『侍』。
それは、武神・不動明王に選ばれしサイボーグ。
あまりにもややこしい設定を持つ上、侍達が分かり難く遠回しで鬱陶しい説明を好むため、その能力の全把握は困難である。
最たる特徴として、無制限の再生能力と、特定条件でのみ死ぬということが挙げられる。
侍は基本的に不死である。
爆弾で星を吹き飛ばせば、後には再生した侍だけが残るというくらいには不死だ。
そんな侍が死ぬ条件はたった一つ。
冨、岡、義、勇……『勇』を失うことである。
勇を失うとは何のこっちゃという話だが、要は"負けを認めたら死ぬ"ということだ。
負けを認めた侍は武神に見放され、消滅する。
負けを認めなければ、決して死ぬことはない。
心が負けを認めた瞬間が、侍の死である。
要点は、こう。
インターネットのレスバトルで絶対に負けを認めない人。
論争になったら自分が間違ってると分かってても負けを認めない人。
最後に自分が発言をすれば勝った気になれる人。
周りの人間が呆れて全部消えた後に勝利宣言できる人。
負けを認めず、自分の正しさを強弁し、生き汚さこそを至上とする。
―――そういった人間こそが、宇宙最強の戦士となる。それが、『サムライ8の侍』だ。
産屋敷達に報告に行く前、夜空に月が輝く頃。
八八八八八八は、全ての元凶・鬼舞辻無惨と相対していた。
鬼舞辻無惨は用心深く、擬態能力も非常に高い。
よって、鬼殺隊の戦力トップである柱達でも、鬼舞辻と対面したことはない。
だがそれは、"絶対に鬼舞辻と会うことができない"ということを意味しない。
鬼舞辻は臆病だが、穴蔵に一生引きこもることをよしとしない程度にはプライドが高い。
外を何気なくうろつくこともある。
そこで偶然鬼殺隊士と出会うこともある。
そうなれば当然、その鬼殺隊士は殺害される。
『今現在生存している柱は誰も鬼舞辻と会ったことがない』ということと、『鬼舞辻が出会った柱全てを殺している』ということは、矛盾しない。
出逢えば必然、戦いが始まる。
その夜は、綱渡りのような夜だった。
八八が鬼舞辻を発見し、仲間に連絡。
周辺地域で任務に当たっていた隊士のチームが急行し、無惨が逃亡、鬼殺隊が追撃、そして交戦に入った。
鬼舞辻の逃走と鬼殺隊の誘導が上手く噛み合い郊外に移動、一般人を巻き込まずに済んだが、鬼舞辻無惨はあまりにも強かった。
無惨が本気を出していなかったにもかかわらず、郊外田園地帯で始まった戦いは戦いにすらならず、虐殺に終わる―――かに、見えたが、そうはならなかった。
蝿を手で払う程度の攻撃で鬼殺隊を虐殺しかけた鬼舞辻無惨。
強い隊士が防御に回っても、適当に攻撃する無惨相手に十秒とかからず全滅していたであろう、鬼殺隊。
その間に割り込むは、煽の呼吸・煽の剣士、金剛夜叉流免許皆伝・八八八八八八。
異様なほど自信満々に割り込んで来たその男に、用心深い鬼舞辻無惨は、その手を止めた。
「間に合ったな。
怖がらなくてもいい。
私の名は『八八』……侍だ。訳あって君を助けた者だ」
「八八くんって喋る度一人称変わるよね」
「そうとも言えるし そうでもないとも言える」
「でも助かる……気を付けて」
「援軍を呼んできます! できれば柱を!」
「すみません、八八八八さん……」
鬼舞辻を倒せる仲間を呼んで来るため、被害を広げないため、足手まといにならないため、鬼殺隊士達は八八にこの場を任せ撤退していく。
鬼舞辻無惨は、不可解そうに眉を顰めた。
実力差を知らない鬼殺隊士が襲って来たのも分かる。
柱などが来るまでの時間稼ぎの足止めに戦おうとしたのも分かる。
援軍が来て心強くなったというのも分かる。
