サムライ8の化身が鬼殺隊で無双していースか?   作:ルシエド

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昔野球で八ンカチ世代って呼ばれてた世代は今88世代と呼ばれていてこれが八八の名前の由来です
嘘ですすみません


"八ンカチ王子世代の名"を失ったな……

「実は今、下弦が結構空いてるんだよね。

 功績上げればすぐ下弦にはなれるんじゃないかな?

 十二鬼月になればあの方の血を大量に貰える。

 君たちは鬼としてもっともっと高みにいける。

 でも、そうだね。

 この似顔絵の男を狙う方がいい。

 鬼狩りを殺すのもいいけどこの男の方が高得点だ。眼鏡は特徴的だからすぐ分かるよ」

 

 『上弦の壱』は、そう言った。

 

 話に乗った鬼は四体。

 夕を夜に変える鬼と、他三体。

 鬼舞辻の与えた本能と習性に従い『強い鬼になろうとする』鬼達はその誘惑に乗り、八八と隊士の禰豆子達を狙った。

 夜を待たなかったのは、鬼を警戒する鬼殺隊士は十分な備えをし夜を迎え、隙のない警戒で鬼を迎え撃つと知っていたからだろう。

 

 夕暮れを夜闇に変える奇襲が、彼らを襲う。

 

「夕を失ったな……」

 

「言ってる場合ですか?」

 

「左二体を任せる」

 

「はい!」

 

 元気よく返事をする禰豆子。

 無言のまま頷く炭治郎。

 八八も同様に錆兎から借りた刀を構えたが、その心眼は戦いに向けられる視線を捉えていた。

 見られている。

 何かに観察されている。

 茶屋で極楽教の信者に見られていた時と同じだ。

 何者かが、八八達に鬼をけしかけ、それを観察している。

 

「死ねや鬼狩り!」

 

 八八に鬼が襲いかかる。

 鬼の両手は巨大な刃に変わり、黒死牟が使っていた術と同じ『肉を刃に変える』術であることが見て取れる。鬼の肉から作った刃は、鋼鉄もやすやすと切り裂くだろう。

 八八は小太刀の日輪刀を頭の高さに投げ、刀の日輪刀で素早く二度斬りつけた。

 

 風の速さの二連撃。

 一撃目で小太刀は微動だにせず、二撃目で弾かれ宙を舞う。

 そして鬼の頭上に到達したところで、何かに弾かれたように小太刀が急降下し、前傾姿勢で走っていた鬼の首を切り落とした。

 

「……あ?」

 

「刀がいつ落ちてくるかはオレが決めることにするよ」

 

 斬撃を指定秒数後に炸裂させる、金剛夜叉流の玖ノ型。

 

――金剛夜叉流 玖ノ型 黙斬り――

 

 斬撃を叩き込まれた小太刀は、空中で指定秒数後に上下左右に跳び、鬼の首を狙う。

 先読みの心眼と併せることで初めて鬼に当てることができる、奇剣中の奇剣である。

 下級鬼であればひとたまりもない。

 出鼻を挫かれ、気勢を削がれた鬼達の足が止まり、小太刀を拾い上げる八八に目が行く。

 

 残り三体の内二体は禰豆子と炭治郎が抑え、残った一体が八八と対峙した。

 

「このくらいの強さならば問題も無いか。ガリガリの折れたつまようじだな」

 

「なにくそッ!」

 

 鬼が口から何かを吐き、八八が刀と小太刀の二刀で切り受ける。

 脅威を感じたら回避を選んでいた。脅威を感じなかったがために切り受けた。

 それが、仇となった。

 鬼が吐き出したのは血鬼術の油。油は刃に纏わりつき、その切れ味を奪い取る。

 

「む」

 

「くけけ、これでお前の武器は無力だァ」

 

 八八は油まみれになった刃を捨て、殴りかかってくる鬼の攻撃をかわす。

 豪腕を右に跳んで避け、足払いを跳んでかわし、噛みつきをバックステップでかわしていく。

 食らったところですぐ治るのだが、この程度の攻撃を食らってやる義理もない。

 八八は急に夜になった周囲に戸惑う人達の間を抜け、遊郭に商売に来ていた商人の手元に銭を投げ込み、商品を一つ持っていく。

 

 彼が手にしたのは、鰹節(かつおぶし)

 

