魔女の旅々、私の旅   作:緋色鈴

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-11- 現にて積もる話も

「イ、イレイナさん・・・無事だったのね!よかった、よかったぁ・・・!」

 

心配で居ても立っても居られないという様子だった彼女は、それでも涙目で待っていました。

私たちの姿を見るや感極まったのか破顔して、駆け寄ってきたままの勢いで短髪の私の方に抱き着いていました。

複雑な感情が湧きましたが、とりあえず髪型が違うおかげで間違われずに済んで良かった、と前向きに納得しておくことにします。

抱き着かれた短髪の私の方は一瞬硬直しつつも、生まれてこの方見たこともない優しげな表情でぽんぽんとその背中を叩いてから、やんわりと引き離しています。もやもや。

 

「心配をお掛けしました・・・でも、もう少し気楽に待ってくれていても良かったんですよ」

「いやなんか、山の向こうですっごい爆発してたし・・・でもホントに凄いんだね、イレイナさんと・・・」

 

オレンジ少女は言いながらこちらを見ました。

その顔は当惑そのもの。

無理もないですが、しかし、おずおずと窺うように問いかけてきた彼女の言葉は次のようなものでした。

 

「それと・・・えっと・・・イレイナ、さん、の・・・妹さん?」

 

待ってください何故私の方が妹と思われたのでしょうか双子と間違うのはいいとしても髪の長さ以外にどこで判断したのでしょうかどこをどう見ても大人びて見えるのは私の方ではないでしょうか。

解せません。

短髪の私が一瞬だけ微妙に勝ち誇った顔をしたのが何より癇に障りました。助けたのにこの仕打ちは一体何事か。

 

「イレイナです。灰の魔女です」

 

憤慨しながらそう自己紹介すると、失礼な少女は「え?ええ?」と頭の上にたくさんの疑問符を浮かべておいででした。

私たちですら状況を掴みかねているのですから、理解できなくて当然ではあります。

実際に真相はややこしさ極まるものですし、ぶっちゃけ説明するのも面倒臭いですね。

 

「オレンジさんには後で貴方から説明して下さい」

「・・・はあ、まあそう言うと思いましたけど」

「・・・・・・オレンジさんて私のこと?・・・え、イレイナさんもなんで今ので伝わったの?」

 

戸惑うばかりのオレンジ少女をさて置いて。

私は現状整理のためにも、無慈悲に話を進めることにしました。

別に、妹扱いに機嫌を損ねたわけではありません。

ありませんとも。

 

 

「それで、魔物らしきものはこれで倒したと言っていいでしょうね」

「・・・貴方が魔物でなければ、ですけどね」

まだいいますか。

びくりとオレンジさんが身体を引いていたので、溜息をついてしまいました。

 

「・・・アレはこんなに感情豊かに喋れませんし、魔女が操れるような代物でもないはずですよ」

「・・・・・・何か知っているような言い方ですね」

 

探るような眼を向けてくる短髪の私に、ひらひらと手を振ってなんでもないと示しながら私はその場を仕切ります。

 

「追々話しますよ。ともかく、私の目的は達せられました。こんな寒いところからはとっとと下山したいです。オレンジさんたちは此処でまだ何かすることがありますか?」

「カエデです」

オレンジさん改めカエデさんはちょっと不貞腐れたような顔をしてそう言ったあと、私の問いには首を振ってみせました。

 

「ううん、もう大丈夫」

「・・・カエデさん」

 

短髪の私が、憂いのある顔でその名を呼びます。

僅かに俯いていたカエデさんが顔を上げたとき、そこには明るい笑みが浮かんでいました。

 

「あれは違ったけど・・・でもおかげで、気持ちに整理がついたと思う。だから・・・もういいの!」

「・・・」

 

まだ短髪の私はなにか言いたげでしたが、殊更になんでもないことのように振る舞う、カエデさんの雰囲気がそれを許しません。

きっとそれが一番なのでしょうと私も感じたために、今度は人並みの気遣いをもって、あえてその話を切り上げることにしました。

 

「ではさっそく山を降りましょう。と言いたいところですが、一つ問題があります」

「?」

 

カエデさんが首を傾げ、短髪の私は気まずそうに眼を逸らしていました。

彼女もまた、それに気がついていたのです。

私は酷な事を告げました。

 

「魔力が尽きました。帰り道は徒歩です」

「えっ・・・・・・ええぇーーーっっ!!」

 