"狂人の思考に共感はできない"と思いつつも、その思考自体は無惨にも分かる。
だが、この男がそれほどまでに強いとは思えなかった。
鬼舞辻に敵の強さを見定める才覚がある、とは言えない。
されど経験はある。
雑魚と強者の大雑把な見分けくらいはつく。
八八八八八八の刀の構え、足運び、気配は強者のそれではなく、『柱』にはあまりにも程遠い存在に見える。
「また柱でもない鬼殺の剣士か、鬱陶しい」
八八八八八八は内向的な青年が力強く刀を構え、"メガネ"をかけているという、この時代にはまだそこまで見ない風貌をしていた。
メガネが日本に伝来したのは1551年と言われている。
西洋人と顔の作りが違う日本人に最適化し、耳と鼻に引っ掛けるメガネが日本で発明され、江戸時代中期から江戸や大阪でのみメガネ販売店が生まれた。
20世紀初期、大正のこの時代には、まだ一般市民の日常に溶け込んではいない装飾である。
1000年を生き、人喰い鬼を生み出し続けてきた始祖鬼・鬼舞辻無惨からすれば、『最近人間が生み出したもの』くらいの認識だろうか。
超生物の鬼舞辻にとって、視力が下がる弱い生物は理解の範囲外で、視力を補佐するアイテムも必要性を感じられないものなのだろう。
問題は八八も特に目が悪いとかそういうことはない、ということなのだが。
無惨は羽虫を叩いて潰すくらいの気持ちで、腕から伸ばした触手から軽い一撃を放つ。
それは八八の予想を遥かに超えた速度と威力で、八八の心臓を貫いた。
つまらない命を潰した確信と共に、背中を向けようとした無惨の前で―――八八が抜いた『八輪刀』が、心臓に刺さった無惨の触手を切り飛ばす。
「……!?」
死なない。
心臓を貫き潰したはずなのに、死なない。
毒を流し込んだはずなのに死なない。
八八八八八八は平然と、そこに立っていた。
「貴様、鬼……ではないな。何者だ?」
「侍だ」
「……? 侍というだけでその再生能力を持てるはずはない、どういうことだ」
「侍は心の在り方によって決まる。
心こそが人を侍足らしめる。
腹の奥に宿りし侍の魂……侍魂。
それを見通すのが本質を見る目、心眼。
心は心の目で見るのだ。
侍の心は見ようとするまでは存在しない。
見ようとした時、おのずとそこにあるものだ。
拙者も貴様もその意識そのものが宇宙と繋がっている。
大切なものは目に見えぬ。
まやかしが本質を曇らせる。
この世に絶対は無い。
拙者は人間だが、見方によっては人間で無いとも言える。
貴様も人間ではないが、見方によっては人間であるとも言える。
拙者がどういう存在かではない。どう見えるかだ。貴様もまだまだ心眼が足らぬ」
「……」
"鬱陶しいぞ死ね"すら言わず、無惨は触手にそれなり以上の威力を込めて振り下ろす。
八八は避けもせず頭で受け止め、触手が頭を潰した。
だがものの数秒で、気持ち悪いくらいの速さで頭がまた生えてきた。
鬼の始祖である無惨には分かる。
これは、人ではないが、鬼でもない。
「やはり、鬼でもないが鬼を超える不死身。何者だ……!」
鬼舞辻無惨にとって、自分以外の超生物とは"脅威"である。
人間の中に自分に比肩する怪物などそうそう生まれない。
鬼舞辻が生み出した鬼は全て鬼舞辻に絶対服従、ゆえに安全。
鬼舞辻が恐れるものは、自身と対等以上の超生物であり、それは同時に、鬼舞辻の『特別性』を損なう忌々しい『もう一つの特別』であるとも言えた。
八八が強ければ鬼舞辻は逃げに入っていただろう。
だが八八の"ほどよい弱さ"が、鬼舞辻を戦闘に走らせた。
同じ超生物への複雑な怒りが、臆病な慎重さを上回る。
