八八は警察の詰問を突破し、仲間を守り抜くことに成功した。
それはある意味十二鬼月との戦いにも匹敵する激闘だったと言えるだろう。
激戦の果て、彼らはなんとかはぐらかしで警察の職質アタックを乗り切った。
八八が見せたのは、一種の語録の極み。
玄弥は自分の未熟を改めて痛感する。
聞くところによれば、霞柱時透無一郎の兄・有一郎は二週間で語録を極めたという。
隠としての能力も非常に高く、語録を使いこなしてあらゆる場所に誰にも気付かれずに潜入する逸材と語られており、玄弥もそれを耳にしていた。
(せめて兄ちゃんに恥かかせない俺でいないと)
玄弥はまだ語録を極めていない。呼吸も使えない。鬼を食って己を強化する特異体質だけで、なんとか並の隊士を遥かに上回る強さを見せている。
八八の銃撃技術や身体欠損を前提とした戦闘法を習得し、その強さはぐんぐん伸びていた。
鬼殺隊期待の新人であることは間違いない。
だが、同期の剣士達の方が玄弥よりも目立って活躍していることも、また事実である。
有一郎は玄弥と同じくらいには剣士の才能がない。
だが玄弥は「流石風柱の弟」と言われたことはないが、有一郎は「この実績……流石霞柱の兄だな」としょっちゅう言われている。
違いと差は、明白であった。
玄弥は兄と比べられることに嫌悪感がない。
兄が凄い凄い言われると、心の奥で「やっぱ兄ちゃんは凄えや!」という気持ちがたくさん湧いてきて、それで嬉しくなってしまう。
玄弥の中にあるのは、優秀な兄のように活躍できない自分への情けなさと悔しさ、そしてもっと強くなろうとする気持ちであった。
兄との和解が段階的に進んでいっていることで、玄弥のメンタルは徐々に安定度を増し、同時に兄に恥じない自分になろうとする気持ちは強まっている。
あとは鍛錬次第だ、と玄弥はやや前のめりな心持ちで自分に言い聞かせていた。
「カツ八。お前は物事をあせりすぎる」
「八八さん……」
「チョコでも食べて心を落ち着けるといい」
八八が頭をパカッと開き、中に入れていたチョコレートを取り出し、半液体になっていたチョコレートがべちゃっと地面に落ちた。
「うわっ溶けてる……」
「うわっ溶けてるじゃないですよクソ妥当だわ」
さもありなん。
獪岳と善逸がまず先に足を運んだのは、蝶屋敷で治療中の天元の所であった。
呼吸の剣士の回復は異様に早い。
だが骨や筋にまで取り返しのつかない損傷を負ってしまった宇髄天元が、自然回復で戦士として十分なほどの強さを取り戻すことはもうないだろう。
全ての傷が完全に癒えた後、天元は別の道を歩き出すこととなる。
獪岳は一人、美人の嫁三人にお世話されてリハビリに励んでいる天元に筋を通しに来ていた。
「……というわけで、俺が鳴柱ってことなんで。
今後何か相談に来ることもあると思いますが、ええと、よろしくお願いしますの程の」
「派手に慣れねえ喋り方してんなあオイ」
「ぐっ」
「善逸はどうした?」
「宇髄さんの美人嫁三人を見て憤死しそうになって気絶しました」
「またかあいつ……」
筋の通し方とはすなわち、獪岳にとって二人目の師である彼に、全ての恥と果たさなければならないケジメのことを話すということだ。
まず善逸に全てを話し、次に二人目の師に全てを話した辺りに、獪岳の複雑な内心が見て取れるようだった。
「……獪岳に、俺と嫁の話はしたことあったか? なんで鬼殺隊に来たかの話だ」
「? いえ」
「俺達は忍として育てられた。
……命をゴミみたいに扱うような日々だった。
兄弟姉妹もほとんど死んだ。
忍びとして殺した人間の数も相当だ。
俺達は、お前と同じように……ここに過去のケジメを付けるために来たんだ」
「!」
「奪った命は戻らねえ。
何しようが時間は巻き戻せねえ。
過去もやったこともなくなったりはしねえよ。
