サムライ8の化身が鬼殺隊で無双していースか?   作:ルシエド

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TS兄上の月のものの呼吸を止める近親相姦継国縁壱が来ると心眼で見ました


"眼鏡"を失ったな……

 八八から全てを聞き、天元は深く頷いた。

 

「なるほど。お館様と八八が隠してた理由も分かった。

 だけどよ、そこまでギリギリなのか? もうちょっと余裕無いのか」

 

「ギリギリ間に合わぬ。拙者が心眼で見た限り……

 天元はカツの付け合せのキャベツのようになり、真菰姫は骨を取った後の焼魚のようになる」

 

「何美味しそうなたとえしてんだこの野郎」

 

「私は焼魚好きだよ?」

 

「好きだからどうした!?」

 

「姫に焼魚を食べさせるのは良くとも、姫をバラバラの焼魚のようにするわけにはいかぬ」

 

「うん、任せっきりにはしないけど、信頼してるよ。侍さん」

 

「御意」

 

「俺も竜宮城の音姫(おとひめ)扱いでちゃんと守れよ。なあ侍さん?」

 

「シャァー!! 身の程を弁えろ!」

 

「うおっ怖っ」

 

 乙姫ってツラか、音姫でも通じる美男子だろ、と八八と天元が肘で互いを軽く殴り合っていた。

 

「―――とにかく、そう動くことだ。

 駒は拙者、真菰姫、天元、獪八、善八。

 拙者の心眼はまだまだ未熟。

 未来の全てを見ているとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「どっちだよ」

 

「だが未来を不確定にはできる。無謀は控えよ。やるべき時はノーリスクの拙者がやる」

 

「なるほどな。善逸と獪岳にも伝えておくか」

 

「師のお前が戦闘参加を許可するなら、それがいい。拙者も補足のため付いていこう」

 

「じゃあ私も」

 

「姫は休まれていてよいですぞ」

 

「思いついたように姫扱いするよね……いいよいいよ、そっちの方が楽しそうだし」

 

「お、んじゃ八八がお姫様抱っこして運んでやったらどうだ? 姫扱いにはいいだろ」

 

「なるほど……」

 

「それは恥ずかしいから嫌かな、あはは」

 

「姫が嫌がることをするのは侍ではない」

 

「面白くねえ奴らだな、ケッ」

 

 天元は柱の中では一番モテる。

 話が面白く、他人の気持ちを察するのに長け、彼と話している時は皆、気持ち良く話をして気持ち良く話を聞いている。

 そんな彼だから、気付くこともある。

 

 八八がここで天元達に事情を説明し、これから獪岳達にも説明するなら、二度手間だ。

 最初から善逸と獪岳を呼んでから説明すれば良かったはずだ。

 けれど八八は、わざわざ天元と真菰に先に話し、獪岳と善逸に話すのを後回しにした。

 

 だから天元には選ぶ権利があった。

 まだまだ成長していく先がある獪岳と善逸を逃がすか。

 二人の弟子を信頼し、戦いに引き込むか。

 八八がくれた選択権があった。

 言葉だけ追っているとまるで内心が分からないおかしな仲間のこめかみを、天元の拳が軽くこつんと打つ。

 

「お前は気を使いすぎるな、あんま似合わねえぞ」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「ハッ、そうか。んじゃそう言えるってことにしとくからな?」

 

 八八は心眼で獪岳と善逸の死の未来を見ていない。

 見たのは天元と真菰の死だけだ。

 たとえ自分が死ぬとしても、若者二人は死なせず逃がす―――宇髄天元がそういう派手に格好良い男であることを、八八はよく知っている。

 

 "そういう人に八八くんは生きてほしいんだろうな"と、横で真菰が思っていた。

 

「拙者が思うに、鬼殺隊の強さの上層に独身と孤児が多いのには理由がある」

 

「そうだね。私も孤児だし、八八くんも捨てられっ子だもんね」

 

「……ま、そうだな。

 家族を鬼に殺された復讐者が多いのが俺ら鬼殺隊ってもんだ。

 失うものがねえからこそ捨て身になれるって奴も多い。

 逆に、大事なものができて剣士を引退するって奴も居る。

 普通に家族円満な剣士だと……雷の呼吸の兎之山くらいしか知らねえな」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える。

