サムライ8の化身が鬼殺隊で無双していースか?   作:ルシエド

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"ワンダースワンカラー"を失ったな……

 人は生きる限り変わっていく。

 不変のものも完全なものもない。

 無知なる者を除けば、それを求めている者など、鬼舞辻無惨くらいしかいないだろう。

 誰もが変化していくことと、いつか終わることを知っている。

 

 変化を光にたとえるならば。

 光を否定する夜の者が鬼。光を糧とする昼の者が人間なのだろう。

 移ろい、変わり、入れ替わり、百年以上生きる鬼が人間の名前を覚えるのを億劫に感じるほどの目まぐるしい変化の果て、今の鬼殺隊はある。

 

 誰もが、いつかどこかで、誰かと出会い、何かがあって、変わり続ける。

 

「で、では、遊びに行ってきます」

 

 女性が二人、少女が一人、蝶屋敷の一角で相対している。

 女性二人はカナエとしのぶ。

 少女の名は栗花落(つゆり)カナヲ。

 カナエの継子であり、その花の呼吸を継承した少女である。

 最終選別を乗り越え入隊してから日が浅いにもかかわらず、このまま行けば順当に時期花柱だろうと語られる、演舞を握れば桜花爛漫、ひとたび攻めれば火樹銀花とたとえられる剣士だ。

 

 が。

 今のカナヲは刀も持ち歩かず、隊服も着ておらず、私服に身を包んでいた。

 この時代に、俗に"はいから"と呼ばれる流行の少女らしい服装である。

 服の下に短刀を仕込んでいるものの、普段の鬼殺隊士としてのカナヲとは比ぶべくもない可愛らしい軽装であり、今のカナヲを見て剣士だと思う者はいないだろう。

 

 カナヲは自分の服装にあまり頓着しないタイプであり、この服装は100%カナエの趣味であり、カナヲのこの姿は『わたしのかんがえたさいこうにかわいいいもうと』の具現である。

 今のカナヲは、カナエ・しのぶ・アオイが太鼓判を押す文句なしの美少女。

 自分が照れていることも、楽しげにしていることも自覚できていなそうな、曖昧な戸惑いを表情に浮かべるカナヲは、カナエの姉としての感情をたいそう満足させていた。

 

「ええ。カナヲは明後日から任務だから、今日は遅くなっても大丈夫よ」

 

「ありがとうございます、カナエ師範。……あの、服、変じゃないでしょうか。普通ですか?」

 

「普通じゃないわね~」

 

「え」

 

「とーっても可愛いわ! カナヲは私服でも本当に可愛いわね。ふふふ」

 

「……ありがとうございます。では」

 

 少し恥ずかしそうに笑って、カナヲは部屋を出ていった。

 

 カナエがとても嬉しそうに微笑む。

 蝶屋敷の女の子達は、皆等しくカナエの妹だ。

 孤児だった子を拾い、行き場の無い子を招き、名前や生きる術、そして蝶屋敷という居場所を与え、本当の妹のように大切にする。カナエとしのぶはずっとそうしてきた。

 だからこの屋敷の少女達は、皆カナエとしのぶを本当の姉のように慕っている。

 

「いいお友達ができたみたいね。ねえ、しのぶ?」

 

「……」

 

「しのぶ?」

 

「……」

 

「つ、疲れ果ててる……し、しっかり~」

 

 こてっ、としのぶが倒れる。

 どうやらカナヲが遊びに行くのを見届けるため、無理してここに同席していたようだ。

 カナヲが私服で(とても分かり辛く)ウキウキの遊びに出掛けた途端、しのぶは疲労困憊といった顔で倒れ込む。

 

「冨岡さんと別ベクトルで同格に、八八さんと並んでると危険な人が居るの忘れてたの……」

 

「八六くんと組ませると危険な人……?」

 

「……甘露寺さんよ……」

 

 カナエに優しく抱き上げられつつ、しのぶは昨日任務で共闘した二人のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 八八との相性は、基本的に短気な人間・不寛容な人間・理を以て生きる人間ほど悪い。

 八八の言語のおかしさにぶん回されることになるからだ。

 たとえば、しのぶや実弥は気が強く、素の喋りだとかなり荒っぽいところがあるが、それでも目上の人間を前にすれば絶対に敬語を使うような、理の人間である。

 そのくせ怒りの感情はとてつもなく強い。

 だから八八にぶん回されてしまう。おいたわしや族だ。

 

 逆に言えば、そういった人種と逆方向の人種は、時たま八八と異様なほどに相性が良い。

 

 伊黒は自分に話しかけてくる甘露寺と八八を見ながら、それを痛感していた。

 

「甘露姫がコキ……スッ……コソコソ……として……何をコソコソしている!」

 

「そこではっちゃんが来たの伊黒さん!