だけどな。きっと、戦うことも謝ることも、しねえよりはマシだと思っている」
獪岳と天元が出会い師弟となって、多くのことを教え、雷の呼吸一門として柱の立場を継承させるという繋がりまで得たのは、見方によっては運命だったのかもしれない。
「変な風に考えすぎんなよ、獪岳。
お前を許すことも。
お前を許さないことも。
お前を大切に扱うことも。
お前を鬼殺隊で受け入れることも。
全部他人が決めることだからな。
お前は精一杯やってくりゃいい。
戦うことも謝ることもな。
負けても許されなくても俺のとこに帰って来い。美味い飯くらいながら奢ってやるよ」
天元は以前のようには動かせなくなってしまった、包帯まみれの太い腕で、獪岳の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
いい笑顔で笑う天元は、獪岳に尊敬と嫉妬を抱かせる。
こうはなれない、と思う自分の正負の気持ちの両方を飲み込む度量が、今の獪岳にはあった。
「……はい」
獪岳も、天元も、過去は変えられない。
罪は消せない。
一人命を救っても、自分の意思で潰えさせた命が一つ戻って来るわけでもない。
自分が人を救う聖人でないことなど、彼らが一番よく分かっている。
だから、きっと。
彼らが贖罪の日々を終え、普通の人間に戻るには、人を救うしかない。
善意で人を救うのではなく。人を救わなければ、心のどこかが自分の幸せを許せない。
彼らはそういう人種だった。
"鬼の繋がり"を通した情報の共有。
それはデジタルともアナログとも言い難いものだった。
八八はそれを、黒死牟から得たもので通信のように繋ぎ、暇な時だけAI主観で視覚野に、低スペックでも動く形式で目視できるようにしていた。
デジタル形式に変換を噛ませていることで、八八は慣れれば慣れるほどに、この情報共有を多様な形で使いこなしていくことができる。
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「八八さん、下弦の弐と参倒したっていう報告飛ばしました。次どうしますか?」
「むう、拙者の話術ではここまでか。"機"を失ったな……」
「は?」
「いや。悲鳴八師匠達と少し話そう、カツ八」
悲鳴嶼の任務地に向かう夜の行軍途中、休憩に立ち寄った藤の家で、獪岳と善逸は偶然任務地に移動途中の不死川実弥とばったり会った。
「お、お前らァ……あれか、雷の兄弟の、片方柱になってた奴らだなァ」
「どうも」
「獪岳この人怖いからはよ先行こ」
「ヒソヒソ話してるつもりかもしれねえが聞こえてんぞォ」
「ひっ」
「何をコソコソ……ああああああああッ!! クソがッ!」
「ひいいいいいいいなんか突然よくわかんない理由でキレだした!」
「あいつに毒されてやがる!
何気なく言った言葉で
『あいつの語録に染まってるな俺』
って思うのも!
『いやこれ普通の言葉だ』
ってすぐ思い直すのも!
『普通の言葉が語録に聞こえてるわ俺』
って思っちまうのもよォ! 何もかも腹立つわクソがァ!」
「ああ……」
「ああ……」
キレる不死川。納得する二人。
名前も出ていないというのに、三人の頭に浮かぶ男の顔は、同じであった。
「おい、鳴柱ァ」
「は、はい」
「テメェお館様の前ではもうちょっと感情隠せ。
『上弦の壱を倒したのは俺達二人なのになんで俺だけ』
って感情が全ッ然隠し切れてねえんだよ、こんの莫迦が」
「……!」
「気持ちは……分からねえでもねえけどな」
最後の最後、"上弦の壱"を倒した獪岳と善逸を不死川は見つめる。
不死川は、粂野匡近という男に師となる人物を紹介され、鬼殺隊に入った。
粂野匡近は不死川の恩人である。
鬼殺隊に入り、剣術を極め、粂野匡近と再会し、共闘し、不死川は粂野匡近と力を合わせて"下弦の壱"を倒し―――粂野匡近は、死んだ。