 彼は結婚して引退手続き中だ。

 この前の人間牧場に巻き込まれた時に出会った子と仲良くなったらしい。

 ありがたいことに剣士の引退後も鬼殺隊を支える後方支援を選んだそうだ。

 守るべきものを得て前線を退く姿、オレにとっては一番侍らしく見えるよ」

 

「は? マジかよ。あいつがねぇ……」

 

「他人事のように言うが既婚者の天元も他人事ではないぞ。

 まさか自分が守るべきものを置いて死ぬような義を決め込んだ奴はいないと思うが……」

 

「まぁな」

 

 結婚した軍人が引退したり、前線を退いたりすることは多い。

 妻や子を置いて死ぬわけにはいかない、と思うからだ。

 

 宇髄天元は柱唯一の既婚者である。

 彼が死ねば、三人の妻は未亡人となり置いて行かれてしまう。

 彼は死ぬまで戦うことがゴールではない。

 過去に忍者として犯した罪を、鬼を殺すことで"けじめ"をつけ、妻達と共に平穏な日常を得る……それが、彼のゴールだ。

 

「欲を言やぁ鬼舞辻無惨の討伐。

 最低でも上弦の討伐。

 そんくらいはしねえと一線は退けねえと嫁とも話したな、この前」

 

「子供が出来たらどうだ」

 

「は? 子供? いや作ってねえけど……出来たら引退するかもしれねえな」

 

「子供が出来たら引退する姿、オレにとっては一番侍らしく見えるよ」

 

「あー、まあ、そうなったらそうするかもしれねえが。

 今んとこそういうことする予定はねえよ。

 俺だけ何もせず平和なところに引っ込むってのも気が引けるしな」

 

「……うむ。よい"義"をしている」

 

「俺一人なら最後まで付き合ってやりてえが……

 俺が前線に出てる内は嫁も後方に下がらねえだろう。

 誰か死ぬ前に一区切り作らないならいつか手遅れになりかねないからな」

 

「夫らしくなってきたな。"愛"だ」

 

「褒めてんだか皮肉なんだか分かんねえなオイ」

 

 うむうむ、と八八は頷いている。

 

「日本の言葉は一番最初に愛から始まるもの。愛は一番大事だ。拙者もそう思っている」

 

「愛うえお~、ってね。私もそう思ってるかな」

 

「阿吽の呼吸だなお前ら」

 

 頓珍漢な理屈言いやがって……と天元は笑う。

 

「さっさと鬼舞辻倒して引退してダラダラすんのも楽しいかもな。

 ちょうどよくお前みたいな奴が鬼殺隊に居るわけだしよ?

 この世代で鬼舞辻倒して平和になる、なんて展望も見れるってもんだ」

 

「人事を尽くして勝てば先もある。おい五空! 飯の後オレの訓練に付き合えよ!」

 

「おう、本気の調整だな? 付き合うぜ」

 

「そうだね。あの二人に説明したら、感覚も研ぎ澄ませておいた方がいいかも」

 

「よい弟子を連れて来てくれた。八丸の試練にはもってこいだ」

 

「獪岳も善逸も派手に見込みがあるが、柱に上げられるのは一人って決まりなのがな……」

 

「水柱も一人限定だから錆兎が上がったけど、義勇も上がってもおかしくなかったんだよね」

 

 弟子を褒められて機嫌をよくした天元が飯の代金を支払い、三人が店から出ていく。

 

 三人が出て行った後、食事処の片隅で、八八をここまで運んできた隠が呟く。

 

「あんたらよくそれで会話成立するな……」

 

 もしや自分がおかしいのでは? と隠は思い、されどその思考を必死に振り落とすように、頭を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 獪岳は夜、夜空の星の下、一人剣を振っていた。

 無理はしない。疲労を残すような下手は打たない。

 だが、剣を振らずにはいられなかった。

 