 

 

 

というのは冗談で。

一度休憩して、魔力が充分回復してからほうきで飛んで降りましょう、という話になりました。

魔力が尽きたというのは本当でしたが、木々が少ないのにここは魔力に満ちていて、少し休むだけでも下山には事足りる程度には回復できる見込みでした。

休むにあたって流石に寒いので焚火でも、と提案したところ、カエデさんは「燃えるもの探してくる!」と叫んで、少し下の枯れ木が転がっていたところまで戻っていきました。

そこまで元気なら歩いて降りても良さそうでしたが。

どうやら少しでも役に立ちたい、という気持ちが働いたようでした。

 

「・・・」

 

自然とその場には、休むことを強いられた魔女二人が残されます。

そして、私はそうでもありませんでしたが、彼女はいくつも聞きたいことがあったようで。

平たい岩を見つけてそれぞれ腰かけ、しばらくの沈黙があった後のことです。

短髪の彼女は、慎重にこちらを窺うような素振りを見せながら、ゆっくりと口を開いていました。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「・・・これから貴方のことは何と呼べばいいですか」

 

私がまず訊いたのは、たいして重要ではないものの、便宜上どうしても不可欠な内容の問いでした。

こうして隣に座ってみても、彼女が偽者や幻の類ではなく、本物の「私」であることは分かりました。

となれば次に問題となるのはやはり、どちらも灰の魔女イレイナである、という点です。

かつて一度だけお互いをその名で呼んだことはありますが、それに言い慣れるとは思えません。

カエデさんにも呼び分けてもらわなければ、この先混乱がついて回るのは自明の理でした。

 

彼女はめんどくさそうに言います。

 

「アレでいいんじゃないですか?あなたは短髪の私。私は」

「それが嫌なんですよ」

 

それを遮り、先んじて意思を表明しました。

主人公の私、だとか彼女は呼ばれていたはずです。

ですが、それを認めてしまうのは己のプライドが許しませんでした。

ここは私にとって紛れもなく私の現実なのですから、そこは譲れません。

 

「・・・では、貴方からは何か案がありますか?」

「私じゃない私、と呼びます」

「それなら私はあなたを、私じゃない私じゃない私、と呼びますね」

「なんですか嫌がらせですか」

「嫌がらせです」

 

口の減らない人で、性格の悪い人でした。

とても私と同じとは思えません。

もう性悪の私でいいんじゃないでしょうか。

 

「普通の私、とかでいいですよ。無個性らしいですし」

「・・・それも私が異常みたいで凄く嫌なんですけど・・・」

「めんどくさい私ですねぇ」

「やめてくださいこれ以上変な呼び方をするのは」

 

当初は粗暴な私とか呼ばれていたそうなので、それなら短髪が一番穏当だと私の場合は納得しているのです。

どうにも話が進まない、と苛立つ気持ちを落ち着けるべく自分の髪をつまんで弄っていると、髪を切られていない普通の私・・・つまり、ただの私がこちらを見ていました。

岩に預けていた身体を起こし、彼女は「そういえば、私からも一つ」と断ってから質問を投げかけてきました。

 

「そういえばその髪型はどうしたんですか?確かお別れした時には、まず髪を取り戻すと仰っていた気がするんですが」

 

嗚呼、訊いてしまいましたね。

一転、私は暗く、悪い笑みを浮かべました。

それは私の髪が元は長く、そして切られたままである理由を知る人間、つまり彼女にしか理解されない話題です。

そしてそれはある意味、灰の魔女に限っては、世の中知らない方がいい悲劇もあるという話の最たるものです。

 

「聞きますか。私が見つけたとき、既にとある好事家に買われてしまっていた私の髪がどのような状態」

「あっ、ごめんなさいなんでもないです絶対に続きを口にしないでください」

 

彼女は一瞬にして血の気の引いた表情で顔をぷるぷると振っていて、さらには両手で自分の肩をさすり、最後には自分の髪を心配そうにしきりに撫でつけていました。

ふふふ、想像してしまったようですね。ちょっといい気味でした。

現実も大体その想像の通りだったというのが、何より悲しい私の過去の一幕ではありましたが。

 

閑話休題。

 

