一つだけ先に申し開きをしておきたい。
別に僕は奇天烈な状況に身を置く事を楽しんでいるわけではないし、突飛な事を言って、行う事によって悦びを得てる訳でも無い。
ただ、たまたま。陥ってしまって、説明せざるを得ない現状が突飛なものになってしまっているだけなんだ。と、先んじて言い訳をしておいたところで僕の置かれている現状を説明しよう。
僕は今、『決して振り返ってはいけない小道』に『幽霊』と共にいる。
…事の顛末は漫画家、岸辺露伴。彼に、街角で出逢ったことから始まる。
彼はどうやら幼い頃にその街角の近くで暮らしていたらしい。
まだ例の件において負った傷も癒えていない為、資料の獲得ついでにノスタルジーな気持ちを持とうかと思っていた…らしい。
まあ、そこまでは良かったのだ。
問題は彼が『地図の違い』について言及し始め、関心を抱いた事だ。
たしかに地図は異なっているようだった。店の横にある小道が丸々書いていないんだから…だが問題はそこでは無く、彼が、岸辺露伴が好奇心を抱いてしまったという事実。
彼は好奇心、関心を一度抱くと暴走するきらいがある。
実際に被害を受けた身としては、もし彼がまた暴走したら…と、彼に付いていかない訳には行かなかったのだ。
という事で僕は露伴と共にその地図に書かれていない小道に入ったのだが、それが悪かった。その道から出られなくなった。
そして、終いには『幽霊』と来た。
…まるで安っぽいスナッフ・ビデオのように少女の姿をしているのが一人、そしてその愛犬が一匹。
捨て去った『過去』が形をとり、襲ってくる…そんな『スタンド』と過去に闘った事があるが、そんなものとはまた明確に異なる本物の幽霊。
未練から留まる、ゴーストに僕らは出くわしてしまったのだ。
ただ(本当に!)ありがたい事にその少女の幽霊は害意がある訳では無いようだった。
むしろ彼女…『杉本鈴美』と名乗った…僕らをこの小道から出してくれるのだという。
(申し出る様子もそこには悪意は無いようであり、彼女は善良だったのだと分かる)
…その道案内の途中。出し抜けに彼女はこの小道に留まる理由を。彼女の未練をぼくたちに説明し始めた。
「…15年前。あたし達が殺された時の『犯人』…まだ捕まっていないのよ。この杜王町の何処かにいるわ」
この街に潜む殺人鬼。殺された彼女。
…その殺人が未だに続けられている事を。
「貴方達生きてる人間が町の誇りと平和を取り戻さなければ!一体誰が取り戻すっていうのよッ!」
そしてその話の中で知る事が出来た。
…彼女の中にある、強い正義の意思を。
「…レイミ。僕はその殺人鬼、何とかしてみようと思う」
「!!本当?」
「フン、良い子ぶるなよジョニィ君。
しんどい目にあう事になるぞ」
「良い子ぶってなんか無いさ…僕はどうせ異邦人だからな。この町を守らなければ、何て意識は薄い。…彼女には悪いが」
「…だから僕が申し出たのはそいつに…
殺人鬼に狙われないようにだ」
「ふぅん…専ら狙われているのは女性だって言うぜ?」
「専ら…って事は男も殺されているって事だろう?僕は障害者だからな。しめしめと狙われてしまうかもしれない。だからこの手で先に…」
「ハ、つくづく物騒だな君は。どちらにせよそういった事は一人でやってくれ。こちとら一応全国の少年に夢を与えている身でね」
「……」
「…でも『犯人』を追って取材をするのもいあかもしれないな。面白そうな漫画が描けるかもしれん」
「…!!」
露伴がそう言うと、曇った表情を浮かべていた杉本鈴美はようやく笑顔を見せた。これから困難な事があるかもしれないが、出来る限り彼女には笑顔でいてほしい。
何故だか、柄にも無くそんな事を思った。
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「さて…あたしを殺した『犯人』の話はおいといて…いよいよこの先に出口があるわ」
いよいよ僕らはこの道…あの世とこの世の狭間から現世に戻らなければいけない。
その為の道は鈴美から教えてもらい、到着する事が出来た。
てっきり僕は道案内はそこまでと思ったのだが、どうやら彼女は出口まで付き合ってくれるらしい。
そうして僕らは三人で出口の麓にまで来た。
「!あそこか!…良かった。
ひょっとしたら此処から出られないかもなんて思ったよ」
「慌てないで、ジョニィ君!あの『ポスト』から先を通るには一つ、ちょいとしたルールがあるの」
「…『ルール』?」
固まってしまった僕の代わりに、露伴が訝しげに問う。問われた鈴美は一言、言う。
「あのポストを超えたらすぐ先に出口があるわ。…そこまでは何が起ころうと『決して振り向かない』と約束して。」
何故、という理屈は通じない。
太陽が東から昇り西に沈む。
一日は24時間。
そんな、『決まって』いる物事の内の一つ。それが『振り向いてはいけない』という事だというのだ。
(……)
ゴクリ、と生唾を飲む音が響く。
露伴のものかは分からない。自分の心音で聞こえなかったからだ。
…だが、怖くともここで止まる訳には行かない。
急に心細くなりながらも、露伴は一歩。
僕は一漕ぎでポストを超えた。
異変は、すぐに起きる。
「…ッ!な、何かが僕の近くを通り抜けていった!