 鰹節をナイフのように振るった八八の攻撃が、鬼の両手首を斬り飛ばした。

 

「!?」

 

 鰹節は『鋼鉄にも傷を付ける』という都市伝説が生まれる下地があるほどに、硬い。

 刃物で切りつけても両断は敵わず、下手すれば刃物が欠け、折れる。

 侍は刃のない刃でも切断力を発生させることが可能であるため、身体強度に力を振っていない下級の鬼であれば、鰹節で簡単にバラバラにすることができるのだ。

 

 鰹節を見た鬼が思ったのは、"え、オレこれで死ぬの?"であった。

 

「も、もうちょっとかっこいい武器で殺してくれ!」

 

「これしかないのだ。すまんな」

 

――金剛夜叉流 陸ノ型 猋――

 

 螺旋を描く鰹節の剣閃が、鬼の体をバラバラにし、首を切り落とす。

 候剣の鰹節で切り刻まれた者は再生できない。どんな不死身であってもだ。

 鬼は物言わぬ残骸と化し、野菜は鰹節と共に味噌汁の具になる。鰹節の刃を前にした者達はそうなる運命にある。

 人を食ってきた鬼が、人が喰らう鰹節によって討たれるとは何たる皮肉か。あるいは当然の因果応報なのか。因果応報なのか……? 因果応報だ。

 

 そして禰豆子&炭治郎VS二体の鬼の戦いも、戦いの流れは一方的なものになりつつあった。

 

「なんだこいつら……連携が上手いぞこの鬼狩り!」

 

「ってかなんで鬼が鬼狩りの味方してんだよ!」

 

 鬼を滅する刃を打つには、竈門(かまど)で熱し、火を当て、打ち、水で冷やす。その繰り返しが必要であるという。

 禰豆子と炭治郎は未だ未熟ながら、その動きは鍛え上げられた刃を思わせた。

 隙がない。無駄がない。洗練されている。個人の動きは継子のレベルを超えていないが、連携が非常に高度なレベルで完成されていた。

 

 ()()()()()()()。兄妹ゆえにか、桁外れに。

 

――水の呼吸 参ノ型 流流舞い――

 

 炭治郎は鬼の身体能力で素早く動き、曲線を描く起動で鬼の背後に回り、柔軟な剣筋で剣を振り下ろす。

 

――炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天――

 

 禰豆子は兄ほどではないが呼吸で非常に高くなった身体能力で一直線に踏み込み、どこまでも真っ直ぐに、強烈に、刀を切り上げる。

 

 二種の剣筋を混合して繰り出された『夕を夜にする』鬼は、あっという間に首と胴を切断され、消滅した。

 

 水の呼吸は柔剣。炎の呼吸は撃剣。

 水の呼吸はうねうねと曲がり、炎の呼吸は最短距離を一直線。

 水の呼吸は防御と後の先に向き、炎の呼吸は攻撃と先の先に向く。

 これだけ性質の違う剣を別々の方向から繰り出されれば、大抵の鬼は見切れないだろう。

 

 個人の強さでは飛び抜けた強者ではない。

 一人一人は柱に遠く及ばない。

 だが、二人で一つの生き物のように動くことで、その強さは柱にも近付いていく。

 肩が触れ合うような距離で刀を振っても、隣の家族に刀が触れる気配すら無いというのが、あまりにも特異であった。

 

 夕を夜にする血鬼術の効果が消え始めた空間で、赤い刃と青い刃が、焦って逃げ出そうとした鬼の逃げ道を塞ぐ。

 迫り来るは兄妹の刃。

 最後の一体になった鬼は、足をスプリングのようなバネ足に変化させ、兄妹が振るった刃を回避しつつ、太陽光が差さない裏路地に飛び込んだ。

 

「鬼が鬼狩りみたいに刀使って、鬼狩りと息合わせてんじゃねえよ……!」

 

 逃げられてしまう。そう判断した兄妹は、兄が納刀し、妹が兄の組んだ手の上に飛び乗る。

 

「お兄ちゃん! お願い!」

 

 炭治郎の腕が一瞬だけ太くなり、禰豆子を桁外れの腕力で弾き飛ばした。

 裏路地の空中で、二つの影が交差する。

 禰豆子は空中で鬼を追い越し、すれ違いざまに鬼の首を切り落とさんとした。

 

「!?」

 