 ぐわーって! そこでちゅーちゅー鳴ってて何かしら、って思ったんだけどね!」

 

「お前もいずれ分かる時が来よう」

 

「あ、そうそうそう! それでびゅんびゅんしてて! あ、はっちゃんがね。それで刀を」

 

「それが黒八に対する口のきき方かァ!」

 

「あ、そうね。順を追って話さないといけないわ。それでびゅんびゅんってなってたのを見て」

 

「その説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ」

 

「銀河……? あ、そうだわ! 銀鮭がね、美味しかったの!

 ふわふわーってしてて、とってもほかほかで!

 食べてるだけで体の底からぐわわーってなる感じで、それでね!」

 

「お前の味覚次第で決まる。

 この世のどこにも完璧なものなどない。

 どんなものも崩れ歪んでいる。

 崩れや歪みから重さや引力が生まれ、あらゆるものを結びつけている。

 それこそが"美しい"本来あるべき姿なのだ。

 大切な味は目に見えぬ。まやかしが本質を曇らせる」

 

「あっ……そ、そうね。食べるまでは分からないもの。私の味覚次第だったわ、ごめんなさい」

 

「まだまだ心眼が足らぬ」

 

「ええとどこまで話したかしら。あ、そうそう、私とはっちゃんでずばばーってね!」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

 甘露寺と八八の『今何をやっていたのか』の説明を聞き、伊黒はあと一時間か二時間で夕刻になりそうな空模様を見上げ、独り言ちた。

 

「……勘弁してくれ……」

 

 はぐらかしをあんまり気にしない、感覚で他人を理解し、非常に寛容で優しく、説明事が割と苦手な恋柱・甘露寺蜜璃。

 サムライ8の化身、八八。

 伊黒はどちらとも一対一なら「今何してる?」程度の会話を成立させる自信はあった。

 だが二人セットになるととんでもない。

 

 会話の流れが違う。

 爆発力が違う。

 八八に引っ張られた甘露寺の説明は効果音説明が三割増し、甘露寺に引っ張られた八八は会話の流れをちょくちょくズラす。

 二人が互いの感性に準じ互いの会話のノリに合わせようとした結果、互いの会話に対して変な影響を及ぼす会話になり、二人の間では会話が通じているのに明後日の方向に話が飛ぶ。

 伊黒は二人が言いたがっていたことを解読するのに、ゆうに30分以上を要した。

 

「……つまり、あれか。

 甘露寺は銀鮭入りのおにぎりを作りすぎて?

 キチ八はここで何か作業をしてて?

 甘露寺が一緒に食べる人を探してて?

 そこでちょうど八八が見つかって?

 八八が作業の合間に剣の鍛錬を始めたのを見て?

 甘露寺がそれに付き合って二人で模擬戦をしていた……と?」

 

「うん、そうなの。そうだったよね?」

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「ぐっ……いやここで話をはぐらかされてたまるか……!」

 

 筋力八倍の捌倍娘。

 サムライ8の化身八八。

 

 ―――()()()()()()、ということだ。

 

「思い出したからちょっと取ってくるわね。三人で食べましょう! とっても美味しいのよ!」

 

 まるで親友に宝物を見せる子供のように、甘露寺は『自分が作ったおにぎりの感想を聞きたい』と言わんばかりの楽しげな表情で、おにぎりを取りに駆け出していく。

 常人の八倍性能の筋肉を持つ甘露寺は、体重筋力比が優れているがために非常に身軽で動きが速く、まさに風のように去っていった。

 

「……お前達との会話は……本当に疲れるな……」

 

「なるほど……それが古き『武家書法度』にもある、"ツンデレ"というやつですね」

 

「つんでれとやらは知らんが絶対に違う」

 

「お前……やっぱりいい奴だな」

 

「それも違う」

 

「お前……やっぱりいい奴だな」

 

「くそっループに入るな!」

 