 八八達が伝えたことは、獪岳の心を大きく揺らしていた。

 近い内に来るという強敵。それは宇髄すらも殺せるほどの強者であるという。

 つまりは柱すらも凌駕する強さであるということだ。

 宇髄天元の強さを知るがゆえに、獪岳の体はぶるりと震える。

 獪岳は自分の死の可能性に静かに震えたが、善逸はその話を聞いてひとしきりギャギャー「死ぬ死ぬ死んじゃう!」と騒いだものの、逃げようとはしなかった。

 騒ぐだけ騒いでも『仲間を見捨てて逃げはしない』善逸が、獪岳に言う。

 

「いやめっちゃ怖いけど……

 宇髄さんの言うこと聞いて余計なことしないのが一番じゃないか? 獪岳」

 

 それから数時間経っても、獪岳の中には善逸への理不尽な怒りが湧いたままだった。

 

 善逸は臆病な勇者である。

 獪岳は臆病者を嫌う臆病者である。

 

 善逸は人前でもピーピー泣き、恐ろしいものを前にするとびっくりするほど恥を晒す。

 獪岳は善逸のそんなところを心底見下し、軽蔑している。

 だが一般人を置いて逃げることはなく、仲間を見捨てることもなく、根底にある勇気と優しさゆえに決定的に間違えることがない。

 獪岳は善逸のそんなところに苛立たしさと、それ以外の感情を覚えている。

 

 獪岳は臆病者を軽蔑している。善逸のことも軽蔑している。

 しょっちゅうピーピー泣く善逸を軽蔑しきれない自分を嫌悪している。

 獪岳は自分より強い鬼にも果敢に立ち向かうが、それは彼が大きな勇気を持っているからではなく、自分が臆病者と見られるのが嫌だからだ。

 嫌いな自分になりたくないから、小さな勇気に虚勢を盛って、彼は戦う。

 善逸は獪岳に悪態をつきながらも、彼のそんなところを尊敬していた。

 

 獪岳は刀を振る。

 

「くそっ……クソッ……!

 あのカスがビビりやがって、情けねえ、雷の呼吸の恥が……!

 お前が逃げねえなら俺も絶対に逃げてたまるかよ……!」

 

 獪岳は構え、心を落ち着かせ、いつもの技を放つ時の感覚で、"壱ノ型"を放たんとする。

 

――雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃――

 

 だが、できなかった。

 半端な踏み込み。半端な威力。半端な速度。

 獪岳が想定している完成度を10とするなら、練習の出来は8か9。

 おそらく実戦では3か4にしかならないだろう。

 獪岳が今の実力の数倍まで技量を上げてようやく、並の隊士並。

 善逸の完成度は20、30という領域にあり、窮地に強い善逸であれば、追い詰められればおそらくもっと高くなっていくだろう。

 

「クソがッ!」

 

 壱ノ型・霹靂一閃。

 刀を鞘に収め、神速の踏み込みから放つ神速の抜刀術。

 完成された雷の呼吸の剣士の壱ノ型は、鬼の目で見ても姿が消えるように見える。

 10m、20mと離れていたところから踏み込んでも、一瞬で敵の横を通り過ぎている。

 刀を鞘に収めているため、刀の『出』が見えず、それが速度と相まって本当に見切り辛い、まさに雷鳴の一閃である。

 

 だが同時に、薩摩示現流を思わせる狂気の剣である。

 

 刀を納刀し、敵に接近する以上、見切られて迎撃されれれば即死。

 防御しながら接近することも許されず、敵の攻撃を全て見切って紙一重で回避し、最短経路を最速で走って接近しなければならない。

 躊躇いなく最速で敵に向かって最高速を出せなければ、初速が遅くて死ぬ。

 敵を斬るタイミングまで最速を維持し、敵を切った直後から減速できなければ、接近中に見切られたり、周囲の木々などに衝突して死んでしまうこともある。

 

 命を懸けることに躊躇いがあればキレが落ち、速度が落ちて死ぬ。

 命を懸けることに躊躇いがなければ最高最速、先手必勝で敵を一撃で仕留められるため、壱ノ型だけでどんな敵をも倒せる可能性がある。

 術理は単純だが、あまりにも凡人に向いていない。

 

