魔女の旅々、私の旅   作:緋色鈴

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-7- 再会を呪って

 

「ううぅ、ま、また寒い・・・」

「今度は本格的に冷えてきましたね・・・」

 

さっきまではあんなに晴れ晴れとした暖かい光の下だったのに、今は再び肌寒く湿った空気が辺りを包んでいます。

ちょうど雲と同じ高さなのか、周囲は僅かに霞みがかり、薄く白い筋が風の流れに沿って私たちを撫でていきます。

先ほど曇り空を吹き飛ばしていた気流の中にいるのですから、風が強いのは当たり前かもしれません。

それにしても、少し高さを変えただけでまったく異なる環境の変化は、まるで異界に迷い込んだかのよう。

風邪をひきそうな寒暖差に辟易としてしまいますが、煙る視界は日差しが遮られているということを差し引いても、少し薄暗いようにも思います。

あるいはこれも、魔物とやらの仕業なのか。

 

ほうきの上で身を寄せ合うようにして、寒気から逃れようと試みつつ、私たちは上昇を続けていました。

そろそろ山頂付近、もはや木々はなく、冷たい風を遮ってくれるものが何もない空中で、私もカエデさんも小刻みに震えています。

 

「そ、そ、そろそろ降りて歩きましょうか・・・さほど歩かなくても済むはずです」

「そ、そ、そうだね・・・そっちの方が、身体も温まるかもね・・・」

 

歯をかちかち言わせながら、カエデさんはこくこくと頷いていました。

 

「・・・それに降りれば、飛ぶのに使っていた魔力をこっちに使えます」

 

着陸して最初に、杖をひょいと一振り。

直後、耳元でひゅうひゅう鳴っていた音がぱたりと止みます。

するとすぐにカエデさんが感動の声を上げました。

 

「わっ、なにこれ、すごい!」

「空気の流れをちょっと曲げました」

 

周囲に壁をつくり、風が直接当たらないようにしただけでも、体感温度はかなりマシになりました。

カエデさんはいたく感激した様子で、風を阻んでいる見えない壁のあたりで手をひらひらしています。

 

「すごいすごい、これは快適!・・・でも、飛んでるときはダメだったの?」

「できなくはないんですが」

 

気流というのはとかく飛行に影響するので、自分でそれに干渉してしまうと感覚が狂ってしまうのです。

また、その二つを同時に制御する際の魔力の消費も、それなりに増えてしまいます。

 

「無駄遣いは避けたかったので」

「あ、そっか・・・」

 

同様の理由で、火を起こすなど、温まりたいからといって派手な魔法は避けるべきでした。

ここはもう安全とは言えないのです。

カエデさんも、頷いて気を引き締めたようでした。

この先に、二人の異なる・・・あるいは同じかもしれない、目的があります。

 

「何か見つけたら私に知らせて、私の陰に隠れて下さいね」

「う、うん・・・」

 

不安げなカエデさんに微笑みかけると、彼女は少し安堵したように頷いていました。

そうして私は杖を構え、いつでもカエデさんを庇えるように立ちながら、岩を避けて進んでいきます。

周囲は雲か霧か霞か、僅かに白みがかっている中に灰色の障害物が点在していて、視界は多少悪いと言わざるを得ません。

しかし周囲は岩と砂利ばかりになり、カエデさんを見つけたときと同じように、そこに他の色彩があればすぐに気づくでしょう。 

果たして、そこにいるのは魔物か、それともそれを操る魔女なのか。

 

「でも本当に、こんなところに・・・」

そして、そう、カエデさんが言いかけた時のことでした。

 

「カエデ」

 

私のものでも、そしてカエデさんのものでもない声が、風に乗って届きました。

カエデさんが弾かれたように振り返り、私もそちらに視線を向けます。

そしてその姿を見た彼女は、一瞬にして泣きそうな顔になって、きゅっと口元を引き結んでいました。

 

「・・・っ!」

「よくここまで来たね、カエデ」

 

そう声を発したのは、両手を体の前に揃えて佇む、艶やかな黒髪をなびかせた女性でした。

岩陰から現れたその女性はカエデさんに真っ直ぐ視線を注ぎ、柔らかな笑みを浮かべていました。

 

「サクラ!!」

 

止める間もなく、感極まったカエデさんがその女性の名を叫び、駆け出していました。

 

「カエデさんっ」

 

私の声は耳に入っていないのか、彼女はたまらずといった様子でサクラさんの元まで駆け寄って、力いっぱいその体を抱きしめていました。

サクラさんはそのままの姿勢で抱きすくめられ、ただ視線をカエデさんの首元に向けています。

 

「本当に会えた・・・ほんとに、会えたんだね!サクラ・・・!!」

「ええ・・・そうね」

 

涙を流し、震える声でカエデさんが感情を吐露し、サクラさんもまた、ゆっくりと頷いてみせました。

きっと、カエデさんがこの国に来た理由、そして無理な登山をしてでも出会いたかった、その人なのでしょう。

 

