サムライ8の化身が鬼殺隊で無双していースか?   作:ルシエド

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累「まず僕がお風呂場に入るからそこで姉さんが『きゃっ』って言って胸と局部だけをタオルで隠す感じで僕から体の正面を逸らして僕がそこで『ご、ごめんなさい!』って言うから姉さんは『い、いいのよ累……る、累、そのスボンの膨らみは……』って言って僕が『こ、これ何? 怖いよ姉さん……』って戸惑って微笑む姉さんが『累ももう子供じゃないってことね……いいわ、姉さんに身を任せて。大丈夫、気持ちいいことだから』と淫靡に僕に寄り添いいやなんだその顔なに適当にやろうとしてんだちゃんと姉やらないならお前もう要らないぞそうそう最初からそういう良い返事してればいいんだよ姉さんはそういうことではいアクション」


"春のセンバツ"を失ったな……

 その名もなき隠は、八八への届け物を抱えて、八八が滞在しているという、藤の家の離れの戸を叩いた。

 

「ごめんくださーい。八八八八さんいらっしゃいますかー?」

 

 返答がない。

 とはいえ、隠の仕事である届け物は手渡さなければならない。

 戸の前に置いてはいさよなら、なんてことが許されるほど、大正時代の治安は良くない。

 不在だったらどうするかな、と考えつつ、隠は八八が寝ている可能性も考えて、藤の家の離れの中に入っていく。

 

「居ないのかな……失礼します」

 

「コソコソ何をやってる!?」

 

「ひゃああっ!?!?」

 

 そして、黙って待つことでコソコソ入って来る待ちの姿勢に入っていた八八の大声にたいそう驚き、飛び上がった。

 

「ああ、びっくりした……」

 

「驚かせてすまぬ。悪気は無かったので許してもらっていいですか? コキ…」

 

「なんで今口でコキって言った?

 悪気なく悪事ができるということは性根が邪悪なのでは?」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「いや冗談ですよ。本気にしないでください」

 

 隠は八八に、刀袋に入っていた小太刀を手渡した。

 八八が補助武器として注文していたものである。

 これで八八の装備はまた錆兎から借りた青色の日輪刀、色変わり前の小太刀、二本となった。

 

「こちら配達の小太刀日輪刀です。

 鋼鐵塚さんは貴方用の最高傑作を作るんだとずっと打ち込んでます。

 なのでこの小太刀日輪刀は鉄穴森さんの方が作ってくださったそうですよ」

 

「かたじけない。これが名刀童子切高綱の侍魂―――通称『血吸』の剣―――」

 

「いや鉄穴森さんが打ったただの小太刀ですってば」

 

 突然変なことを言い出し、小太刀を受け取り、握り心地を確かめている八八を、その隠はじっと見つめる。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「いや……

 うちの隠は最近目立った新人が有一郎くんくらいのものだったので……

 『感染源この人かぁ』……って思って……直接お目にかかるの初めてだったので……」

 

「お前もいずれ分かる時が来よう」

 

「いや分かりたくないですね」

 

 言語以外は割と普通の人だな、と、隠は思う。

 喋らなければ短く黒髪を切り揃えた眼鏡の男、といった印象しか受けない。

 だが隠は『八八が二十匹ほどのネズミを連れて歩き出した』のを見て、普通の人だなと思った一瞬前の自分を全否定した。

 

「ところでその引き連れたネズミの群れは……?」

 

「第二鬼殺隊だ」

 

「正気か?」

 

「歳上順にねず一、ねず二、ねず三……と名付けているのでそう呼んでやってくれ」

 

「正気か?」

 

 ネズミの歳なんて見ても分かんねーよ! という叫びを、なんとか口には出さず、その隠はぐっとこらえた。

 まだまだ心眼が足らないようだ。

 はぁぁぁ、と、隠は深々と溜め息を吐く。

 

「ここ来る前……

 炎柱様達の方の手伝いしてたんですが……ギャップで死にそうです。

 あっちもあっちで疲れることはありましたが……いや随分マシだったんだなって……」

 

「伝説の甘露姫の師匠の弟子の甘露姫と伝説の師匠のアン八の両方が柱であるからな」

 

「今なんて?」

 

「伝説の師匠の弟子の甘露姫と伝説の甘露姫の師匠のアン八の両方が柱」

 

「でんせ……何……?」

 

「伝説の甘露姫の師匠の弟子の甘露姫の師匠がアン八だ、ここまでは分かるな?」

 

「わっからなぇなァー!!」

 

 そもそもアン八って誰だよ! という隠の叫びが、晴天の下に響き渡った。

 

 

 

 

 