 伊黒は顔の下半分を布で覆っており、表情が見えにくい。

 言動はネチネチとしていて嫌味が多く、蛇柱であるにもかかわらず、伊黒を苦手とする隊士はかなり多かった。

 彼は鬼殺隊では大まかに、気性難の剣士であると見られている。

 

 が。

 甘露寺や八八は、伊黒をそういう風に扱ったことは一度もなかった。

 甘露寺は感性全振りの女性、かつ寛容な女性ゆえに、伊黒のネチネチとした毒舌も対して気にすることなく、その心の本質を見る。

 八八に至っては心眼がある。

 伊黒はこの二人が自分の上っ面だけを見て会話しているのを、見たことがなかった。

 

 だから伊黒は、苛々することはあっても、憎く思うことはない。

 

 八八と伊黒は、大きな樹の下に並んで腰を降ろした。

 

「甘露寺はあれで本気で旦那を探す気があるのか……?」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「どういうことだ」

 

「甘露姫は結婚相手を探しに鬼殺隊に入った。

 だが、今はそれだけが目的ではない。

 ここで出会った人を、隊士として出会った一般人を、守ろうとしている」

 

「……そういうことか」

 

「まだまだ心眼が足らぬ」

 

「やかましい」

 

 甘露寺蜜璃は、前代未聞の入隊理由を持つ女である。

 『自分より強い殿方を見つけて添い遂げたい』という理由で鬼殺隊に入った女など、後にも先にも甘露寺くらいしか居ないだろう。

 自分より強い男に守ってもらいたい、というのはまだ理解できる。

 しかしそれで柱にまでなってしまうのはあまりにも規格外だ。

 

 甘露寺は人格面でも能力面でも、『皆に慕われ信頼される柱』にふさわしい。

 『皆に恐れられ信頼される柱』である実弥や伊黒とは、正反対の柱であると言えるだろう。

 

「甘露寺に見合う男などそうそう居てたまるか」

 

「ネチネチ何をやってる!?」

 

「黙れ! 何がネチネチだ何が!」

 

 そして、心眼がなくとも伝わる甘露寺へのこの好意。

 心眼がなくとも、伊黒が甘露寺を好きなことはネチネチとした言い回しから伝わってくる。

 であれば、伊黒が甘露寺を娶ってやればいい。

 伊黒は甘露寺と同格の柱なのだから。

 甘露寺の好みには十分に合う。

 伊黒が好意を口にすればそれだけで二人は結ばれるだろう。

 だが、伊黒には甘露寺に愛を告げることができない個人的な理由があった。

 

「黒八……甘露姫を守る侍になれ。結納はものすごく時間がかかるのだ」

 

「……お前の話の過程すっ飛ばし具合にももう慣れたな。死ね」

 

「黒八……肌も黒く染めろ」

 

「なんでそうなる!」

 

「ひとつ言っとくよ。恋は()がするものだ。そして恋は自由であるべきだ」

 

「わけがわからん……」

 

「君のような何も分かってない侍を見ると我慢ならないだけだ」

 

「くそっ本格的に日本語が通じなくなってきた!」

 

 伊黒が地面を蹴り、彼の首にいつも巻き付いている蛇・鏑丸が、よしよしと伊黒の頭を撫でた。

 このまま会話のペースを握らせたままにしてはならない。

 伊黒は思い切って話題を変えた。

 

「ああ、そうだ。お前、甘露寺が来るまではここで何をしていたんだ?」

 

「拙者はムキムキねずみを二匹分けてもらったので繁殖計画を立てていた」

 

「正気か?」

 

「無惨の体重を60kgと仮定する。

 奴は前に1800の破片に分裂した。

 つまり一欠片30gといったところだろう。

 無惨の体重が600kgあったとしても300g。

 ムキムキねずみ軍団なら日輪刀と同じ素材の鉄の箱に入れてもなお余裕の重量だ」

 

「正気か?」

 

「ねずみの妊娠期間は20日。

 一回の出産数は少なくて六匹。

 20日後に8匹。

 40日後に14匹。

 やがて産んだ子ねずみも子ねずみを生み始める。

 数ヶ月以内に必要数は揃う見込みだ。―――この第二鬼殺隊で、奴を討つ」

 

「正気か?」

 

「拙者の技の仕上がりくらいでは、ムキムキねずみに刀を持たせる。

 ねずみ達の持つ剣を拙者が犬掻きで遠隔操作して候剣を付与することも……」

 