僕をかすめていったぞ!」
「振り向いちゃダメよ。ゆっくりと…落ち着いて歩いて!」
…ひたり、ひたりと何かが僕らを付けてくる。耳元にかかる荒い息が、そこにある『何か』の存在を証明している。
(…落ち着け。気をしっかり持て。
振り向かなければいいんだ。これは、全部まやかしなんだ…ッ)
そう考えている僕の首筋に何か生暖かい液体がかかる…更に荒くなった息とともに。『何か』がさっきより近づいているのだという、その事実に全身が粟立つ。
「…ッ!」
…僕は堪らなくなり、できる限りの力で車椅子を漕いだ!全速力で、少し先の出口に向けて、光に向かって!
「!あわてないでッ!転ばされるわよ!」
その声は既に耳に届いていなかった。
考えている事はただの一つ。
(僕はこんな所でこんな道なんぞに囚われている訳には行かないんだ)
僕は…
ジョニィ・ジョースターは!
『ジョニィ…こっちだ。
俺は、こっちに進むぜ』
「…え」
「ッ!?ジョニィくん!?」
気がつけば、振り向いていた。
振り返らずには居られない、という訳では無い。その声を聞き、考えるより先に身体が反応してしまったのだ。
何故ならその声は…
そして、その手は…!!
「…あ、ああ!
…!わあああああッ!!」
僕の驚愕の叫び声は、
ほんのコンマ数秒でゲドゲドの恐怖の悲鳴に変わる。
手が、襲ってくる。
無数の、無機質な、無情な、長く白い腕。
手が、僕を此岸と彼岸の合間から『あちら』に持って行こうとする。
四肢を、身体の全てを掴んでいく!
「フン!何だか知らないが…
見なきゃあいいんだろ?僕と一緒で良かったな」
ふと、停電でもしたかのように何も見えなくなった。手、どころでは無い。それこそ視覚情報が何も無くなるくらいの完全な暗闇。
それが、露伴の『天国の扉』によるものだと分かるのは、そのまま身体が背後に吹っ飛んでいった後の事だった。
「…ッ!ハァーッ、ハァーッ…!!」
「落ち着けよ。すぐ見えるように書き込む」
目が見えるように『書き込』まれて気付いた時には小道に入る前にある店頭だった。そこに、小道は無い。
『あたしたちずっと、ここにいるわ…
犯人が捕まるまで…」
『何か聞きたい事がある時はいつでもここに来てね。
露伴ちゃんに、ジョニィくん…』
声がした方向には鈴美が、身体の輪郭をぼやけさせながら佇んでいた。その輪郭は、話し終えると同時に空気と同化し、見えなくなっていった。
「杉本鈴美、か。あの幽霊の生き方には尊敬するものがある。生きてる人間のためにたった一人で15年も闘っていたとはな…」
「……」
「…おいおい、随分と無口になったな。
幽霊に会ったなんていう体験にショックを受けたのか?」
…あまり無駄口を叩ける気分では無かった僕は、ただその憎まれ口を無視していた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−–
「…僕は。
ここは僕のいた時よりも未来の世界なんじゃあないかと考えていた」
「へえ…成る程?」
「きっと、それ自体は正しいんだと思う。
ニューヨークやアメリカとかの地名はそのまんまだから…だけど」
そこで、言葉を切る。その先を言葉に出来なかったのだ。だから代わりに、目の前にいる漫画家に問いた。
「…どうだった?」
「ああ。君の予想通りだ。…ジョースターなんて苗字は結構ありふれている。だから絶対に、とは言えないが…」
「…『ジョッキーの家系の』
『ジョナサン・ジョースター』という男は…
『この世界のどこにも居ない』。」
…最悪の予想が、現実になってしまった。卒倒しなかったのは、これまでの経験で精神が強靭になっていたからだろうか。
この僕…『ジョニィ・ジョースター』は、あの、SBRの行われていた世界から遥かな未来に飛んだのだと思っていた。
