魔女の旅々、私の旅   作:緋色鈴

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-13i- 霞みて去にし雁の音は

私はフェンベル山を降りたその足で、一軒の喫茶店に足を運んでいました。

そこで、私に魔物退治を依頼した人物が待っている約束だったのです。

ドアを開ければ、ちりりんと小気味良い鈴の音が鳴ります。

店主に軽く会釈してから店内を見回すと、隅に座っていた人物がはっと顔を上げるところでした。

その方は私の姿に気づくや、ふわりと表情を和らげました。

 

「ああ良かった、無事だったんですね、イレイナさん」

「はい。ただいま戻りました」

 

立ち上がり、安心したような様子の彼女は優しげに微笑み、上品な雰囲気を漂わせる方でした。

事の次第を告げるべく、私は向かいの席に座り、彼女にもそれを促します。

 

「依頼の方も無事に終わりましたよ」

 

それを聞いてほっとしている彼女に私もまた微笑みを返しながら、その名を呼びました。

「サクラさん」

 

 

 

 

 

「本当に助かりました・・・私、戦う力がないばかりか、高いところというのが本当に苦手で・・・」

 

サクラさんは、つい先日この国に来た魔導士の方でした。

彼女もまた、出会えない筈の人に出会える山という噂を聞きつけてやってきたのですが、

入国して早々に王様に呼び出され、山頂にいるという魔物の調査と退治を依頼されてしまったのだそうです。

断るに断れず、かといって山頂へ向かうことも出来ずに困っていたサクラさんを見かけた私は事情を聞き、現地調査については代理で向かいましょうと申し出たのです。

サクラさんが受けた依頼を半分代行することとなった私は、ここでその分の報酬を受け取る約束となっていました。

 

「その件ですが、本当に良いのですか?実際の仕事をやって頂いたのはイレイナさんですし、私としては全額お渡しするべきかと思うのですが・・・」

「この土地や魔物の性質について調べ上げたのはサクラさんですし、私自身それに助けられた節がありますので、おあいこですよ」

 

適材適所、というやつです。

 

「まあ、風水・・・いえ、そういったまじないの類については得意分野といいますか・・・それにしたって、この国の歴史に詳しい方にいろいろ助けて頂いてしまったので・・・」

 

サクラさんにつられて振り向くと、美女二人に視線を向けられたこの喫茶店の店主がコップを磨くのを止め、ぐっとサムズアップをしてみせるところでした。

ダンディーな髭のおじ様の満面の笑みにサクラさんが深々と、私がちょっと引き気味にそれぞれお辞儀を返し、顔の向きを戻し、次いで話も戻します。

 

「ともかく、報酬については当初の通りで構いません」

「はあ・・・イレイナさんがそう仰るのであれば・・・」

「ええ。サクラさんではなく、私が無断で山に立ち入ったことだけを黙って頂ければ」

「あ、はい、それは勿論・・・いえ、本当に有難う御座いました」

 

いえいえ、いえいえと二人で首を振りあって、段々それがおかしくなり、最後には二人とも笑いあっていました。

 

やがてサクラさんは、一つだけ質問があるのですが、と前置きしてからそれを口にしました。

「どうして・・・その、見ず知らずの私を助けてくれたのですか?」

「まあ・・・観光客に混じって、あんな悲壮な顔で山を見つめている方がいたら、放ってはおけませんよ」

私の答えに少し恥ずかしげに苦笑して、サクラさんは頷きます。

 

「優しいのですね、イレイナさんは」

「よく言われます」

「ふふっ・・・」

 

サクラさんは口元に手を当てて笑いを堪えていましたが、それが過ぎ去った後には、少し寂しそうな顔をしていました。

 

「その時は・・・依頼について悩んでいたのもそうですが、何事もうまく行かないものだなと、少し失望していた気がします」

「・・・と、言いますと」

「・・・結局、出会えそうにもないと思っていたところだったので」

 