「正気か???」

 

「ねずみではあるが、無惨の肉はかじらせないようにせねば。腹を壊すかもしれん」

 

溝鼠(どぶねずみ)に食わせることすら分不相応扱いとは最大の侮辱だな……」

 

 無惨は分裂して逃げた。

 黒死牟も分裂して逃げた。

 確かに対策は必要だっただろう。

 それを見て、各々柱は個別に対策を考え始めていたことも事実だ。

 だが、流石にこんな対策を考えた者は居なかった。

 

 八八は人間の力だけでなく、人間と共に戦うねずみやカラスの力も信じている。

 それらの力も頼ろうとしている。

 人だけが鬼を討つのだ、と思っていない。

 常識の根幹がズレにズレ込んでいた。

 

「こんな畜生共の力を……いや……俺も似たようなものか」

 

 伊黒が何かを言いかけ、何かを思い、止まる。

 

 その言葉を言わなかったことが、伊黒が根本的に抱える問題だった。

 

「黒八」

 

「なんだ」

 

「拙者は心眼で見えたものを辿り、黒八の従姉妹に会った」

 

「!」

 

「黒八のことを散々に言っていた。お前のせいで何十人と死んだと」

 

 伊黒小芭内は、自分の過去を滅多に話さない。

 それは彼が心を開く相手が少なく、心を開いた相手にも過去は話さないからだ。

 

 伊黒が生を受けた一族は、鬼に仕える人間の一族だった。

 旅人や移り住んできた人間を鬼に捧げ、食わせた後金品を奪う。

 赤ん坊が大好物の鬼に産んだ子供を捧げ、食わせて庇護を得る。

 そんなことを繰り返していた一族だった。

 伊黒が顔の下半分を布で覆っているのは、彼が子供の頃、蛇のような鬼の口と形を揃えるためと言われ、口を裂かれたからである。

 生まれつき片目が色違いの弱視であった彼は、鬼が「太らせて食おう」と思うくらいには、物珍しく見られていた。

 

 生まれた時から座敷牢に入れられ、外の世界も知らなかった伊黒は、生きるために脱出し、そこで先代の炎柱・煉獄槇寿郎――現炎柱の父――に救われる。

 人を利用し人を食らっていた蛇鬼は死に、伊黒の親族50人が死に果てた。

 ただ一人生き残った従姉妹の「あんたが逃げたせいで」という罵詈雑言を、伊黒は何年も経った今でも覚えている。

 

 汚らわしい、強欲な人殺しの一族の血が自分の中に流れていること。

 自分が逃げれば親族が殺されると分かっていて、その上で逃げ出したこと。

 伊黒を生贄に差し出そうとした親族が、自業自得であるのに伊黒を罵倒したこと。

 全てが、彼の心を抉る傷である。

 「自分もあの親族と同じだ」と、「自分のために他人を殺しても平気な屑なんだ」と、伊黒はずっとずっと自分を責めてきた。

 

 『自分には甘露寺蜜璃と仲良くすることすら許されない』と思うほどに。

 伊黒が"自分が悪かった"と思っているのと同様に、八八に伊黒の過去を話した伊黒の従姉妹もまた、伊黒が悪いと罵っていた。

 されど、八八の心眼はそれが嘘だと見抜いていた。

 

「だが拙者には分かっている。あの女が嘘をついていたことは」

 

「……そうか。分かるのか」

 

「伊黒小芭内の鬼千人斬り、魔噛みの蛇……繋がったな。そういうことだろう」

 

「いや全然違うが?」

 

 見抜いたのは伊黒の従姉妹が嘘をついていたところまでだった。

 残念無念。

 伊黒が多少補足し、八八は「なるほど」と頷く。

 伊黒が甘露寺に好意的であるのに一線を引いたような態度である理由を、八八はようやくに理解していた。

 

「お前の血は拙者のそれよりよほど人間らしく、羨ましい。

 汚れているとも、まともな人間らしくないとも思わない。

 それなら拙者の方がよほど"まっとうではない"気がするがな」

 

 八八が自分の手の平を切る。

 切った手の平から血は流れず、サイボーグの循環液らしきものが零れ落ちる。

 流れ落ちた循環液は、数秒で消えて無くなった。

 自分の体が何故『そう』なのか、八八は知らない。

 ただ、まっとうな人間でないことは分かっている。

 汚らわしいということが、まともでないということならば、伊黒より八八の方がよっぽどおかしくて、おぞましい。

 暗に言われていることを察し、伊黒はその言い分を否定する。

 