 鬼は裏路地の壁を蹴り、更に上に上昇する形でそれを回避するが、かわしきれず右腕が肩口から切り飛ばされた。

 

 禰豆子は路地裏の壁面に滑るように足を着け、たん、と壁を蹴り、猫のように軽やかな身のこなしで路面に着地する。

 鬼は宙を舞う己の腕には目もくれず、壁を蹴り跳び、更に逃走した。

 禰豆子がその後を追う。

 

「逃さない」

 

「くっ!」

 

 足をバネにする血鬼術は一定以上の距離を移動するには非常に都合がよく、鬼殺隊の追撃から逃げ切るのにも、逆に鬼殺隊に初手で奇襲するのにも役に立つ。

 身体特性としてはかなり悪くないものだが、あくまで跳ねる力の補助でしかないため、小回りが利かない。禰豆子に接近されて妨害されれば、移動速度はガクンと落ちる。

 その隙に、建物の上から回り込んだ炭治郎が飛び込み、鬼の行く手を阻んだ。

 

 先程仕留められた鬼と同じように、前後を兄妹に挟み込まれた形。

 

「!」

 

 鬼は決して逃さない。

 一人で戦う時は無理せず、片方が足止めしている内にもう片方が回り込んで裏を取り、常に挟み撃ちという有利な形を構築する。それが兄妹のコンビネーション。

 連携が丁寧で、役割分担に迷いがない。だから強い。

 一人で強い柱とは違う、兄妹二人で戦うからこそ強い、人鬼一体の特異な強さだ。

 

「太陽の下を平然と動きやがって……なんなんだお前!?」

 

 鬼が残った左腕で炭治郎に殴りかかる。

 腕の肉をスプリング状に変えた鬼の拳は猛烈な勢いで突き出され、大岩を砕く威力をもって繰り出されたが―――炭治郎が思い切り、その拳に額を叩きつけた。

 

 鉄が、割れた。

 岩が、砕けた。

 ような、音がした。

 

「なん……だ……この頭……!?」

 

 鬼殺隊唯一の鬼・竈門炭治郎の額はとびきり硬く、銃弾でも傷一つ付くことはない。

 バネ足の鬼の拳が砕け、腕が潰れる。

 鬼になる前から硬かった炭治郎の頭部は、鬼に成ることで立派な武器へと昇華されていた。

 

 両の腕を失い、全力の一撃を頭突きで迎撃されてたたらを踏んだ鬼の首を、禰豆子が刎ねる。

 戦闘開始から10分と経たず、鬼の掃討は完了した。

 八八は思った以上に強くなっていた禰豆子と炭治郎の連携に、心中で舌を巻く。

 

 だが、八八の目を引いたのは強さでもなく、連携でもなく、戦いの後の姿であった。

 刀を鞘に収め、禰豆子は目を閉じ、手を合わせる。

 死んだ鬼は消滅する。

 後には死体も残らない。

 何も残っていない虚空に向けて、禰豆子は悼むように手を合わせていた。

 

「悪いのは鬼舞辻無惨だから……

 あなた達は、巻き込まれた被害者だから……

 ……地獄じゃなくて、天国に行けたら良いなって思うけど、どうなんだろうね」

 

 鬼にならなければ、その者達は人を殺さなかったのだろうか。

 人を食わなかったのだろうか。

 他人の幸せを踏み躙らなかったのだろうか。

 誰にも迷惑をかけなかったのだろうか。

 彼らのせいで死ぬ人間は、死なないで済んだのだろうか。

 人を殺した鬼の罪はその鬼のものでもあると考える八八とは違い、禰豆子は罪は全て無惨に集約すると考えている。

 

 人に罪を犯させるから鬼舞辻が許せないという八八と、罪は全て鬼舞辻にあり鬼舞辻は許せないと考える禰豆子。

 思考は違うが、結論は同じ。

 だが、思考が違うため、行動には微細な差異がある。

 名も知らぬ鬼の死に手を合わせる禰豆子には、八八には無い優しさがあった。

 

 八八が禰豆子の隣で手を合わせ、禰豆子がそれを見て一瞬きょとんとして、すぐに嬉しそうで照れ臭そうな表情を浮かべた。

 

「爆八して死ぬのに? 意味ないよ」

 

「意味はあると思います。

 だって私も、自分が死んだ時は、誰かに手を合わせてほしいと思うから」

 