 『一の太刀を疑わず』、『二の太刀要らず』、と薩摩示現流は教えるが、壱ノ型のみを極めた我妻善逸はまさしくその体現と言えるだろう。

 

 獪岳が使えないのも無理はない。

 柱の領域を目指すのなら、善逸を超えることを目指すのなら、実戦で壱ノ型を使っていくことを目指すのなら、『狂気』が無ければ無理なのだ。

 不死身の八八に匹敵するほどに、死を恐れずに踏む込む、『狂気という名の勇気』が。

 

 凡俗には到底使えるものではない。

 凡俗にも簡単に使えるなら、鬼殺隊は全員雷の呼吸を習得しようとするだろう。

 そうなっていない現状が、この壱ノ型の難しさを証明している。

 一瞬、ほんの一瞬でも怯えてしまう獪岳には使えない。

 保身を考え、自分の命を重んじてしまう獪岳には使えない。

 挑戦して失敗する度に、「お前は臆病者だから使えないんだ」と、獪岳の心の心が獪岳の心を苛み責める。

 

 恐怖を乗り越えられないのが臆病者なら、獪岳はそれで。

 恐怖を勇気で簡単に乗り越えられるのが勇者なら、善逸がそれ。

 この世の誰よりも深く、獪岳はそれを理解していた。

 

「なんでだ畜生っ……!」

 

 劣等感に引きずられるように、荒っぽく獪岳が刀をがむしゃらに振る。

 感情は吐き出されて出ていくが、現状は何も変わらない。

 

「熱が入り過ぎだよ」

 

「!」

 

「もうちょっとペース抑えといた方がいいと思うかな」

 

「……鱗滝」

 

「鱗滝だと今は錆兎も入っちゃうから、真菰って呼んでほしいかな」

 

「はっ、ならあっちを水柱って呼ぶわ。人の鍛錬に口出ししてくるんじゃねえよ」

 

 表情は挑発的で、口では悪態をつきつつも、獪岳は真菰の助言を受け入れ、刀を振る速度を落とし、型をなぞり精度を上げる修練に切り替えた。

 

「壱ノ型、使えないんだっけ」

 

「……悪いか? 使えない型が無い水の呼吸の剣士様は見下してさぞかし気分がいいだろうな」

 

「さあ、どうだろう。

 それをどう見るかは人によるんじゃないかな。

 八八くんとか好きだと思うよ。

 八八くんは分かり辛いけど不完全が好きっていう価値観で生きてるしね」

 

「不完全が好き……?」

 

「この世界に完全なものはない。

 完璧でないからこそ美しい。

 欠けてるからこそ結びつく。

 八八くんの価値観だと、君達二人はとっても美しいんじゃないかな?

 八八くんに理屈聞くと長ったらしくて遠回しで小難しい理屈を語り始めるやつ」

 

「……なんだそりゃ?

 普通欠けてるものの方が美しくねえだろ。

 欠けてないコップより欠けてるコップの方が上等か?

 新品のコップより割れたコップの方がいいとかアイツ頭おかしいんじゃねえか」

 

「そんな小難しい理屈でもなくて……

 不完全であるからこそ他人を求める。

 他人を必要とする。

 助け合える。

 多分そのくらいの話だと思うんだよね。

 うーん、こういうのは錆兎の方がわかってそう。

 私より八八くんと深いとこで理解し合ってる感じするし……」

 

「八八の野郎の方に聞いたら禅問答になりそうだしな……」

 

「不完全なままでいいとかそういう話じゃなくて。

 完璧なものも欠けるべきだとかそういう話でもなくて。

 まずは自分が欠けてることを知って、そこから歩いていくのが美しい、みたいな」

 

「……」

 

 獪岳の脳裏に、師匠の桑島慈悟郎の飄々とした笑みが浮かぶ。

 老人の癖に元気な師匠。

 善逸と自分を同じように扱うことが嫌で嫌で仕方ない師匠。

 自分を拾って育ててくれた恩義のある師匠。

 壱ノ型が使えない自分を見捨てず、ずっと育ててくれた師匠。

 自分に同じ名字をくれた師匠。

 八八の在り方から、獪岳は己の師を連想した。

 

