サムライ8の化身が鬼殺隊で無双していースか?   作:ルシエド

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大蛇丸「最近は寒いわぁ。寒すぎてサムライ8になったわね」


"光月おでんの尊厳"を失ったな……

 サムライは不死身である。

 だが、『鍵ライフ値』という概念が存在する。

 これはRPGで言うところのHPではなく、『技の反動で減る侍の核部分の耐久値』であるため、RPGで言うならばMPである。

 LPだがHPではなくMPなのだ。

 

 侍はサイボーグであり、その体の中心に脊柱として『鍵』というメモリーユニットを持ち、技の反動は全てここに蓄積される。

 強力な技は多く、小技は少なく、鍵ライフを削る。

 八八は持久戦に徹すればいくらでも戦えたが、鬼舞辻を殺すために強力な技を使いすぎ、鍵ライフが0になってしまった。

 そのため、最後には撤退以外の選択肢を失ってしまったのである。

 

 RPGでたとえるならば、HP無限のチートコードを使ってボスと戦っていたが、MPが尽きたので『逃げる』を選んだような醜態。

 途方も無い間抜け。

 "鬼殺隊の戦いを終わらせたい"という彼の願いが、彼に選択を誤らせてしまった。

 八八を産屋敷は責めず、むしろ褒め称えたが、八八は休養も兼ねて自宅で謹慎していた。

 鍵ライフ値は、自然回復でしか回復しない。

 

 鍵ライフの枯渇で痩せ細った八八がこじんまりとした自宅でゴロゴロしていると、唐突に客人がやってきた。

 

「失礼する。八八、居るか」

 

「やっほ、八八くん」

 

 片や、宍色(ししいろ)の髪をした、顔に大きな傷が目立つ、がっしりとした体格の青年。

 

「痩せたな。鬼舞辻無惨と相対したというのは本当のようだ」

 

 片や、黒い長髪の美人で、花柄の着物を纏った、ふわふわとした雰囲気の少女。

 

「また助けてもらっちゃったね。ありがとう」

 

 二人は八八にとって旧知の友人であり、鬼殺隊の仲間であり、戦友だった。

 

「その宍色の髪……間違いない……

 鱗滝様の弟子にして水の呼吸免許皆伝……

 鬼殺隊を連れ『水柱』と呼び称される剣士、鱗滝(うろこだき)錆兎(さびと)……

 その花柄の着物と透き通るような美貌……間違いない……

 鱗滝様の弟子にして水の呼吸の剣士筆頭……

 涼風を連れ『水の三本柱』と呼び称される剣士、鱗滝(うろこだき)真菰(まこも)……」

 

「なぜお前は一々言い回しを不必要に鬱陶しくするのだ?」

 

「まあまあ錆兎。ふふっ、八八が私のこと美貌だって、ねえねえ美貌だって」

 

「真菰まで鬱陶しくなってきたな?」

 

 錆兎、真菰は共に水の呼吸を使う鬼殺の剣士。

 錆兎に至っては鬼殺隊の頂点の一人『柱』である。

 二人の師は元水柱の剣士であり、元水柱に鍛え上げられたこの二人は鬼殺隊の剣士の中でも別格の強さを持っている。

 二人は師の下を離れた時、師に頼み込んでその姓を貰っていったという。

 

 八八とも過去に何度か共闘し、親交があった。

 不死川は八八の喋り方に終始キレっぱなしであったが、性格が寛容であるこの二人は八八に怒ることもなく、八八の話し方をゆるやかに流していた。

 変形しいかなるものも受け止める、流水のように。

 どさり、と錆兎が食料の詰まった袋を玄関の脇に置く。

 

「差し入れだ。回復には時間がかかりそうか?」

 

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

 

「頼みたいことがある。回復までどのくらいかかりそうか教えてくれ、八八」

 

「明日の朝には八割がた回復は終わっている……デジタルでな」

 

「そうか。見た目ほど弱っているわけではなさそうだな」

 

 錆兎が置いた食材をいくつか手に、真菰が花の着物で袖まくりをする。

 

「よーし、じゃあお昼ごはんは私が作るよ。ご飯食べると回復早くなるんだったよね」

 

「ここで来たか!」

 

「ここで来たよー。

 二度も命助けられてて何もしないってのもどうかと思うしね?

