「来るか!承太郎…ッ!バイツァ・ダストはお前に出会いたく無い一心で発現した能力だ……
この私をもっと追い詰めろ!その限界のギリギリさが!再びバイツァ・ダストを発現させるッ!」
ぞくりとするような執念を纏った言葉。声、顔、その全て。
『世界を征服』するだとか、『絶頂のままでいる』だとかの大それた事ではない。ただ生き残るために。この殺人鬼はそれは恐ろしい気迫を醸し出す。
『時を吹き飛ばす爆弾』そのスイッチを手に。
「『スイッチ』を押させるなァーッ!!」
「いいやッ限界だ!押すねッ!」
瞬間。
時が止まった。
承太郎によるもの。それは確か。
だがこの時止めは、悪あがきにしか過ぎない。
あの距離では、何をやっても届きはしない。スイッチを押させてしまう。
だがそれでも、止めて奔れば、間に合うかもしれない。そんな一縷の希望に賭けての、『スタープラチナ・ザ・ワールド』であった。
(…間に合わねえッ…!)
時は過ぎていく。無慈悲にも、止まった時間は不平等に、且つ平等に過ぎていく。
その刹那のことだった。
『チュ……
ミミィィィン……』
ぞっ。と、背筋に寒気が走る。
その音とも声ともつかない小さな音。
彼は、空条承太郎は歴戦の勇者。
生中なものでは驚きかない。それほどに闘いと死線に、見知らぬスタンドの存在に、その感覚の全てに慣れている。
その承太郎が、反射的に、身じろぎをするほどの異物感。それはまるで、『他の世界の殺意』そのものが入り込んできたような。
何故。どうして止まった時の中を動く。
同じタイプの力でない事のみは、経験に基づく直感が知らせてくる。であるならば、何故。
彼は知らない。知るよしも無い。それが、重力をも支配する、回転の力の極地が生み出した、恐ろしい死の力である事を。目的の為には妨げる障壁の全てを突き崩す力を持つ、崩壊の力。
それはまさに、全てを貫き、命を穿つ。
『牙』そのものだった。
動きは、緩慢。ずいと手を伸ばす、その死神よりも死神じみた姿を吉良吉影は当然の如く、見はしない。
指を掴む。そして、ゆっくりと捻った。
バスタブの蛇口を捻るように、果実を捥ぎ取るように。その、時を操る爆弾の、その点火を司る指を、いとも容易く亡きものとした。
「……ッ!」
時が、動き出す。
「…ッ!?ぐお、おおお……!?」
何が起きたか分からず激痛に身を捩る殺人鬼。
指が削げ落ちた感覚。さっきのほんの一瞬までにはこのような傷は無かった。それが瞬間にこの有様。
承太郎が時を止めたか?その間にどのようにこの傷を付けた?何故私はこのようなまでにボロボロなんだ。どうしてここまで追い詰められた!何故、この私が!
「…この…ッ」
こいつら。こいつらの全てが。
この奴らどもが!