「それで、実際どうして此処にいるんですか」

「・・・それについては本当に偶然・・・正直言って奇跡の類ですよ。ここに、まさか本当にそこまでの力があるとは思いませんでしたし」

ただの私はそんなことを言いました。

前例があるとはいえそれは夢の中。まず有り得ないこの邂逅は、この山の力が為せる業だということだそうです。

と、彼女の口ぶりに私は気になるものがありました。

 

「まさかそこまで」

繰り返すと、ただの私は「む」と唸りました。

口が滑ったとでも言いたげな顔で一旦閉口してから、溜息交じりに話し始めます。

それは、私よりも少しだけ内情を知るという、この国とこの山についての話でした。

 

「ここでは出会えない筈の人に会える。その話は聞きましたか」

「はい」

「では、この国の最初の王様がこの山に登ったという話は」

「なにやら偉大な力を貰ったとか」

「その力というのがですね、もともとこの山に住んでいた魔物だか悪魔だか、そういう存在からもらった魔法なんだそうですよ」

 

すらすらと言ってのけた彼女の言葉の意味を理解するのに、私はそれを何度か頭の中で転がす必要がありました。

 

「魔法ですか」

「はい」

 

頷いて、ただの私は続きを口にします。

 

「そしてそれこそが、己の国で人々が惹かれ合い巡り会うようにと、この地域一帯の因果を少しだけ弄る、まじないのようなもの・・・で、この山のてっぺんがその中心です」

 

はあ、と若干飲み込めないままに私は頷きます。

つくづく、悪魔に縁がある私たちですね。

そんなことを思っていました。

 

「以来ここには人が集まり、結果として不思議と幸せを掴む国になりました。つまりこの出会いは、大金でも不老不死でもなく、他人の幸福という観点から国の繁栄を望んだお人好しの王様と、そんな望みが存外気に入ってしまった悪魔の仕業ということです」

 

したり顔で話すただの私は、私とはこの国に関する知識量がまるで異なっているようでした。

 

「・・・なぜそんなことまで知っているんですか?」

「詳しい人から聞いたので」

 

悪戯っぽく微笑んだただの私に、ははあ、と私は再び気のない返事をしてしまいました。

人を煙に巻くのが好きであることはよく知っているので、彼女の言い分をどこまで本気にして良いのかも分かりません。

御伽噺がそのまま現実に降って湧いたような非現実感に、若干ついていけなくなりつつありました。

ただこの山の途中でカエデさんに「そんな魔法はない」と言い放ったばかりなのに、あるいはそれを上回りかねない力が働いているのだと言われてしまうと、少々ばつの悪い思いです。

 

「・・・では、あの魔物がそれだったんでしょうか?」

と、それが最後の疑問です。

 

すると、ただの私は「いえ、あれは・・・」と少々言葉を濁しました。

彼女はどう言っていいものか迷うような素振りを見せたあと、そこばかりは自信なさげに、訥々と語り始めます。

曰く、あれは意図せず発生してしまった、まじないの副産物ではないかという話でした。

 

「魔物、と呼ばれていましたが・・・実際のところ、あれは実体のない何かでしたよね」

「・・・そのようですね」

 

記憶を読み、言葉を発し、魔法さえも振るう異形ではありましたが、あれに確固とした意思があるようには見えませんでした。

跡形もなく消え去ってしまった今では、魔物、化物というよりかは、幻や、まやかしに近いもののように思いました。

 

「これも聞いた話ですが・・・この山にあるまじないとやらも、今まで感じ取れるだけの力が残っているのが不思議なんだそうです。それこそ、なんらかの不具合が起きてもおかしくはないぐらいに」

 

当人がその場を離れてなお何十年も効果を発揮する魔法というだけでも、まず一介の魔女、というより人間が真似できる類の規模ではありません。

しかもそれが因果だとか運命だとか、そういった曖昧な概念的なものに手を加えようというものならば尚更です。

故にそんなことをすれば、時として例外を生んでしまう可能性の有無にも、容易に想像がつきます。

まじないは、呪い、とも書きます。

呪いの中心、すなわちこの山の頂上には、そうして出会いを呼び寄せ続けた力の反動・・・負債のようなものが蓄積していたのではないか、とただの私は言いました。

 

「幸福を呼ぶ因果の変転、その逆・・・再会を望む人を逆に不幸に陥れる、歪みや、澱が固まったようなものと言えば、近いんだと思いますよ」

「・・・」

 