 いやぁうん、鬼舞辻本当に強かったね……普通に全員死ぬかと思った」

 

「拙者、鬼舞辻に立ち向かうお前の中に"勇"を見た」

 

「助けてくれてありがとうね。でも、どうやったの?」

 

「色々あったが簡単に言うなら私欲のためだ」

 

「うーん質問が悪かったかな……

 助けてくれた目的じゃなくて、聞きたかったのは手段なんだよね。

 ほら、私も錆兎も、何回か君に命を助けられてるじゃない?」

 

「なんとなく話が見えてきましたよ」

 

「というか鬼殺隊で君に命を助けられた人は随分多い。

 だから君の言動とかの問題も見逃されてるとも言えるけど……

 私は感謝の気持ちを抱くと同時に、君が未来を見てるように思うんだ。どうかな?」

 

「心眼だ」

 

「心眼。ほほう。分かりやすく私に説明してくれる?」

 

「心眼とは心の目。

 顔ではなく心に付くもの。

 目に見える魚に目掛けて釣り糸を垂らすのではない。

 魚を釣れるところに釣り糸を垂らすのだ。

 大切なものは目に見えぬゆえに。

 心眼は本質を見る。だが時として全てを見る。阿吽だ。

 極めた心眼は目の前の事象を見るのではなく、俯瞰にて見る。

 目の前の人間の今だけではなく未来までもを見通すのだ。

 死相、死の運命、そういったものを心眼で見定め、覆す。

 それこそが我が心眼であり、この三輪身の身に備わった技能。

 目で見て物を動かせば道筋が変わるは必定。

 心眼で見定める宇宙の万象は有と無のパラドックスも含む。

 心眼で未来を見てもそれはまだ確定した事象ではない。

 死の定めが見えたとしてもそれは生きていると同時に死んでいる。

 生と死のパラドックスの合間に在るがために拙者でも死の運命を生に転がせるのだ」

 

「……うーん……」

 

「己と繋がる今の宇宙。

 今の宇宙と繋がる未来の宇宙。

 その繋がりの果てを見るということだ。

 時間とは相対的なものでしかない。

 そしてこの宇宙の全ては繋がっている。まだまだ心眼が足らぬ」

 

「錆兎分かる? 私はそんなに……」

 

「俺はそもそも八八の言葉の九割は聞いていないからな……禅問答は鬱陶しい」

 

「うわぁひどい」

 

 真菰は苦笑し、錆兎は呆れた顔をして頭を掻く。

 

「八八。お前の欠点は、なんでもかんでもはぐらかすことだ。

 お前に助けられた人間ですら、お前の善意に救われたのかさっぱり分からん」

 

 要約すれば、『八八は心眼で死の運命にある人間を見極めて事ある毎に救っている』ということになるのだが、それを説明するだけで、分かり辛い説法が飛んでくる。

 八八との会話は短気な人間にとっては地獄だろう。

 だがその定型会話の壁を越えなければ、鬼殺隊に多く居る八八に死の運命を覆され命を救われた者達は、「ありがとう」すら言えない。

 地獄である。

 

「この世に絶対はない。

 この世に完璧はない。

 確かなことなど本当は何もない。

 拙者に助けられたかもしれぬ。

 拙者が助けなくとも誰かが助けたかもしれぬ。

 そうとも言えるし、そうでもないとも言えるのだ」

 

「おお、トンボが飛んでいる。かなり大きいな……この辺りでは珍しい」

 

 錆兎は無視した。

 真菰は会話に混ざりつつ、台所で食材に手をかけた。

 

「八八くん、台所借りるね。何か食べたいものある?」

 

「うな重! スキヤキ! 天プラ! 刺し身! しゃぶしゃぶ! ……いける?」

 

「んー全部知らないから焼き魚定食作るね」

 

「この女……拙者より図太く……」

「真菰だからな……」

 

 八八と会話が行えるという時点で途方もなくメンタル強者であることは保証されている。

 

「錆兎。水の三本柱が二人揃って何の用だ」

 

「そうだな。第一の目的は見舞いと真菰の礼の付き添いだが、頼み事もある」

 

 水の三本柱。

 現世代の鬼殺隊は歴代でも指折りに層が厚い――死の運命にある奴が中々死なない――と言われており、特に水の呼吸の剣士は柱相当の人間が三人も存在している。

 現水柱の錆兎、錆兎に迫る実力の真菰、そしてもう一人。

 彼らは同じく元水柱の指導を受けて剣術を磨き上げた者達であり、実力だけならば三人全員が水柱に選ばれてもおかしくない領域にある。

 

