ、貸してくれないかい?」
頭を傾げる二人に、僕は静かに微笑んだ。
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