「そこまで言うほどのものでもないだろう。お前が変なのは頭であって血じゃない」

 

「しからば拙者も黒八に対してそう思っている。卑下するほどの血ではない」

 

「お前の血に罪はない。だが……俺の血には罪が流れている」

 

「お前を罪人と見るか、英雄と見るか。

 お前の両面を知っていれば、どう見ようとするかはその人によるのだ。

 ()()()()()()だ。まだまだ心眼が足らぬ。拙者には罪人には見えん」

 

「下らない励ましだな」

 

 ふん、と伊黒は鼻を鳴らした。

 

「お前は物事をあせりすぎる。

 ……十数年、各地を回って人を見てきた。

 拙者のような特別な命は一つも見なかった。

 その内思うようになった。拙者と同じ人間は居ない、と」

 

「同じ?」

 

「生まれた時に言われなかったか?

 『鬼舞辻無惨を倒せ』、とか。

 拙者は生まれた時にそう言われたことを覚えている」

 

「……いや。普通の人間は、生まれた時のことなど覚えていないと思うが……?」

 

「お前もいずれ……分かる時が来よう」

 

 もしも、『鬼舞辻無惨を倒すために生まれてきた人間』が居るのなら。

 与えられた使命だけでも、微かにでも、それを覚えている人間が居るのなら。

 逆説的に、生まれた時に人生の何かが決まっていた人間は、与えられた使命を魂に刻み込まれた人間だけである、と言える。

 

 生まれた時に受けた使命を覚えている者。

 無惨と対峙した時に"自分はこの男を倒すために生まれてきたのだ"と感じた者。

 そういった者以外は、生まれた瞬間に何かが決まっていたなどということはない。

 伊黒が自分の中に流れる血を疎み、この世に生まれた時から自分は幸福になるべきではないと感じているのは、間違っている。……と、八八は考える。

 

「であれば、生まれた時から何かが決まっていたのは拙者だけだ。

 生まれた時から幸せになるべきでないと決まっていた者などいまい」

 

「……」

 

「黒八には自分を許してほしい。

 最近、鳴柱になった男が居るだろう。

 あれが自分を許すのが死ぬほど下手な男なのだ。手本を見せてやってほしい」

 

「……自分の要望を通すために他人を引き合いに出して利用するな。屑が」

 

「なんとでも言うがいい。拙者のメンタルは無敵。お前もいずれ分かる時が来よう」

 

「いやもうよく知っている。もうこれ以上はいい」

 

 ぺこり、と、八八は伊黒に頭を下げる。

 

「頭を下げて頼む姿。オレにとっては一番侍らしく見えるよ」

 

「自分で言うのか……」

 

「うむ。獪岳のためにもよろしく頼む。一石二鳥。オレも祭出てみていースか?」

 

「二鳥の片方の前で自分で一石二鳥とか言うな。逆さ吊りにするぞ」

 

 伊黒は、伊黒と獪岳両方のためになる方向性を示し、『八八が伊黒を救う』のではなく、『伊黒が自分を救うことで獪岳も救う』方向へと持って行こうとしている。

 八八の善良さは、その言動と同じくらいに分かり辛くて伝わりにくくて、その分かり辛い善良さが伊黒は嫌いではなかったけれど、素直に頷けない。

 

 簡単には、自分を変えられない。今はもう、変える気もない。

 

「……お前の考えは鬱陶しいが、間違ってるとは思わない。

 だけど、俺は。無惨を倒して死にたい。

 罪を償って、この汚い血が浄化されることを願いたい。

 人らしい幸せとか、そういうものは……死んで生まれ変わってからでも良いと思う」

 

 伊黒は目を細め、どこか遠くを見て、何かを諦めたような表情を浮かべる。

 この時代の『血』の概念は、まだかなり重い。

 遺伝子概念が普及するのは、この時代から何十年も先のことだ。

 この時代の人間にとって『血』はまだ抗いようのない運命であり、重要な心の決定要素であり、頭で考えても割り切れない"科学的に理解されていないが確信を持たれているもの"だった。

 

