魔女の旅々、私の旅   作:緋色鈴

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-12- 黄昏の峰に雪解けて

「きっとこの山を降りるまでには、お別れですね」

 

充分に魔力を取り戻した私達は帰り支度を始めていました。

そしていざ下山、とほうきを取り出したところでただの私がそんなことを口にしたので、私とカエデさんは顔を見合わせます。

ただの私について一応の説明はしていたものの、流石に飲み込めてはいない様子のカエデさんが遠慮がちに問いかけていました。

 

「えっと、町には戻らないんですか?」

「もちろん行先は一緒ですが・・・おそらく途中で、私はあなた方とは違う場所へ行ってしまうということですよ」

 

カエデさんは「・・・そういうものなんだ・・・」と難しい顔で頷いていました。

やはりよく分かってはいない様子でしたが、私もそれは同様だったので、無理もないことでしょう。

ただ、私たちがいつまでも同じ場所にいられないだろうという事は、なんとなく理解はしていました。

 

私は彼女と向き合って、しばし視線を交わします。

ただの私は悪戯っぽい笑みを口端に浮かべて、

「残念ですか?」

などと口にしました。

「まさか」と笑い飛ばしてみせると、彼女は笑顔のまま言いました。

 

「私は残念です」

 

・・・虚を突かれ、口をつぐんだ私は、それから一つ息を吐いて。

自分に意地を張ってみせるのも馬鹿らしいことに気がついて、肩をすくめ、頷くことにしました。

一度も思わなかったとは言えません。

もし共に旅ができたら、と。

 

「・・・このお別れも二度目ですね」

「そうですね」

首肯の後、ただの私は一度目を閉じてから、名残惜しさを払うように一言付け加えました。

「・・・けれどその気になれば、いつも私たちは出会えますから」

 

それは鏡を見れば、と言っているのでしょう。

しかし、彼女の言葉に、私は素直に応じることはできませんでした。

 

「それはそうかもしれませんが・・・でも」

 

名前も姿も同じ私たちですが、それでも私と彼女は決定的に違っています。

過去に歩んできた道も、その中で抱いた想いも異なっていて、現在もこうして意見を違えるのなら、未来だって違ったものになるはずです。

だから、鏡映しというわけにはいかないと思いました。

私はもう旅する理由すら見失いかけているのに、同じであるはずがないと、そう感じたのです。

ところが、ただの私は私のそんな考えが透けて見えたかのように、首を振ってみせました。

 

「変わりませんよ」

彼女は、呆気にとられた私を面白がるような顔をしながら、その先を続けます。

「・・・確かに、私とあなたは物事の見え方が違うかもしれません。でも、だからこそ、あなたにはあなたの出会いがあると思います。たとえば・・・あなただけがカエデさんに出会ったように」

 

はっとして、思わず私はカエデさんの方を振り向きます。

話が分かっているのかいないのか。

「え、なんか照れる・・・」とカエデさんは恥ずかしげに頬を掻いていました。

そんな様子を眺めてくすりと笑みを零しながら、ただの私は、謡うように語ってみせました。

 

「ここでこうして出会ったように、あなたは私と同じ旅を続けています。良いものと悪いものに関わらず、私とは少し違う出会いを経験しながら・・・そして、そうであるなら、きっと」

 

一度言葉を切ってから、彼女は言いました。

 

「あなたは私と同じ理由で旅を続けている。そうではありませんか」

 

私はその言葉に、どんな表情を浮かべたでしょうか。

私は私であるために、旅をしていたつもりでした。

でもそれはきっと、ほかならぬ「私たち」に憧れていたからだったのかもしれないと、その時気がつきました。

夢の中で出会った、ただの私がまだ真っすぐで、旅先の出会いに期待を抱いていることが、恨めしくて、羨ましかったのです。

自分はもうそのような私でいられないからと、どこか道を外れてしまったように感じて、行先には暗いものばかりを見ていました。

けれど、そんな私にも、そんな私だからこそ巡り会えるものがあって。

それは掛け替えのないものだと、彼女は言ってくれたのです。

エステルさんに出会い、あの結末を迎えたからこそ、私はカエデさんに出会えたのだと。

それなら私がこうして「私」でいることにも、意味があるのだと、そう思えるように。

 

「あなたはもう知っているはずですよ」

 

彼女は微笑みながら、ぽんぽんと、自分のローブのポケットを叩いてみせました。

そこに何があるのかを私は知っています。

自分のローブの、同じポケットの中にも、まったく同じものが入っているからです。

 

「私たちの旅に、あっていけないものなど無いことを」

 

気づけば何度も何度も読み返していた、一冊の本。

そこには私ではない私たちの物語が描かれています。

そしてほかならぬ、私の物語も。

 

「だから・・・またお会いしましょう」

「・・・」

 

私は彼女の言葉にしばし目を閉じて。

今度はゆっくりと、頷き返すことが出来たのでした。

 

「・・・ええ、この先の旅の中で、きっと」

 

 

 

 

登りと同じくカエデさんを同じほうきに乗せ、私達はフェンベル山の上を滑るようにして降りていきました。

すでに日は傾き、空に燃えるような橙色の雲が煌めく黄昏時。

 

そして途中、濃霧のようにかかる雲の中を抜けました。

直後に視界に飛び込んできた夕日の光に一瞬目が眩んだ時のこと。

次に周囲を見回したときには、隣に並んで飛んでいたはずのほうきと、それに乗っていた魔女の姿は、どこにもありませんでした。

 

「・・・行っちゃったね」

 

ちょっと寂しそうに、後ろでカエデさんが呟いたのが聞こえます。

それに頷いて、私も暫くの間、彼女が飛んでいた辺りに目を向けていました。

そしてそのあと、私はカエデさんに言わねばならないことを口にしました。

 

「すみませんでした」

「ふえ?」

 

きょとん、と音が聞こえそうな顔でこちらを向くカエデさん。

私は流れていく景色に目を向けながら、ずっと思っていたことを口にします。

 

「私は・・・あなたを守れていませんでした。偉そうなことを言っておいて、結局自分の方が割り切れていなくて・・・あちらの私がいなければ、どうなっていたか分かりませむ」

ぷに、と突然頬に何かを押し込まれて語尾がおかしなことになりました。

驚いて目を向けると、人差し指を私の横顔に添えて笑うカエデさんがいました。

 

「そんなことないよ。イレイナさんは私を助けてくれたじゃない」

「・・・れすがそれは」

「あっちのイレイナさんが言ってたのといっしょ。私がサクラに会いたいって言った時と、サクラに会えたと思った時のイレイナさん・・・あの時、イレイナさんがいてくれたから、私もこうしていられるんだ」

 

そう言って、ぽん、と胸を叩くカエデさん。

カエデさんのオレンジ色の服が、夕日に照らされる山肌の色に溶けて、眩しいぐらいに輝いて見えました。

 

「だからありがとう、イレイナさん」

 

明るく彼女は笑ってみせます。

それにつられて、私もようやく笑顔を返します。

最初に彼女をほうきに乗せたときよりも、もっと自然に浮かべることのできた微笑みを。

 





※後二話ほどで完結予定になります。
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