「ウワサ通りいい慈愛だ。ついていこう」

 

「ありがとうございま……待って爆八して死ぬって何?」

 

 妹の疑問に、炭治郎が曖昧に微笑んでいた。

 

「お兄ちゃんが喋らないことで八さんへの最強の護身を完成させている……?」

 

 炭治郎は曖昧に微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 万世極楽教の信者は、腰を抜かし地面にへたりこんでいた。

 なんてことのない仕事のはずだった。

 教祖様直々の命令で、昼間の間八八を見張って、報告書を上げるだけの仕事だった。

 ただそれだけで、奇験なんてあるはずもないと思っていた。

 

 その男にとって教祖の命令は絶対。

 極楽に行くための道標。

 教祖が言うことならば彼はなんだって聞いてきた。

 妻も娘も遊郭に売り飛ばし、全財産を万世極楽教に貢ぎ、身寄りの無い娘を誘拐して教祖の下に送り届けてきた。

 送り届けた娘の姿を二度と見ることがなくても、気にしなかった。

 いや、何かに気付いていた。

 気付いていたが、気付かないふりをしていた。

 

 火に飛び込む愚かな虫を見るような目で、教祖が自分を見ている。

 気付かないふりをした。

 

 教祖の体から、たまに血の匂いがする。

 気付かないふりをした。

 

 教祖の口元に、人間のものとは思えないような牙が見える。

 気付かないふりをした。

 

 教祖と仲良くなった女信者が誰にも気付かれないように行方不明になっていく。

 気付かれないふりをした。

 

 男は救われたかったからだ。

 教祖に死ねと言われれば死ねるくらい、救われたかったからだ。

 この世に他に救いがないと思っていたからだ。

 だから何もかもに気付かないふりをし続けた。

 教祖は――上弦の壱・童磨は――、男のそんな愚かしさを見抜いていた。

 この男は救われなくて、愚かで、頭が悪いから、何でもやるのだと。

 だから、八八達の見張りに立てた。

 

 そう、誰もが、救われたいのだ。

 鬼舞辻も。

 鬼舞辻が生み出した鬼に襲われる人々も。

 鬼が教祖をやっている宗教の信者も。

 誰も彼もが救われたい。

 

 カルネアデスの板と同じだ。

 救われたいという想いが強すぎる人間は、救われるためなら何でもする。

 何でもしてしまう。

 救いを餌にされるだけで、いともたやすく童磨の操り人形にされてしまう。

 

『無理はしないでいいよ。昼間も誰か見張ってくれてたら助かる程度の話だからね』

 

 童磨のやり方は、宗教学においてこう呼ばれる。

 "彼は、天国に至る通路を支配した"。

 

 彼の言うことを聞けば救われる。

 彼の言うことを聞かなければ救われない。

 そして、死なない人間は居ない。偉大な王も、大富豪も、最強の戦士も、必ず死ぬ。

 ゆえに、宗教は『あの世を支配する』ことで、『この世を支配する』ことができる。

 暴君のように目に見える形ではなく、目に見えない救いを握ることで、『極楽に行ける保証』を人々に与え、その心を支配する。

 

 ゆえに、『万世極楽教』。

 これほど鬼の皮肉と悪辣を体現した名前はない。

 あの世を語ることでこの世の人の心を支配し、この世の人の命を奪い、救いを餌に寄って来た人間達の血肉を喰らう。

 まるで、人間を喰らう食虫植物だ。

 

 もしも、因果が応報するならば。

 人の生と死と救いを玩具にし続けた童磨を殺しに来るのはきっと、生死の境界を越えることがなく、天国にも地獄にも行けない『侍』なのだろう。

 『散体した侍』は、この世で唯一、死んだ後に天国にも地獄にも行けない存在だから。

 彼らが死後、皆と同じ場所に行くことはない。

 

「そこの一般人、大丈夫……危ない風にはならない、差がありすぎるの」

 

 八八が声をかけるが、信者の男は聞こえていない。

 もう八八達を尾行して見張っていたことすら意識の外だ。

 鬼を見た。

 鬼が人を食おうとしていた。

 鬼が血の匂いを纏い、教祖のそれと似た牙をむき出しにしていた。

 童磨の下で"見ないふり"を続けてきた彼の頭の中で、『答え合わせ』が行われる。

 

