「・・・言いたいことは分かるが、まあ、待って欲しい」
王様も頭の痛そうな顔をしつつ、手振りで兵士の方々を下がらせてから言いました。
「そういうわけで、情報が錯綜しているのだ。彼らは今朝方に山頂付近まで巡回に向かっていた兵士たちで、全員がそこで違うものを見たと言う」
「・・・そのお三方のいたずらという可能性は」
「わざわざそんなことを企てる理由があるか?」
王様と私が視線を向けたので、お三方はそれこそ首が取れそうなぐらいに激しく頭を左右に振っていました。
王様は話を戻します。
「魔物、というのは彼らが口にした表現だが、今の証言のように、どうも聞いた限りではいまいち実態が掴めない・・・だが、無視もできない」
「なるほど?」
そんな曖昧な情報では避難指示を出すにも示しがつかないし、そもそもそんな必要もないのかも。いやどうだろう。
とりあえず、不可思議な出来事に慣れている人物でも探して調べてもらおうか。
そういう葛藤をしているところへ私が現れたとのことでした。
確かに、それでは魔法統括協会も本腰を入れて対応してくれるかは微妙なところでしょう。
私がこうして若干やる気を失っているのが何よりの証拠です。
「なんといいますか、やはり悪戯なのではと思わざるを得ないのですが」
「うむ、まあ、今のを聞いただけではそうだろうとは思う」
ところが王様は、一応心当たりはあるのだ、などと付け加えました。
「この国の初代の王が、この国の象徴たる山、フェンベル山から力を得た、という逸話を魔女殿は聞いたかな」
「ああ、はい、聞かされました」
聞くつもりもなかったのに喫茶店の店主から。
「実際のところ、それが事実かどうかは儂も知らなくてな。王の権威云々のために事実だと言い張るつもりもない。だが、あの山が何か・・・霊的な力のようなものを持っている、というのは本当のようなのだ」
王様は私の身に着けている三角帽子と、魔女のブローチに目をやりながら言いました。
「山頂付近だけを立ち入り禁止にして、わざわざ時折警備にも行かせているのはそれが理由だ」
「ふむ」
それも言ってしまえば眉唾ですが、得てして、そういう問題の原因というのは確かに、魔力やそれに類するもの、ということがほとんどだったりもするのです。
ひょんなことからそこらの木々、花、石ころが魔法の力を振りまくこの世ですから、さして珍しいことでもありません。
そしてさらに王様は、それがこの際、事実かどうかは問題ではない、と言うのです。
重要なのは、この国をある程度知るもの、その誰もがそう思っている、ということなのだそうです。
「その魔物のような何かというのは、そう・・・例えば、山の力を目当てにした魔女が、兵士たちを追い払うために見せた幻・・・とかそういう線はないかね」
「・・・ああ・・・」
有り得ない話ではないな、とは思いました。
私自身、その手のまやかしに出くわした経験が何度かあるので、その推測はともすれば真実なのではないか、とすら思えます。
無能とか思ってごめんなさい、と私は心の中で詫びつつ、今私に暗に告げられた内容を反芻します。
つまりは、魔女を相手にする可能性もある、ということでした。
「その正体を確かめるところから調査に赴いて欲しい、という用向きなのだが・・・頼めないかね、魔女殿」
私はしばらくの沈黙のあと、そこからさらに二、三の質問を重ねてから、そのやり取りを終えることになります。
結局、私は快くそれを引き受けました。
漠然とした依頼内容ではありましたが、提示された報酬の方は確かな額だったというのが、快諾した主な理由でした。
フェンベル山は中腹から急激に険しくなり、その先からは立入禁止の霊山という扱いになっているそうです。
観光客の方に見つかることを避けるため、王城から直接、兵士の方々が使うルートに沿って途中までは歩き、そこからほうきで飛んでいくことにしました。
言われた通りに山は急激に傾斜が厳しくなり、山頂まで登るというのは、か弱い少女の足ではとてもではありませんが不可能でしょう。
この山道を通って巡回に向かわされる兵士の方々には同情するばかりです。
やはり兵士の方々は疲労のあまり幻覚でも見たのでは?とも思ってしまいますが、その真相は山頂に辿り着けば明らかになることでしょう。
人の好い王様は兵士を何人か護衛につけようだとか、なんなら協会の魔女が応援にきてから一緒にいってもらっても構わないとまで言ってくれましたが、全て断っての出発です。
不可思議な存在が相手ならば兵士の方々は失礼ながらおそらく足手まといでしょうし、魔法統括協会とは正直に言って、もはやあまり関わりたくないというのが本音でした。
「その方が徒歩であれば悲惨ですしね・・・」
独り言ちながら私はほうきに跨ります。
高く高く飛ぶというのもそれはそれで疲れるのですが、半日登山コースよりは何十倍もマシです。
もともと登山など経験の浅い私には、誰かと会話を交えながらそれを敢行する余裕もありません。
一人の方が、気が楽なのです。
こうしてほうきで誰も居ない空を飛んでいると落ち着くことを皮肉に思い、つい、苦笑してしまいます。
僅かな間に、ずいぶん感じ方が変わったなと自分でも思うのです。
最近では、もはや自分が何故旅をしているのかを自身に問うこともありました。
この世には悲劇が溢れている。
そんなことを本気で思っているのなら、旅をしている意味などないのかもしれません。
かつては楽しみにしていた、旅先の出会いすらも避け、それらから目を背けようとしているのなら尚更。
半ば惰性だというのも真実でしょう。
ただ、なんとなく、それ以外の何かを探している、というような気もしていました。
きっと何かが見つかるはず、変わるはず。
そうした漠然とした曖昧なものであれども、それが旅する理由足るならばと、その衝動を心の燃料としてきました。
言わば私が続けているのは、旅をしている答えを探す旅、という奇妙なもの。
あるいは、この先でそれが見つかるのかもしれない、などと、幻想じみたことを考えながら飛行を続ける、ふらふらと無軌道な魔女。
誰かということもなく、それは私なのでした。