「仗助ッ!左だ!今度は左の穴から来ているぞッ!」
「ッ!『ドラァ!』」
叫んだ僕の声にリーゼント姿の男…仗助と、そのスタンド、『クレイジー・ダイヤモンド』は反応し、その拳を繰り出した。が、しかし、その恐るべき速度を持つ一撃は嘲笑われる様に『ヤツ』に避けられる。
そして、それを避けた『ヤツ』…『レッド・ホット・チリペッパー』は、お返しと言わんばかりに一撃を仗助に喰らわせた。
彼はそれを何とか受け止めるが、このままでは仗助が斃れるのも時間の問題だろう。そしてチリペッパーは、石畳に空いた排水口(正確にはその中に張り巡らされた電線)へと再び潜行してしまう。相手がこの戦法を取り始めてしまってから、仗助は一度も有効打を当てれていない。
その光景を、僕はただ歯噛みして見ている事しか出来なかった。
「クソッ!いくら『クレイジー・D』でも!
電気のスタンドに速さで敵う訳が無い!」
「泣き言を言う暇があるなら、あいつが何処から来るかを指示しろってんだよッ!」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『レッド・ホット・チリペッパー』の本体を見つけ出す方法がある。
承太郎が皆を集め、だしぬけにそう言ったのは、まだ数十分程前だ。
彼の祖父であり、仗助の父でもある人物。その人が、念写を行う事の出来る『スタンド』を持っているのだという。
証拠も残す事なく、故に行方が杳として知れないチリペッパーの本体を、それならば突き止められる。そして、本体を見つけ出す事が出来るのならヤツを止める事が出来る。
そこまでは良かった。
が、しかし。僕たちは迂闊にもこの会話をチリペッパーに聞かれてしまったのだ。それを聞いたヤツは、念写される事を死に物狂いで阻止しにくるだろう。…最悪であり、尚且つ確実な、暗殺という形で。
億泰の必死の追跡をも躱したチリペッパーの、念写のスタンド使いの暗殺の阻止。僕たちはその為に杜王港に来ていた。
そして承太郎は、億泰と共にボートで、仗助の父…ジョセフ・ジョースターが乗った船へと向かい、そして、僕と仗助には待機を命じた。
彼は、本体がここの港へと来て、そこからの暗殺を用心したのだ。故に、それを阻止するために僕たちをここに留まるよう言った。
果たして彼の言った様に、チリペッパーの本体…音石明はここへと来た。なんとしても暗殺を阻止し、音石を捕らえる為に、仗助と僕は闘いを始めたのだが…
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「ッ!今度は右から!」
「ぐっ…!」
今度は拳を繰り出す事すら出来ず、ただ防御のみを行う。
当然の事だが、ダメージを負う度、仗助の反応は鈍くなる。しかし相手の速度が弱まる気配は無い。(寧ろ早まっている様にも見える)
故に、防戦一方だ。時間が経つにつれて、この戦いはより仗助に対して不利なものへとなっていくだろう。
「(…最早、同士討ちの可能性なんてのを考えている暇も無い…!)」
僕は今になってようやく、タスクact2を発現させ。
右手を音石へと向けた。
「(今、ヤツが仗助に付きっ切りになっている今がチャンスだ。
…不意打ちで射殺するッ!)」
迷っている猶予も無い。チャンスは今!
「喰らえッ!『チリペッパー』!!」
音石へと向けた指先から、爪弾が飛んだ!黄金長方形の力を込めたその爪弾は、いい気になりギターを弾いている音石の横顔に当たる。
…筈だった。
だがしかし、爪弾は炸裂する直前にその実体を忽然と消してしまった。
何が起こったかは、直ぐに解った。
電気のスタンド、『レッド・ホット・チリペッパー』。電気の権化であるヤツは、そのまま稲妻の速さをモノにしている。それは、弾丸の速度など、のろまな亀の歩み程度のものでしか無いという事だ。
チリペッパー…ヤツはその爪弾を叩き落すでも避けるでも無く、キャッチしたのだ。ちょうど、子供が戯れにキャッチボールでもするかのように。
それを、今地面にただ落ちている元爪弾…
僕の爪から理解する事が出来た。
そして『チリペッパー』は、出来たにも関わらず、僕を攻撃しない。
…仗助を倒す事さえ出来たのならば、僕などあっという間に殺してしまえるからだ。わざわざ今、一瞬の隙を作ってまで僕を殺す必要などないのだ。
「そう焦るなよジャイロ!