 三人まとめて一つの任務にあてたり、三人バラバラの任務にあてたりするなどして、鬼殺隊の困難な使命を次々と果たしていくため、下級の水の呼吸の剣士にとって憧れの対象だった。

 強い剣士は、暇を持て余していない。

 強ければ強いほど各地を縦横無尽に、獅子奮迅に駆けることを求められる。

 あまり自由な時間が多くなく、その行動には大体目的が付随している。

 何かを要望されるだろう、と八八は読んでいた。

 

「話は飯を食ってからにしよう。俺は腹が減った」

 

「要件より空腹を優先する姿、オレにとっては一番侍らしく見えるよ」

 

「八八の中の侍らしさってなんだ……」

 

「拙者を見ていろ。いずれ分かる」

 

「分かる……分かるか?」

 

 分かった時、人はサムライになる。―――八八の領域に到達するだろう。

 

「鬼舞辻に関しては報告書を読んだ。直接刀を合わせた者としてどうだった?」

 

「己の師に詳しく聞くといい」

 

「鱗滝さんに聞いてどうするというんだ……ごく自然に会話途中に狂うな」

 

「お前も今は鱗滝さんだろう、錆兎」

 

「……ああ、そうだったな」

 

 あまり鱗滝の姓に慣れてない様子で、しみじみと己の名字を噛みしめる錆兎。

 八八はメガネを中指で押し上げ、話を続けた。

 

「そうだな……錆兎。

 その説明をする前に三つ理解する必要がある。少し長くなるぞ」

 

「短くしてくれ八八」

 

「いい話と悪い話と鬼舞辻の攻撃の音の三つがある。どれから聞く?」

 

「鬼舞辻の攻撃の音で」

 

「ブゥウォンガヒュンガヒュンヒュインヒュインシュッシュッブゥウォンガヒュンガヒュンヒュインヒュインシュッシュッ、コキ…」

 

「本当に言うとは思わなかったぞ!?

 ……いや音の再現信じられないほど上手いなお前。なら次は悪い話から頼む」

 

「コキ…」

 

「……いい話は?」

 

「コキ…」

 

「しまった変なスイッチ押してしまったかこれ」

 

 八八の発言をどう見ようとするかではなく、どう見えるかが大切だ。

 錆兎もまだまだ心眼が足りない。

 だらだらと続く会話の途中に、真菰が料理を持ってくる。

 

「ご飯できたよー。鬼舞辻の話?」

 

「オレも鬼舞辻の話していースか?」

 

「こいつ本当に一人称がコロコロ変わるな」

 

 料理を出す前に、真菰はふわふわした雰囲気でいたずらっぽく笑った。

 

「先日助けていただいた真菰の恩返し劇場ー」

 

「何か始まったぞ」

「次号より新展開へ―――!!!」

 

「こほん。私は先日助けていただいた鶴です、今日は恩返しに参りました」

 

「鶴の恩返しを突然始めるな」

「まさか鶴に恩返しするような義を決め込んだ奴はいないと思うが……」

 

「こんにちは、私は先日救っていただいた世界です。今日は恩返しに参りました」

 

「急にアクセルベタ踏みで世界観を拡大してきたぞ」

「なるほど……それが古き『武家書法度』にもある"侘び寂び"というやつですね」

 

「先日助けていただいたのでいただきますを言ってください」

 

「……前振りかこれ! 長い!」

「師匠の説教より長い口上……聞いてらんないよ」

 

 侍の食事の必要性は、普通の人間より低い。

 餓死が無いサイボーグだからだ。

 肉体の再生にはこの宇宙に満ちるH粒子――アルファベットで8番目――などを使うため、体を作る栄養を補給する必要もない。

 ただ、自然回復を促進はする。

 食物は心の栄養だ。

 侍は心折れなければ永遠に死ぬことはない。

 

「真菰姫の飯は美味い。拙者この料理に"美味"を見た」

 

「ふっふっふ。でしょう? 鱗滝さんにも最近上達を褒められたんだよね」

 

「……真菰が姫呼びされているのは、いつまで経っても慣れないな」

 

「まーまー。私は気に入ってるからいいんだよ、八八くんの姫」

 

「姫を守る……それが侍の"義"」

 

「お前が姫と呼んでる女が何人も居なければ俺も素直に感嘆したんだが……」

 