「うちの爺みたいな奴だな。欠陥のある剣士ばっか熱入れて面倒見やがる」

 

「孫の欠点受け入れちゃういいお爺ちゃんなんじゃない?」

 

「……師匠としちゃ欠陥持ちにもほどがあるとしか言えねぇよ」

 

「不満?」

 

「不満しかねぇよ」

 

 嘘だった。

 不満以外もあった。

 師匠の爺や善逸に貰ったものがたくさんあった。

 不満しかないなら、雷の呼吸の習得が終わるまで師匠の下に居続けることなどなかった。

 雷の呼吸の修行を懸命に頑張り続けられたことには、それ相応の理由があった。

 だが怒りの気持ちがふつふつと湧いている時、彼の心に浮かぶものは不満だけ。

 

「結局皆、幸せを入れる箱は自分で作っていかないといけないんだよね。

 妥協して小さな箱を作る人もいる。

 箱を大きく作ってそれに見合う努力をする人もいる。

 箱に穴が空いたままの人もいる。

 箱が満ちなければ、ずっと不満のまま。簡単には正解が見つからないから大変だ」

 

「……何が言いてえんだよ」

 

「都合よく救ってくれる人なんて居ないから……

 皆自分で変わっていかないといけないよね、って話」

 

 不思議な女だと、獪岳は思った。

 言っていることがふわふわとしていて、けれど本質を突いているような気がする。

 八八と会話を合わせられている時点で分かっていたことだが、何を言っているかが分からなくても、何を言おうとしているのかが伝わってくるような、不思議な女だった。

 

「不完全でも胸を張って生きていけたら、それが一番素敵だよね」

 

 理想論を言われて、腹が立って、罵倒してやろうと思った獪岳が、息を飲む。

 

 真菰の正論を苛立ちで叩き伏せようとした獪岳が、息を飲む。

 

 月下に微笑む真菰は、御伽噺の妖精のように綺麗で、美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里の周りを警邏に歩き、獪岳は一人呟く。

 

「……不完全が美しい、か……」

 

 美人は得だと、獪岳は思う。

 少し丸め込まれそうになってしまった。

 だが真菰が語る八八の美の価値観は、獪岳に別の視点を与えるものの、彼の中の渇望に似た願いまでもは変えられない。

 

「俺は完全になりてえんだよ。

 壱ノ型を使えない出来損ないとか陰口叩かれない、師匠に認められる、そんな剣士に……」

 

 壱ノ型を使えないという不完全。

 真菰曰く、八八は不完全なままの獪岳を美しいと感じ、不完全ゆえに高みを目指す獪岳を美しいと感じ、不完全同士支え合う獪岳と善逸を美しいと感じるらしいが、獪岳は嬉しくない。

 不完全ゆえに周囲に陰口を叩かれ馬鹿にされることを知っているから。

 不完全ゆえに認められないことを知っているから。

 

 恩義のある師匠の全てを継承できない理由が、自分が不完全であることだから。

 完璧でないこと、完全でないことを、獪岳は受け入れられない。

 

「……」

 

 森に足を踏み入れ、ほどなくして獪岳は違和感に気付く。

 

「……?」

 

 森の生き物が居ない。

 この季節、森の中はそれなりに生き物の気配がある。

 蟲の羽音に鳴き声、獣は唸り地べたをはいずり、鳥が羽ばたきホーと鳴く。

 なのに森の命の気配がない。

 不気味な静寂が広がっている。

 全ての命が殺されたか、あるいは……全ての命が、何故か、逃げ出したか。

 あまりにも音がなく、僅かに吹いた風で木々が揺れる音しか聞こえない世界の中で、獪岳は背に差した日輪刀を抜いた。

 

「……」

 

 感覚を研ぎ澄ませた獪岳の感覚に、僅かな違和感が引っかかった。

 

 小さな小さな、鬼の気配。

 雑魚が、と獪岳はほくそ笑む。

 これだけ小さな気配なら間違いなく弱い鬼。

 鼻歌交じりに倒せる。

 そう思い、一歩踏み出そうとした足が、止まる。

 

「あ?」

 

 足が動かない。

 獪岳が動かそうとした足は一歩も前に出ず、刀の先が震えだした。

 