サクラさんもまた、フェンベル山のご利益について噂を聞いて来た人です。

それは当然、彼女にも再会したい人がいるため。

なんの手掛かりもなく、旅の途上でいつか会えはしないかと密かに願っていた矢先、

この国、この山の話を聞いて、縋るような気持ちで辿り着いたのだそうです。

 

「ですが、ここは私達の故郷から遠く離れた土地ですし・・・そもそも、彼女は私が死んだものと思っているかもしれません」

 

受けた依頼の一部を代理する過程で事情を聞き、私は彼女の身の上の一部も知ってしまっていました。

彼女はここから離れ、海をも超えた遠い東の地の出身で、代々その地特有の魔術を扱う家系に生まれたそうです。

ところが彼女が住む村は魔術について良い感情を持っておらず、邪悪な呪いの力などと呼んで理解を示さぬばかりか、畑の凶作や山火事などの災厄は全てサクラさんとその家族が引き起こしたものとして扱い、不満のはけ口としていたそうです。

そうした理不尽の中で、サクラさんたちは村八分同然の扱いを受けていました。

ひどいものですね、と、言うだけならば簡単で、もっと酷い事を言えば、そのような理不尽はこの世にありふれてさえいるのです。

 

しかし、そんな中で一人だけ、仲良くしてくれた少女がいたそうです。

それが彼女の、出会えないはずの人。

 

明るく朗らかで、いつも笑わせてくれる彼女とサクラさんは僅かな間に親友となり、大人たちの見えないところで毎日楽しく遊んでいました。

しかしそれも、ほんの数年の間のこと。

徐々に過激になる村人たちの嫌がらせが一線を越え、家に火が放たれるまでのことでした。

サクラさんは焼け落ちる家から命からがら抜け出して、家族と共に村を抜け出したのだといいます。

親友であった彼女に、別れの一言も告げることもできないまま。

 

時を経て、もはや故郷へ戻ることも出来ないほど遠い地で生きることになったサクラさんは、それでもかつての親友に再会できはしまいかとこの国を訪れました。

しかし数日を費やしてもその気配などなく、魔物についての調査ついでに山麓や町中を見て回るも結果は同じ。

サクラさんは言いながら、半ば諦めてしまっているようでした。

 

「おかしな話ですよね。彼女がここに来る理由などないのですから、出会える可能性など、万に一つもないのに」

「ですが、億に一つぐらいはあるかもしれません」

 

真顔でそう返した私に少し面食らったような顔をしてから、サクラさんは淡く微笑んで頷きました。

 

「・・・そうですね、私もそういう気持ちで来ました。魔物について調べていて分かった、この国・・・いえ、この山にかけられたまじないが、その可能性を引き寄せてくれるのではないかと期待を抱いてしまったのも事実です」

「それでサクラさんから見て、そのまじないというのは感じられるのですか?」

 

サクラさんは頬に手をあて、困ったように言いました。

「どうでしょうね・・・そういった力は確かにあるように思うのですが、それでも凄く微弱で・・・きっとそれを施した人物は、無理が出ない範囲で長く続くよう、あえて効力の方は曖昧なものにしたのだと思います」

なるほど、と私は頷きました。

 

薬にしろ毒にしろ、効き目の強いものは短期間でその効果を失い、逆に弱いものであれば多少なり長続きするものです。

同様に、今日まで効き続けてきたこの国のまじないは、因果に干渉するという大きなものである一方で、効き目そのものはとてもささやかな、感じ取れない程に弱いものだということです。

細く長く、というやつですね。

 

「それに、ついに魔物という形でその反動が表れてしまったのなら、既にその効力はなくなってしまっているのかも・・・」

と、サクラさんは眉を下げてそんなことを呟いていました。

私はそれに対し、理解を示す首肯をしつつも、それを否定する言葉を口にします。

「心配ありませんよ」

「え?」

「私が保証します。そのまじないはまだ生きていますよ」

 

