魔女の旅々、私の旅   作:緋色鈴

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-6- 誰がお人好しですか

気づけば、私は責めるような口調になってその先を口にしていました。

 

「会った方が不幸になる。そういうこともあると思います」

「・・・イレイナさんにも、そういうことが?」

「・・・」

 

意図せず、声に感情が込められすぎてしまったのでしょう。

俯いた私の顔を、カエデさんの揺れる瞳が心配そうに覗き込んできました。

私は慌てて数歩だけ後退ると、深呼吸し、声音がいつもの平坦なそれに戻るまで待ってから顔を上げました。

あくまで毅然とした、冷淡な態度を突き通すように、険しい表情をつくりながら。

 

「カエデさん。悪いことは言いません。帰ったほうがいいと思います」

「・・・」

 

ひゅう、と冷たい風が吹き抜けていきました。

いつの間にか空は翳り、薄い雲が太陽を隠しています。

見上げるまでもなく雲がとても近いところにあるここでは、その灰色は覆い被さってくるような重圧感を与えてきます。

ですが胸の奥に重たい何かが落ちていくような感覚は、それが原因ではないでしょう。

藁にも縋りたい想いでここまできた人に、酷い言葉を吐いているという自覚はありました。

しかし、その明るい橙色の服が映えていたはずの彼女に暗い色の面影を見てしまった私は、たとえ憎まれてでも、その想いを断ち切るべきだと考えていました。

 

「・・・それは・・・魔物が、いるから?」

「それも勿論そうですが、違います」

 

カエデさんは悲しそうな顔をしていましたが、それでもまだ、その理由を聞こうとしてくれているようでした。

そして私は、私の事を待ってくれている彼女に、彼女が最も聞きたくないはずの言葉を告げました。

 

「この先にあなたが会いたい人はいないからです」

 

カエデさんの反応を、私は見ることが出来ませんでした。

むしろ私自身がそれに怯えてしまったかのように顔を伏せ、彼女の顔を見ないまま、口をついて出る言葉をそのまま吐き出していました。

 

「あなたは魔女ではないので、何か魔法について大きすぎる期待をしているのかもしれません。ですがこの世界にどんな不可思議な力があっても、できることには限界があります。魔女でも、魔物でも、悪魔でも、一緒の事です」

 

言葉を紡ぐたびに、語調は否応なしに強いものになってしまいます。

ですが、もうそれを止める事は出来ませんでした。

 

「先ほどは勘違いで告げた台詞ですが、もう一度、改めて言います。どんなに優れた魔女にも貴方が願う結果を描くことは出来ません」

 

そのとき脳裏に浮かんでいたのは、死んでしまった親友との再会、そして救済を夢見て・・・それが叶わなかった一人の魔女のこと。

今、彼女を目の前にしているかのように、私はかつて自らが思い知った、冷たい現実を吐き出していました。

あの時、同じようにこの言葉を突き付けて、彼女を止めることが出来ていれば。

その先の結末に思い至れる経験と、その夢を壊してしまえる勇気があれば。

そんな想いが溢れ、思わず涙までもが滲んでしまいそうになって、私は慌てて顔を擦ります。

 

その時、ふと気配を感じ、次いで肩に何かが触れたのを感じました。

驚きのあまりぴくりと身を揺らしてしまってから、私は自分に触れたものの正体に目を向けます。

 

肩に手が添えられていました。

カエデさんの手でした。

 

彼女はただ、寄り添うようにして傍に立ち、私が落ち着くのを待ってくれているようでした。

憎まれ役を買ったつもりでも、結局は、そう考える理由すら告げず、私の主観を叩きつけただけでしかありません。

ひどい、と詰られるものだと思っていました。

希望をわざわざ打ち砕くような、血も涙もない冷たい魔女だと、糾弾されると思っていました。

カエデさんをただ絶望に突き落としてしまっただけなのでは、と、恐れてもいました。

・・・ですが、そうはなりませんでした。

 

「・・・すみません」

気づけば、そんな謝罪が零れていました。

 

しかしカエデさんはただ、優しげな声で言います。

 

「ううん・・・きっと、私のために言ってくれてるんだろうって、思ったから」

私が、何も知らないカエデさんの事情に勝手に共感してしまったように。

「だから・・・ありがとう、イレイナさん」

 

カエデさんもまた、私の内にある何かを、分かろうとしてくれているようでした。

しばらくそのままの時が過ぎて、静寂がその場を包みます。

まったくの初対面であるというのに、奇妙だとは思いながらも、不思議と、気まずい、とは思いませんでした。

 

そして、どれくらいそうしていたでしょうか。

ふと急に足元に暖かいものが当たって、私は顔を上げました。

見れば、わずかばかり途切れた雲間から、日差しがいくつもの細長い光となって降り注ぎ、その一本が私たちを照らしていたのです。

いつの間にか、風の向きが変わっていることに気がつきました。

山の天気は変わりやすいと聞きますが、薄暗かった空が見る間に晴れていく様は、まるで時間が急に速く流れ出したかのようでした。

雲の流れはそれほどに速く、私たちの上にある山肌にぶつかっては千切れるようにして散っていきます。

そして地平の向こうからは雲の終端がやってきて、それが通り過ぎようとする傍から、淡い光の柱がどんどんと数を増やし、太く、大きく、やがて帯となって広がっていくのです。