 夢から覚める時は、一瞬だ。

 

「化物……教祖様……まさか……」

 

 男は正気と狂気の狭間でうろたえながら立ち上がり、(ささえ)を失った老人のように、何が正しいかも分からなくなった様子で動き始める。

 

「そ、そうだ、警察に……」

 

「無駄だ。鬼はそういう対処でどうにかなるものではない。お前は物事をあせりすぎる」

 

「鬼……?」

 

「鬼は姿を変えることもできる。

 警察も食われて、鬼は行方をくらまし、それで終わりだ。

 する意味がない。

 いたずらに人命が損なわれる。

 本当に大切なものは目に見えない。

 コインを裏返さなければ裏側が見えないのと同じ。

 裏側は普通の目には見えぬ。

 見るには心眼を持たねばならぬ。

 表に隠された裏を見るのが心眼だ。

 それは心の中にある。

 体の外にあり外を見るのが眼球であり、心の内にあり内を見るのが心眼だ。

 それゆえ外を覆うまやかしに惑わされることはない。

 表面的な対応に意味はなく、本質的な対応以外に価値はない。

 まんじゅうと同じだ。

 こだわるべきは皮以上に餡。中身だ。鬼も然り。

 外と内どちらを見ないでも欠けがあり、すなわち阿吽。外であり内。始であり終。その本質は」

 

「え? あ、はい」

 

「八さん八さん、そのへんですとーっぷ」

 

 禰豆子が後ろから腰を抱いて引っ張る形で、八八を男から引き剥がした。

 真面目な話の途中で突如禅問答みたいな話にシフトされ、なまじ途中まで話についていこうとしたせいで、男は先程まで考えていたいくつのことが吹っ飛び、煙に巻かれる。

 冷静でない時の思考は、語録によって持っていかれてしまうのだ。

 

「剣士の卵らしくなってきたな、爆八」

 

「もう入隊したんだから卵じゃないですよ。強いて言うならゆで卵です、どやっ」

 

「口でどやっとか言う奴初めて見た……生意気な剣士の卵、略して生卵だお前は」

 

「私そんなに脆そうに見えます? ちょっとは頼られるようになったと思ったんだけどな……」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「どれはどっち……何お兄ちゃん? ふむふむ。

 あ、なるほど。卵って高いから、これ褒められてる?

 価値がある高級品的な? ……分かり辛い! 遠回し!」

 

「お前にもいずれ分かる時が来よう」

 

「せんせー、私もお兄ちゃんも難易度高いって言ってますー」

 

 禰豆子が呆れた顔で文句を言い、炭治郎が優しい顔で苦笑していた。

 この時代の卵の価格は、現代に直すと1パック5000円ほど。

 大量生産が根付いておらず、脆く、価値がある、そんな卵は非常に価値のあるものだった。

 生卵扱いされると禰豆子は、少女としては嬉しい反面、剣士としては悔しく感じてしまう。

 

「もっと頑張らないと私達いつまでも卵扱いなのかな。お兄ちゃんはどう思う?」

 

 禰豆子の同期は、誰もが五感に繋がるどこかが非常に優れていた。

 栗花落カナヲは『一眼二足三胆四力』の法則に沿い、剣士に最も必要な目。

 我妻善逸は目にも留まらぬ神速の居合術を支える耳。

 不死川玄弥は鬼の力を我がものとする口。

 最後の一人はソナーのように使える鋭敏な感覚を持つ肌。

 

 禰豆子の五感はそれらのどれにも勝らない。

 だが禰豆子には、同期の誰にも勝る『第六感』の力があった。

 たとえば、家族が危機に晒されれば、彼女は誰にも場所を教えられていないにもかかわらず、窮地の家族に駆けつけることができるだろう。

 彼女の第六感は、同期達の持つ能力と比べても、全く遜色ないものであった。

 

 禰豆子は勘が良く、兄の危機を直感的に察する能力に長け、兄の意図も感覚的に理解し会話を成立させることができる。

 柱随一の直感力を持つ煉獄杏寿郎に師事し、禰豆子が二年かけて伸ばした感覚能力であった。

 それは理屈でも五感でもない"知覚する"力。

 物理的な感覚器とは無関係な心の目。

 『心眼の卵』であった。

 

 爆八の心眼は未だ未熟。しかし戦闘にも、兄との会話にも使える汎用性がある。

 