無惨が日本人然とした黒髪の男の姿から、痣の走る赤眼の異様な"戦闘形態"に移るまで、おそらくは一秒もかからなかった。
嵐のような猛攻が、八八を襲う。
「私の全力の攻撃を全てかわしているのか?」
「半分は当たっている。体が痛い」
しかし、八八は不死身の侍。
心が負けを認めなければ永遠に死なない不死身の剣士である。
無惨の攻撃はあまりにも圧倒的であったが、細切れにしても死なない八八を殺すには、
「オレも鬼舞辻無惨殺してみていースか?」
「いいわけがあるか!」
しかも、徐々に無惨の攻撃に慣れていっている。
八八は無惨の攻撃を一切恐れず、当たるまで攻撃をじっくりと観察し、その速さに目を慣れさせていき、徐々に攻撃を防げるようになっていっていた。
当たれば終わりの人間ならば速攻で殺されていただろうが、侍であれば不死身ゆえに、見切るまでの時間を担保できるのである。
「貴様……生命力では鬼を超える化物か、忌々しい!」
「直接ではないが……そうなるな」
「直接ってなんだ」
八八は超高速で体を再生させつつ距離を詰め、必殺の毒を乗せた必殺の殺人触手に肉を削がれながらも、構わずその刀を構えた。
その勇姿はまるで、チートデータでHPを無限にしバカ丸出しでゲームのボスキャラに突っ込む小学生のクソガキのようであった。
勇気ある特攻。しかし、無惨を殺すには足りない。
この剣速では自分の首を切断しきれない、切った次の瞬間には繋がっている自分の首は切り落とせない、鬼舞辻はそう読んでいた。
八八が剣のリーチをオーラで伸ばす技を放ち。
先程八八の心臓に刺した触手の切断面が視界の端に入り。
"鬼の体の一部なのにまだ再生していない"ことに気付いた瞬間、鬼舞辻は自分の間違った思い込みに気が付いた。
「―――!」
全力で横っ飛びにかわす鬼舞辻の左腕を縦に裂くように、斬撃が通過する。
本来、鬼舞辻の体に刻まれた傷は、刀で切り裂かれた海よりも早く元に戻るものだ。
だが、斬撃が鬼舞辻の腕を切り裂いた傷跡は、超高速の再生能力を発揮せず、ドクドクと鬼の鮮血を流したまま、いつまで経っても治らなかった。
「これは……!」
「『
侍殺しの剣だ。拙者の剣で付いた傷は元には戻らぬ。
治らぬ傷を付けるのではなく、二度と元の形に戻らないように"斬る"一撃」
「くっ」
侍とは不死身。その戦いは不死身と不死身の戦いとなる。
ゆえに強き侍は不死身を倒すべく、再生能力を阻害する不死身殺しの剣技を持っている。
絶対に死なない不死身の存在と、それを切り刻む不死身殺しの剣。それはまるで、鬱陶しくそこかしこで矛盾する禅問答そのものを技にしたような剣であった。
「この程度の傷……! 治らないわけが……!」
「お前の傷が治るかどうかはオレが決めることにするよ」
「ふざけるな!」
だが、鬼舞辻もまた、八八に匹敵する無惨な頭と怪物性を持つ異形である。
鬼舞辻は、体の二割を切り離した。
この鬼は心臓を七つ、脳を五つ持っている。
それらは体の各部に配置され、戦闘中も常に移動し、脳と心臓を一つずつしか持たない通常の鬼とは比べ物にならない恒常性と不死性を有している。
その脳と心臓を一つずつ、腕を含む肉塊ごと切り離した。
いかに不死殺しの一撃を食らったとしても、攻撃を受けた部分を切り離し、肉を一から作り直せば元の肉体に戻すことができる。鬼舞辻はそう思っていた。
鬼舞辻は驚く。
体を切り離して再生してすら、治りきらない傷跡に。
八八は驚く。
脳と心臓、すなわち生命を生命たらしめる基幹部分ごと切り離し、新たな腕・心臓・脳をセットで作り直すことで、不完全・不格好ではあるものの、腕を再生した鬼舞辻に。