 精神、肉体、魂、感覚、本能。

 それぞれが不協和音を奏でている。

 感じているのに感じていない。

 分かっているのに分かっていない。

 頭が今迫ってきているものを舐めきっていて、感覚は何も感じていなくて、本能はそれを恐れていて、魂に恐怖がにじみ出ている。

 

 何かが、来る。

 

「……っ」

 

 獪岳の記憶の海の底より、かつて師匠から聞いた忠告が浮かび上がってくる。

 

―――十二鬼月……特に上弦は気配を隠すのが異様に上手い。気を付けろ。会えば死ぬと思え

 

 もしや。

 これが。

 そうか。

 そう、緊張で回らなくなってきた頭で思った、次の瞬間。

 夜の闇、木々の合間から、鬼が姿を現した。

 

「―――」

 

 ひと目見た瞬間、獪岳は『負けた』と思った。

 

 六つ目、着物、刀を腰に携えた剣士の鬼。

 気配を巧妙に隠しているため、鬼の気配そのものは目の前にいても無いに等しいほど薄い。

 だが力量は、おぞましいほどに伝わってきた。

 もしかしたら、今の鬼殺隊を支える『柱』達が、全員で立ち向かっても負けるかもしれないというほどの強さ。獪岳では足元にも及ばない。

 

 獪岳の手から刀が落ちる。

 顔から血の気が失せる。

 足が、手が、体が震える。

 冷や汗がじっとりと肌を濡らす。

 雷の呼吸が恐怖と緊張と威圧感でブレ、息が荒れる。

 まるで蛇に睨まれた蛙だ。

 蛙以上に蛇との力量差を推し量れる実力があったことが、獪岳の不幸だった。

 

「―――あ」

 

 その鬼は、ただそこに在るだけで、獪岳の心を折る領域に到達していた。

 

 "継国縁壱が残したもの"を、『派生した呼吸』以外にまだ何も継承していない今の鬼殺隊では、おそらく今全員でかかっても、八八以外全員が皆殺しにされるであろう規格外の鬼。

 上弦の壱、黒死牟。

 

「相対しただけで実力差が分かるか……柱か、それに次ぐ強さを持っているようだな……」

 

 始まりの剣士の兄にして元鬼殺隊。

 ここ数百年、どんな鬼殺の剣士でも倒すことができなかった鬼舞辻に次ぐ悪夢。

 人を知り、鬼を知る。ゆえに、獪岳の実力も、その精神性も、僅かな相対ですぐ理解する。

 黒死牟は"これはいい剣士だ"と思うと同時に、"この精神性はよい鬼にできる"と考える。

 

「弱者は力量差を理解できない……それが分かるのは強者の証だ……」

 

「ひっ」

 

 獪岳は落とした刀を拾い上げ、立ち向かい―――は、せず。

 拾った刀を鞘に収め、地面に置き、土下座した。

 

「み……見逃してください……」

 

「ほう」

 

「お願いします……俺はまだ、死にたくない……!」

 

 額を地面に擦り付け、みじめに、無様に、哀れなほどに滑稽に、獪岳は鬼に土下座した。

 鬼殺隊の誇りもなく。

 人間の誇りもなく。

 恥も外聞もなく、必死に、生きるために土下座した。

 

「俺は嫌だ……嫌だ……!

 こんな、ちゃんと正しく認められないまま……

 勝って満足できないまま……

 憧れたものに何も届かないまま死ぬなんて……嫌だ……!」

 

 恐ろしいことに、獪岳は今ここに至っても心中では負けを認めていない。

 

 獪岳の生の論理は、恐ろしいほどに生き汚い。

 圧倒的強者に跪くことは恥じゃない。

 生きてさえいればなんとかなる。

 死ぬまでは負けじゃない。

 地面に頭をこすりつけようが、家が無かろうが、泥水をすすろうが、金を盗んだことを罵られようが、生きてさえいれば、いつか勝てる。

 勝ってみせる。

 獪岳はそう信じて進んできた。

 

 獪岳は社会の底辺に生まれ、何も持たずにもがいてきた。

 底無しに欲しがり、満たされることはなく、他人に何も与えず、だからこそひたすら努力を重ねて、"いつか俺も"と空の星を掴むような人生を送ってきた。

 彼にとって、屈辱は負けではない。

 喪失も負けではない。

 死こそが負けで、それさえ避けられるなら、他の何でも捨てられる。

 

「元柱の師匠に教わって……

 宇髄さんにも鍛えて貰って……

 それで何もできなくて誰にも認めてもらえないなら……

 一角の強さにもなれないなら……

 俺が、まるで、生まれてきた価値のないクズみたいで……!