「…このクソカスどもがァーーッ!!」
捥げ落ちた親指の代わりを、他の指で補おうとする頃には。
既に一呼吸分ほど時間が経っていた。
それは即ち、再び「それ」を発動出来るほどの時間が経ったという事。
「…『スタープラチナ・ザ・ワールド』!」
静止した殺人鬼が目の前にある。
さっきまでは手の届かない距離にいた、それが、目の前に。ちらりと見るが、既にあの謎の『スタンド』は存在しない。
疑問は残る。だが今はそれよりも。
すぅ、と息を吸った。
「オラオラオラオラオラオラッ!」
「……オォォォラァッ!!」
時は再び、刻み始める。そこにさっきまでは存在しなかった運命を刻印しながら。
–––––––––––––––––––––––––––
「…思い出したようね…
あなたが既に『死んでいる』事にッ!どうやって死んだのかッ!」
「うわあああああああ!」
殺人鬼の悲鳴。魂だけになってもそれはただどす黒く、そして甲高く響く。
「…お、お前…確か、『杉本鈴美』…
キサマッ!15年もここでなにをしている!」
グイ、とその腕を掴み引き寄せる。
そして向き直ろうと、『背後を向こう』としたその瞬間。ピタ、と止まった。
「…お前…なぜ正体まで明かし私の前に姿を見せる?そうまでして、『私にさせたい事』があるんじゃあないだろうな?」
「…!」
「私の親父が言っていたよ…ある場所に絶対に振り向いてはいけない道がある、とな。
そこに女の幽霊も居るとも…
その時はバカバカしいと思っていたがッ!」
更に、グイと引っ張る。
その手はしかし、さっきまでの動きとは違う。もう片方の腕を少女の顎に当て、力を込める。振り向かせようと。
その場で何が起こるかを確かめようと。
「『お前が振り向いてみろ』。
ン?どうなるか見てみたい…」
殺人鬼の顔が変化していく。
『川尻浩作』の顔では無く。
『吉良吉影』の顔に。
「さあッ!振り向けッ!
お前が振り向くんだーーッ!」
「…やはり、ね。
こうすると思っていたわよ。
そしてそれは『彼も』予想していた」
「……『彼』?」
「私たちは15年、あんたが来るのを待っていたのよ。予想をしなかったと思う?
…そして、あんたの地獄行きが確実になるなら…どんな手だって使う」
「何を……!?」
鈴美を掴んでいたその手に、ひんやりとなにかの存在が手を触れた。
否、ひんやりとはしていない。それは生き物にあらず、ましてや非生物の物体ですらない。
それは、精神の力。心の像。ある特別な才能が特別な機会によってのみ目覚める力。
スタンドの、像だ。
その大きく、荒々しい腕が素っ首を掴む。
ギリギリと、鈴美から引き離すように。
「…バカなッ…こんな…
なんだこの力は…『キラークイーン』ッ!
こいつを爆破し…ッ!」
あり得ない。なんだこの力は。
あり得てはならない。
こんな、こんな理不尽な力は!
「……この乗り物は、大地を駆ける生き物に敬意を払われて作られたものだ。
馬が、彼らが最高の力で走る姿を模倣したこれには、『黄金の長方形』が存在する」
「ハッ!」
声が聞こえた。何処からだ。
その声は聞いたことがあった。一度。忌々しい記憶と共に思い出される。自分が顔まで変えて逃げ出さなくてはならなかったあの時の記憶。
何処から。何処から聞こえて来る?
「そして。黄金の長方形を地から授かった先には無限の力がある。どんな次元も突き抜けていく、誰も見たことのない『現象』…」
居た。杉本鈴美のその後ろ。
人のシルエットではない。何かに乗っている。耳障りなエンジン音。あれは、バイクか。
「……タスク、act4だ。
殺されるのは…どっちになると思う?」
「まさか…これは…ッ!『こいつ』はッ!」
–––––––––––––––––––––––––––
…未だに少し考える。何故僕は此処にいるのだろうか。未練がここに連れてきてくれたのか、はたまた自分の意思で来たのか。遺体の力と僕のスタンドの力で来れたというのも、思い込みではないのか?それすら分からない。
だが確かなのは僕は今、此処にいる。それだけだ。確かめるように手を握り、前を向く。
ぐいとエンジンを握る。操縦方法は少し複雑だが、慣れてしまえば簡単なものだ。
ドルン。エンジンがかかる。
その力が身体に漲る。
「さあッ!振り向けッ!