だから貴方も会えます、とまで言ってしまえば無責任ですが、ある意味誰よりも有り得ない出会いを経た私の言葉には確かなものがあったことでしょう。

サクラさんはそれを私の励ましと受け取ったようで、頷いてみせつつも、その顔にはやはり寂しげな微笑みがありました。

どうやらサクラさんは、少々物事を後ろ向きに考えてしまう傾向があるようでした。

もちろん、境遇を考えれば無理のないことですし、それ自体が悪いということはありません。

むしろそれは時として、当人にとって良い結果をもたらすことにも成り得るものです。

そうして期待を持っていないからこそ、何かの拍子に突然幸運に巡り合った時には、ひときわ嬉しい思いをするものですから。

 

「サクラさん、ちょっと外を回ってみませんか?」

「え?」

 

突然の私の提案に、サクラさんはきょとんとしていました。

なんてことのないように、私は微笑んで言います。

 

「魔物云々の話のせいで、あまりこの国を見て回れてはいないのではありませんか?」

「あ・・・そうですね、王様に呼ばれたのがこの国に来てからすぐでしたので、観光どころではなかったといいますか・・・」

「では、これからそれを満喫しましょう。肩の荷が下りた今こそ丁度良いと思いますよ」

「・・・それもいいかもしれませんね」

と、サクラさんは言いました。

そこに私が考えていることを悟るような素振りはなく、それもまた無理からぬことと私は微笑むのです。

 

明るく朗らかなオレンジ色の少女が、この国にいることを私は知っていました。

そしてその理由と、出会おうとしていた女性の名前も、山頂で聞きました。

故に私は山を降りる前に、もう一人の私にもそのことを内緒で告げていたのです。

()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

もしかすると、ここで出会うカエデさんは私の知るカエデさんではないかもしれません。

それは逆も然り。

しかし、サクラさんもカエデさんもまた私達と同じように、境遇は少し違っても似たような理由でそれぞれこの国にはいるのでしょう。

だから二人の二人は、どちらも観光気分で山麓をもう一度訪れ、そこで巡り会うのでしょう。

確証はなくとも、確信がありました。

この世界はきっとそういう風にできていて、この国はそれを後押ししてくれます。

幸運は思いのほかすぐそばに転がっているものなのです。

 

「では、早速行きましょうか」

「え、今からですか?」

「はい、善は急げと言いますから」

 

私は立ち上がり、彼女の手をとります。

店主のおじ様に一言お礼を言って、私は振り向くことなくサクラさんを連れ出します。

 

その足取りはついつい、どことなく弾むような軽やかなものになってしまっていました。

それは期待と、喜びと、幸福を綯交ぜにした感情からくるもの。

手を引かれるままに、私の上機嫌ぶりを不思議そうに見ていたサクラさんもまた、お店を出るころには、その表情を少し違ったものにしていました。

そして彼女の呟きは、少し面白がるような響きを持って私の耳に届きます。

 

「・・・少し、私の親友に似ています」

「おや、どの辺りがでしょう」

 

視界の端に映るサクラさんの微笑みには、どこか懐かしそうな色があります。

 

「つられて笑ってしまうぐらいに、なんだか楽しそうに見えます」

「そうですか?・・・そうですね」

 

それは何故か。

それは今のこの感覚が、私が旅に求める醍醐味そのものでもあったからでしょう。

そしてきっと、あの鏡の向こうの彼女もまた、こんな気持ちを抱きながら、これからも旅を続けていくのでしょう。

振り向きながら、私は朗らかに微笑んで。

 

 

 

 

「これから、素敵なことに出会える気がするんです」

 

 

 

 

 

 

-end-







短髪の私が「そう、私です」と言えるようになるまでの物語。

これで完結となります。お読み頂き、有難う御座いました。
これであとは私もリテラチュアを聴きながら二期を心待ちにする難民になります。
その頃に、短髪のイレイナの続きでも書けたらな、と。
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