季節は少しずつ巡り、気温も上がって来た頃。
「よろしくね、八八。
勘付かれないために誰にも話せない以上、君は苦しい戦いになるだろう。
それでも最善の結果を出すため、どうか最善を尽くして欲しい。頑張ってくれ」
「御意」
八八は産屋敷の命を受け、刀鍛冶の里へ向かった。
名目上は、出来上がった八八用の日輪刀を取りに行くということになっている。
八八用に最適化された刀を得れば、ようやく代理の刀もお役御免で、八八は無惨と戦う前の全力を取り戻すことができるだろう。
「どうも、案内役の
「なるほど、ナナシの名無し」
「名無しのカクシです」
「なるほど、カクシのナナシ」
「あの、これ延々と続けるんですか?」
「刀鍛冶の里までよろしく頼む」
「あ、はい」
八八の顔に目隠し耳隠しの袋を被せ、隠が八八を背負い、走り出す。
隠が忍者の格好をしているのもあって、まるで人さらいのようであった。
鬼殺隊は、脆い。
鬼の集団は強い。
それは、鬼殺隊が私設組織であり、鬼がまともな組織を構築していないからだ。
「草木がいい香りを出してきたな」
「八八さんもそういうのに風情を感じたりするんですね。驚きました」
「拙者は妖怪扱いか?」
「はい」
「はいじゃないが」
鬼は鬼になった時点で、もう鬼舞辻には逆らえなくなる。
そして人間に血を注ぐだけで、新しい鬼を作ることができてしまう。
才能があれば鬼は沢山の人間を喰い、一気に強くなっていく。
人間と違い必要なのは努力ではない。食人だ。戦力補充は非常に早い。
鬼舞辻の気質もあって鬼は組織を作らず、ゆえに組織の瓦解という概念がなく、鬼舞辻さえ生きていればいくらでも立て直すことができてしまう。
鬼は強力な個の集団。
鬼舞辻さえ生きていれば何度でも復活できる、集団の頭に偏重している化物の群れ。
群れの長さえ倒せば終わりの、獣の群れと変わらない集団だ。
恐ろしいことに、この集団の維持には一切の知性も長期的計画も必要ないのである。
対し、鬼殺隊は組織力こそが肝である。
組織を構成する剣士、剣士を支える治療施設、諜報要員、各地の拠点の人間、武器の製造集団、剣士の教育を行う引退済みの剣士、等々……それぞれどれが欠けても回らない。
『集団の力』で、『人を超えた化物』に、『勝つ』。
これが鬼殺隊の基本だ。
数百年前から呼吸と剣技の技術を継承し続け、組織の力で強大な鬼に拮抗し、全滅しかけても全滅だけは避けてきた。
それが鬼殺隊の強さと言える。
その理由の一つに、理想的なリスクコントロールがあった。
「あ、ちょっと小雨降ってきた……すみません八八さん、少し濡れるかもです」
「しまった、洗濯物取り込むの忘れてしまった。
雨を被るのはキライでね……洗濯物を隠して大人しくは出来ないタチだ」
「ええ……なんで里に長期外出する予定だと分かってたのにしまってないんですか」
「いや……洗濯物取り込みはものすごく時間がかかるのだ」
「すぐ終わりますよ! ……よければ私がやっておきますけど」
「ウワサ通りいい気遣いだ! ついていこう!