 認められないんだ! 頼む、見逃してくれ!

 死にたくない……まだ生きて、強くなりたい……!

 俺が嫌いな俺が、自分が生まれてきたことを肯定できるようになりたい……!」

 

「……」

 

「なんで俺は何やっても何も残せないんだ。

 なんで俺は何者にもなれねえで欠陥品のままなんだ。

 なんで俺はあのカスみたいにできねえんだ。

 このまま死ぬなら……

 俺は一体何のために生まれてきたんだ……?

 死にたくない……見逃してくれ……許してください……!!」

 

「数百年、鬼殺隊の剣士を見てきたが……お前ほどみっともなく命乞いをする男は、初めて見た」

 

「弟弟子に負けたままみじめに死にたくなんて、ねえんだ……!」

 

「……弟?」

 

 『弟』という言葉に反応し、ピクッ、と黒死牟の瞼が動く。

 

 額を地面に擦り付けながら、獪岳は生き恥を晒すような命乞いを繰り返した。

 

「なんでもします、なんでもしますから、見逃してください」

 

「ほう……そうか……

 私は今……八八という男について調べている……

 お前が知っていることを全て……余すことなく話せ……」

 

「は、はい! まずはですね―――」

 

 獪岳は躊躇いなく、八八について知っていることを全部話す。

 仲間を売ることに迷いがない。

 保身に全力を尽くしている。

 これが善逸や天元だったなら何も話さず殺されていただろう、ということを加味しても、今の獪岳はあまりにも情けなく、醜悪だった。

 けれど、純粋だった。

 純粋に、自分が生きるために全力を尽くしていた。

 獪岳が知っている八八のことは大して多くはなかったが、黒死牟は前提となる情報をいくつか獲得していく。

 

 獪岳は黒死牟の言われるまま喋り、言われるまま動き、恐怖に震えたまま、黒死牟の言いなりに成り果てている。

 

「お前も……あの御方の血を飲んでおけ……」

 

「は? え……鬼舞辻無惨の血……?」

 

「お前も鬼になるがよい……

 呼吸を使う剣士が鬼になるには時間がかかるが……問題はない……」

 

「鬼に……?」

 

「お前も鬼になれば……人間を超えられる……

 永遠に修練を積み重ね……弟弟子に確実に勝る時もいつの日か来よう……」

 

「!」

 

「時間をかければ……習得できない技もない……永遠に技を鍛え上げることができる……」

 

「―――」

 

 獪岳の心に満ちていた恐怖の中に、ほんの僅かに、"何か"が混ざった。

 それは希望か。願望か。執着か。すがりつくような想いが、恐怖に混ざった。

 ()()()()使()()()()()()()()()と。

 恐怖に顔を引きつらせながら、獪岳は思ってしまったのだ。

 

 黒死牟の方に獪岳が手を伸ばす。

 恐れながら、鬼になることへの躊躇いがありながらも、すがるように手を伸ばす。

 鬼にならなければ殺される。

 選択肢はない。

 だからしょうがない。

 獪岳は自分にそう言い聞かせながら、鬼になろうとする。

 

 渡された血を飲めば鬼になり、人間を辞めて、壱ノ型も習得して誰よりも強くなれる。

 

 そう思って伸ばされた手が、途中で止まった。

 

―――侍でない人間は、負けを認める権利を持っているということだ。拙者はそれが羨ましい

 

 何故自分の手が止まったのか、獪岳自身にも分からなかった。

 これまで「死ぬまでは負けじゃない」と自分に言い聞かせ、薄汚いことを何でもやって生き延びてきて、負けを認めなかった男の手が、止まった。

 負けないためには、人生の最後に勝ち誇るためには、ここで鬼になるしかないのに、獪岳の伸ばした手が、ぎゅっと握られ拳となる。

 

