魔女の旅々、私の旅   作:緋色鈴

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-9- 夢か幻か

本日何度目の驚愕と混乱だったでしょうか。

純粋な驚きという意味では、此度のそれが最大のものかもしれませんでした。

途切れかけた意識の前後で、エステルさんと入れ替わりに眼前に現れたのは第三の魔女。

ひどく見覚えのある、自信ありげな、不敵な笑みを浮かべた魔女でした。

灰の魔女、イレイナ。

それは私の名であり、同時に彼女の名でもありました。

 

「な、なぜ・・・貴方が、ここに」

 

先ほど違う人物へ問いかけたのと全く同じ台詞が、口をついて出ていました。

 

「さあ。でも、夢ではありませんよ、きっと。なぜなら私はそこの人を知りませんし」

とカエデさんを指しつつ、彼女はあっけらかんとして言いました、

カエデさんは私と彼女を交互に見比べて「え?え?」と訳が分からないという顔をしています。

無理もないことでしょう。

なにせ、私たちの姿形はまったく同じ。

ただ一つの違いは髪の長さ。

それは紛れもなくかつての私と、そして夢の中で一度だけ出会った彼女と、全く同じ姿をしていました。

 

「まあ、詳しい話は後にしましょう」

 

なんということもないように彼女はそう言って、向き直ります。

聞きたいことは山ほどありましたが、その背中は落ち着いて話をしていられる状況ではないと告げていました。

見れば氷の中から、再び何かが這い出てくるところでした。

それはサクラさんでも、エステルさんでもありませんでした。

 

もはや人間の形すらしていませんでした。

 

輪郭のぼやけた、風景画を重ね合わせたような極彩色。

空中にいくつもの絵具を垂らして滅茶苦茶に掻き混ぜたような、立体感のない色の集まり、としか形容できないもの。

それが複雑に変色しながら蠢いて、ゆっくりと進み出てくるところでした。

 

「なにやら事情があるようですけど、あれが倒すべきものということに間違いはないですよね」

 

確認のように口にした彼女の言葉に、はっとしました。

やはり、あれはエステルさんではなかったのです。

カエデさんの前ではサクラさんに、私の前ではエステルさんに化けた、魔物でしかないものだったのです。

当たり前のように彼女が言ったことを、そのまま当たり前と思う程度に、落ち着いてみれば分かることでした。

ものの見事に、魔物の術中に嵌っていた、という事なのでしょう。

突如として過去を突きつけられた私は、平常心を失い、危うく現実をも失うところでした。

それを、ほかならぬ彼女に、救われたと。

そういうことのようでした。

 

「だいぶ混乱しているようですし、あなたは休んでいてください」

 

彼女はふっと薄く微笑んで、何の姿にもなれていない魔物へと杖を向けます。

 

「ここからは、()()()()()の出番です」

 

こんな状況でも憎たらしいと思ってしまうほどに自信を感じさせる声で、彼女はそう宣言するのでした。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

未だ本調子ではない様子の短髪の私を差し置いて、私は眼前の得体の知れない存在に杖を向けていました。

どうやらその魔物らしきものの正体は、いつか出会ったような存在と同じ、人を欺くような性質を備えているようでした。

それは対面した人間の記憶を読み取って、それぞれ効果的な姿を選ぶ、というものです。

 

「厄介な奴ですね」

 

私は魔物に杖を向けて観察しつつ、率直な感想を呟いていました。

その先で、魔物はぐねぐねと朧げに形を変えていきます。

短髪の私に相対した時と同じように、私の記憶から、私が太刀打ちできないような存在を探しているのでしょう。

果たしてそれは数秒もしないうちに見つかったのか、マーブル模様だった表面は見る間に形を変え、決まった色合いへと分かれていき、輪郭もまた確かなものになっていきます。

身構えた私は、それがまたしても魔女の三角帽子と杖を持っていることを判別したあたりで、それが誰なのかに気がつきました。

その姿を目にした、私の反応はこうです。

 

「ええ・・・」

 

そして、その人は口を開いて言いました。

「さあ、お稽古は終わりですよ、イレイナ」

フラン先生でした。

 

私は若干戸惑いながらも、その台詞を聞いて、魔物がお師匠様ことフラン先生に化けるに至った理由をなんとなくですが察します。

確かに、私はかつてフラン先生と戦ったことがあるのです。

なるほど、私より実力が上の人、という意味では一番最初に思い浮かべる人でしょう。

それは姿も声も先生そのもの。

ですが。

 

「人選ミスでは?」

 

私はそう呟いて杖を向け、フラン先生の姿をした魔物に容赦なく魔法をぶっ放しました。

高密度の魔力の塊が、恩師の顔面目掛けて飛んでいきます。

もし騙し討ちの形で来られていたら躊躇したかもしれませんが、目の前で化けられたのならその理由はありません。

というかむしろ、見た目だけがフラン先生ならばかつての仕返しをするチャンスではないかと、つい全力を乗せてしまった次第です。

しかし、流石はフラン先生の姿というべきか。最初の一撃は不可視の力によって叩き落されてしまいました。

 

