魔女の旅々、私の旅   作:緋色鈴

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-10- 灰色と灰色の思い出

数分は経ったでしょうか、それは戦いというよりは作業になりつつありました。

私が押し切るのか、魔物の方が私の内に眠る心の傷を致命的に抉る姿を引き当てるかという意味ではまだ勝負かもしれませんが、そちらの結末についてはどうやら望み薄のようでした。

それは、魔物が化ける姿に限界が見えてきたからです。

 

「だんだんネタ切れになってきてませんか」

 

とうとう首を吊っても死なない少女が首を吊ったまま現れたので、呆れた私はつい手を止めてそんなことをぼやいていました。多分まだ生きてますよ、その人。

 

「なんですかあれ」

「御存知ないですか」

「御存知ないですね」

 

やはり、短髪の私とは辿ってきた旅路が少し違うのでしょう。

時折よく分からない人物が混じり始めたせいか、どんな境遇をしてきたんだとばかりに目を細める短髪の私は、どちらかというと私の方に呆れているようでした。

 

「ところで、これどうやったら終わると思います?」

「さあ・・・」

 

縄を切って救出してみると少女の偽物は落下しながら消えてしまい、再びぼんやりと姿を変え始めます。

このまま魔力切れでは最悪というか、あまりに興ざめですね。

短髪の私も少々うんざりとした顔をしていました。

 

「相手もそう思っているんじゃないですか」

「魔物がですか?」

「ええまあ、貴方がこうも冷酷だと向こうも面白くないんじゃないかと」

「貴方に言われたくないです」

 

別に好きで知人の姿をしたものを吹き飛ばしていたわけではありません。

それに動揺するなどしてうっかり隙を見せれば、殺されるとまではいかなくとも、大変不愉快な思いをさせられることは目に見えていたからです。

努めて無感情でいなければ、魔物がそこにつけ込んでくるだろうことは容易に想像できる、というより被害者が既に二人ほど傍にいましたので、あくまで対処法としてそうしていただけです。

私が憮然として言うと、短髪の私はさもありなんとばかりに肩をすくめてみせるだけでした。なんですか腹立たしい。

貴方だって何人もの自分自身を容赦なく攻撃したことあるじゃないですか。ある意味よっぽど上級者です。

 

しかし、ぐにゃぐにゃと魔物が形を探す時間も今回は少し長いようなので、彼女の言う事も正しいのかもしれません。

特定の体というものがなさそうな以上、何を当てても無駄なのかと思い始めていましたが、扱える魔力にも限界があるのでしょうか。

それなら、この辺りでそろそろ決着とさせてほしいところです。

 

「あれがそういう魔物だと分かったのならもう大丈夫ですよね?貴方も手伝ってもらえま・・・」

そう言いかけたところで、現れた姿に私はつい、言葉を途切れさせました。

そしてしばしの沈黙の後、魔物に対して少々落胆し始めていた認識を改めることにしました。

 

「なるほど、それは・・・考えましたね」

 

若干抜けていた気が自然と引き締まるのを感じ、私は杖を構えなおします。

今度の相手は、これまでとは少々毛色が違っていたのです。

後ろの方で、少女の驚きの声が上がります。

 

「あれっ、えっ、三人目のイレイナさん・・・?!」

 

目の前にいたのは、確かに私とよく似た女性でした。

灰色の長い髪に黒い三角帽子。胸には星形のブローチ。

しかし不自然に表情の抜け落ちたその姿は私たちよりも若干背が高く、より大人びて見えます。

そしてなにより私とも、彼女とも、そして本人とも明らかに異なる雰囲気を纏っていました。

 

「いえ、あれは違います」

短髪の私が、私と同様に緊張の面持ちで言いました。

 

「あれは・・・大魔女、ニケです」

 

 

 

 

フラン先生が私の記憶通りの攻撃しかしてこなかったように、魔物は私の認識に沿った力を持ち合わせるようです。

そしてもし、未知数の力までも私の想像を映すのならば、魔女ニケというのは確かに有効な姿と言えるでしょう。

なぜなら私は、純粋に戦ったらその人には勝てないだろう、と思ってしまっているのです。

 

「勝てないと思う相手には勝てない、ですか」

 

私はあいにくと死んでしまった経験はないので、過去に相対した人物ではそのイメージに直結しませんでした。

ですが想像上の産物であれば、もしかしたら、という不安が紛れ込むこともあるでしょう。

 

「実際はどうなのか私にも分からないのが、逆にあなたには有利に働くというわけですね」

 

勝てるイメージが湧いてこない。それは相対した人物の心を写し取る魔物にとって勝算足り得るのでしょう。

私は嘆息してから、しかしこの口端に笑みを浮かべました。

 

「ですが、有効打を探すあまりに本質から外れましたね。今度こそ倒せそうです」

 

その姿は確かに強大な魔力を感じさせますが、どうにも私に向ける感情が薄いように思えたのです。

フラン先生とは実際に手合わせをした経験があり、ある時は確かに「死ぬかも」と思いもしたために、さほど違和感はありませんでした。

しかし先生と違って、その人が戦っているところなど一度も見たことはなく、私に杖を向けるところなど想像すらできません。

それゆえかその顔はどうにもしかめっ面止まりで、これまでは多少感じられていた害意や敵意というものがありません。

その表情はせいぜい、()()()()()()()()()()()()のような顔。

戦ったら強いかもしれませんが、死への恐れを突きつけてくる魔物、という姿からは少しかけ離れてしまっているように感じられました。

これなら、短髪の私と対面していた魔女の方がよほど恐ろしげでした。

そんなどっちつかずの状態になってしまった魔物に、改めて杖を向けます。

 