しかし長いな。
返礼代わりに一発芸を見せてやろう。
"洗濯物を取り込む鬼の真似"。
『ズズズ……ククク、残ったのは貴様一人だ。貴様以外は全員私の餌になったぞ』」
「それ鬼殺隊士を取り込む鬼の真似では?」
八八を背負っていた隠が、次の隠へと八八を渡し、次の隠が八八を背負い走っていく。
A地点からB地点までの道を知る隠。
B地点からC地点までの道を知る隠。
C地点からD地点までの道を知る隠……といった風に、それぞれが持つ情報を断片的にすることで重要な拠点の場所を隠す。
こういった細かな工夫が、鬼殺隊の完全な根絶やしを防いでいた。
弱者である人間の工夫と言えるだろう。
八八も目や耳を塞がれているため、里の場所を知ることはできない。
運んでいる隠も定期的に入れ替わり、それぞれの隠達に道を教えるカラス達も入れ替わる。
これでは、心を読む鬼が居ても重要な拠点の場所は分からない。
口の軽い隠が、自分の持つ情報を漏らしても何ら問題がない。
"口が堅い個人"などの個人技能に頼らない、無能や凡人しか居ない鬼殺隊に成り果てても秘密を守ることができる、『システムによる機密保持』。
まともな鬼組織も作ろうとしない鬼のほとんどが、真似することもできない『力』であった。
「暖かくなってきましたねえ。
八八さん暑くないですか? 隠はもうこれですから結構熱こもるんですよね」
「"涼"を失ったな……拙者は平気だが、もう南の方ではセミが鳴いていそうだ」
「こっちはまだまだ春って感じですけどね」
「『う……嘘だろ!? 俺が七年も寝ている間にセミ子ちゃんが!』
『他のオスと懇ろになってる!』
『俺が土の下で寝ている間に……これが寝取られ……!』と泣き鳴いているのだろうな」
「やめてくださいよ変なストーリー付けるの」
「『俺が
『ミーンミンミン、だが貴様には
『お前は……脂ぎった中年寝取り男蝉のアブラゼミ……!』」
「くっ……この人……! 特に理由もなく私を笑わせに来てる……!」
道中、八八は一度も口を閉じなかった。
隠が一人目、二人目、三人目……と入れ替わっていっても、八八は黙らなかった。誰も八八を黙らせることなどできないからだ。
ある者は笑い、ある者はキレ気味にツッコミを入れ、ある者は八八の語感が良いような悪いような独特な言い回しを真似していた。
話し相手が次々変わる、奇妙な珍道中のような旅路。
「もうすっかり夜ですね。でももう少しで刀鍛冶達の里ですよ」
「もうか。早かったな」
「お疲れさまです。コソコソしなくていいなら八八さんももう少し早く運べたんですけどね」
「コソコソ何をやってる!?」
「ええ……」
苦笑する隠の袖を、何かを見通した――感じ取った、ではない――八八が引き、唐突に隠の背から飛び降りた。
目隠し耳隠しになっていた袋を一瞬で脱ぎ捨て、腰の刀を抜き、八八は隠がこれ以上先に進まないように手で制する。
山中、里の手前で突如目隠し等を脱ぎ捨てた八八に、隠は困惑を隠せなかった。
「止まれ」
「はい?」
「拙者をよくここまで運んでくれた。ここまででいい」
「いやそういうわけでは……」
「鬼が居る。拙者の心眼は誤魔化せん」
「!」
木々に隠れながら道先を見ると、月に照らされる山道に、三体の鬼が見えた。
道の真ん中に人の死体があり、それを貪り食っている。
ひっ、と声を出しそうになった隠の口を、咄嗟に八八が手で塞いだ。
八八が止めていなければ、今頃二人まとめて食われていたかもしれない。
「あれだな」
「本当だ……」
「食われているのは隠か……となると」
里周辺で隠が食われているなら、里への移動中に攻撃された可能性が高い。
つまり、死体が一つだと違和感がある。
今食われている隠が運んでいた誰かが居たはずだからだ。
八八がそう考えていると、近くに隠れていた剣士の少女が姿を現す。
「や。奇遇だね、八八くん」
「真菰姫か」
「目的地は一緒かな?