光芒、というのだと、いつか本で読んだことを思い出しました。

その光景に暫し、私は目を奪われていました。

 

「・・・でもね、私も気がついたらこんな山の中に来ちゃってるぐらいおバカだからさ」

 

隣で声がして、私はカエデさんの方へ向き直りました。

カエデさんもまた景色に目を向けていて、まるでその光から元気をもらったように、にこりと笑みを浮かべていました。

そして彼女は私を見返し、殊更に明るい声でこう言ったのです。

 

「だからイレイナさんの言ってること、わかんないや。分かんないからこの先も目指しちゃう」

 

私はぽかんと口を開けて、何を言うべきやら迷っていたと思います。

 

「・・・あの、この先には魔物が」

「それはイレイナさんがやっつけてくれるんでしょ?」

 

雲の終わりが、私たちの頭の上を通過しました。

カエデさんは両手を広げ、陽光のカーテンを一身に浴びて、輝く笑顔でくるりと回って一言。

 

「いいんだ、私の気が晴れれば!」

 

そしてほんの数瞬、指を顎にあてて何か考える素振りをしてから、彼女はそこに付け加えるように言いました。

 

「じゃ、目的を増やしちゃおう・・・たとえそこに誰もいなくっても、イレイナさんと山頂に辿り着いて、ヤッホーって一緒に叫んだら、きっと楽しそうじゃない?」

 

唖然、とはこのことでした。

底抜けに楽観的、というべきなのでしょうか。

つい、そう呆れかけて、思い直します。

どちらかといえば、きっと、私の方が底なしに悲観的だというだけのことなのでしょう。

 

なぜなら、カエデさんはあえてそんな態度を取ったようでした。

気にするな、なんとかなる、だから大丈夫。

カエデさんは暗に明に、それを伝えたかったのだと感じました。

励ますべきだった私の方が励まされてしまうほど、彼女は優しく、そして強い心を持った方のようでした。

・・・そんな彼女になお、諦めて帰れなどとは、もう言えませんでした。

 

「近くに別の山がないと、やまびこは返ってきませんが」

「えっそうなの・・・ちょっとぐらい返事してくれても・・・」

 

ふてくされたようにそんな事を呟くカエデさんに、私はつい小さく笑ってしまいます。

 

「分かっていても行くんですね」

「そ。だからイレイナさんは私のことは気にしないで・・・と言いたいところだけど」

 

そこで彼女は口端に笑みを浮かべます。

そして、こんなことを言うのです。

 

「足、疲れたなぁ・・・このままだと着いた頃には日が暮れそうだなぁ・・・」

ちら。

 

「あー、なんか身体も冷えちゃったなぁ・・・さっき氷の茨もちくちく痛かったしなぁ・・・」

ちらちら。

 

「・・・・・・」

わざとらしい視線でした。

 

「・・・うらやましいなぁー。私も魔法が使えたらほうきで飛」

「分かりました。分かりましたから」

 

折れて私がそう言い、ほうきを取り出してみせると、カエデさんは「やった!」と子供のように喜んでいました。

 

そうして、山頂までのそれからの旅路は、ほうきの二人乗りで進むことになりました。

風になびく髪を押さえながら、空からの景色を楽しげに眺め、時折歓声をあげているカエデさんを横目に、私は複雑な表情をしていたと思います。

二人乗りが嫌だとか、彼女には戻って欲しいだとか、今さらそういうことを考えていたわけではありません。

このまま捨て置いて先に行くほど私は冷血ではありませんし、掛けられた言葉に感謝の気持ちを抱いたのも事実です。

 

・・・ただ、本当は、最初から関わりたくはなかったのです。

悲劇を覆した先には、もっとひどい結末が待っていることもあると、私は知っています。

困っている人へ無責任に手を差し伸べて、その結果、その人がさらに苦しむのはもう見たくありません。

かといって、それを避けていられるのは、そうした人に出会わないでいられる間だけのことです。

 

私とカエデさんは出会ってしまいました。

 

一度関わってしまった以上は、今さら見て見ぬふりをすることなど出来ませんでした。

こうして出会ってしまったのなら、それを良き別れで終わらせたい。そう願ってしまっていました。

旅は道連れ、世は情け。その言葉に背を向けたのが私です。

しかりやはり私はどこかで、人の幸せな姿を望んでしまっているのかもしれないと、カエデさんの横顔を見て思います。

私の視線に気づいて微笑みを浮かべるカエデさんに、私はぎこちないながらも笑みを返しつつ。

それを気づかせてくれたことに、感謝の気持ちをその視線に込めて送ります。

 

 

それが、とても罪深いことだと感じながら。

 

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