鬼舞辻はその攻撃に戦慄し、八八はその再生能力に戦慄した。
「やっと
「―――貴様は殺す」
恐るべき戦いが、再開した。
鬼舞辻は不死殺しの剣を二度と喰らわぬよう、距離を取って管の如き触手を振り回す。
八八は細切れにされながらも一瞬で体を再生させ続け、触手を切り落とし、再生不可を付与して触手の数を減らすが、鬼舞辻は身体構造の変化でどんどん触手を増やしていく。
鬼は、死の間際に扉を開き、死を超越する。
この世で最も恥を知らない二人の片方である鬼舞辻は、そのためとても死ににくい。
死の間際に『生き恥』を覚え、死を選ぶということがない。
侍は、負けを認めない限り決して死ぬことはない。
この世で最も恥を知らない二人の片方である八八は、そのためとても死ににくい。
『生き恥』から負けを認め、死に至るということがない。
侍の姿か? これが。そう、これが理想的な鬼と侍の姿である。
頸を落とされ。
体を刻まれ。
潰され。
負けを認めぬ醜さ。
―――生き恥。鬼舞辻無惨と八八八八八八に、生き恥を感じるような羞恥心はない。
ゆえに、どこまで行っても二人は不死身。
絶対に死なない超越者同士の、不死身の体を殴り合うシャドーボクシングと変わらない無意味な戦いの繰り返しは、一向に終わる気配がない。
おそらくはこの世界における『見ててつまんない戦いメイカー』ツートップの戦いは、とてつもなくつまらない塩試合と化していた。
前方宙返りのような動きで空中回転しながら剣を振り、縦に回る刃の円となった八八が、鬼舞辻の触手を両断しながら突っ込んでいく。
鬼舞辻は余裕綽々で回避するが、相手が鬼舞辻でなければナマクラの刀で不死身の鬼さえ殺せる剣術ゆえに、その心に余裕はない。
「金剛夜叉流の七つの型。
それは、繰り返すことで円環を成し、八つ目の型となる。それが『サムライ8』」
「金剛夜叉流……それが貴様の技か、鬼狩り」
更に迫り来る鬼舞辻の毒触手に、八八は隙無く十字を描く斬撃を放った。
十字の斬撃が、鬼舞辻の触手を切り落とす。
「おい貴様今十ノ型を使わなかったか?」
「お前がどう思おうが俺の型が九つ以上あるかはオレが決めることにするよ」
「周りがどう見るかを自分で決めてるんじゃない!」
一時間、二時間、三時間。まだ続く。戦いに終わりは見えやしない。
無限の再生能力と底無しの体力を持つ超越者達の戦いは、山を越え、川を越え、平野を移動しながらも終わることなく、鬼殺隊の援軍が追いつけないほどの速度で戦場を移し続けた。
「やはり鬼殺隊は異常者の集まりだな……」
「お前は結論を急ぎすぎる」
「……ここ数百年はずっと異常者だと思っているが、急いでいるか?」
「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」
「はぐらかしが貴様の特技か?」
「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」
「無敵の定型文か?」
「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」
「……ここ千年見てきた人間の中で貴様がぶっちぎりの異常者だ!」
「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」
サムライ8世界の十二の定型は繰り返すことで円環を成し、十三個めの定型になる。
定型があるのだ。どれだけ論争をしても疲れない定型が。
侍の正しい定型が使えるようになれば、一晩中論争をしようとも疲れることや負けることはない―――ゆえに、サムハチ神楽。
