魔女の旅々、私の旅   作:緋色鈴

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-4- 秋風吹き抜けてひらりと

高度が上がるほどに植生はその規模を小さく、その背も低くしていくもの。

徐々に見下ろす風景からは緑が減り、岩肌が目立つようになってきました。

山頂はようやく見えてきたものの、しかしもうすぐというにはまだ少し遠いという微妙な距離で、急ぐ気にもなれずに私は溜息をつきながら上昇を続けていました。

 

もはやそこは加えて気温も下がり、うっすらと霧がかかってくるほどの高さです。

これはもう少し厚着をしてくるんでしたね。

そうして身震いをしながら考え事をしていたためか、私ははじめ、視界の端に映ったものが何か分かりませんでした。

色褪せた茶色と深緑のなかにぽつんと、鮮やかなオレンジ色をした何か。

それは人のようでした。

私は綺麗に二度見をしてしまいました。

 

「・・・おや?」

 

見た後でも、そんな馬鹿な、と私は何度か瞬きを繰り返してしまいましたが、その光景は変わりません。

それは木々が生い茂っていれば、あるいはもう少し霧が濃ければ見つからなかった・・・あるいは、見つけずに済んだはずのものかもしれません。

やはり、それは人の形をしていました。

 

「・・・魔物?」

 

はじめに私はそう思ったので、ある程度の距離を取り、杖を出しつつ観察します。

一般人立入禁止の場所はとっくに過ぎていて、かといってその方はどう見ても兵士という感じではありませんでしたので、可能性としては大いにあり得たでしょう。

ですがそれより、もっと有り得る可能性がここに一つ。

 

その方はどう見ても兵士ではありませんでした。

その方はオレンジ色の服を着た女性のように見えました。

その方はうつ伏せに倒れ、地面に転がる岩にもたれかかるように伏していました。

 

「・・・遭難してますね・・・」

 

私はそう結論付けて、しばし迷ってから、そちらにほうきの先を向けました。

 

 

 

 

私が降り立つと、じゃり、と砂を踏みしめた音に気づいてか、その倒れている人がぴくりと動くのが分かりました。

幸いにもどうやら生きてはいるようです。

その後ろ姿を見る限り、明るい色の服を着た、明るい髪色をしたツインテールの少女のようでした。地面に突っ伏しているため、顔立ちはまだ分かりません。

果たして何故このようなところにいるのか、ともかく私は声をかけてみることにしました。

 

「大丈夫ですか?」

「・・・ダイジョブじゃない」

 

くぐもった声が聞こえました。

喋れる程度には大丈夫とのことなので、私は幾分気を緩めて問いかけます。

 

「なぜ倒れられているんでしょうか」

「・・・もうあるけない・・・」

 

とのことでした。

病気や怪我というわけでもなさそうでしたので、私はすっかり気を緩めて問いかけます。

 

「もしお父さんやお母さんとはぐれたのでしたら」

「私そんな子供じゃないし?!」

と、彼女はがばっと勢いよく起き上がって喚きました。やかましい。

もう歩けないほどに疲弊しているという割には、その声は高所ゆえに澄んだ空気によく通り、私の顔をしかめさせるほどには元気そうなものでした。

 

「ちょっと背がちっちゃくて胸が貧相だからってなにもそんな扱いしなくても・・・」

 

彼女はそう言いながらもへたり込んだまま振り向いたので、その視線の高さは立っていた私の上半身に合います。

すると彼女はぴたりと動きを止め、私の顔ではなく、その少し下を凝視していました。

そしてほんわりと表情を和らげて一言。

 

「あっ、仲間だぁ」

 

ひっぱたいてやりましょうか。

 

「痛ぁっ?!・・・そんっ、そんな無表情になるほど怒らなくても・・・?!」

 

失礼、もうひっぱたいてました。

ようやく視線を合わせた彼女は、頬っぺたをさすりながら涙目でこちらを見上げていました。

 

 

 

 

彼女は燃えるように明るい橙色のコート、下には黄色いフリルのついた可愛らしいスカートと、大層鮮やかな色合いの服装をされていました。

しかしこれぐらいの色でなければ、霧がかった山道に倒れていた彼女は空からは見つけられなかったでしょう。ちっ。

そんな彼女はぱんぱんと膝の土を払ってから立ち上がり、名を名乗ります。

 

「私、カエデって言うの。まずは拾ってくれてありがとう」

「拾ったつもりはありませんが・・・」

 

空腹ということでしたので、ひとまずその場で休憩兼昼食を取りつつ話を聞くことにしました。

先ほどまでもたれかかっていた岩に腰かけて、サンドイッチを頬張るカエデさん。

 

「あなたのお名前は?」

「・・・イレイナです。灰の魔女です」

「へええ、そんなに若いのに魔女なんだ!すっごいねぇ」

 