・・・出会えないはずの人に出会える山。

それは本当だった、ということでしょうか。

この山頂に程近い場所で、サクラさんは確かにカエデさんの前に現れ、こうして巡り会いました。

それはこれ以上ない、感動の再会と言っていいはずの、そんな光景でした。

私は呆気にとられながらも、少し離れた距離から、ただサクラさんをじっと見ていました。

 

「私も会いたかったわ、カエデ・・・」

「私も・・・私もだよ、ずっと、ずっと・・・!」

「ずっと一緒だって約束したものね」

「うん・・・うん・・・!」

 

サクラさんは薄く微笑みを浮かべました。

そして、その呟くような小さな声はかろうじて、風に乗って私の耳にも届きました。

 

「だから・・・今からでも、遅くはないわ」

「・・・?」

 

直立不動のまま、カエデさんに抱きすくめられたままの姿勢でいるサクラさん。

そんな彼女が口にした言葉に、カエデさんが少し身を起こしたときのことでした。

その瞬間、私はすかさず魔法を放っていました。

 

「きゃあっ!?」

 

氷の茨が勢いよく伸び、二人の間に割って入ります。

カエデさんはそれに押されて後ろに尻もちをつき、サクラさんは茨に手足を絡めとられて動きを止めます。

 

「えっ・・・なっ・・・・・・サクラ・・・?」

 

もし、それも私の早とちりであったのなら、サクラさんを狙った魔法にカエデさんは憤るところだったかもしれません。

しかしカエデさんは驚愕の表情で、私ではなく、サクラさんの顔を見上げていました。

カエデさんも気づいたのです。

茨に阻まれる直前、サクラさんがおかしな挙動をしていたことを。

 

彼女は、カエデさんの首に両手を添えていました。

 

今は氷がまとわりつき、その手を下ろすことも伸ばすこともかなわず、中途半端な姿勢で固まっているサクラさん。

その表情はまったく動きません。

そして氷の茨に邪魔されなければ、その首を包んだ両手が、次に何をしようとしていたのかは明白でした。

 

「・・・サクラ?」

「・・・・・・・・・」

 

呆然としたまま、沈黙したままの女性を見上げているカエデさんに、私は硬い口調で指示をしました。

 

「カエデさん、こっちへ来てください」

「・・・イレイナさん」

 

戸惑いの表情で、カエデさんがこちらを振り向きます。

私は、告げねばなりませんでした。

 

「・・・・・・その人は、サクラさんではありません」

 

私がそれを口にするのに、それを告げられたカエデさんを見るのに、どれだけの覚悟を重ねていたでしょうか。

それでも、胸の奥に鋭い痛みが走り、呼吸が一瞬乱れるほどに、希望を奪われたカエデさんの表情は、悲痛に歪んでいました。

また、私は。

一瞬口元を引き結んで、しかし、私は頭を振ってその思考を振り払います。

最悪の事態をすんでのところで止められたのなら、この先にそれ以上はないはずだと自分に言い聞かせます。

向けた杖はしっかりと持ったまま、私は覚悟の上に決意を塗り固めて、カエデさんに再び声を投げかけます。

 

「カエデさん!こちらへ!」

「う、うん・・・」

 

カエデさんとて、覚悟はしていたのでしょう。

一度だけ、彫像のように動かないサクラさんを見返してから、その後は素早く、カエデさんは身を起こそうと動き始めていました。

パキリ、と音が響いたのはその直後。

 

「う、わっ?!」

「!」

 

サクラさんの姿をしたものが、氷の茨に包まれてなお、無理矢理にカエデさんに近づこうと動いていました。

細く尖った氷に身体を押し付け、力任せに踏み出したために、茨の先端が折れて身体に突き刺さっています。

それでもなおその顔は、なんの痛みも感じていないように無表情。

異様な姿でした。

 

「イ、イレイナさんっ」

 

それを見て、カエデさんもそれがサクラさんとは絶対に異なるものだと強く感じたのでしょう。

足を少しもつれさせながらも、彼女は無事に私の傍まで逃げてきます。

 

「怪我はありませんか」

「う、うん・・・!」

 

素早くその姿を後ろに隠してから、私は再びサクラさんの偽者に杖を向けなおしました。

氷を手折り、いくつかは身体に突き刺したまま、それは前へ進もうとしてきます。

その瞳には何の感情も宿っていないように見えました。

まるで私などはじめから見えていないかのように、視線は私の身体を通り抜けて、真っ直ぐにカエデさんを見据えていました。

 

「な、なに・・・あれ・・・」

「・・・」

 

私は追加で茨を作り出し、その動きを阻みながら呟きます。

 

「・・・魔物でしょうね」

 

麓の国の兵士たちが見たという、ばらばらな姿をした正体不明の化け物。

人の姿をしながら、明らかに人間とは異なる雰囲気をまとったそれは確かに、魔物としか形容できない存在のように見えました。

 