お前は仗助の次に殺してやるぜッ!」
その僕の予想を裏付けるかのように、音石は仗助を嬲り続けながら騒ぎ立てる。
「…なら、僕は殺される事は無い訳だ」
「あぁ?」
「解らないか?お前は仗助を殺す事なんて出来ない。お前は『僕たち』に負けるんだ」
音石明の後方に『穴』が蠢く。
あの穴は、先程不意打ちの爪弾を右手で放った時に、もう片方の手の爪弾で僕がいま居る石畳を穿った物だ。
黄金長方形が生み出す回転は、穴になっても死なない。だから、穴が相手を追尾する。そして、act3はその穴に身体を巻き込む事が出来たのならば、自由にその部位を移動させる事の出来るスタンド。
今やっている事は、考えも、行ってる事も、虹村形兆と戦った時と同じだ。スタンドが強いのならば、そのスタンドは避け、無防備な本体を狙い、射ち殺す。
人間の視界には限界がある。その視界外から撃てば、スタンドで爪弾に対処する事も出来ない。僕の左の手は、音石の背後に移動した、コンテナに空いた穴の中から覗き出る。
「(音石はこちらを見ていない…
これなら殺しきれるッ!)」
そして、今度は声も上げず、3発。
頭、胸、脚へとそれぞれ狙いをつけ撃った。
だが、それでも誤算が一つ。
…『電気の速さ』について。
甘く見ているつもりは無かった。
それでも、その速さは僕の想像を遥かに超えていてしまったのだ。
本体と視覚を共有するスタンドである
『チリペッパー』は…恐らく、視界の端に弾丸を捉え得たのだろう。
瞬間、排水口から出て仗助へ強烈なあびせ蹴りをかました。そして、仗助が痛みで硬直してるその一瞬に本体の真後ろへと移動。
爪弾を、再び、嘲笑うように掴み取った。
「……ッ!!」
完璧に、失敗だ。
「おいおい、もしかしてとっておきの秘策だったか?
こりゃあ、悪い事しちまったかな?」
音石は嘲り、笑う。
…攻撃は無い。
…ならば仕様がない。
確実に倒してしまえる方法であるこちらで終われば良い、とも思っていたが、こうなってしまっては作戦を選んでる余裕なんて無い。
だから、頼れる仲間に…
仗助に頼る他無い。
「…仗助ッ!君から見て右前方を殴れ!」
「ッ!…ドラァッ!」
仗助は急にされた命令に一瞬戸惑いながらも、それに従った。そして、その半ばやけくそ気味に放ったその拳は…
「!?げふっ!」
攻撃をしようと穴からまろび出てきていた
『チリペッパー』にぶち当たった!
致命打では無い。が、攻撃されるなど全く思いもよらなかった音石にとって、この一撃は隙を作るのに充分過ぎる物だった。
「良しッ!今だ、仗助ッ!」
「…ああ、解ってるぜッ!」
地面に倒れこむチリペッパーに、クレイジー・Dは拳を振り下ろし、プレス機のような激烈な一撃を放つ。
チリペッパーは身を翻し、それを何とか避ける。避けられた一撃は石畳に直撃し、その石畳を破砕せしめた。
「ぐっ…面食らっちまったが!だがな、この一撃だけだぜ!てめーらが当てられるのはな!偶然は二度も続かねぇぞ!」
「ッ!まずい、仗助!とどめをッ…!」
そう僕が言うや否や、チリペッパーが再び排水口へとへと潜りこんでしまう。
仕留め損ねた。そう思った。
だがしかし、仗助は違った。
彼は既に、勝利を確信した顔をしていた。
「いいや、もう終わってるぜ。
既に『治しておいた』からな…」
治した?何を?そう思ったのも束の間。
彼の意を、結果から読み取る事が出来た。
さっきの地面への大振りの一撃。
あれは敵を狙ったものじゃ無かったんだ。
「さっきまではよぉー…
殴られ続けてたせいで、こんな簡単な事すらする余裕が無かったが…
少しでも隙があんなら…!」
気がつくと、殴りつけられた石畳…いや、訂正するべきだろう。その『コンクリートの地面』は。クレイジー・Dによりその原料にまで
『治さ』れ、コールタールと化していた。
そして、それは油膜となり、チリペッパーが利用している排水口を覆っている。薄い油膜程度では、あの穴から出てくる事自体を防ぐ事は出来ない。
だがあの油膜があるのなら…!
僕が見やるその先、排水口に、油膜の膨らみが出来る。それはつまり…!
「ッ!見えたッ!君の丁度真ん前だ!