と、素直な反応が返ってきて困惑します。

最近あまり他人に名乗る機会が少なかったせいか、久しぶりに驚かれた気がしました。

 

「・・・あの、何故こんなところで倒れていたんですか?」

「あ、うん、それがね、これには深い訳があってね・・・」

「それ大抵浅い理由のときのやつですよね」

 

バレたか、とカエデさんは頭を掻きながら言いました。

 

「どうしても山頂まで行きたかったんだけど、いやーちょっときつかったね」

 

あっけらかんという彼女の言葉に、私はさもありなんと溜息をついてしまいました。

体格的に私よりほんの少し背が高いぐらいの彼女の足で、この山を踏破しようとは無謀もいいところです。

そもそも格好はピクニックにでも行くのかという軽装ですし、スカートで山登りとは山を舐めているとしか思えません。

・・・かくいう私もローブに三角帽子ではありますが。

 

というよりも、まず。

 

「ここ、立入禁止なのは知ってました?」

「うぇまっ?!」

 

カエデさんは変な声をあげ、卵入りサンドイッチを危うく取り落としそうになっていました。

どうやら知らなかったようです。

あわわわ、と狼狽えていらっしゃいました。

顔を真っ青にまでしていました。

そして何故か、私に怯えたような目を向けていました。

 

「い、いやあのわざとじゃないっていうかその・・・な、なにも飛んでまで捕まえに来なくても・・・」

 

は?と首を傾げてから、私はカエデさんの勘違いに気がつきました。

カエデさんは私のことを、不法侵入を犯した自分を捕らえにきた魔女だと思ったようです。

 

「ああいえ、私も山頂を目指しているだけですよ・・・ここまで登る許可は取っていますが、あなたと違って」

「あっ、そうなんだ・・・よかったぁ」

 

見るからにほっとして胸を撫でおろすカエデさん。

貴方が不法侵入した事実は消えないんですけどね。

国を象徴する霊山とのことなので、町に戻ったらちょっと怒られる程度では済まないかもしれません。

 

「ひえぇ・・・そんな脅かさなくてもぉ・・・」

「親切のつもりですが」

 

カエデさんは既に涙目でしたが、これについては知っていて損することではありません。

たとえ背がちっちゃくで胸が貧相でも子供ではないのなら、お国の法に関して知らなかったでは済まされないのです。

処置なし、と私が視線を巡らせます。

そして、しばしその光景に言葉を失いました。

 

薄い雲に覆われ少し白みがかった視界の下に、その国の全景が見えます。

そしてそこから少し先を見れば、僅かに湾曲した地平線まで続く、新緑の平原。

雲の影がその緑に濃淡を描き、日差しがその縁をなぞるように幾筋もの光の帯を刻んでいるのを、上から眺めるような景色です。

まさしく絶景でした。

立入が許可されている辺りでも十分に凄いのでしょうが、此処では別格と言えるでしょう。

霊験あらたかななんとやらで立入禁止としているそうでしたが、勿体ない、と思わずにはいられませんでした。

そして途中で力尽きたとはいえ、このような高さまでたった一人で登ってきたという少女に称賛を示したくなるのと同時、これは降りるにも一苦労では済まされないなと同情も示したくなりました。

 

その間、カエデさんはしばし呻いていましたが、やがて「こうなったら」と小さく呟くのが聞こえたので、私は視線を戻します。

そして突如として立ち上がった彼女は、拳を握りしめて宣言するかのように言いました。

 

 

「どうせ怒られるなら、意地でも山頂まで行ってやる!」

「・・・おとなしく帰った方がいいかと思いますが・・・」

「毒を食らわば皿までって言うじゃない?」

 

だいぶ違う気がします。

まあ、目的も達成できないまま罪だけ被ってしまったのではやるせないという気持ちも分からなくはありません。

ところで、見た目だけはか弱い少女がそんな苦労も背負ってなお、いったい何の理由で山頂を目指しているというのでしょう。

しかし、それを問いかけたとき、カエデさんはきょとんと眼を丸くするだけでした。

 

「え、知らないの?あなたも同じだと思ってた」

 

はあ、と生返事をしてしまう私。

私の目的は魔物退治というか、魔物のような何かの正体を調べに、というものです。

まさか彼女もそれが目的なのでしょうか。

むしろ、やっぱり魔物本人様だったりするのでしょうか。

あるいは。

 

「この山の力が目的ですか」

 

王様の言った通りに、このフェンベル山の力とやらを目当てにやってきた魔女。

魔物らしき何かを兵士たちにけしかけて追い払った張本人、だったりするのでしょうか。

かまかけのように言いながらも、まさかな、と私は半ば以上は冗談のつもりでした。

しかし、すると、あろうことか。

カエデさんは不敵に笑い、力強く頷いてみせたのです。

 

「そう、その通り!」

 

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