結局、王様には「魔物がいました。私が倒しました」という旨だけを告げて、無事に報酬を受け取りました。
「私」が倒したのですから嘘は言っていません。
またその正体について伝え聞いたそのままの事をかいつまんで「山の力は本当だったが、山頂にはその副作用のようなものも起きる」と要約し、原因と再発の可能性について話すと、そんなことまで究明してくれたのかと大変感謝され、報酬に色をつけてくれました。
これも「私」が知っていたことですから嘘は言っていません。
そしてその情報提供者として、ちょうど山を調査してくれていたカエデさんです、と同行していたカエデさんを紹介すると彼女もまた感謝され、無断で山に立ち入ったことは不問とする措置をとってくれるとのことでした。
嘘っぱちでした。
そうして万事つつがなく託された依頼は完了し、私はその翌日、その国を出ることに決めました。
カエデさんにその旨を伝えると、彼女はものすごく残念そうな顔をしながらも「今までちゃんと見ていなかったから、もう少し観光してから帰るよ」とのことでした。
旅は一期一会。あるいはカエデさんもまた、それをいくつも経験してきたのかもしれません。
ただ出発する時は絶対に教えてね、と念押しされたので、しょうがないですね、などと軽口を叩きながらも約束を交わし。
一夜明けてからの今日この日、私達は再度顔を合わせていました。
空気も澄んだ明け方の、黎明とも呼ばれる時間です。
「・・・んんー、いい天気だね!」
「ええ・・・旅立ちにはぴったりです」
背伸びをして気持ちのよさそうな顔のカエデさんに、私は同意を返します。
どこまでも明るく振る舞うカエデさんには、幾度となく励まされたように思います。
そう思えば、次に口をついて出たのはやはり、感謝の言葉でした。
「・・・本当に有難う御座いました、カエデさん」
「ん、なにが?」
本当に何のことかわからない様子だったので、苦笑を返しました。
そんなところに助けられたのだとは、少し恥ずかしくて言えません。
対して私は、彼女に冷たい言葉ばかりを吐いていたような気もします。
そのお詫びか、励まされたお返しか、何かしてあげられることはないかと考えていました。
そこで私は、タイミングを見計らっていた事を口にしました。
「では最後に一つ、占いをしてあげますね」
「ん、うらない?」
きょとんと首をかしげるカエデさんを尻目に、私は鞄を漁ります。
取り出すのも随分と久しぶりな気がする水晶玉をその奥底から発掘しつつ、私は言いました。
「ええ、私はこれでも魔女ですから、得意なんですよ。いつもは金貨一枚ですが」
「えっ、高・・・もうちょっと安くても・・・」
「今回だけ特別に無料です」
「あ、そう、ありがとう・・・?」
突然何を言い出すのかと困惑気味だったカエデさんも、いざ私が占いの素振りを見せると姿勢を正します。
とても真剣な顔をして水晶玉を見つめ続ける私に感化されてか、お告げを待つ信者のような神妙さで黙り、ごくり、と唾を飲み込んでいるようでした。
・・・自分で言っておいてなんですが、今後この手の輩に騙されないか心配ですね。
ともあれ数秒を置き、こほん、と一つ咳払いをして、私はその結果を告げることにしました。
「この道をずーっといった先に喫茶店があります。あなたはそこで運命の人に出会うかもしれません」
「え?・・・ええ~、何それ~」
一瞬の困惑の後、照れくさそうにはにかんで、カエデさんは私の肩を軽くつっついていました。
仰る通り、恋愛に関する占いではありきたりな、紋切り型の文言です。
大抵はその気にさせるために言うような出まかせで、けれども、その気になるためであれば意外と効果がある台詞。
そしてカエデさんもまた、ありがちな冗談の類だと思ったようでした。
「信じるかどうかは貴方次第ですよ、ふふ」
「うわあ、胡散臭い!」
けらけらと笑うカエデさん。
私はパンとコーヒーがとても美味しいお店でしたからと言って、ただ単に、その喫茶店をお勧めしておきました。
それはこの国での思い出の一つとして残せるものでしたし、カエデさんにとってもそれは確かだろうと、そう思えたのです。
「なになに、何笑ってるの、イレイナさん?」
「いいえ、なんでも」
不覚にも、口元が勝手に緩んでしまっていたようです。
口をもにょもにょと動かして表情を整えていると、カエデさんは可笑しそうに言いました。
「イレイナさんが楽しそうに笑うの、初めて見たかも」
「・・・そうでしたか?」
そうでもないはず、と思いかけてから、カエデさんが言ったのはその類の笑顔とは異なるものだと思い至りました。
少々気恥ずかしくて、私は三角帽子を目深に被り、顔を隠します。