功績は不死川のものとなり、そうして不死川は風柱となった。
『上弦の壱を倒したのは俺達二人なのになんで俺だけ』と、彼は何度思ったことか。
『自分ではなく彼が柱になっていたら』と、彼は何度思ったことか。
不死川実弥は自分の『柱』という称号を、分不相応に感じ、その重さを感じている。
自分一人の力が認められて柱になったわけじゃない、と思っている。
今の獪岳と、同じように。
「よくあることだ。
気にしてたってしょうがねえ。
生き残ったんだろ。選ばれたんだろ。
なら柱に選ばれた人間はなァ、戦って何もかもに応えるしかねえんだ」
「応える……」
「戦え鳴柱。雑魚だったら後ろから斬り捨ててやる。情けねえ戦いすんじゃねぇぞ」
不死川は僅かな後悔を顔に浮かべ、『二人で戦い二人で勝ち柱になった』二人に背を向け、鬼が巣食う夜の闇の中に消えていった。
「……」
「行こうぜ獪岳。悲鳴嶼さん達が居るとこまで、あとちょっとなんだろ?」
「ああ」
意外と怖い人ではないのかもしれない、と。
善逸は獪岳は今日まで『一番恐ろしげな柱』だと思っていた不死川の評価を、少し改めた。
ジュンジュワージュジュジュジュワワワァージュッコソコソジュワァジュワァジュジュジュ。
「何をコソコソやってる!?」
八八は任務に従事していた人間達に、自らの手で揚げたカツのカツ丼を振る舞おうとしていた。
小気味のいい揚げ音が響いている。
八八が雑にカツを油に落として跳ねた油で火傷しないよう、横で錆兎が見てやっていた。
「このカツの説明をする前に……
今の銀座の名店の味を理解する必要がある。少し長くなるぞ」
「要らん」
「こっちは鬼の肉。
こっちは豚の肉のカツだ。
鬼の血を密閉容器に閉じ込めると、鬼が消滅してもその血は消えない……
それを利用し、鬼の肉を特殊な衣で密閉した。
カツ丼は鬼の肉を美味く調理するために生み出された料理法なのかもしれんな……」
「要らないと言っているんだが。厄除の面投げつけるぞ」
「カツ八は鬼の肉を食べたら変化後の体質を使いこなす訓練を拙者とするぞ」
「はい!」
少し離れたところで、悲鳴嶼の前で腕立て伏せをしていた玄弥が、元気よく応える。
任務の合間に鍛錬鍛錬。
任務が終われば空いた時間でまた修行。
それが鬼との戦いで死なないコツだと、悲鳴嶼は無言で教え子の体に叩き込んでいた。
「昔……このカツと同じ状態にされた、ヒレカツという馴染みの美しいカツがいてな……
何十回も試し切りされ肉汁を溢れさせていた。
ヒレカツの義は……不出来なメンチカツの弟を……一生守り抜く事だった」
「訳すと『俺はメンチカツ丼よりヒレカツ丼の方が好きだ』ってことみたいです、悲鳴嶼さん」
「なるほどな……私にはまだ難しいようだ。玄弥はよく分かるな」
「まあ、なんとなくですけどね」
カツが出来上がり、カツ丼が完成し、各々の手元に行き渡る。
「感謝する八八。いただこう。……玄弥、いただきますを言う前に食べ始めるな」
「あ、はい。すみません悲鳴嶼さん」
「次から気を付ければいい。胡蝶姉妹も、妹の方は反抗して中々言わなかったものだ……」
「ああ、胡蝶姉妹の姫じゃない方」
岩柱師弟のやり取りに、錆兎は苦笑し、喋りながらカツを口元に運ぶ。
「玄弥、だったな。お前それ本人の前で言ったら大変なことに……熱っ」
そのカツが熱くて、錆兎の体は反射的に熱さから逃げるように動く。
その体が悲鳴嶼にぶつかってしまい、悲鳴嶼の箸からカツが落ちてしまう。
悲鳴嶼は作ってもらった料理を無駄にすることが忍びなく、反射的に足を動かした。
悲鳴嶼の『食事中に箸でつまんでいたものをポロッと落とし"やべっ"となって足を咄嗟に閉じて受け止めようとする力』もまた、鬼殺隊最強であった。
悲鳴嶼の太腿に挟まれたカツが、その衝撃で衣の中から射出され、八八の眼球に直撃する。
「んががっがががが」