まいっちゃうよね。
誰にも里の場所を教えないため目隠し等々、ってのは分かってたけど……
そうやって感覚全部封じられてたから、鬼の接近に気付けなかったんだよね」
「なんとなく話が見えてきましたよ」
「出会い頭に一撃、私を運んでた隠の人は死んじゃって。
咄嗟に隠の人が庇ってくれたおかげで私は無事。
……悪い事したな。私のせいで死なせちゃったようなもんだよ」
「運が良かった。その一撃で真菰姫が死んでいてもおかしくはなかっただろう」
「そうだね、運が良かった。八八くんが来てくれた」
時間帯と不運が重なった事故、のようなものかもしれない。
急ぎの移動だったとはいえ、夜でなければ。
鬼がたまたまこの辺りに来ていなければ。
剣士の一切の感覚を封じ、道を覚えさせないようにする決まりがなければ。
あるいはこうはならなかったかもしれない。
「真菰姫の武器は……見たところ、無いか」
「そもそも刀無くなっちゃったから行こうとしてたんだよね。
敵が強い酸を吐く鬼だったから戦ったら……ほら、こんなにボロボロ」
里に行こうとしている時点で、その剣士の刀は手入れが必要か、破壊されているかのどちらかだろう。里に直しに行こうとしているのだから。
真菰が袋から取り出した、腐った木の棒のようになってしまっている刀を見て、八八は自分が手に持っていた日輪刀を真菰に手渡した。
「拙者は素手でもできることはある。
それにこれは元は錆兎の刀だ。水の呼吸の剣士の手に合うだろう」
「……分かった。気を付けてね」
「忠告は要らぬ。だが無事は祈ってくれ。拙者、姫の祈りで強くなる侍ゆえ」
「私なんかの祈りでいいなら、いくらでも」
八八は素手。真菰が刀一本。敵の鬼は三体。鬼に有利な灯りのない夜の山道……と、敵味方と戦場の情報を考えていく途中、八八は真菰の髪飾りに気が付いた。
「その髪飾りは……」
「しのぶちゃんのお古の髪飾り一個貰ったんだ。どうかな?」
「綺麗とも言えるし、よく似合っているとも言える」
「ありがとう。ふふっ」
ちょっとだけ和んで、少し気合いを入れて、僅かな音も立てず、彼らは飛び出した。
「! 何奴!?」
驚く鬼達。
二体の鬼を真菰に任せ、八八は一番体が大きな鬼へと飛びかかった。
3mを超えようかという恐るべき巨体。こんな巨体に捕まってしまえば、真菰の細い手足など簡単に引きちぎられてしまうだろう。
小さい子供が『俺の剣ー!』と言いたくなるような、太く長く立派な木の棒を手に握り、八八は渾身の技を繰り出した。
神速の刺突連打。本来の武器であれば、いかなる敵をも貫く、一瞬にして88の刺突を叩き込む奥義が鬼を襲う。
が。
叩きつけた木の枝が折れ、鬼の体には傷一つ無かった。
「あ? 何かしたかお前!」
けろりとした鬼に、八八は余裕綽々といった顔で木の棒を投げ捨てる。
「うむ、流石に木の枝では無理か……」
この鬼は、相当人を喰っている。
鬼の強さは、人を食った数に比例する。
それぞれの鬼が喰える上限数がほぼ決まっているため、それが力量の上限となる。
鬼としての才能の上限、と言ってもいいだろう。
最上位の鬼は砕けないダイヤモンドとたとえられるほどの強度を持ち、そうでなくとも、それなり以上に食べればその身体強度は鋼鉄並である。
ただの木の棒で砕けるような体ではないのだ。
鬼が八八の体を掴み、地面に叩きつける。
「ぐっ」
そして、喰った。
逃げないように両足に食らいつき、喰った。
八八の両足が失われ、鬼が奇妙な肉の味に首を傾げていると、八八の両足が再生する。
鬼が面白そうにまた両足を喰うと、また八八の足は再生した。
「おもしれーなお前!
食っても食っても肉が戻って来る人間とか初めて見たぞ!
持って帰ってずっと食ってやるよ! どうなってんだ?」
「色々あったが簡単に言うなら体質のためだ」
「へー! そんな体質の人間もいるんだなー!」
武器が無いなら無いで上手く立ち回る方法はある。
だが、八八はそれを選ばなかった。
上手い立ち回りとは、自分の生存のための最適解を選ぶということだ。
それはいけない。
今の八八の役割はこの鬼を真菰の方に行かせないことだ。
敵の攻撃を上手いこと回避していっても、八八に飽きたこの鬼が真菰の方に行ってしまえば、それでは何の意味もない。
八八は鬼のおもちゃとなって興味を引き、鬼に食われては再生を繰り返すループに入ることで、真菰の方に行く鬼を減らす戦術を選んだ。
「へー、へー、おもしれー、潰してもすぐ治んのか!」
「っ……!」
なんとかもう一体こっちに引き付けられないか、と八八が考えていた、その時。