 現在、西暦1915年。

 "大正浪漫"のこの時代は、たった15年という短い期間であるにもかかわらず、日本の多くのものが移り変わっていった時代である。

 八八は大正という時代の影響を如実に受ける遊女の世界―――『新宿遊郭』に足を運んでいた。

 当然ながら、その行動目的は、任務である。

 

 新宿とは、元は内藤新宿という名で呼ばれていたものが短縮された名称である。

 古来より、遊女は宿場に集まる。

 旅人も地元の人間も利用するため、理想的な客取り場であるからだ。

 古今東西、『遊女の街』は『宿の街』より発生するものなのである。

 

 1915年のこの時代、日本で娼婦が最も集まる場所は、吉原、洲崎、新宿の三つ。

 この三つだけで登録済娼婦は5000人に迫り、街のそこかしこに蔓延っていた違法娼婦や客を取っていた娼婦の娘なども含めれば、万を超えるとも言われている。

 吉原、洲崎、新宿だけで、年半期集客数実に30万以上。

 この時代の日本の総人口が約5494万人と計算されていることも加味し考えると、この集客力は当時の日本においては、百年後の日本の興行収入10億円映画の総動員数にも迫る規模である。

 まさに、『経済を回す怪物』の一体であったと言えるだろう。

 後の時代にここは、"新宿二丁目"という名で縁の無い人間にも知られることとなる。

 

「え、お兄さんここに遊びに来たんじゃないのー?」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「あはは、そればっか! 人でも探してるの? ここは結構駆け落ちして来る人いるからね」

 

「いい計画は秘密って事さ、相棒」

 

「私相棒じゃないですよー?」

 

「お前もいずれ分かる時が来よう」

 

「やべー狂ってる人だ」

「コラお客様よ」

「あはは、狂ってる人でもいいですよ。

 ここのルールを守ってお金を払ってくださるならね。

 侍様でも変な人でもどんとこいです。女の子達には手を出さないでくださいねー?」

 

 八八は『振袖』、『太鼓』などと呼ばれる遊女達と語り合っていた。

 

 この時代の新宿は遊女屋が遊女達に建物を貸し、貸座敷と呼ばれる売春宿が隆盛していた。

 建物の表に格子付きの部屋が並んでおり、表通りを歩く客は遊女を眺めながら歩き、気に入った遊女に声をかけ、どの女を買うかを選ぶ。

 遊女は道行く通行人に煙草を振る舞い愛想を振り撒き、遊女同士で楽しげに話し、様々な形で客を取ろうとする。

 壁一枚隔てた向こうには、淫靡と性交に満ちた世界がある。

 数年後、警察がこれらを全面的に禁止するのも分かるほどに、空気そのものが異様だった。

 

 そんな建物が、右を見ても左を見ても並んでいる。

 ここは異界だ。

 他の街の常識とは違うルールで動いている異界。

 『鬼が紛れる』には、これ以上の領域はないだろう。

 この街では人が一人二人居なくなったところで誰も気にせず、また多少の異常は街の雰囲気に飲み込まれ、かき消されてしまう。

 鬼という異常が溶け込めてしまうだけの、常態化した異常の空気があった。

 

「わ、わわ、凄い!

 お兄さんの手の上で独楽が独りでに回ってる!

 え、これ本当にどうやってるんですか? 鉄の独楽って結構重いのに」

 

「拙者は魔法使いだからな。不可能なんてあってないようなものです」

 

「もー、冗談ばっかり言って!

 でもお兄さんそういうのやるとどこでもウケいいと思いますよ?

 面白いですし、殿様気分じゃない遊女も楽しませようとするお客様って少なめですからね」

 

「お前は物事をあせりすぎる」

 

 『振袖』は、見習いの遊女である。

 最高位の遊女『太夫』『花魁』になると見込まれ、各技能を仕込まれる若い少女達の呼称だ。

 鬼殺隊で言えば、柱が直々に育てる弟子・継子にあたる。

 見目麗しく、先輩の遊女や遊郭を動かす男達から様々なことを学び、太夫直々に育てられるが、将来性があるために客は取らない。

 

 『太鼓』が客人気がないが、その上で遊郭という世界で生き残るため、芸の腕を磨き芸を見せる女達である。

 振袖同様、客は取らない。

 座敷で三味線を弾くなどの芸を見せ、酒を注ぎ、客を接待する。

 鬼殺隊で言えば、前線で剣士として戦う才能がなく、蝶屋敷で治療と新人剣士の指導をしている神崎アオイあたりが近いだろう。

 

