「は・・・?」
私は耳を疑いました。
唖然とした顔で見上げていると、カエデさんは誇らしげに手を腰にあてて仁王立ちしています。
今、カエデさんはなんと仰ったのでしょう。
「えっと、もう一度お願いします」
「え?うん・・・そう、その通り!」
そうではなく。
「この山にあるという霊的な、魔力的な何かが目当てだと、そう言いましたか」
「えっと?うん、そう言ったよ?」
「ほぼ手ぶらで無謀な登山に挑戦する奇特な試みとかではなく?」
「え、違うけど何それ・・・」
困惑顔の私と同じように困惑顔のカエデさんを凝視しながら、私はしばし思考を巡らせました。
出発前に王様から告げられたのは、兵士を追い払うために魔物をけしかけた魔女がいるのではないか、という話。
カエデさんはこの山の力が目的だと証言しました。
そしてその前には、貴方も同じ、つまり私もその力を目当てにやってきたのではないかと思っていた、とも言いました。
私の外見はどう見ても魔女で、それを同じ目的の人だと思った、ということは。
ということは・・・カエデさんもまた魔女、ということでしょうか。
どう見ても一般人という風の、どう見ても私以上に事情が呑み込めていない様子のカエデさんからは、敵意のようなものは一切感じられません。
釈然としないものはあります。
が、しかしこれも経験上、相手を騙そうとする輩に対し後手に回るというのは、往々にして災難にしか遭わないものです。
疑わしきは罰せよとまでは言いませんが、いざその気になられてから対応したのでは面倒な事になるのもまた真実。
地面に不自然な窪みがあったら、落とし穴かもしれないとまず疑ってかかるのが旅人の心得であり、多少大袈裟であってもそれを潰しておくのが最も無難な策といえましょう。
なので私は、まず己の身の安全を確保するために、きょとんとしているカエデさんに向けて魔法をぶっ放しました。
「えい」
不意に取り出した杖を一振り。
カエデさんの足元から、透き通るような純度の氷で出来た茨が現れます。
「え、ちょっ・・・ひええっ?!」
「・・・おや?」
氷の茨は細長く、鋭角に幾度も折れ曲がりながら伸び、カエデさんの身体の上を這い登って、身動きできないように拘束します。
「ちょっ、つめたっ・・・いたたっ、冷たぁっ?!」
「・・・おやおや?」
カエデさんはこちらが明確な攻撃の意思を見せてもなお動かず、まるきり無防備なままに捕まってしまいました。
突然の出来事にまったく対応できず、驚愕と困惑の綯交ぜになった表情です。
ひんやりとしている上にちょっと尖っている氷の茨に首元まで囲まれているので、またもカエデさんは涙目になっていました。
怪我はしないようにある程度余裕をつくったつもりでしたが、ちょっと罪悪感が沸いてきます。
それにしても・・・あまりにあっけないというか、なんというか。
私が様子を見ていると、彼女は己の置かれた状況にようやく気がつき、その元凶たる私に抗議の声を上げました。
「ひ、ひどい・・・いきなり何するのイレイナさん?!やっぱり私を捕まえに?!」
「ええと、まあ・・・山の力が目的というのであれば話は別といいますか・・・」
それを聞いたカエデさんの表情が悲愴なものになります。
そして思わずといった調子で紡がれた言葉が、私の緩みかけた気を引き締めることになります。
「そんな・・・会いたい人がいるってだけなのに・・・」
「・・・」
彼女の呟きは、ここまで来た動機を示唆する類のものです。
カエデさんのその表情から察するに、やはり彼女が、土地の力を借りて何かを成そうとしていたことは確かなようです。
意気消沈してしまったカエデさんを見て思うところもあったものの、ひとまず、私は彼女が自供したと判断しました。
山頂へたどり着くことなく、意外なところで問題が解決してしまいました。
しかし、その原因が見た目は何の変哲もない女性だったのだと思うと、私の心はあまり晴れ晴れとはしませんでした。
そして気づけば、俯いている彼女に言葉を投げかけていました。
「カエデさん・・・あなたにどんな事情があるのかは知りませんが」
「・・・」
私は忠告のようでも、独り言のようでもある声音で、それを告げました。
「それでも、どんなに優れた魔女でも・・・身の丈以上の何かを代償にした魔法では、不幸しか生みませんよ」
「・・・え?山の力って魔女じゃないとダメなの?」
ん?
私は顔を上げました。
「・・・・・・あの、魔女じゃないんですか?」
「へ?違うけど・・・」
んん?
「・・・兵士さんたちに魔物のような何かをけしかけたりしましたか?」
「兵士さん??まもの??」
んんん?