月夜を走る
鬼に近寄ることを恐れながらも、勇気を出してその少年は、八八に向けて刀を投げた。
「これ使ってください!」
両足を食われていた八八が、右腕で地面を押して跳躍し、左腕で投げられた刀をキャッチし、空中で体を捻って瞬時に再生した両足で着地する。
「感謝する」
「げっ、てめえも鬼狩りの剣士かよ!」
「剣士じゃねェ侍だ! 浪人だがな」
「意味分からん!」
八八目がけて突っ込んできた鬼の足を切り飛ばし、鬼が地面を無様に転がったのを見て、八八は神速の踏み込みと音速の切り上げを同時に発動する。
接近と切り上げを同時に放つ金剛夜叉流の秘技が、鬼の首を切り落としていた。
彼が鬼の首を飛ばすのと同じタイミングで、真菰も鬼の一体を仕留める。
その一撃は、美しかった。
水面に跳ねる飛沫を思わせる動きで鬼の背後に回り、一閃。
したたり落ちる水の雫のように静かに、穏やかに、孤独に、鬼の首が落ちる。
義勇が凪いだ水面を思わせる水の呼吸の剣士なら、真菰は水が持つ『芸術としての一面』を体現する剣士であった。
二体倒して、残りは一体。
人間を喰うことしか考えていない最後の一体を見据え、二人は息を合わせる。
「拙者が右」
「私が左だね」
八八が右、真菰が左に駆け出し、鬼は左右のどちらを見れば良いのか分からなくなる。
その戸惑いと迷いが、致命的な失策だった。
"どう逃げても絶対に首を刎ねられる"という、鬼にとっては悪夢のような連携技が放たれる。
うねうねと左右に揺れる、水を思わせる流れるような足捌き。
一直線に突っ込む神速の足捌き。
柔軟な水の呼吸の横一閃。
鮮烈な煽の呼吸の切り上げ一閃。
それが、鬼の命を刈り取った。
「よしっ」
隠が勝利を見て拳を握り、喜んだ。
だが喜ぶのもほどほどにして、ひょっとこの仮面を付けた少年に話しかけに行く。
ひょっとこのお面は、里に住まう刀鍛冶達の証のようなものであった。
この里には常駐の鬼殺隊士が居たはずだ。
周辺も定期的に警邏している。
"鬼舞辻無惨が生み出した鬼が得た情報を自分も得られる"という特性がある以上、本来この里に鬼が近寄ることなどありえない。
里の位置を知った上で決め打ちしなければここに鬼が来るはずがないのだ。
何か、おかしなことになっているらしい。
「何故里の手前で鬼が……?」
「長が今の里の状況を説明します。
とりあえず、里に入ってください。
……あ! 名乗らずすみません、俺小鉄って言います! 行きましょう!」
小鉄に先導される形で、八八、真菰、隠の三人は歩き出していく。
最後尾を歩いていた真菰が振り返り、人知れず悲しそうな顔をして、自分を守って食い殺されてしまった隠に向けて、手を合わせていた。
里には、温泉の香り漂う穏やかな空間が広がっていた。
三階建ての頑丈な建物などが多く立ち並び、されどそれらは周囲の森や山々に囲まれて巧みに隠されており、教えられなければ里の存在に気付くことなどできないだろう。
ここに気付く鬼が居るとすればその鬼は、きっと戦闘力以外の部分が化物じみて優秀な鬼であるに違いない。
真菰が温泉の香りを胸いっぱいに吸い込んで、後ろ手に手を組み、八八の横で機嫌良さそうに歩いていた。
「ここの温泉好きなんだよねえ」
「女隊士は皆そう言ってるな。拙者は、いや……入浴にものすごく時間がかかるのだ」
「へー」
真菰は唇に指をあて、いつものような微笑みで、ちょっとふざけたような口調で喋る。
「私と温泉一緒に入る?」
「お前は物事を焦りすぎる」
「あはは、冗談だよ冗談。流石に八八くんに見せるのはちょっと恥ずかしいかな」
「それが拙者に対する口のきき方かァ!」
「ごめんごめん」
「拙者は少し気を付けろと思うがその説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある」
「しのぶちゃんも言ってるけどそこまで厳しく考える必要あるのかなって。なんで?」
「色々あるが簡単に言うなら性欲のためだ」
「なるほど……」
仲良いなこの二人、と名も顔も明かさない隠が口に出さずに思っていた。
ふと、真菰が何かを感じ取り、周囲をキョロキョロと見回す。
「ん? 何か聞こえた?」
「真菰姫、どうした」
「いや何か聞こえたなーって」
そして、真菰が感じ取れないほど遠方から、真菰から見ても慮外の速度で駆けて来た少年が、超高速で接近し八八の襟首を掴んだ。
「てめェェェェ!!」
「うおっ」
「こんコラァ! クソが! ゴミが!
そんな美人さんのお誘い受けて何が不満だクラァ!
正座しろ正座ァ! 地べたに座れ動くんじゃねえ!