あまりにも様変わりしていたから、この世界を別の世界と勘違いしてしまったのだ、と。そう考えていたのだ。
だが、そうでは無い。
そうでは無いと、事実が告げている。
「…つまり、僕が元々居た世界は。明確にこことは異なる世界…って事になる、な」
「フン、まるで三流のSF小説だな。
…だがそうとしか考えられないみたいだ」
…僕は、あの小道での出来事を思い返していた。
(『ジョニィ…こっちだ。』)
声に反応して、振り返った時に見たものは腕のみだった。
手というのは場合によっては顔よりも見る機会が多い部位だ。
ましてや僕は彼に『回転』を教わった。
故に彼の手を飽きる程見ている。
何が言いたいのかというと、あの手の中に『彼』のものは無かった。
…当たり前の事かもしれないが。
ではならば、あの声は何なのか?
僕を誘き寄せる為のただの罠?
…それとも。
「…なあ、露伴…」
「何だい」
「…僕は。あそこで『連れていかれる』べきだったんじゃあないか?」
…『宿命』はいつか追いついてくる。
気づかないうちに取り囲んで。
小道のあの『声』は…この世界に…杜王町に一つ入り込んだ僕を取り除こうとする、正しい行動だったんじゃあないんだろうか。あの声は、この世界には居ない彼の、思念の様な物だったのでは無いのだろうか。
じゃあ、取り除かれるべき…あそこで振り向くべきだった僕は何なんだ?
…僕こそが、幽霊なんじゃあないのか?
…怖い。
僕は今、何よりも自分自身が恐ろしい。
「さあね。そんな事は僕にとってどうでもいい。
僕にとって大事なのは…」
「『それが漫画のネタになるかどうか』か。
…全く、見上げた漫画家魂だな」
「そいつはどうも」
岸辺露伴は座ったまま動かない。
ただ、興味無さげに何かのスケッチをしている。僕のその仮説は彼のその脳髄の震わすような話では無かったという事だろう。
がっかりした反面、それを…僕が消えるべきという事を否定された気がして、少し嬉しくなった。
「…ああ、そうだ。話は変わるけど。
ちょっとした余談がある」
「?何だい。『読む』かい?」
「いや、世間話さ。
…今、この町にはジョースターという姓を持つ人がいるだろ」
「ああ、ジョセフさんだったな。偶然の一致って話だったが…」
「君の苗字を調べている内に気になって、片手間に調べてみたんだが…あのジョセフの祖父の名前…『ジョナサン・ジョースター』というらしい」
「…!!」
「面白いと思わないかい?」
「…何が言いたいんだ?」
「言っただろう、世間話だよ。ただの、ね」
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空条承太郎は調査の結果を手元に考える。
『ツェペリ』という姓。
あまりありふれたものではない、寧ろ珍しいものの筈だ。それでも自分は何度も聞かされた事がある。自分の祖父に。彼の戦友だと。
…亡くなった、戦友だと。
(じじいは、子供も居ないと言っていた。
その為に、家系は潰えてしまったと…)
『ツェペリ』は既に存在しない。
この世にはもはや無い姓なのだ。
問題はそこなのだ。現在、彼の近くに『ツェペリ』姓が一人いる。
(…『ジャイロ・ツェペリ』)
下半身不随の、車椅子の青年。
記憶を無くした身元不明の…
…ただの偶然という可能性もあるだろう。
だが、そうは思えなかった。
(あれは偽名…それは確かだが。それよりも考えるべき事は『ツェペリ』を知っている上で名乗っているという事についてだ)
何故、知っているのか?
何故、それを名乗るのか?
問えば答えるだろうか。
偽名を使っているような男が?
本当は疑いたくなどは無い。
…だが、やらねばならない。
「…やれやれだ」
空条承太郎は一つ、溜息をついた。
⇒to be contenued…