 そして、獪岳と黒死牟の間に割り込むように、斬撃と男が飛び込んできた。

 

「間に合ったな」

 

 後方に跳躍した黒死牟の六つの瞳が、乱入者の姿を捉える。

 

 男の名は八八。

 

 『八知らずの八゚ープルヘイズ』の異名で呼ばれたことがない男。

 

「無事か獪岳」

 

「おっ、お、俺……アンタのことをあいつに……」

 

「構わん」

 

 品定めする黒死牟の視線の重圧を跳ね除け、八八は新品の八輪刀を腰だめに構えた。

 

「死んだら蘇ることができない人間の命乞いを、拙者は責められん」

 

「―――」

 

「己の命を大切にすること自体は、悪徳ではないのだ。……くくっ。

 心眼で善悪を見ても、拙者が色眼鏡をかけて見ていては、形無しかもしれんな」

 

 死ぬまでは負けじゃないと、獪岳は思い続けてきた。

 だから何でもやって来た。

 泥を啜り、雑草を喰い、ものを盗んで、他人を踏みつけにしてきた。

 誰も彼もが獪岳を罵倒し、否定した。

 だから―――許され、理解されたのは、初めてだった。

 

 獪岳から離れるように動き、刀を構えた八八。

 八八に何かを感じたのか、黒死牟もまた、刀を抜く。

 色の変わらぬ八八の刀と、血走った眼球を並べて繋げたような黒死牟の刀が、月光の下、月光を映し綺麗に輝く。

 

「ゆえに構わぬ。それが古き『武家書法度』にもある、"侘び寂び"というやつだ」

 

「武家諸法度に……そんなものはないが……」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「私は武家諸法度を暗記している……そんなものはない……」

 

「お前もいずれ……分かる時が来よう……」

 

「いや……今すぐ否定できることだ……」

 

「お前は物事をあせりすぎる」

 

「会話では回りくどく行くより実直であるべきだと思うが……」

 

「黙って聞け! 大切なところだ」

 

「……」

 

「黙っていては何も分からんぞ。"勇"を失ったな……」

 

「……お前という人間が、よくわかった……」

 

「お前は心眼でものを見ておらぬ。まだまだ心眼が足らぬ」

 

「眼は六つで十分に足りている……」

 

 一瞬の沈黙の後。

 

――金剛夜叉流 伍ノ型 剣玉――

 

――月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間――

 

 敵を包み込む球の軌跡の飛び斬撃を放つ八八。

 敵を飲み込む大量の"月の斬撃"を放つ黒死牟。

 両者共に、第一手に選択したのは飛び斬撃。

 黒死牟は八八の斬撃をかすりもさせず回避して、八八は黒死牟の斬撃を避けもしない。

 一瞬後、五体満足の両者は次の斬撃準備に入る。

 

 『敵の攻撃を一撃ももらわないようにする』黒死牟の戦いは、とても鬼殺隊らしく。

 『敵の攻撃をいくらもらってもいいから攻める』八八の戦い方は、とても鬼らしかった。

 鬼が鬼殺隊の基本的な戦い方を踏襲し、侍が鬼の有効な戦術を真似する、逆転現象。

 

――月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾――

 

――金剛夜叉流 壱ノ型 剣腕――

 

 黒死牟の剣を伸ばし、竜の尾を思わせる巨大な斬撃を放つ月型の斬撃が、金剛夜叉流の剣を伸ばす斬撃と激突する。

 森全体が震えるような、恐ろしい衝撃。

 競り負け真っ二つにされる八八を、地に這いつくばったままの獪岳が見つめていた。

 

 ()()()()ことが、許されず罵倒されることの何十倍何百倍も恥ずかしくて、悔しくて、辛くて、苦しくて、悲しくて。

 自分が嫌いで、今の自分が嫌で。

 "死んだ方がマシだ"と思いながら、獪岳は歯にヒビが入りそうなほど歯を食いしばった。

 

 

 


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