お前が振り向くんだーーッ!」
顔を上げて声のした方向を見る。
そこには往生際の悪い殺人鬼がいる。
ブロンドの、スカした見た目のヤツが。
見間違う筈もない、ヤツの姿があった。
見るからに、此処に留まる気満々といった風情だ。確かに、あの小道さえ気を付ければこの場所はヤツにとっての理想、平穏な暮らしに最も近しい場所かもしれない。
「……行くぞ」
だが、ならば僕が教えないといけない。
お前は死んだ。死人はさっさと地獄へ。
僕のような、おまえのような殺人犯は地獄の奥底に行かねばならないのだ、と。
知らしめるために速度を出し始める。
近づかなきゃアイツをぶちのめせないから。
『チュミミィ〜ン…』
タスクは僕の傍に居てくれる。ありがたい。流石に自力のみじゃほんの少し恐ろしい相手だ。
どうやらまだ、スタンドも使えるみたいだし。
「…『牙』ッ!」
指を前に向け、起動音のようにそう言う。
爪は僕の指を軸に回り出す。
黄金の回転の力が、地から、足に、腿に、胴に、腕に、全身に漲る。
その長方形の真なる力は、永劫に続く完璧な回転の力。全てを滅ぼし、穿つ重力の力だ。
さあ、行くぞ。
殺人鬼を今度こそ殺すため。
この町の守護霊を守るため。
そして、僕の未練を晴らすために。
僕は、ジョニィ・ジョースターは。
杜王町で撃つ。
⇒ to be epilogue…
…
……
【エピローグ】
「…ジョニィ君、ほんとに良いの?」
「ン…」
小道の横で、鈴美が僕に聞く。
彼女の言わんとしている事はわかっている。
『彼ら』と最期に話さなくても良いのかっていう事だ。この町に来てからの、僕の友達と。
「…うん、いい。
僕は元々、此処にいるべきじゃあないんだ」
「それを言ったら私もそうよ」
「イヤ、君はみんなに祝福されて惜しまれながら逝くべき人間だ。でも僕はそうじゃない。それどころか、別の世界から来た『異物』なんだ」
「そんな事…」
「それに、僕に今更来られても困るだろう。
ようやくひと段落ついたんだし、これ以上悩みの種に居られてもね…」
「フフ。
…でも、みんなはそう思ってないみたいよ?」
「?」
鈴美がホラホラ、と、指を指す。
その方向を見てみると…
「…あッ!マジに居るぜっ、仗助!」
「グレート!ようやく見つけたぞッ!」
…騒々しく近づいて来る二人の姿。そしてその後ろにはぞろぞろと列を作る杜王町の人々がいる。なんでだ?僕は誰にも知らせてなんて…
はっ、と思い当たる。鈴美の顔を見ると、いたずらな笑みを浮かべていた。
「…鈴美、キミィ〜〜〜…」
「エヘ。前、私がお別れの言葉を伝える時にちょっとね。だって、一人で旅立つのなんて寂しすぎるじゃあないの」
…結局のところ、僕の別れは酷く賑やかなものになってしまった。本当は静かに消えるつもりだったんだけど…
…ただ、嫌な気はしないのも確かだ。
さて、僕への反応も、人それぞれだった。
「…あー、マジに死んじまってるんだな。クソッ、俺がもっと早く見つけてやれりゃあ…」
「いや、僕が勝手に死んだだけだ。仗助が悔やむようなものじゃあないよ」
僕の死を悲しんでくれる人。
「幽霊ってコトはよォ〜…
この道にずっと居るって事か?」
「そういうわけにもいかないさ」
いまいち、よくわかってない人。
「……やれやれ、『別世界』とはな。
…通りで幾ら調べようとわからねぇ筈だ」
「はは。
気苦労ばかりかけてしまってごめん」
真相を知って、一息を吐く人。
「これくらいファンサービスさ。
スペシャルサンクス」
「うわッ、ドリッピング画法…
最後に観れてよかったよ」
ファンサービスをしてくれる人。
その他にも、仗助の祖父…違った、父親のジョセフ。そしてトニオさんまで姿を見せてくれた。
それぞれがそれぞれの言葉を掛けてくれる。