きぃぃぃぃ! あァァァァ!!
澄ました顔で最上級の美人さんのお誘い突っぱねて!
はいはい俺はそういうの興味ありませんーってかァ!?
ふざけてんじゃねぇどこの馬糞野郎!
恋は人がするものだ! 恋は自由であるべきだ!
てめぇに恋をする資格はねえ人ですらねえこの馬糞野郎!
温泉街で美人とラブロマンスとか羨ましいことしやがってよォ!
俺の気持ちが分かる!?
ねえ分かる!?
温泉ある里か、わぁ美人さん居るかなーと思ったら全然居ないの!
里の人の奥さんくらい! 誰も来ないの!
そういうの期待してたら全然ないの!
でも訓練はあるの! 死にそうな鍛錬が毎日!
終わったら男しか居ない温泉に入るしか無いの!
ウキャアアアアアアアアア!
何が楽しくて生きてるのか分からなくなるんですけどォ!?!?
それをお前は……お前はぁぁぁぁ!!
砂漠で死にかけてる人間の目の前で水をがぶ飲みするようなことしくさってぇぇぇ!!」
「……そうとも言えるし、そうでもないとも言える」
「そうとしか言えねぇんだよクソボケがァ!」
呆気に取られる真菰と隠と小鉄の前で、絵に描いた雷のような髪の色をした少年が、八八の襟首を掴んで猛烈に揺さぶっていた。
そんな少年を見て、走っている二人の男がぼそっと言葉を漏らした。
「お前はああいうのじゃなくて助かる、獪岳」
「いやアレと比べられても……
つーか、雷の呼吸一門の恥っすよ。ぶっ殺しましょう宇髄さん」
「ぶっ殺すのはまた今度な。行くぞ」
全力で雷頭の少年を追っていた――けれど少年の速度に完全に置き去りにされてしまっていた――二人が追いつく。
雷頭の少年より少し年上の青年が、八八から雷頭の少年を引き剥がす。
「すんません、うちのカスがご迷惑を。
このカスは雷の呼吸とも派生の音の呼吸とも無関係なんで忘れてください」
「離せ! 離せ獪岳! この……こんな目が潰れそうな美人とイチャコラしやがってぇぇぇ」
その少年と青年に、八八は面識が無かったが、その二人を連れていた男とは、八八は十数度に渡って難敵相手に共闘した覚えがあった。
「その派手さ……間違いない……
『音柱』にして風魔の流れを汲む忍術免許皆伝……
美人の嫁三人を連れ鬼殺隊一の勝ち組と呼び称される剣士……
「よう八八。また刀が折れたのか?
ハッ、刀より遥かに頑丈な男は大変だなぁオイ?」
「"刀"を失ったな……半分は当たっている。耳が痛い」
「……この場合は半分ってどれとどれだ……ええいややっこしい!
まあいいか。よく来た八八! 酒飲みに付き合う奴が居ないところにちょうどよく来たな!」
「ウワサ通りいい派手だ! ついていこう!」
「はっはっは! 言語おかしくて何言ってんのか分かんねーがまあいい!」
鬼殺隊の戦力頂点の一つ……音柱・宇髄天元。
八八と気安く話すその男は、フーッフーッとキレ気味になっている少年と、少年を羽交い締めにする青年をちらっと見て、二人を八八に紹介する。
「そっちのキレてる奴が善逸。
そっちの押さえてる奴が獪岳だ。
継子……って言うにはまだまだ弱すぎるな! ハッハッハ!
まあ預かりものの弟子みたいなもんだ。錆兎の野郎が後進も育てろってうるせえのなんの」
「オレ、アナタのファンです!」
「お、何言ってるのか分かんねえが褒められてんのか?
まあ俺くらいになれば足手まといが居ても鬼狩りは余裕よ余裕。神だからな」
「流星の―――武神、不動明王!」
「そんな褒めるな褒めるな! ハッハッハ!」
加速度的に会話が星の裏側にかっとんでいく二人を見て、名もなき隠は目眩を覚える。
「なんですかねこれ……」
「八八くんが楽しそうならいいんじゃない?」
「……」
異様な会話の八八と天元、楽しそうにしてる八八を眺めて微笑んでいる真菰、ギャーギャー騒ぎ続ける善逸の腹に膝蹴りを叩き込み黙らせる獪岳を見て。
"まともなやつがいねえ"と、隠は思った。