「それに、勝てないような気がするのは、貴方が本物で、私が一人だった場合の話」

そしてそれと同時に、もう一本の杖がその横に並びます。

「今『私』は一人ではありませんから」

 

不敵な笑みを浮かべてみれば、隣には全く同じ顔が並んでいました。

 

 

 

 

その戦いで分かったことと言えば、その姿で「きゃあ」とか「あーれぇー」とか言いながら一々倒れられると思いのほかイラッとくることぐらいでした。

私の幼少期の記憶通りとはいえ、そんなところだけ忠実に再現しなくても。

あと、短髪の私は相変わらず氷を使った魔法が大好きのようでした。

ともかく結果は、私たちの勝利に終わりました。

魔法の撃ち合いこそ激しく派手で、なるほど流石と思える強大な魔法の数々ではありましたが、それもまた、私が想像する範囲内でしか実現できない程度に留まるようで。

もし本人なら実は出来るのかもしれない謎の大魔術、みたいな技が披露されることはありませんでした。

そして想像がつくということは予測もできるということで、対処法が浮かぶならば大抵のことは出来てしまうのがこの私の実力です。

そんな私たち二人の力を束ねれば、さして苦労することはありませんでした。

あるいはそう確信していたからこそ、その通りの結果になったというべきでしょうか。

そして、見た目に物理的な損傷はなくとも、実のところ随分と無茶をしていたのでしょう。

散々私の記憶を読み漁ってくれたその魔物は力尽き倒れるとともにその形を崩れさせ、今度こそ何の姿にもなることなく、景色に溶けるようにして儚く霧散していきました。

 

 

 

 

「ふう・・・ようやく終わりましたね」

額に僅かに滲んだ汗を拭いながら、私はそう呟きました。

戦いのさなか、二人の息はぴったりと合っていました。

私が危なくなれば氷の壁がそれを阻み、彼女が氷の槍を放てば私がそれを巨大化させて飛ばしたりと、何の打ち合わせもなく高度な連携が取れていました。

流石は私同士というべきでしょうか。

あまり戦い慣れしているというわけではありませんが、こうもうまくいくと気持ちがよいものです。

それゆえ私は互いの健闘を称えるべく横を向いた時、割といい笑顔を浮かべていたと思います。

ところが彼女はといえば、なんだか気まずそうに顔を背けて地面を睨みつけていました。

はてどうしたのでしょう。

 

「・・・べつに」

と、短髪の私が口を開きました。

そして紡がれたのは、次のような台詞でした。

「べつに、助けてくれと頼んだ覚えはありませんから」

「・・・・・・」

 

絶句です。

なんですか?ツンデレの私に改名でもしたんですか?

何をかいわんや、そんな私の反応に気づき、彼女はいっそ敵対的とまで言える表情でこちらを睨みつけてきました。

自分の顔だというのに、なんだか懐かしい顔です。

あの時も、これぐらい魔力を使い切った戦いの後でしたね。

 

「というか、何故ここにいるんですか」

「それはこちらの台詞です」

「こ・・・ここは私の現実です。部外者は貴方じゃないですか」

 

話題を強引に逸らした彼女は、どこか勢い任せに喋っていました。

自分のことなので分かります。照れ隠しです。

お礼を言いたい気もするけれど、少々腑に落ちない。そんな葛藤はもっと知られたくない。

その手の足掻きというのはバレるとさらに恥ずかしいですし、分かってしまった方もつい共感してしまいますよね。

 

「私も別に夢を見ているつもりはありませんよ」

「じゃ、じゃあ、むしろ貴方も魔物だったりしませんか」

「誰が魔物ですか」

 

ぺち、と杖の先端で頬を軽く叩いてやりました。

内心無理な誤魔化しと自身でも思っていたのか、それを甘んじて受けた後は大人しくなる短髪の私。

 

「・・・」

「馬鹿なこと言ってないで、彼女のところへ戻りましょう」

「・・・・・・そうですね」

 

渋々私に従う私。

そんな奇妙な状況に少しこそばゆい感覚を覚えながらも、私たちは横に並んで歩きだしました。

気づけば周囲は穴だらけで、山肌は見るも無残にそこかしこが砕けていました。その様は、三人の魔法がどれほど激しかったのかを物語っています。

そして、私たちによって周囲がそうなることは経験済みでしたので、私たちは一般人である彼女を巻き込まないように、戦いながら、かなり離れた場所まで移動していました。

大きな亀裂が入ってしまっている部分を見つけては元に戻す魔法をかけながら、私たちは歩いていきます。

正直魔力も尽きかけていてしんどいのですが、これが原因で土砂崩れでも起きては寝覚めが悪いというものです。

そしてようやく見覚えのある地形になってきたところで、佇んでいたオレンジ色の少女が大きく手を振っているのが見えたのでした。

 

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