叩きつけろッ!」
「いや、殴るよりも…もっといい攻撃があるぜ。それは…」
「…『治す』ッ!」
油膜により、先程よりも一歩先に相手の場所を突き止める。そして仗助は、その場所に、いつのまにか持っていた破損したタイヤを置いた。
「クレイジー・ダイヤモンドッ!!」
渾身の叫びと共に、そのタイヤを細切れにし、それを、チリペッパーが出て来たタイミングで、恐ろしいスピードで治す。
すると…
「ああッ!テメェ!た、タイヤをッ!
しまった、これじゃあパワーが来ねえッ!」
なんと、あのチリペッパーをタイヤの内へと閉じ込めたのだ!
タイヤはゴムで出来ている。
そしてゴムは絶縁体!電気を通さない!
つまりこれでヤツは…!
「…なーんて、嘘だよぉ〜ん。本当はパニクったふりをしただけだったりして…」
「何?」
「けっ!厚さが1mあるならいざ知れずよぉ〜〜!笑わせんな!こんな薄っぺらいゴム如き…」
「破れないとでも思ってんのかボケェッ!」
バム、とくぐもった破裂音が響く。
それはゴムタイヤを突き破った音、捕らえていた絶縁体を壊した音だ。
だが…
「グレート…幸せだったのによぉ〜 タイヤをぶち破るパワーなんて無かった方がよーーッ」
繰り返すが、タイヤはゴムで出来ている。
だが、車等に付けられているタイヤは当然、ゴムのみではない。合成ゴムの混ざり物、他のパーツ…そして何より、内に空気が必要だ。
そんなタイヤを、無造作に拳で、一部分だけ破ったのならどうなるか?
「げぇッ!!」
次に響く音はバシュゥという空気が強い勢いで漏れ出す音。パンパンだった空気が、空いた穴から我先にと漏れ出す音だ。そして、漏れ出した空気はそのタイヤごとチリペッパーを飛ばしていく。
その飛行の先は…
「ぎ…ぎゃああああぁッ!海は!海はまずいんだよおおおおお!! ち…散る!!」
港には当然ある場所、海。
チリペッパーは電気の化身。
電気の性質を全て持つ、電気そのものなのだ。
つまりは、海水へと浸っていった電気。
塩水は電気をみるみるうちに拡散させる。
その末に起こる事は…
「スタンドがバラバラに千切れて、拡散していってしまった…
という事は…」
「…やはり、死んでいる。
立って、ギターを持ったまま…」
…本体、音石明。その死だった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「億泰が音石を倒して捕まえたらしい。
…今度こそ一安心だな、仗助」
音石の死体が消えた。
それに気づいた時−−ついさっきだが−−はとんでもなく驚いたし、何より、とんでもない不覚をとってしまったと思った。
阻止をする為にここに留まったのに、みすみす暗殺を成功させてしまうなんて!と。だが、一足先に船へと辿り着いていた億泰が今度こそ本体を打倒し、暗殺を阻止。これで、やっとチリペッパー事件は終幕を迎えた訳だ。
後はただ(最早、念写の必要も無いが)
ジョセフ・ジョースターの上陸を待つのみだ。
「ん、そうか…」
仗助は、心ここにあらず、といった風に生返事を返す。死闘で負った傷が痛む、という訳でもなく、ただ疲れたという訳でもない感じだ。
「…仗助、どうかしたのか?随分と上の空じゃあないか」
「…少し気になってる事があってよ」
「気になってる事?」
「ええと…さっき、あんた…ジャイロ。俺が油膜を貼る前に既にチリペッパーの出てくる排水口を当ててたろ?アレ、どうやったんだ?」
「ああ…何、単純な事さ。
ただの『偶然』だよ」
「…は?」
「…流石に少しは手を打っておいたけどな。
音石をact3で狙撃する前に細工をしてた。act2の追尾する穴。あれで、排水口の穴を纏めておいたんだ。…ちょうど、スープに浮いた油を、食器で合わせるように」
「それで母数を少なくする事で、勝ち目の無い『賭け』を、少しでも当たる見込みのあるものにしておいたのさ。…正直、一発で当てれたのは運が良いと言う他無いが…」
「…おいおい、何だよそりゃ!それって、アレで当てて無かったら俺、けっこう…いや、スゲーヤバかったって事じゃあねーか!」
「…まあ、他にどうしようも無かったからな…
本当に、ギリギリの戦いだった」
「うへぇー…なんだかそれ聞いて余計に疲れた気がするぜ…」