戦闘中の論戦において、金剛夜叉流は常に無敵である。
「貴様に私は殺せない……私はまた潜伏して隠れればいい。何もかもが無駄だ!」
「爆発して死ぬのに? 意味ないよ」
「……貴様らの努力とやらは異常者の徒労に終わる! 私は永遠を生きるのだ!」
「爆発して死ぬのに? 意味ないよ」
「……復讐者である貴様らが捨てた生の悦楽を、私は噛みしめるだろう!」
「爆発して死ぬのに? 意味ないよ」
「貴様どれだけ私を爆殺したいのだ!」
「爆発して死ね。鬼舞八無惨」
「……貴様は必ず殺す!」
呼吸をするように煽る。
ゆえに、"煽の呼吸"。
煽りに煽りを重ねたことで鬼舞辻の頭には血が昇り、昇って昇って、その果てに―――滅茶苦茶に血圧が上がった鬼舞辻の頭が、爆発した。
いや、頭だけではない。
全身まとめて、爆発した。
爆発して飛んだ無数の肉片達は八八の上半身に猛烈な勢いで衝突し、八八の上半身をこそぎ取るように粉砕し、その手に握られていた刀をもへし折っていった。
肉片の数は千八百。
千をひっくり返して士。士八。―――サムライ8。
後に八八によって『サム8エクスプロージョン』と名付けられ、鬼殺隊にその呼称が定着し、皆がそう呼ぶようになった鬼舞辻の奥の手は、八八を敗走に走らせるだけの決定的な大ダメージを叩き込んでいた。
ある理由から再生力が落ちていた八八に、この一撃が敗北を与えてしまった。
「っ、おのれ『散体』したか……!」
数分後。
鬼舞辻の散った体が再結集し、元の体に戻った頃には、八八は姿を消していた。
最後の戦いの場となっていた山道の果て、山の向こうに、かすかに日光が見える。
頭が爆裂したことで頭に昇っていた血が抜け、頭無惨状態が解消された鬼舞辻は、冷静に状況を理解する。
夜が終わる時間帯だ。
「……そうか、もう夜明けか」
この近辺には、大きな市街地がある。
このまま夜明けまでの時間稼ぎを狙って八八が戦っていれば、鬼舞辻は確実に一般人を巻き込んで逃げるチャンスを作ろうとしていただろう。
八八ではそれを止められない。
止められるだけの技量がない。
八八は極端な不死性と煽りによって鬼舞辻と互角以上に戦っていたが、その実、基礎的な強さで言えばかなり格差があった。
もし、仲間が居れば。
もし、戦いの場がここでなければ。
もし、八八がもう少し強ければ。
ここで鬼舞辻を足止めし、夜明けまで粘るという選択肢もあったかもしれないが、そうはならなかった。
夜明け前の戦いの区切りがいいところで八八が逃げたことで、鬼舞辻も大人しく逃げ隠れする気になった。
鬼舞辻と八八の合意で行われた終戦。そのおかげで、余計な犠牲者も出ずに済む。
だが、両者共に納得はない。
八八は敗者となって逃走し、鬼舞辻は自分に屈辱を与えた人間を殺せず逃してしまったことに、敗北感に近い憤りを感じていた。
戦いの決着は、次の機会に回される。
鬼舞辻無惨は―――爆発しても死ななかった。
"サム8の力"がまだ通用しない、恐るべき怪物。
その怪物が、己と対等かもしれない怪物……八八八八八八と出会ったことで、物語の歯車は動き出す。
願いを叶える流星と呼ばれた、武神・不動明王様のように―――
「顔は覚えたぞ……貴様は、必ず殺す。必ずだ」
「よかったな……で……それが何の役に立つ?」
「!?」
夜明け前の闇の中に消えようとした無惨が、耳元で聞こえた声に思わず振り向く。
振り向いた先は闇。
誰もいない。
八八の姿などどこにもない。
「……幻聴か」
鬼舞辻はしきりに背後を気にしながら、夜明け前の闇の中へと消えていった。