そして皆が皆、それぞれがそれぞれなりに、僕との別れを惜しんでくれているのは、嬉しくありながら、辛い事でもあった。
僕がさっさと去ろうとしたのは、こうなって、『去りたくなくなる』弱い自分を抑えようとしたからだったんだ。
「いいんじゃねえのかよォ〜…
鈴美さんも、アーノルドまで居なくなっちまうんだし、一人くらい…」
そう、話しかけて来る仗助に、『そうだな』。と返してしまいたかった。
しかし、それだけはダメなんだ。
ぐっと、堪える。そして言う。
「ありがとう、仗助。でも…それでも僕は去るべきだ。それに、すべき事は無い。ずっと居ても災厄を持ち込むだけだ」
ぐっと、下唇を噛む仗助を前に一人。
僕は少し微笑んで、彼に言う。
「仗助。僕は…」
「…僕の本当の名前は、ジョニィ。
ジョナサン・ジョースターだ」
ジョースターという名前に、一瞬ぴくりと反応した。ただ、仗助は口を挟まなかった。
だから、言った。
「君と友になれて、誇りに思う」
「ああ…俺もだぜジャイロ。
いや、ジョニィ」
もう言葉は要らない。
ただ、代わりに握手をした。
「………さようならだ。
僕の友達。そして、杜王町」
静かに空に溶けていく自分の身体を、他人事のようにただ、少し見つめていた。
–––––––––––––––––––––––––––
「……」
「フン…なあ仗助。あの世に天国だの地獄だの、あると思うか?」
「?なんだよ、急に。
…あるんじゃあねえかなって思うけどよ」
「ちょっとだけ前、読む機会があった時に書いておいたんだ。あるかどうかは知らないが、念の為にな。あの忌々しいチープトリックとは逆の…」
「…なんの話だ?」
「…あればいいなと思うって事だよ。じゃあなきゃ、無駄になっちまうだろ」
「……僕が、『天国に行く』と書いたのがな」
–––––––––––––––––––––––––––
……ここは何処だろう?
座っている自分に気がつく。
此処が地獄だろうか。
いや、にしては穏やかだ。
これは、どういったことだろう。
「おいおい、なんだよ…
ゆっくりと上から見てたけどよォ…
オタク、随分楽しそうだったじゃねえか」
背後から、声がした。
振り向いては行けない道の声を想起した。
そしてまた、心の中で首を振る。
これは、あれとは違う。
「……そうかい?」
「何はともあれ、お疲れさんだな。
O・2・かれェ〜〜…って、のはどうだ?
いまいちパクリっぽいけどよ」
「…いいねェ〜、凄くいい。指の動きと表情が絶妙に噛み合ってないのがすごくいいッ」
「だろッ!ギャップってやつよ。
お前さんやっぱセンスあるぜ、ジョニィ」
振り向いて、顔を見る。
声をかけた人物。
ああ、確認するまでもなかった。
「ニョホッ!
…ま、言いたいことは山ほどあるがそいつはまた後でだ。立てるんだろ?」
「…ああ」
差し伸べられた手を取り、立ち上がる。
まさか、君に手を引かれて、「立ち上がる」時がくるなんてな。
「……しかしあれだな。てっきり地獄に行ったもんだと思ってたよ。君、人妻と不倫してたりしたからな」
「ニョホッハッハ!
そりゃこっちのセリフだぜッ!
お前さん、なんでこっちに来てるんだ?」
互いに、軽くどつき合いながら歩いていく。
階段を登っていく。どこに向かっている階段かどうかはさっぱりわからない。
「…なあ。君、全部は見てなかったろ。
だから聞いてくれよ。
僕の…もう一人の親友の話さ。
それと、僕がファンになった漫画の話」
「ヘぇ…
暇つぶしにはちょうど良さそうだな。
いいぜ、ちょうど退屈してたしな」
階段を登っていく。光刺すそこには、きっと何かがあるわけではない。
だからこそそこは、綺麗な場所だった。
そう。
これは、僕が杜王町で撃った話だ…
『ジョニィ・ジョースター
杜王町で撃つ
完』