「お兄ちゃんもそう思った? 私もそう思う」

 

 炭治郎がコクコクと頷き、禰豆子が可愛らしく頷く。

 

「どうしたのだ」

 

「あの鬼、八さん狙ってたなーって思って。

 鬼は私みたいな、若い女狙う鬼が多いのに、ちょっと考えちゃいますよね」

 

「だろうな」

 

「大丈夫ですよ! 八さんは私とお兄ちゃんが守ります。どーんと頼ってください」

 

「……そうか。いい勇を見せてくれる。頼りにしておこう」

 

「はい!」

 

 禰豆子のポニーテール風にまとめた髪の乱れに気付き、髪を整えてやっている炭治郎をごく自然に受け入れながら、禰豆子は元気よく返答した。

 

「うむ! 間に合わなかったようだな! もう終わっていたか!」

 

「!」

 

「竈門少年! 禰豆子君! 八八八八!

 遅れてすまない! 夕方に鬼が活動すると思っていなくて油断した!」

 

「アン八」

「お師匠さま!」

 

「犠牲者は居ないようだな! 何よりだ! それが一番大事なことだからな!」

 

 夕日を背にして、煉獄杏寿郎がやって来る。

 燃えるような髪。

 燃えるような光。

 燃えるような刀。

 全てが「この男が炎柱だ」と言っているかのようだった。

 

 刀を納刀し、炎のように笑う煉獄を見て、禰豆子が心底安心するのが心眼の目に映る。

 彼女の中にあった不安が消え、安心が満ちていくのが八八にも分かる。

 

 拙者もまだまだ未熟だな、と、八八は少女を心底安心させられない自身の未熟を戒めた。

 

 

 

 

 

 パチ、パチ、と音が響く。

 小気味のいい音に落ち着く気持ちになって、炭治郎は壁に背を預けて静かに目を閉じた。

 彼の足元に猫や犬が擦り寄り、心地の良い音の中、炭治郎の膝の上で寝始める。

 

 ここは煉獄が仮拠点に選んでいた旅館の一室。

 八八と煉獄は将棋を打ち、禰豆子がそれを眺めていた。

 

「お兄ちゃんって飛車みたいですよね」

 

「ここで来たか!」

 

「飛車! そうだな、そんな印象はあるな!」

 

「香車みたいな人は見てて不安になるんですよね。

 一直線に突っ込んで戻って来ないから。

 飛車は仲間も守って、敵に突っ込んでも帰ってくるすっごい駒なんですよ?」

 

「めちゃくちゃかっけェ……」

 

「なるほどな! 確かに、ちゃんと家に帰る男というのは大事だ!」

 

 八八が飛車を斜め一直線に動かし、敵陣に切り込む。

 

「これは拙者のつまらん疑問なのだが、爆八の中では拙者は将棋だと何だ?」

 

「うーん……桂馬ですね。変化球勝負の人」

 

「桂馬か」

 

「桂馬も前に進めば戻って来ないからな! 禰豆子君の見解は一理あると言っておこう!」

 

「あ、ですよね? 私ずっとそういうイメージあったんですよね、八さんに」

 

「心外だな」

 

 煉獄の打った歩が横に動き、仲間のための道を開ける。

 

「あの万世極楽教の信者の男は? アン八が対処を任せてほしいと言うので任せたが」

 

「懇意の隠に預けてきた! 今日中に情報を引き出せるだろう!」

 

「助かる。拙者はどうしても説明が長くなるからな。銀河の状況を語らねばならん」

 

「流石お師匠さま、雑にやってるように見えて仕事が丁寧ですね!」

 

「うむ!」

 

 仕事の重要な事柄を語りながら、八八と煉獄は将棋を打っていく。

 駒を一つ進めるたびに、思索を一つ進めるように。

 

「アン八はいかな任務でここに来たのだ?」

 

「天元が暇だからと過去の鬼殺隊の資料を読み耽っているらしくてな!

 そこで最近見つけたらしい! 奇妙なものをな!

 相当長期に渡って、段階的にだが、遊郭界隈で20人を超える柱が行方知れずとなっている!」

 

「柱が……調査より新展開へ―――!!」

 

「一つの遊郭で起こっていることでもなく!

 記された資料も別々! ゆえに今日まで発覚しなかったそうだ!