「八八さんの目の中に熱々のカツが! 八八さんがこんな声出すの初めて見た……」
「いや八八は昔から仲間の前では痩せ我慢をしてるだけだ。
真菰や胡蝶とか、顔が良い女の前では特に。……義勇も割と痩せ我慢はするな」
「南無阿弥陀仏……すまない、大丈夫だろうか」
錆兎と悲鳴嶼が何度も何度も八八に謝り、八八が「侍は不死だ」と平然とした様子を見せる。
取り繕うのが遅すぎて、玄弥は少し笑ってしまった。
「鱗滝詫び兎だな」
「ごめ嶼行冥ですね八八さん」
「八八……他人様の弟子に悪影響を与えるな……いや元はと言えば俺が悪いんだが」
「むぅ。私には何とも言い難い」
そして、そこに。
悲鳴嶼達を探しにやって来て、ようやく顔を合わせるところまで来た、獪岳と善逸が姿を現すのであった。
「あ」
悲鳴嶼が"獪岳の音"を聞き、先程まで浮かべていた穏やかな微笑みが消える。
次いで玄弥が反応し、善逸を指差して大きな声を上げた。
「あ、お前!」
「ん、誰……あ、思い出した! 最終選別で俺やカナヲちゃんとかと一緒だった奴!」
「壱ノ型性癖一閃の奴!」
「霹靂一閃だこの野郎!」
あんまりな呼称に、善逸はちょっとキレた。
ふむ、と八八が顎に手を当てる。
「善八はカツ八の同期であったか、確か」
「ええ……………………まあ」
「今物凄い葛藤があったな」
玄弥は、苦々しげに語り始める。
「一緒に最終選別越えた同期の間じゃ有名ですよこいつ……
炎柱の継子と花柱の継子に同時に粉かけに行った性欲の権化ってことで」
「性欲じゃないですぅー! 純愛ですぅー!
ただ結婚してほしかっただけなの!!!
だってしょうがないじゃん!
凄く綺麗だったんだからしょうがなくない!?
顔も綺麗で心の音も綺麗!
カナヲちゃんとか絶対俺のこと好きだよ!
だって殺されそうだった俺のこと助けてくれたもんね!
カナヲちゃん俺のこと好き! だから俺も好き!
俺のこと振らないでいてくれるならもう大好き!
俺は俺に酷いこと言わない綺麗な女の子を探してます!
あれっそういえばアレ以来全然会えてないけど避けられてる!?」
「俺の同期の合格者は、合格辞退引くと六人でしたけど……
特に目立ってた二人の内片方がこいつです。
片や『雷速求婚の性欲の権化』、片や『全員生存達成の鱗滝錆兎の再来』……」
「変な風評広めるのやめてー!」
雷速で求婚し、突っぱねられると、雷速で次に行く。それが雷の呼吸、我妻善逸。
もしやこいつが一途に好きだ好きだと言い続けられるのは、『ごめんなさい結婚は無理です』と言えない、口を塞がれた女くらいしかいないのでは……? と、獪岳は思った。
「新しい鳴柱、だったか。改めて名乗っておく。俺は水柱、鱗滝錆兎だ」
「どうも」
「話したことはなかったが、少し気になっていたことがあってな」
錆兎が獪岳に話しかける。そして、語り出す。
「これは独り言だが」
語ることに躊躇いはないが、語る機会はあまりない、錆兎の本心の隅にあったものを。
「俺と義勇は、どちらが柱に選ばれてもおかしくなかった。
お前達と同じように、俺達は二人で戦う時が一番強かった。
俺が義勇より上だなんて思ったことはない。
得意なところが違う義勇と共に戦う時こそ、俺は一番強いだろう。
だがそれでも、水柱は一人だ。
俺は選ばれた。選ばれたからには……義勇から託されたものも、背負って戦おうと決めた」
「……」
錆兎の言葉に、獪岳は強い共感を覚える。
「死ぬなよ、鳴柱。
柱の使命は、死ぬ気で戦い、そして生き残ることだ。
柱の技を、次の世代に受け継がせるためにな。
お前は絶対死ぬんじゃない。
仲間が命をかけて繋いでくれた命を、託された未来を、お前も繋げ。桑島獪岳」
「……はい」
先輩の柱から、後輩の柱へ。
言葉という形で手渡される、先人からずっと受け継がれてきた、柱の信念。