「ふむ、魔女に化ければ相応に魔法も使えてしまうわけですか。凄いですね」

 

などと言っている間に、お返しとばかりに様々な魔法が間髪入れずに飛んできます。

鋭い風の刃やら、空気をも焦がす熱線やら、轟音とともに飛来する石礫やら。

まともに当たれば大怪我は免れない程度の、殺意が込められている・・・ように見える、魔法の数々。

 

「とはいえ、見習いの頃とは違います」

 

私もそれを同様の魔法で相殺しながら、表情の変わらないフラン先生を見据えて言い放ちました。

 

やはり、それは私の記憶の通りに再現されたもののようでした。

魔女見習いの頃、なし崩し的にフラン先生に攻撃されたことがあります。

実のところ、それは私の精神面に関する修行の一環であり、私と先生にとって大きな一つの契機でもありました。

ところが当時の未熟だった私はそれが先生の本気だと思いましたし、実際に当たればただではすまない威力だったと記憶しています。

はるか格上の魔女が有無を言わせず放ってくる魔法の数々に恐怖を感じていたのは間違いありません。

しかし今にして思えば、あれがフラン先生の全力だったわけがなく、当時の私でも必死で立ち向かえば抵抗できる程度に加減されていた筈です。ましてや、本気で私に殺意を向けていたわけもありません。

それゆえ、今見ればその攻撃は大したことがないように思えるのです。

どうも、魔物はその辺りを区別できないようでした。

 

「おっと、選手交代ですか」

 

そんなことを考えていたせいか、フラン先生の姿が霞の向こうに消えるようにしてぼやけていきます。残念、もうちょっと撃ちたかったのに。

こほん。

 

そして、ややあってから現れる別の姿。

今度は、首のない魔法人形でした。

 

「・・・」

一転して、なんとも思い入れのない相手でした。

「えい」

 

まあ確かにひやりとした場面もありましたが、と当時のことを思い返しつつ杖で一閃。

武器を構えられる前に、私はそれを一撃で吹き飛ばしました。

見た目のままに普通に魔法を浴びた人形はばらばらになり・・・ながらもまた霞んで消え、さらに異なる姿を取り始めます。

 

「・・・どうも、ただ単に強い相手、という訳ではないようですね」

 

それから次々と形を変えては現れる偽者の数々。

それらに冷静に対処しながら、私は確認のように呟いていました。

どうやら、その魔物の本領は人の心に付け入る手口であるようで。

既にそのタネが割れていることもあり、はじめから叩きのめす気しかない私からすると、あまり苦戦する気配はないように思えました。

 

ある程度平静を取り戻したのか、気づけば隣に短髪の私が立っています。

彼女もその様に何か思うところがあったのか、私と同様に、その魔物が変えていく姿を観察していました。

その後ろの方をちらりと見てみれば、その彼女が守っていた、どこからか拾ってきたらしい少女が「はえー・・・」と私が連発する魔法を見て間抜けな顔をしています。

そして視線を戻すと、短髪の私が、独り言のつもりだった私の言葉に首肯していました。

 

「単に戦った中で強い相手を選ぶのならば、もっと他にもあるはずです」

 

魔法をいくらでも吸収するゴーレムとか、炎さえも凍らせる魔女の成れの果てとか。

そのあたりに化けられたら厄介かもとは思っていたのですが、その魔物の選ぶ基準は少し異なっているようでした。

どうやら化けた姿をいくら攻撃しても大したダメージにはならないようで、効果なしとみるや魔物は矢継ぎ早にころころと姿を変えていきます。

そしてその中でも印象に残るものこそ、魔物の本質のように見えました。

 

短髪の私に聞いてみれば、彼女やその後ろの彼女に対しても、魔物はそうした姿を取って見せたそうです。

後ろで守られている少女には、かつて亡くした友人と思われる女性。

短髪の私には、自らの親友を殺そうとした魔女。

兵士の方々の前には、血塗れの狼。首なし騎士。元恋人。

そして今目の前に、色とりどりの花束を抱えた名も知らぬ女性が出てきたあたりで、私はそれを看破しました。

 

その魔物は、相対した人物にとって「死」を連想させるものに、化けるようでした。

 

その多くは直接戦ったわけではなく、私のすぐ傍で亡くなってしまった人物や、その手を下した人物です。

戦う力があるかないかに関わらず、己が目にしたものの中で、死への恐怖や、悲嘆や、無力感を感じさせる相手。

なるほど本当に厄介ですね、と、苦々しいものを抱きます。

かつて救うことのできなかった存在、あるいはそれを思い知らされた存在に相対しなければならないとなれば、確かに一瞬、杖を振るう手の動きは鈍ります。

その境遇をそれなりに知っている私が察するに、短髪の私にはひどく有効で、その姿はまさしく心を挫くに十分な人物だったのでしょう。

が、目の前で次々とそういう悪趣味なことをされれば、魔物そのものに対する怒りが上回ってくるものです。

下種な手段を取る相手には、全力を以て対抗させて頂くほかありません。

私は半ば機械的に、現れ続ける自らの過去に魔力を浴びせていきました。

 

 

 

 

 

 

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