「で、でも、なんでサクラの格好に・・・?」

「それは・・・」

 

分かりません。

姿かたちを自在に変えられるのか、はたまた、兵士たちが見たというそれらとは別の個体なのか。

しかしその実態がなんであれ、己の身体にいくつもの傷を作りながらこちらに迫ろうとするサクラさんの姿はとても痛々しく、それを見せられているカエデさんも気の毒だと感じました。

あれが件の魔物だというのならば、そしてそれが明確に人に危害を加えようとする性質ならば、私のやるべきことは一つです。

それを躊躇う理由は、今のところたった一つしかありません。

 

「カエデさん、私の後ろに隠れて、目を閉じて下さい。可能なら耳も塞いで」

「え・・・う、うん」

 

戸惑いながらも、カエデさんは私の指示に従ってくれます。

そして私は、カエデさんが私の背中に顔を埋めるのを待ってから、杖を振るいます。

 

直後、身動きの取れない魔物の頭の上に、巨大な氷の塊が出現しました。

周囲の環境に若干左右されるその魔法は、この寒く湿った山の上では瞬時に、正確に、一際巨大に発生しました。

そして氷塊は重力に従って、落下し・・・その大質量を山肌に叩きつけて、轟音と共に砕け散ります。

その下にあったものは、言わずもがな。

爆発したように飛び散った氷の破片がこちらまで飛んできて、三角帽子に当たり・・・そのぱらぱらという音の後に、静寂が訪れました。

やがてその衝撃と音に驚き、身をすくめていたカエデさんが恐る恐る肩から顔を覗かせます。

 

「・・・どうなった、の?」

「・・・見ての通りです」

 

カエデさんは目を閉じる前は存在していなかった見上げるほどの氷の山に、ぽかんと口を開けていました。

 

「サクラ・・・いや、えっと、魔物は・・・」

「やっつけました」

 

あえてそんな言い方をして、私はなんということもない素振りを見せます。

不気味な存在でしたが、それは特に抵抗することもなく氷の下敷きになってくれたようでした。

まさか本当に人間に近い何かならばと加減することも考えましたが、あの無機質な瞳を見て、それはないだろうと判断するに至りました。

旅の中で、それに類するものも何度か見てきました。

生物や意志あるものの産物ではなく、魔力によって変質した自然物が時折見せる、現象に近い何かです。

後は・・・それがなんだったのかを確認するだけでした。

 

 

「カエデさんはもう少し下がっていてください」

 

言いおいてから、私はゆっくりと前へと進み出ました。

割れた氷から冷気が漏れ出し、周囲を白い靄で包んでいます。

私はそれを幸いなものと安堵しながら眺めていました。

もしその下にあるのがサクラさんの姿のままであったなら、とてもカエデさんには見せられたものではないからです。

このまま近づいて確認だけしたら、全体を氷で包み隠してしまおうと考えていました。

仮に魔物が生きていても、黒い影が飛び出して来ればさすがに気づけるだろうと考えていました。

 

それ故に。

靄の中から音もなく飛来した半透明の魔力の塊に、私はまったく反応することが出来ませんでした。

 

「あうっ」

「イレイナさんっ?!」

 

後ろの方で私の名を叫ぶカエデさんの声が聞こえましたが、胸の中心を強く叩かれた私は、返事をすることはおろか、呼吸までもが一瞬うまくできずに背中を丸めてしまいます。

しかし飛んできたそれは衝撃を与えるだけの、魔法使いが牽制によく使う魔法でした。

相手がそれを使ってきたことに驚きながらも、見えざる飛び道具を警戒していなかった己を叱咤し、頭を切り替えます。

咳き込みながらもどうにか杖を持ち直し、眼前を見据えた私は、靄の中から人影が立ち上がるのを見ました。

人間ならば少なくとも起き上がれない程度の痛打を与えたはずですが、と私は目を細めます。

現れた人影はふらふらとした足取りではあるものの、怪我をしている素振りはありませんでした。

魔法を使うということは、サクラさんは魔女だったのか、あるいは魔物が正体を現したのか。

 

などと。

そう考え始めた頭の中は、霞の中から進み出てきたその姿を視界に捉えた瞬間、真っ白になっていました。

 

「え・・・」

 

その人はサクラさんではありませんでした。

私の知っている人でした。

私と似た髪型。私と似た三角帽子にローブ。

 

「あ、あなた・・・は」

 

そして、私とはまったく異なる色合いの服装。

()()

 

「・・・・・・・・・ゆるさない」

 

びくり、と勝手に身が竦みました。

その声は、かつて耳にした時と全く同じ声色で、そこには確かに感情が含まれているように感じました。

憎しみと、怨嗟の滲んだ声。

その少女は、私がかつて出会い、そして決して、ここで出会うことはないはずの人でした。

 

「・・・エステル、さん・・・?」

 

菫衣の魔女はあの時目にしたのと同じ、暗く濁る憎悪を宿した瞳で、私を睨みつけていました。

 

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