 それが、伊黒の罪悪感を保証する。

 自分は外道の一族の血が流れていると。

 だから親族を死なせることすら選べたのだと。

 伊黒小芭内の人生は、生まれた時から、誰も犠牲にしないで自分だけ鬼に踊り食いされるか、親族を犠牲にして生き残るかの二択しかなかった。

 

 だから彼は悪くない。

 他人を犠牲にしてでも自分の生存を選ぶのは悪くない。

 他人をどれだけ犠牲にしようとも、生きたいと願い選択するのは、人間の権利だから。

 自分が生きるために多くの他人を犠牲にするのは、生存権の範疇である。

 けれど。

 伊黒は絶対にそうは思わないようにしている。

 

 そう考えてしまえば―――鬼舞辻無惨と同じ外道になってしまうと、思っているから。

 

 だから伊黒は、自分を許さない。

 "お前を殺そうとした親族に因果応報が来ただけだ"と言っても、きっと彼は納得しない。

 自分の都合で多くの人間を身勝手に死なせることは悪。伊黒はそう信じている。それこそが彼から幸福を奪っているもので、彼の善良さの証明だった。

 

「俺は……何事にも、罪は罰があるべきだと思う。死にもせず償えるとは思ってない」

 

 八八は同意しない。

 ただ理解はした。

 伊黒の言い分を聞き、ゆっくりと頷いた八八は、腰の刀――大気剣で折れたものの代用品――に手をかける。

 それを首に当てる。

 驚き止めようとする伊黒を無視し、八八は歯を食いしばって、自分の首を切り落とした。

 

「ばっ―――」

 

 驚いた伊黒が落ちる首をキャッチし、八八の体に首を当てる。

 

 数秒と経たず首はくっつき、八八の肉体は蘇り、伊黒はほっと息を吐いた。

 

「今、お前の代わりに一度死んだ。

 拙者が死ぬも黒八が死ぬも、同じ一死になら等しいだろう。

 これで黒八は死んで、生まれ変わったということにならんか?」

 

「なるわけがないだろう。馬鹿か?」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

 八八の中で八八の命が軽いのか、伊黒の幸福が重いのか。

 伊黒にはまるで分からない。

 そこは分からない、分からないが……八八がなんでこんなことをしたのか分からないほど、伊黒は愚かではなかった。

 

 鬼舞辻を殺し、自分が死ぬことで、罪の償いとする。それが伊黒の基本思考。

 仲間が死ぬなら、自分が代わりに死んで蘇る。それが死なない八八の基本思考。

 不死ゆえに死が死でなく、ゆえに死を引き受ける八八にとって、『友人のために代わりに死んでやる』ことは、ごく当たり前のことだった。

 

 だから、伊黒はその行動に暖かな気持ちと、苛立ちを覚える。

 

「二度とするな。俺はお前のそういう、自分の傷に無頓着なところが大嫌いだ」

 

「そうか。拙者は黒八の幸せになろうとしないところだけが大嫌いだ」

 

「……」

 

「拙者はメンタルも肉体も最強だが……

 侍の力には人を簡単に幸せにできるものがない。

 おそらくだが、戦う力というものには、人を救う力が宿っていないのだと思う」

 

 八八の脳裏に浮かぶのは、継国兄弟。

 縁壱を救った兄と、黒死牟を救えなかった弟。

 戦う力は間違いなく弟の方が遥かに強かったのに、その弟を救ったのは、弟よりも弱かった兄の何気ない優しさだった。

 

 不死や不死殺しが、人の心を蝕む闇を倒すのに、何の役に立つというのか。

 神仏が『鬼舞辻無惨を倒せる剣士』を生み出したところで、その程度の存在が、気軽に人を救える崇高な存在になれるはずもない。

 尽くす言葉に想いがあって初めて、人の想いは他人に届く。

 

「だから拙者が今言葉を重ねているのは、それしかないからで……私欲だな」

 

「私欲?」

 

「拙者は心の力で運命を覆す人間が見たい。

 不幸や罪悪を跳ね除けて幸福になる人間が見たい。

 悪人の罵詈雑言を乗り越え笑える人間が見たい。

 これはきっと優しさとかそういうものではないな。多分、拙者の私欲だ」

 

 私欲か、と、伊黒が呟いた。

 

「黒八は拙者より先に死ぬだろう。

 拙者が死を看取るかもしれない。

 だが逆はない。黒八が拙者を看取ることはない。

 お前は必ず拙者より先に死ぬ。

 せめてその結末が良いものであれば願うのは、色々あったが簡単に言うなら私欲のためだ」

 