まあこれも受け売りですが、などと言いながら、ただの私は何ということもないように言ってのけました。

当人に死を想起させ誘う、過去の残響。

なるほどそれは、因果などという大それたものを捻じ曲げた代償としては、仰々しくも相応しいものかもしれません。

想定の内だったのかは兎も角、現れるのがこのような山中でなければもっと大事になっていたことでしょう。

つまりは結局、魔物と呼ばれていたものと、この国の成り立ちと、この山の噂はすべて同じ根っこから伸びていた上に、すべて真実だという話でした。

嘘でも、与太話でも、それらを利用してなにかを画策していた魔女の仕業、ということでもなく。

 

 

 

 

「・・・訊いていい事かどうか分かりませんが」

黙っていた私の様子を窺ってか、どうなのか。

ただの私が、私に感情を読ませない表情を向けて、問いかけてきました。

 

「助けて、良かったですか?」

「・・・・・・」

 

悔しいことに、彼女は私で、なんでもお見通しのようでした。

魔物の正体らしいという呪いの話を聞いて、それが見せた姿を、私は思い出してしまっていました。

己が抱くイメージとして、ある意味で最も強い形で現れた、一人の魔女の姿です。

 

私はあの瞬間、心のどこかで、自身の生を諦めてしまっていました。

ずっと抱えていた後悔を、自らを戒めていたものをここで清算できるならと、抗うことをやめていました。

それは魔物のせいということもあるでしょう。

しかし、あくまでその状況が私の記憶から生まれたものならば、それは私自身が望んだ姿でもあったのです。

もはや決して出会うことのできない人に、たとえ理不尽であろうとも私を恨み、憎み、私の罪を断じてもらうことを。

 

記憶を失っていないエステルさんに再会することを。

 

・・・もしいつか本当のエステルさんに出会ったら、私は何を想い、何を願うのでしょうか。

ふとそんな疑問が浮かびました。

かつて、私以外の私が辿ってきた様々な可能性を目にして、少し救われた気持ちになったことは否定しません。

しかしそれは同時に、私自身の過去からは目を背けているのだと、あの幻に言われたような気がしました。

 

今、この私が()になる最大の分岐点であったあの結末に、本当の意味で向き合う日が来たのだと思いました。

 

「・・・・・・過去は取り戻せません」

 

ややあってから、私はそう呟きました。

それもまたカエデさんに言った、私が見てきたことから得た教訓であり。

それは翻って、私自身にも言えることでした。

 

「私の贖罪は、本当のエステルさんに全てを話さないと始まりません・・・己の描いた幻に殺されようなどと、それこそ罪深い逃避です」

 

そして、エステルさんにとっての幸福を願うならば、私はそれを背負ったままでいるべきとも思うのです。

過ちは取り戻せず、既に去ってしまったものです。

過去に背を向けることは出来ませんが、かといって、未来に背を向けたままでもいられません。

ならば、私はこうしてここにいることこそが、せめてもの償いなのかもしれません。

 

・・・エステルさんの物語に、もう私はいないのですから。

 

「・・・・・・そうかもしれませんね」

ただの私が口にしたそれは、肯定でも否定でもない曖昧なものでした。

そしてもちろん私は、彼女に賛同して欲しかったわけでも、反対して欲しかったわけでもありません。

彼女が何を感じ、思っているのかは、私自身が何より知っていることです。

つまりは、それが正しい答えなのかは分からない、ということでした。

 

ただ一つ確かなのは、こうして己と向き合っていられるのは、今こうして生きているからだということです。

「だからひとまずは改めて、あなたに感謝しなければなりませんね」

と、ただの私の方を向いた私は、久しぶりに自分の意思で、ごく自然な微笑みを浮かべることが出来たように思いました。

 

「ありがとうございました」

「・・・ど・・・どういたしまして」

 

彼女にありがとうを言うのは二度目です。

どうしたことか、一度目は当たり前のように応じていた彼女の方が、ちょっと狼狽えていました。

 

「それに」

せいぜい冗談めかして、私はこう締めくくります。

 

「心に深い闇を抱えるのは私以外で十分なので」

「・・・・・・それも私たちなんですけどね・・・」

 

それからカエデさんが戻ってくるまで、夢の中で出会った私たち以外の私たちの話題に、思いのほか話は弾むのでした。

この世界でも私たちだけが知っていると書けば大層な、しかし中身はなんの他愛もない世間話で、暗くなりかけた気を晴らすかのように。

 

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