「…なあ、仗助。君、やっぱりさっきから少し変だ。一体、どうしたんだ?」
…先程から、違和感が止まらない。
そんなに彼との付き合いが長いという訳でも無いから、そんな確実にモノを言えないが…
それでも、彼にしては妙にしょぼくれている。
落ち着き過ぎているというべきか…
ともかく、やけに大人しいのだ。
「変、か…そうかもしんねーな。
…本心を言うとよ。音石の野郎に殺されなかったのは嬉しいよ。メデタシってやつだな」
「でもよ、俺、実はあんまり会いてぇとは思わねーんだよ。このまま帰ってくんねーかなって。そう思ってんだ」
「……父親、なのにかい?」
「…ジャイロ、あんた多分感動の体面を期待しているんだろーけどよ。
父親っつったって、今まで一度も会ったことも無い人間なんだよ。親子の情なんて無いぜ」
「……」
「別に恨んでる訳じゃあ無いぜ。
でも、今更会ったところで気まずいだけなんじゃあないの〜ッ …お袋もどう思うかだし」
(…感動の、体面か。確かに僕は無意識にそれをイメージしていたかもしれない)
僕は手前勝手に抱いていた理想を頭から打ちはらう。
「…これはただの独り言だが」
「?」
「僕は、あまり親子仲が良くなくってさ。いや、最悪の部類かもしれない。母は既に他界し、父は僕に死ねばいいとも思っていた。…実際、僕がこの足になった時も見舞いにすら来なかった」
「…笑える話だな。僕にはもう父に会う機会なんて無い。感動の体面なんてのはなおさらだ。いや、寧ろ。だからこそさっき、僕はそれを理想として思い浮かべたのかもしれない」
「…何が言いてーんだ?」
「…ただの独り言だと言ってるだろ?
僕には誰かに話をするような器量も、資格も無い。それを出来るような人間じゃあないしな」
「……」
「ええと。何だったか。ああそうだ。
だから、僕が言うのはだな。
…クソッ、自分でも良く解らなくなってきた。
その、なんだ。君はさっき言った通り、父を恨んでは無いんだろう?」
「ああ。まあ、な」
「今こっちに来ている君の父も、君へと良い感情を持ってるかはともかく、悪い感情は…恐らく持っちゃあいない筈だ。だから…」
「会っといて損は無いって事かよ?」
「…まあ、大体そういう事さ。
それで改めて絆が結ばれる可能性だってある。
不幸自慢じゃあないが、僕よりは可能性はあるはずさ。やる価値はあると思わないか?」
そう言うと、仗助は急に笑い始めた。それは、嘲笑などの暗い想いを含むものではなく、屈託の無い、彼らしい笑いだった。
そして、一通り笑うと、こう言った。
「全く、ジャイロ、お前。ずいぶん人を励ますのが下手なんだな。元気付けんならよ、もっとシンプルに『親父に会ってみろ!』とか、簡単なもので良かったんじゃねぇか?」
「…」
励ますのが下手くそ。
その言葉は、何だかちょっと…
いや、結構傷ついた。
「…でも、サンキューな。その下手な励ましで、なんかちょっと吹っ切れたよ。確かに、そりゃあまだどうしても親父とは思えねーけどさ。やっぱり少し、顔を合わして見る気にはなったぜ」
「…そうかい。それは良かった」
「おめぇの『独り言』のおかげだぜ。
じゃなきゃ、俺はこのまま合わないままでここを去ってたかもしれねぇからな…」
そう言っている彼は、紛れもなくいつもの明るい仗助だった。
やはり彼には、元気なのがよく似合う。
……………………
…本当は。
…本当は、別に、彼がそう思っているならば。
わざわざ僕の考えを押し付ける必要も無いと。
さっきまで、そう思っていた。
彼が父にどう思おうと、所詮は個人の事だし、誰かが介入したり、理解したフリをしても、只々不快なだけかもしれないと。
…でも、何だか。
僕の親友なら。
僕の旅の仲間だった彼なら。
…あの、お人好しなら。
何だか、こうやって、話して、誰かの想いを変えたりしてしまいそうな気がしたんだ。そうして、誰かの心を救ってしまいそうな気がしたんだ。
そして今の僕は、彼の名を借りている。ならばこそ、彼のような事をやらなければと思った。
だから、柄でも無い事をやってしまったんだ。
(…きっと、この行動は正しかったな。
なあ、ジャイロ)
僕は、上陸したジョセフ・ジョースターに、照れくさそうな顔で肩を貸している東方仗助を見て、そんな事を思っていた。
⇒to be contenued…