 偶然の可能性もあるが、お館様は十二鬼月の可能性を見た! よって俺が来たわけだな!」

 

「私とお兄ちゃんもそうですね。十二鬼月……とっても強いとか……」

 

「怖がらなくてもいい。私の名は『八八』……侍だ。訳あって君を助けた者だ」

 

「知ってますけど?」

 

 八八が打った角が一直線に敵陣に突っ込み、進行ルート上にあった駒が全部吹き飛ぶ。

 

「俺は『誘い』を感じる。勘だがな! すまない、根拠はない!」

 

「いつもの分かりにくい説法ですか? 拙者達は釣られたというわけだな」

 

 上弦と柱が交戦するパターンには二つある。

 一つは、柱が調査の結果上弦を見つけ、戦闘が始まるパターン。

 もう一つは、柱を殺すよう命令された上弦が、柱を能動的に殺しに来るパターンだ。

 知覚範囲内に柱が入ってきたら、上弦は自分の戦いやすいフィールドで柱と戦うため、誘いや準備を始める。そういうものだ。

 

「そういうことだ! だが問題はない!

 禰豆子君もしっかりと鍛えた!

 竈門少年も冨岡譲りの剣術に鬼の力もある!

 そして別口の任務に携わっていた君と合流できた! 戦力は十分だ!」

 

「くっ、眠気が……」

 

「突然寝るな!!!」

 

「八さん八さん、聞きました?

 お師匠さま公認の強さですよ私。

 まだまだ八さんに見せてない強いとこいっぱいありますからね?

 ふしょーこの禰豆子、お兄ちゃんも八さんもまとめて守れる炎の剣士として……」

 

「すまぬ。ここを護る門番ホルダーを停止させる前に寝落ちしてしまっていた」

 

「もー!」

 

 禰豆子が八八をポカポカ叩き、煉獄が金を進め、煉獄の金が四つに分身した。

 

「実はだな! 有一郎少年に言付けを頼んでおいた!

 柱級の人間が居れば、休息と宿泊をこちらで取るよう伝えてほしいと!

 急に呼び寄せるのは無理だが、任務が終わってすぐの人間ならば来れるかもしれん!」

 

「ウワサ通りいい指揮だ! ついていこう!」

 

「そう感じたか! その褒め言葉は素直に受け取っておく! ありがとう!」

 

「俺の側の情報も共有していースか? ナイス万世極楽教! ナイス邪教!」

 

「何がナイスか分からんがとにかくよし! なるほど、鬼が裏で糸を引く宗教か!」

 

 パチ、パチ、と音が響く。八八の歩が全て飛車に進化する。

 

「振り分けを考えておこう!

 俺か君が能動的調査に出て、出なかった方は禰豆子君達と待機!

 単独行動中に上弦クラスと交戦した場合は撤退か仲間に呼びかけ防御に専念!

 一網打尽されないようにしつつ、できる限り複数人で鬼の対応にあたるとしよう!」

 

「いい計画は秘密って事さ」

 

「うむ! 敵側に悟られないよう動くとしよう! だが言っておくことがある!」

 

「言ってみるがいい」

 

「先日、隊内で恋愛関係になった剣士が二人死亡した!

 恋愛沙汰は剣を曇らせることもある!

 禰豆子君の生存のため、努めてそういう間柄に発展しないようにしていただきたい!」

 

「ふぇっ」

 

「爆八が変な声を出したがどうしたんだこれは。銀河の状況から説明しろ」

 

「断る! それにだ、禰豆子君もまだ14! そういうのがまだ早い年齢だとも言えるだろう!」

 

「半分は犯罪だ。耳が痛い」

 

「全部犯罪だ! 胸を痛めてほしい!」

 

「大丈夫……そんな風にはならない。歳の差がありすぎるの」

 

「言うほどないだろう! 俺は錆兎から君の歳を聞いているからな!」

 

「え!? 八さん私とそんなに歳の差ないんですか!? てっきり20歳以上かと……」

 

「うむ!」

 

「『歳の差があるか』はたまた『ない』か。アン八が決める事だ。()()()()()かも」

 

「なるほどな!」

 

「なるほど……?

 い、いや、というか、私そういうの経験無いので……

 この話題ここでやめませんか? お兄ちゃんが怒りますよ」

 

「竈門少年は過保護だからな!

 話していてなんだが、八八八八に惚れる女となるとよほど変わり者だ!