 八八が居るここは、客と遊女が交わるための建物ではない。

 客が何度も通うことで信用を得て、地位のある遊女と遊ぶことを許されるまでの見定めの場で、客を取らない遊女達の仕事場でもある茶屋だ。

 ここでは酒を楽しみ、性交を除いた美女との関わりを楽しむことが主となる。

 新宿遊郭でも比較的"浅い"所にあるため、この辺りの情報が集まりやすく、話を聞く分には都合の良い場所であると言えた。

 

「拙者、吉原遊郭の方から紹介状を貰っている。

 万世極楽教というものについて、最近何か噂は聞いていないだろうか」

 

「あー、あの宗教の」

「入った人が何人か戻って来てないって噂のやつ」

「お兄さん吉原の方から調べに来たの?」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える。

 遊郭の垣根を越えて調べようとしているようで、拙者がその仕事を請け負った」

 

 日本には各地に娼街があったが、そのどこにも、信仰の場があったと言われている。

 親に売られ娼婦になり、人攫いに売り飛ばされ遊女になり、孤児だったがゆえに選択の余地もなく売春婦となる。

 救いがない人生。先の見えない日々。救われない人間は、宗教に救いを求める。

 「この人生では救われない」と確信している人間には、「神様はその頑張りを見てくれている」や、「来世できっと救われる」といった言葉が刺さりやすい。嵌りやすい。

 

 『宗教』は、そこにつけ込むのだ。

 

「万世極楽教は危険なのですか? 私達は、そこまで極端な話は聞いていませんね」

 

「そうとも言えるしそうでもないとも言える。どう見えるかだ」

 

「はぁ……」

 

「大切なものほど目に見えるところにはない。まやかしによって隠れ本質を逆に見せる」

 

「な、なるほど……?

 とりあえずお客様や芸者から話を聞いてまとめておきます。また後日いらしてください」

 

「助かる」

 

 八八は一番歳を重ねた太鼓にこっそりと金を握らせ、『次』を保証させる。

 

「お兄さん、お兄さん、お仕事で来てるならもうちょっとお金落としていってよ」

 

「む」

 

「私達の口もそうしたら軽くなるのにな~」

 

「こら」

 

 14歳か15歳ほどの振袖が、八八に小遣いをねだるような仕草を見せ、周りの太鼓に小突かれ叱られていた。てへへ、と振袖が微笑み、八八の口角が少し上がる。

 

「なら最近あった面白い話でも聞いていースか?」

 

「なんか最近ありましたっけ」

「うちの店に入って来た子が凄く美人でいい子でね、覚えもいいからすぐ振袖になってて」

「ああ、あの子ねー」

「なんだっけ名前……ネズミ?」

 

「ネズミ……親の顔が見たくなる名前だ……親は"勇"を失っているな……」

 

「あはは」

「まあ私達皆親なんて塵としか言えませんし」

「まともな親居るならこんなとこに居ませんしねえ」

 

 あはは、と笑う遊女達。

 世界には大小問わず、様々な不幸が溢れていた。

 鬼舞辻が人を殺さなくても殺人犯はありふれている。

 貧困ゆえに人は売られ、遊女として自由なく体を売る。

 強盗などそこかしこで起きていて、司法が裁けていない者も多い。

 この時代と西暦2018年の人口あたりの殺人事件発生件数を比べると、十倍になるほどだ。

 

 鬼舞辻を倒してもあらゆる事柄が解決して皆が幸せになる……ということはない。

 人を不幸にする存在が一つ消え失せるだけだ。

 鬼舞辻が消えてもほとんどの人はそれに気付かず、鬼舞辻が居たということすら知らず、次の日からまた不幸と幸福の合間でもがいていくことだろう。

 彼女らも、鬼舞辻が倒されたところで救われるなどということはない。

 この時代でもまだ遊女の扱いは軽く、その命は風前の埃に近い。

 

 だが、彼女らは笑っていた。

 強く生きて笑っていた。

 この遊郭という檻の中から出られず、自分の人生も自分で選べず、周りの人間の都合で周りの人間の食い物にされながらも笑っていた。

 鬼舞辻の押し付けてきた不幸に立ち向かう者達が鬼殺隊ならば、世界や社会がごく当たり前に押し付けてきた不幸に立ち向かう者達が、彼女達なのだろう。

 

 そうして笑って、強く生きて、明日に行こうとしている人間を―――鬼は無慈悲に殺すのだ。

 

「拙者、お前達の中に"勇"を見た」

 

「ゆう?」

「なんかよくわからないけど褒められてるんじゃない?」

「ありがとーお兄さん!」

 