「……」

 

「人は生まれを選べない。

 生き方は選べる。

 生き方の結果として死に方が決まる。

 ゆえに死に方は選べるのだ。

 お前がどう思おうがお前の死に方はオレが決めることにするよ」

 

「おい途中まで俺が死に方を選べるみたいな話だったのに結局お前が選ぶのか?」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「腹立つなこいつ!」

 

「お前の両面を知っていれば、どう見ようとするかはその人によるのだ」

 

 八八と話していると、大抵の人は八八に引きずられる。

 変な方向に向かっていく。

 そして最終的に、ギャーギャーと八八と騒いで、日々笑うようになっていく。

 たまに言語もおかしくなっていく。

 伊黒は少し流されそうになって、けれどなんとか踏み留まった。

 

「お前と居ると、何もかもがバカらしくなる。

 悩んでいる俺がバカみたいに感じる。

 俺が好きに生きていいように感じる。

 ……そんな訳がないんだがな。

 お前のせいで俺は頭がおかしくなりそうだ、可及的速やかに死んでくれ」

 

「死なないのだな、これが。黒八も拙者に染めあげていースか?」

 

「出来る限り苦しんでから地獄に落ちてくれ。お前になんぞ染まってたまるか」

 

 ふっ、と伊黒が笑う。

 本当に希少な、滅多に見れない、『バカな友人に思わず向けてしまった笑み』だった。

 尽くした言葉は無駄ではないと、八八は信じる。

 

 山の合間に沈む夕日を、八八と伊黒は、二人で眺めていた。

 

「黒八は黒八だ。他人とは違う。都合良く棚に上げておこう。お前は物事をあせりすぎる」

 

 八八のような図々しさが伊黒にはない。

 親族クソだわ、鬼舞辻クソだわ、え? 俺? 生まれた時から生贄に捧げられる予定で牢に閉じ込められてた被害者でしょ? くらい開き直る図々しさがあれば、こうはならなかっただろう。

 八八ほど図々しくないのだ、伊黒は。

 他人の影響を受けて図々しくなるくらいで、きっとちょうどいい。

 だから八八との交流は、悪くない変化を伊黒にもたらしている。

 

「お前からすれば、俺は良い死に方を選ぶ権利があるのに、無駄遣いしている男なんだろうな」

 

 そして、人間の関係は、想いは、言葉は、一方通行にはならない。

 

 伊黒が何気なく言った言葉は、八八の内心の深いところに刺さっていた。

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「こいつ話を逸す力だけは一級品だな……」

 

「甘露姫のめちゃくちゃ開いた巨乳の胸元凝視していースか?」

 

「いいわけないだろう八つ裂きにするぞお前っ!」

 

 甘露寺のことになると沸点が低くなる伊黒は、比較的話を逸らされやすい。

 

「あれはH粒子が出ている」

 

「H粒子!?」

 

「真菰姫の私服のスカートもH粒子が出ている」

 

「待てH粒子ってなんだ!?」

 

「H粒子はこの宇宙域のいたるところにある。天元の嫁の薄着もそうだ」

 

「お前誰でもいいだけじゃないのか……!? クソ甘露寺をそんな目で見るな!」

 

「H粒子が出ているのが悪い」

 

「いや……確かに甘露寺のあの開いた胸元はどうかと思うが……」

 

「ついに―――性に目覚め始めたか……黒八!」

 

「違う!」

 

 H粒子判定……それは、侍の"義"。

 

「黒八」

 

「なんだクソ野郎」

 

「姫には運命の侍が居る。

 一人の姫に複数の侍が対応するが、運命の侍は特別だ。

 拙者はそれぞれの姫を見てきた。

 真菰姫を守る錆兎と義勇。二人の兄弟子。

 鬼に襲われた葵姫を守るカナ八。家族のような仲間。

 カナエ姫を守るしの八。鬼殺隊で最も信頼できる女。

 そして、甘露姫を守るお前。

 姫を守る侍は、誰も彼もが……信頼に値する侍だった。自分を卑下するな」

 

 ふん、と、伊黒は鼻を鳴らした。

 

「俺は侍なんてガラじゃない。それと……甘露寺を守るのは、お前に言われるまでもない」

 

「めちゃくちゃかっけェ……」

 

「褒め方が急に雑になったな」

 