 思わず病院を勧めてしまうかもしれん! ちょっと正気を疑う!」

 

「ちょっお師匠さま」

 

「半分は当たっている。耳が痛い」

 

「だが諦めることはない!

 お前のいいところは仲間であれば多くが知っている!

 全ての戦いが終わった頃には、俺が成功するまでお見合いを組むと約束する!

 何も心配することはない! 俺に任せろ! お前は幸せになっていい男だ!」

 

「お前、やっぱりいい奴だな」

 

「結婚かー……

 八さんが結婚してること想像できないなー……

 うちに来て私とお兄ちゃんと炭焼きして暮らすとかどうですか?」

 

「もう……散体しろ!」

 

山体(さんたい)? あ、お父さんから聞いたことあります。

 それが見えないと雪のある山で炭焼きやるのは厳しいって……懐かしいなぁ」

 

 煉獄が進めた飛車と、八八が進めた飛車が、同時に互いの玉を取った。

 将棋の王道、クロスカウンターである。

 

「ところで、お師匠さまと八さんは何故さっきからそんな適当な将棋を……?」

 

「お前にもいずれ分かる時が来よう」

 

「これは八八八八の提案でな!

 将棋を打ちながら作戦会議をすると五割増しで頭がよく見えるというものだ!」

 

「いや私には全然そう見えませんでしたけど」

 

「甘露寺君とやっていたら以外に捗ってな!

 八八八八と俺は時々任務で同行した時はこうしているのだ!」

 

「将棋を打ちながら作戦会議……これ以上の『侍』はない」

 

「えええ……でも八さんとお師匠さまが楽しそうならいっか。ね、お兄ちゃん」

 

 炭治郎は諦めたような表情で、首を横に振った。

 無言の諦めがそこにあった。

 

「む」

 

 相打ちになった玉を手の中で転がしていた八八が、何かを感知する。

 

「どうした! 腹が痛くなったか? 遠慮なく行くといい!」

 

「アン八。お前の死が見えた。おにぎりも……これは、妹を庇って死ぬのか?」

 

「―――ほう」

「……えっ」

 

 八八の言葉に、煉獄は雰囲気の熱を引き上げ、真摯な表情に変わる。

 禰豆子は固まり、炭治郎は戦士の目つきに一瞬で切り替わった。

 

「詳細を聞きたいところだが、その余裕もなさそうだな!

 今心眼が開かれたのは無関係ではあるまい!

 宿の外、鬼ではないが、奇妙な気配が並んでいる!」

 

「ああ。拙者も今感じた」

 

「なんか……ピリピリしてますね、外が」

 

 八八が窓からこっそり覗き込む。

 旅館の外で蠢く人影が見える。

 数は40から50といったところだろうか?

 彼らは普通の人間であったが、その口から漏れる言葉がことごとく普通ではなかった。

 

「極楽に行くために……」

「刀を持った男と女……」

「焼き討ち……」

「神子様のお導きのままに……」

「生きてたら刺し殺せ……」

 

 彼らは万世極楽教の信徒。

 その中でも狂信者にカテゴライズされる者達。

 新興宗教には一定数存在する、教祖に命令されれば殺人も躊躇わない者達である。

 『鬼を殺し人を守る鬼殺隊』にとって、最もけしかけられたくない手合いの集団だった。

 

 彼らは殺人罪を躊躇わず、下手な反撃をすればその隊士が殺人罪に問われてしまう。

 人を気遣って足を止めれば、最悪そこに鬼の攻撃が飛んで来るかもしれない。

 どう対応するのも悪手になりかねない、そんな牽制の一手であった。

 どうすればいいのか分からなくて、禰豆子は戸惑う。

 

「ど、どうします? 人間が襲って来るなんて……」

 

「逃げる!」

 

「え!?」

 

「鬼殺隊が逃げてはいけない決まりなんて、あってないようなものです」

 

「人間と戦うためにもいくまい! 我らは鬼狩り、敵は鬼なのだから!」

 

 夕日は沈んだ。

 今は夜。

 八八達四人は旅館の一室を飛び出して、追撃に走る狂信者達を振り切る速度で、夜を駆ける。

 追う狂信者。

 逃げる鬼殺隊。

 

 夜の世界で、倒すべき鬼も居ないまま、戦いが始まった。

 

 

 


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