帽子の陰で、カエデさんがまたくすくすと笑っているのが分かって、肩をすくめ。
・・・そして、どちらからともなく口を閉じて訪れた静寂に、別れの時がやってきたことを察しました。
「・・・それでは、お別れですね」
最後に目線を合わせ、握手をするつもりで私が手を差し出すと、カエデさんはにこりと笑ってみせます。
おや、と思う間もなく、彼女は手を握る代わりに、小指を伸ばした手を差し出して、こう言いました。
「また会おうね!いつか・・・どこかで!」
その仕草が約束のおまじないであることを、私は知っていました。
それだけで彼女の出身が分かってしまい、覚えた既視感に、これもまた奇妙な縁もあったものだと可笑しくなります。
私も微笑んで頷いてから、いつか同じようにしたように、お互いの小指を絡めて。
「・・・ええ、約束です」
そのままお互いに手を揺らして、子供みたいな仕草に二人とも、もう一度笑い合います。
「それまで覚えていて下さいね?」
「もちろん!・・・もう一人のイレイナさんのこともね?」
む、と小さく口を尖らせかけてから、苦笑混じりに頷きました。
どちらも私なのですから、何も問題はありません。
カエデさんの記憶に残るのは世にも珍しい、
そう思えば、悪い気はしませんでした。
そして私は手を離し、外へと続く門へと足を向けます。
こういう形で国を発つのも少し懐かしい気がしました。
歩きながら暫し、久方ぶりに胸中を巡る感慨に浸っていました。
日記帳にここでの出来事をどう書こうかな、と考えを巡らせる楽しさと。
此処もまたいろんなことがあったな、とそれを見て、いつか振り返る時がくることを想う嬉しさと。
ほんの少しの寂しさと。
「イレイナさん!」
後ろから、朝方の澄んだ空気によく響く声に我に返り、私は振り返りました。
カエデさんが大きく手を振っていて、これまた大きな声でもう一度。
「ホントに・・・本当に、ありがとう!」
まだそんなに離れてもいませんのに、と苦笑して。
ひらひらと手を振り返して、私はカエデさんに最後に微笑みかけ、向き直ります。
そうして私は、霊峰のフェンベルスタという国を後にするのでした。
そして今、私は再び門の前で手続きをしています。
「あ・・・はい、出国手続きですね」
人手が足りないのか。たまたまなのか。
手続きをしてくれたのは入国した時と同じ人でした。
特徴的な魔女姿ゆえか、審査官さんはちょっと身構えながら名前と持ち物等の確認をしていきます。
「はい・・・はい、問題ありません。それでは、お気をつけて・・・」
「はい。有難う御座います」
お辞儀をしてから私が、付け加えるようにもう一言。
「それと」
と、ぎくりと動きを止めて固唾を飲む審査官さん。
その様子と、そこまで警戒させてしまう自分がちょっと可笑しくて、笑みを浮かべながら私は言いました。
「いい国でした」
ほうきに乗って、私はふわりと空へ昇ります。
風になびく髪を押さえながら、最後に一度だけ振り返り、彼女と出会った山の頂上を眺めます。
私は彼女とは違います。
彼女には彼女の出会いがあったのでしょう。それはあの幻が見せた、私の知らない数々の姿がそれを示しています。
されど、その旅路は私とあまり変わらないはずのもの。
その差はきっと、私がこれまで避けてきたから生まれたものであるはずです。
私が知り得ず、そして彼女は触れたかもしれないそれらについて、少しだけ想いを馳せます。
取りこぼしてしまった出会いも、見逃してしまった幸せも、逆に私が関わらなかったことで起きてしまった悲劇もあるのでしょう。
その全てを後悔することはできません。
しかしその分だけ、この先の旅路に希望を見出すことも出来ると教わりました。
あるいはあの時、関わろうともしなかった彼ら彼女たちに、違う場所、違う形で再会することもあるかもしれません。
そんな道筋の交差があったとき、私が私だけの物語を描けるかどうかは、私次第。
ならばこれからは、次もまた、良き出会い、そして良き別れとなるように、まずは手を差し伸べてみましょうと、心から思えました。
私は振り返るのをやめて、行く先の地平線へと視線を向けました。
さて、次はどこへ行きましょうか。
雲一つない青空に、緑の平原がどこまでも広がる世界は、私の軌跡がその上に刻まれるのを待っているようにも思いました。
では次の国では自分から、そんな旅というものを見つけてみせましょう。
彼女に負けないぐらいの、素敵な出会いを探しましょう。
これは黒いローブに三角帽子、胸には星型のブローチをつけた少女の旅路を描く物語。
・・・では、その続きをこれからも綴っていく、灰の魔女という名のその物語の主人公とは、一体誰か。
そう、私です。