「それでH粒子の話なのだが」

 

「クソッ話を戻すな!」

 

「侍は姫のH粒子を感じなければならない」

 

「それは絶対に嘘だと分かる。くたばれ」

 

 わちゃわちゃと、ぎゃーぎゃーと、男二人の話が広がっていく。

 

 そんな二人の会話を、実は途中から物陰で聞いていた女が一人。

 

「なーにがH粒子なんだか、ばっかみたい。まったく」

 

 自分が何故しの八なのか、その理由の一つを知って、納得する胡蝶しのぶが居た。

 

「おまたせしましたー! 沢山おにぎり持ってきたよー!」

 

「甘露寺さん」

 

「あ、しのぶちゃん! これから皆でご飯なんだけど一緒にどう?」

 

「是非。あ、お茶を持ってきてあるんですよ。どうですか?」

 

「わぁぁ……しのぶちゃんのお茶は美味しいから嬉しいわ!」

 

 夕日の中、しのぶは甘露寺と合流し、何気なく八八と伊黒の前に現れる。

 

「楽しそうに話してたみたいですね、お二人共」

 

「甘露寺と……胡蝶妹か」

「拙者は楽しんでいたと言えるしそうでもないとも言える」

 

「なんでしたっけ? H粒子?」

 

「! おい胡蝶妹……少し黙れ」

 

「えっちりゅーし?」

 

 しのぶが笑いをこらえた様子で"話を盗み聞きしていたこと"を匂わせ、伊黒が焦り、話が読めない甘露寺が首を傾げ、八八が近くの木を蹴ってクワガタムシの捕獲を始めた。

 

「八八さんは男の人と話してる時しかそっち系の話しませんし。

 伊黒さんはバカみたいな話は八八さんとしかしませんし。

 昔近所の男の子がそんな感じでしたよ。男同士でしかしない話ってやっぱりあるんですね」

 

「……分かってるならそこに入って来るな。だからお前は胡蝶姉妹の姫じゃない方なんだ」

 

「は? それ今関係ないですよね?」

 

「なんだ? 甘露寺はちゃんと姫なのにな……」

 

「はぁーネチネチして嫌らしい。そういうところあるから他の隊士から嫌われてるんですよ」

 

「俺は嫌われてても構わん。お前が姫認定されない根本的理由は顔が悪いんじゃないか?」

 

「は……はぁ!? そこまで悪くはないです! ですよね八八さん!」

 

「ふん……言ってやれキチ八。所詮しの八では甘露姫に顔では敵わないとな……」

 

「見ろ甘露姫。拙者の人生で見てきた中でも最大級の、拳二つ分の大きさのオオクワガタだ!」

 

「わぁすごい! はっちゃんって虫取りの才能もあったのね!」

 

「「 聞け!! 」」

 

 オオクワガタは真っ黒だったので八八に『伊黒』と命名され、伊黒はキレ、しのぶは爆笑し、甘露寺がしのぶに掴みかかった伊黒を止め、四人でおにぎりを食べ、帰った。

 

 一日が終わる。

 たまの休みの日も終わる。

 すぐにまた、殺し合いの日々が来る。

 

 二日後、任務地に赴いた八八は、『彼女』と出会う。

 

 

 

「お久しぶりです。

 ちょっとは背が伸びた……かな?

 約束通り八さんはちゃんと私が殺しますから、もうちょっと時間をくれると嬉しいです」

 

 

 

 二年の時を越え。

 再会の時が来る。

 

 

 




 サムライ8が何気なくコミカルな敵のかませキャラとして出し、主人公に一刀両断され、主人公が無駄に煽りに行ってる間にヒロインを人質に取られてしまった……というキャラで、ディズニーランドがよく似合いそうなネズミ侍君!
 黒くて丸い耳が特徴的で、ミッキーマウ……『ビッグマウスの船長』という異名を名乗ったネズミ侍君!
 相棒はドナルドダッ……帽子を被ったアヒルみたいな姿が特徴的なキーホルダー!

 サムライ8を代表する動物はネズミ侍君。皆知ってるね?
 サムライ8は主人公のモデルにのび太君、師匠のモデルにドラえもん、ヒロインにジャイ子を使うなどドラえもんベースなので、『ネズミ』はとても大切なんだ!
 だからきっと日本でも一番有名なネズミを敵に出したんだ!

 空間が狂ってますね……

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