「・・・・・・」
どうにも話が噛み合いません。
山の力がどうたらという話について少し気になるところもありましたが、それ以前に、やっぱりこれは違うのでは、という考えが再び鎌首をもたげます。
仮に彼女が黒幕だったとしたら、これで連れ帰って一件落着、というのではあまりにお粗末だと言わざるを得ませんし、
正直に言って、そんな雰囲気は微塵もありませんでした。
やはりというか、当初から感じていた違和感の方が正しかったようです。
石橋を叩いてみたら、そもそも渡る必要がなかった。そんな感覚でした。
暫し、気まずい沈黙が下りました。
「・・・とりあえずこれ、解いてくれない?」
「・・・はい」
言われるままに魔法を解くと、氷の茨は力を失い、粉々になって砕けました。
その後で、互いに早とちりを重ねてややこしくなった話の方も、二人そろって解きにかかるのでした。
「本当にすみませんでした」
「いやいやいいよ、私もなんだか変なこと言っちゃったし・・・」
ひとまず私の誤解と暴挙を詫びてから、お互いの目的を改めて確認しあうことにしました。
先んじて私から話すと、カエデさんは顔を青くしてぷるぷると首を振っていました。
山頂には魔物っぽい何かと、もしかしたらそれを操る魔女がかくかくしかじか。
「そ、そんな恐ろしいことする、いや、できるわけないじゃない・・・というか、この先にそんな化け物がいるってこと?」
「あなたが無関係というならばそうなりますね」
「怖っ、知らずに行かなくて良かったぁ・・・イレイナさん、あなたは命の恩人ね・・・!」
先ほど中々ひどい目に遭わせてしまったというのに、カエデさんは両手で私の手を包んで感謝の意を述べていました。
微妙に居心地が悪い思いをしつつ、私は事実のみを伝えます。
「そういうわけなので、魔女だか魔物だか分かりませんが、私はそれらが山の力とやらに関係しているのではという話で調査に来ました」
「なるほどね・・・納得。そりゃ私、怪しいよね」
愉快そうにカエデさんは笑います。
一方で、彼女の目的はこうでした。
「その山の力っていうのがね、多分私が求めてたのと同じものだとは思うんだけど、そんな物騒なものだとは思ってなかったの」
「というと」
カエデさんは言いました。
「この国では、出会えないはずの人に出会う事ができる、って話・・・聞いた事ある?」
まったく知りません。
聞いてみると、それはどうも、観光客たちの間でジンクス的に広まっている噂話に過ぎない、という程度のことのようでした。
この山には不可思議な力がある。
そしてそれに引き寄せられるようにしてなのか、ここに来た観光客や、移民の人たちは、その昔に別れた人物と不思議と、運命的な再会が出来る国なのだ、という話だそうです。
なるほどそういえば、麓の国、フェンベルスタに踏み入って最初に立ち寄った喫茶店で、店主がそれらしい話もしていたような気がしてきました。
前半の王様の評判やらこの国の成り立ち云々についての時点で半ば以上聞き流していたために、ほぼ記憶から抜け落ちていたようです。
人の話はしっかり聞かなければなりませんね。自戒です。
カエデさんは遠い目をして、どこか微笑ましげに目元を緩めて語りました。
「麓のほう、多分立入禁止になってない場所でもね、ここに来たらそこで生き別れの兄弟に会ったとか、離れ離れになってた恋人に出会えたとか・・・そういう話がいくつもあるの」
「・・・」
それが本当のことなのか、この国、この山特有のことなのかと言うと、これまで様々な国を見てきた経験からすれば、信じるのは難しいように思いました。
ただ初代の王様の偉大な力がどうこうという話や、魔物の話と直接の共通点はなくとも、いずれもこのフェンベル山という地理が関わっているらしいという点では、無関係とは思えない話でもありました。
「だから私も、って思ってここに来たんだけどね・・・」
自嘲気味の笑みが混じって、カエデさんの顔が曇ります。
カエデさんは数日その場に立っていても、山を見ていても、町を探しても、その人物に出会えることはありませんでした。
そしてそれはカエデさんもなんとなく、このままでは見込みはないだろうと思えたのだそうです。
だからあるいは、山のてっぺんまで登り詰めれば。
そう思って気が付いた時には、大した装備もないままにこの無理な登山を敢行してしまっていたのだと、彼女は胸中を明かしたのでした。
「あらゆる意味で、バカだよねぇ・・・」
へら、と彼女は困ったように笑っていました。
彼女の口ぶりから、私はなんとなく察しました。
その前例とやらは本当にあったのかどうかという所から疑問ですが、この山に本当に不思議な力があって、会いたい人に会えるというならば、しかしそれは麓で、という方がまだ自然のように思えます。
たまたま同じ国に来ていた、という理屈ならまだしも、わざわざその人は山頂にまで登るでしょうか。
立入禁止とは関係なしに、生き物に出会うのがそもそも難しいほど険しい山です。
ただ再会することに期待して、というにはカエデさんの行動は破綻しています。
そして皮肉げに語るその表情には、そんなことは承知の上で、という悲愴な覚悟があるように見えました。
カエデさんの「出会えないはずの人」というのは・・・つまりは、ただの幸運で再会できるような人ではないのでしょう。
「でも、国の王様もこの山に不思議な力があるっていうなら、信じてみてもいいのかなって思うんだけど」
無理矢理に明るく装ったようなカエデさんの声に、私はつい顔を上げ、その目に視線を合わせていました。
「どうかな。イレイナさんが知ってる魔法の中には・・・そんな魔法も、あるかな?」
「・・・」
縋るように寂しげに、それでもわずかばかりの希望をその瞳に滲ませて、カエデさんは私を見つめます。
励ますのが普通でしょう。
きっと会えるはずだと、信じて進めば大丈夫と、気休めであろうとも言うべきところでしょう。
・・・ですが、私は。
「そんな魔法は・・・そんな魔法は、ありません」
私は、そう口にせずにはいられませんでした。
ただ否定するように、現実を突きつけるようにその台詞を吐くつもりでした。
しかし、私の声は絞り出すように、溢れる感情をこらえるかのように震えてしまっていて。
「・・・イレイナさん?」
カエデさんは私の返答に失望するよりも先に、その様子に何かを感じ取ってしまったようでした。
私はカエデさんの視線から逃れるように顔を背け、言葉を紡ぎました。
「失ったものは・・・過去は、取り戻そうとしてはいけないんです」
それは私が思い知ったこと。
何の力もないくせに、それを無責任に応援してしまった私の、大きな過ちでした。
それを繰り返すわけにはいかないと思ったのです。
詳しい事情は聞きたくもありません。
しかしカエデさんの、もう会えない人を想い、不可思議な力に希望を見出そうとするその横顔は、とてもよく似ていました。
かつて出会った、菫色をした少女のそれに、そっくりと言えるほどに。