「夜はあまり出歩くな。

 吉原遊郭の方でも夜に出歩いた遊女が何人か行方知れずになっている。

 民草を守るのも侍の"義"。

 拙者はこれから紹介状で楼主にも話を通しておく。夜に出歩く時は呼べ」

 

「はーい!」

 

 八八は座敷を出て、裏路地に入り、懐に入れていたムキムキねずみを一匹離す。

 

「ねず五、お前はここで待機だ。この建物を見張れ」

 

 ムキムキねずみが頷き、天井裏に入っていった。

 八八の引き連れてきたネズミの内一体をここに置いておけば、いざという時に八八に事態の急変を知らせる見張りとなってくれるだろう。

 

 八八は裏路地を出て、歩き出す。

 新宿遊郭は色街特有の奇妙な熱気を孕んでおり、真面目一辺倒の人間でもここでちやほやされれば『気の迷い』を起こしてしまいそうな、不思議な魅力を持っていた。

 そのくせ普通に子供が街角で遊んでいたりもして、ここが一種の異界であると同時に、人間が精一杯生きている普通の街であることも知らしめてくる。

 

 八八が"天元の嫁から引き継いだ仕事"と、八八の心眼が見た何かを繋いで見れば……あくまで推測で、おそらくだが、この街に『上弦の鬼』に関する何らかの手がかりがある。

 

 八八が腕を組んで少し考え事をしていると、建物から少女が出て来た。

 見目麗しい少女であった。

 唐草模様の着物を纏うその少女が視界に入った男の通行人が、格子の向こうの遊女達に視線をやるのを一瞬忘れ、その少女に見惚れる。

 綺麗な黒髪は後ろでポニーテール風味にまとめられており、見る人が見れば、その髪を縛っている紐が甘露寺が使っているものと同じものであることが分かる。

 顔形も整っていたが、肌や髪も綺麗に手入れされており、見る目があれば振袖・太夫・花魁のどれかであると思うだろう。

 

「あれ、今聞き覚えのある声で名前を呼ばれた気が……あーっ!」

 

 ねず五、という名前を聞き間違えた少女は、外に出るや否や八八を見つけ、飛びかかった。

 

「八さーん!」

 

「ぐえっ」

 

 抱きついてきた少女を抱きとめ、その衝撃で押し込まれ、八八の後頭部が思い切り背後の建物の角に衝突する。

 八八は懐かしい少女を見た。

 その少女の少し後ろに立つ無言の少年を見た。

 その少年の周りに何匹かの猫と犬を見た。

 抱きついて来た禰豆子を引き剥がしつつ、八八は懐かしい名前を思い出す。

 

「お前……爆八か。それにおにぎりも」

 

「禰豆子です! 禰豆子! 爆血は技の名前ですから! お兄ちゃんもおにぎりじゃないです!」

 

「鬼斬りだろうに……お前にもいずれ分かる時が来よう」

 

 少女の名は竈門(かまど)禰豆子(ねずこ)

 少年の名は竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)

 現炎柱・煉獄杏寿郎の継子である少女と、その兄である。

 八八とは過去に因縁があり、紆余曲折あってそれから一度も会っていない間柄だった。

 

 八八は遊女らしい服装をしている禰豆子に戸惑い、禰豆子が大きな声を出して抱きついてきたことで注目を集めてしまっていることに、目を細めた。

 今この段階では、八八はあまり目立ちたくなかったから。

 

「お前……いつの間に遊女に……?

 番頭を呼べ。楼主に話を通して身請けする。その後は自由にする。好きにするといい」

 

「違いますよ! 潜入捜査してるんです!」

 

「……ああ、なるほど。なら目立ってていースか?」

 

「……ちょ、ちょっと待っててください。着替えてきますから……」

 

 そそくさと建物の中に引っ込む禰豆子。

 目立つ美人の少女――とはいえ、御年14歳――が消えたことで、周囲の注目が散る。

 八八は炭治郎と並び、近くの休憩用の長椅子に座った。

 引き連れた猫や犬と戯れる炭治郎は口を開かない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、彼が自分自身に課したルールを、彼は二年が経った今でも守り続けている。

 

「元気そうで何よりだ」

 

 炭治郎は頷く。

 目は口ほどに物を言い、表情は感情を貼り付ける掲示板だ。

 心眼を持つ八八であれば、無言の炭治郎とも問題なく会話をこなせる。

 二年前にあったある出来事以来、八八はずっと竈門炭治郎に一目置いている。

 

 燦々と輝く太陽の下、炭治郎が浮かべる優しい微笑みは、彼が何も変わっていないということを証明していた。

 

「拙者、お前の中に"勇"を見た。

 ……鬼になっても道を間違えず"いい兄"で居られる者が、他に何人居ることか」

 