それはとても重く、されど獪岳はしかと受け取る。
錆兎に軽く頭を下げ、悲鳴嶼と向き合い、どこかビクビクしながらも悲鳴嶼の目を真っ直ぐに見る獪岳を見て、悲鳴嶼の表情から厳しさが消えた。
「よく来た。獪岳、お前は本当に……変わったのだな」
"昔の獪岳なら自分の前に姿を現すこともなかっただろう"と、悲鳴嶼は言外に言う。
それができるなら最初からそうであってほしかった、とも思う。
子供達は戻って来ない、とも思う。
過去は変わらない、とも思う。
けれどそう思っても、悲鳴嶼の胸の奥に怒りはほとんど湧いてこなかった。
獪岳もまた、かつて悲鳴嶼が愛し大切にした子供達の一人だったから。
悲鳴嶼の胸の奥には、愛し育てた子供の成長を喜ぶ気持ちがあった。
悲鳴嶼はまだ何もかもを許したわけでもなく、その胸の中には綺麗な気持ちだけがあるわけではない。
だが、獪岳が自分と向き合う勇気を見せたことを嬉しく思う気持ちが、間違いなくあった。
「普段どれほど善良な人間であっても、土壇場で本性が出る。
まさか上弦の壱との戦いで、お前と戦場を同じくするとは思わなかった。
そしてお前が……保身と身勝手さを捨て、仲間と共に最後まで戦い抜くとは思わなかった」
「……悲鳴嶼さん」
「八八が、私にお前と向き合うことを勧めてきていてな。
心眼で獪岳の心が見えた、と。
せめて謝罪する機会くらいはやってくれ、と。
許さなくてもいい、と。
過去を忘れなくていいから今の獪岳を見てやってほしい、と。
……あいも変わらず、変な言葉混じりだったが、私はそれに頷いた。
師は弟子に逆に教えられることもある、とは聞いていたが、まさにその通りだった」
獪岳が驚いた顔で、顔を横に向け、八八の方を見る。
話の途中にこっそりカツ丼とうどんのセットをバクバク食っていた八八は、獪岳と目を合わせることもしなかった。
後で八八に感謝の言葉を伝えることを、獪岳は己の心に決める。
「……少し、長い話をしよう、獪岳。
私は君に聞きたいことがある。
君も私に言いたいことがあるだろう。
今日まで君がどう生きてきたかも、ゆっくり聞かせてほしい」
「はい! あの、悲鳴嶼さん。本当に……すんませんでした!」
「……ああ。君の謝罪も、ゆっくりと聞こう。私も、急ぐ用事はない」
八八は無言で席を外し、錆兎がそれを見て善逸と玄弥にも促し、四人はその場を去って、悲鳴嶼と獪岳を二人きりにした。
後はもう、二人だけの問題だろう。
二人でゆっくり話し合って決めればいい。
ただきっともう、着地点は決まっていることだろう。
錆兎が八八の肩を軽く叩く。
「八八も良い気遣いができるようになったな。さり気なく、何気ない、良い席の外し方だ」
「いや……話が長くなりそうなので無惨を脳内で煽りに行こうと思ってな」
「鬼舞辻無惨を暇潰しの娯楽にするな」
八八が目を閉じ、脳内で鬼舞辻へのデイリー煽りを実行に移す。
一方。
「"良識"を失ったな……」
「色々あったが簡単に言うなら性欲のためだ」
「ナンパは犯罪とも言えるし、そうでもないとも言える」
「通りすがりの女性を手篭めにしようとする姿、オレにとっては一番侍らしく見えるよ」
「フラれて死ぬのに? 意味ないよ」
「なんなのこの警察の人達! 怖いよー!? 何!? なんなのこれ!?」
行きずりの女となんやかんやあって、出会って一分で恋人になってー! まで行った善逸は、語録汚染警察に捕まり。
「……自主練してるか」
「剣術なら指導できるぞ、玄弥。
玄弥が剣術を主体にしてないことは知っているが、多少鍛えた方がいいんじゃないか?」
「いいんですか? お願いします、錆兎さん!」
玄弥は錆兎に鍛錬を見てもらい、更なる強さと語録の高みを目指し始める。
夜は深まり、やがて明け、また日は昇り。
また、明日は来る。
挿絵は碑文つかささんに描いていただきました。ありがとうございます!