「姫の祈りが侍を強くする……それが侍の"勇"」

 

「そういうところが八八くんが鬼っぽくないと思われてるところだよね」

 

 八八は不滅の不死性ゆえに無惨相手にも食い下がれる。

 だが実のところ、その本当の力はほとんど発揮されていなかった。

 

 侍の基本は『三身一体』。

 『侍』、『姫』、『キーホルダー』の三つが揃って初めて、侍は全力を発揮できるのだ。

 侍とは言うまでもなく戦う者、八八のこと。

 そして姫とは、侍を生み出す感知能力や、侍を強化する命の力を持つ異能者のことである。

 

 当然ながら、勝手に生えてコンクリートを破壊しながら伸びる竹のような存在である八八以外に、この世界の異端である侍は居ない。

 姫も居ない。

 八八は単純に美人と可愛い子は全部姫認定しているだけだ。

 姫が祈っても別に不思議な力は湧いてこない。

 彼の気合いが入って強くなるだけである。

 

 そもそもこんな、侍の力が無ければ掲示板の荒らしとSNSの粘着以外で名を馳せることなどなさそうな男と運命で結ばれている姫など居るのだろうか?

 果てしなく怪しいところがある。

 

「真菰姫の祈りのおかげで鬼舞辻無惨とも渡り合えた、感謝申し上げる」

 

「これ絶対私の有無が強さに関係ないやつ」

 

「真菰の味噌汁は鱗滝さ……左近次さんの味噌汁より随分薄味で健康志向だな……」

 

 深々と頭を下げる八八。苦笑する真菰。味噌汁に文句を言う錆兎。

 

「鬼舞辻の話してたんだっけ?

 私はあの集団だと一番強かったから一番前に居たんだけど、あれは怖いね。

 まるで自然災害。逃げる人は居なかったけど、腰が引けてた隊士は何人か居たから……」

 

「"勇"を失ったな……」

 

「郊外の岡はそれまで小高い土地だったのが完全に平地になったそうだ。

 八八も真菰も生きて帰って来れただけ御の字と言うべきだろう。

 岡を平たくするほどの超人的な猛攻……

 柱でも防ぐのは難しいと考えるべきだ。ともすれば、小規模な噴火に迫る域にある」

 

「"岡"を失ったな」

 

「実際、鬼舞辻をもうちょっと弱いと思ってた子も結構居たみたいなんだよね。

 私が知ってるだけでも、何人かは前線に出て鬼と戦うの辞めたみたい。

 "無惨を倒せる気がしなくなった"って。

 気持ちも分かるし、あんまり悪くも言いたくないけど、臆病風に吹かれちゃったらしくて」

 

「"義"を失ったな……」

 

「人が抜けた以上補充する必要がある。

 鬼舞辻の強さの尺度に見当がついた以上、俺達鬼殺隊の強化も必要だ。

 ただでさえ最近の新入隊士の質は低い……お館様がまた資金繰りに苦心するかもしれないな」

 

「"富"を失ったな……」

 

「失われすぎでは?」

「人命が失われていないなら俺はいいと思う」

 

「"冨岡義勇"を失ったな……」

 

「俺は失われてない」

 

 その時、玄関から新たなる客人が入って来た。

 

「遅かったな、義勇」

 

「義勇の分のご飯も私取っておいたよ。八八くんはおかわり要る?」

 

「拙者、玄関に冨岡義"勇"を見た。おかわりは要る」

 

「見たからなんだ……? 義勇、今例の話をしていたところだ。八八、頼みごとはこれだ」

 

 彼の名は冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)。勇を失えば冨岡義。

 水の三本柱と言われる水の呼吸の頂点、最後の一人。

 錆兎はまるで兄弟のような距離感で義勇の肩を叩き、八八に"それ"を頼んだ。

 

「次の任務、義勇と一緒に行ってやってくれ。

 勿論強制じゃない、八八の意思で決めてくれていい」

 

「義勇と一緒の任務に行くかは俺が決めることにするよ」

 

「だからそう言ってるんだが?」

 

「頭を下げて義勇の介護を頼む姿、オレにとっては一番侍らしく見えるよ」

 

「いや頭は下げてないが」

「介護……」

「ふふっ」

 

 四人の時間が許す限り、四人は食事を摂りつつ談笑し、楽しい時間が過ぎていった。

 

 

 


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