 八八の褒め言葉に炭治郎は首を横に振り、懐に手を入れ、そこから袋を取り出す。

 袋の中から取り出したるは、純白に輝く球体―――『侍魂』。

 ()()()()()だった。

 

 侍の魂は腹に宿る。

 侍はこれを真の武器、真剣と成す。

 弱い侍ですら強い侍の侍魂を装備すれば、ある程度は強くなるという。

 八八の侍魂は純白で、きらきらと輝いていて、まるで光を押し固めて作り上げた宝珠のよう。

 彼から"借り受けていた"侍魂を、炭治郎は在るべき持ち主の下へと返却した。

 

「もういいのか」

 

 こくり、と炭治郎が頷く。そして感謝の意を込めて、深々と頭を下げた。

 

「いい、おにぎり。終わったことだ。頭を下げて謝る姿、オレにとっては一番侍らしく見えるよ」

 

「すみませんお待たせしました! あ、お兄ちゃん侍魂返せたんですね。よかったぁ」

 

 そこで、着替え終わった禰豆子が出て来る。

 兄妹の出で立ちは対照的で、並ぶと相当に印象的だった。

 

 禰豆子は長く綺麗な黒髪を甘露寺と同じ留め紐で結び、ポニーテール状にしている。着替えた時に紐の結び目に付けられた小さな蝶の飾りは、栗花落カナヲの髪飾りと似た意匠をしていた。

 黒い隊服に麻の葉文様の着物を纏っており、禰豆子の容姿の良さもあって、目立つ隊服がファッションの一部のようにも見える。

 耳飾りを付けているのは右耳。

 

 炭治郎は隊服の上に市松模様の羽織を羽織っている。

 口を開かなければ『鬼の牙』が見えないこともあって、黙っている炭治郎は目立つ隊服を羽織で隠している隊士にしか見えない。鬼だと思う者はまず居ないだろう。

 耳飾りを付けているのは左耳。

 隊服の上に着物を着ている妹と、羽織を着る兄。

 服の着方一つ見ても、竈門兄妹の血の繋がりは見て取れた。

 

 禰豆子ははにかんで、八八に微笑みかける。

 

「お久しぶりです。

 ちょっとは背が伸びた……かな?

 約束通り八さんはちゃんと私が殺しますから、もうちょっと時間をくれると嬉しいです」

 

「そんなに気負うな。お前は物事をあせりすぎる」

 

「焦ってません、普通ですー」

 

 さらりと話題にするにはおかしい話題を、二人は和やかな空気で語る。

 憎しみもなく、恨みもなく、怒りもない。ただ、"約束"があった。

 八八は身長も伸びて立派になった禰豆子と炭治郎を見て、懐かしさと、感慨深さと、後悔を思い出し、兄妹の肩を軽く叩く。温かみのある触れ方だった。

 

「よく笑うようになった。いいことだ。拙者も安心した」

 

「えへへ、そうですか?」

 

「女が唯一、宇宙の星々よりも美しくなる時は笑った時だ。侍ならば知っている」

 

「……え、あ、あはは、なんか色々直球なのも変わってませんね」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「唐突に会話中にはぐらかして会話の返答に困るようになるのもそのまんまだあ……」

 

 禰豆子は美しさを褒めれた照れを誤魔化すように頬を掻く。

 炭治郎がうんうんと頷いていた。

 

「少し話すか」

 

「ですね! お茶飲みましょうお茶!」

 

「……お前、アン八の影響を受けすぎではないか……?」

 

「そうですか……? 自分だと分からないんですよね。お兄ちゃんもそう思う?」

 

 頷く炭治郎の手を禰豆子が引き、禰豆子は八八の手も引こうとするが八八が丁重にお断りし、三人は近くの茶屋――性交所の隠語としての茶屋ではない普通のやつ――に入る。

 

「私はお茶とお団子で……八さんは何がいいですか?」

 

「うな重! スキヤキ! 天プラ! 刺し身! しゃぶしゃぶ! ……いける?」

 

「いけるわけないでしょ」

 

「この世界に絶対はない」

 

「なるほど。でも茶屋にそれは絶対にないって常識はあると思うんですよね」

 

「よかったな……で……それが何の役に立つ!」

 

「こういう時、八さんの舵取りができます。すみません、お茶とお団子お願いします!」

 

「ハイヨー」

 

 扱いが上手い……流石だ禰豆子……と言わんばかりの表情で、炭治郎が頷いていた。

 

 

 




変な意味が後々の時代一部の界隈で付けられましたが、本来耳飾りは左右片方にだけ付ける場合、右耳は『守られる人』、左耳は『守る人』を意味します

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