「王がどう思おうが妹の結婚式に行くかは俺が決めることにするよ」
「王は結論を急ぎすぎる」
「妹の婚礼に行くのはものすごく時間がかかるのだ」
「『間に合わないな!』って思いました」
「間に合ったな(処刑済みセリヌンティウス)」
洋館の最上階で、その鬼はほくそ笑んだ。
鬼が手にした扇を振るうと、八八達が戦っていた氷の人形が現れ、消える。
「『結晶ノ御子』」
この洋館には、所々鬼の気配を断つ"区切り"がある。
八八が破壊した地下への扉もそうだ。
偶然あれが破壊されなければ、地下の鬼の存在は認知されなかった。
最上階のこの鬼も、また然り。
偶然が絡まなければ、顔を合わせるまで存在に気付くことはない。
この鬼はゲームをしていた。
先に最上階に来れば自分が相手をする。
地下に先に気付けば肥満鬼が相手をする。
戦力的には、上に行けば地獄、下に行けば天国……そういう、「上には天国があって下には地獄がある」という、人間の想像と救いを嘲笑い踏みつけにする形のものである。
全ては気まぐれ。
遊びの気分で鬼は最上階で彼らを待ち受け、洋館から撤退する八八らを見送っていた。
かの鬼の名は、上弦の弐―――『
「いやあ、面白いね。あの御子が俺の血鬼術だとバレてないといいけど、難しいかな」
『結晶ノ御子』は、童磨が得意とする反則技の一つだ。
一つ一つが、童磨と同じ威力の血鬼術を扱える。
それぞれが独立した意思で命令通りに戦闘を行う。
五つ、六つと、余裕で出していける。
自分から離れた所で戦わせることもできる。
それぞれが戦闘を記録し、情報を本体に反映する。
攻撃力だけで見れば、この男と御子だけで上弦の鬼複数人分に相当してしまう。
戦略と戦術を組み上げ、事前に奇襲や戦闘の準備を丹念に行っておけば、童磨一人で八八を除く鬼殺隊全員を殺せる可能性もある程度あるほどだ。
童磨が肥満鬼に貸す前に結晶の御子に明示していた行動ルーチンは、『生命力が強い者から優先的に攻撃せよ』。
この命令で、鬼殺隊の元気な人間から順に攻撃を仕掛けさせれば、いずれは敵も全滅させられる……と、童磨は考えていた。
その考えをひっくり返してしまったのが八八である。
八八は侍のため最も生命力が強い。
その上、何をやっても死なない。
よって全身氷漬けになっても最大の生命力を発揮する八八に、何度も再生成される御子が延々と引き付けられてしまうのである。
これのせいで御子は真っ当に稼働できず、八八を狙ってはしのぶに背後から切り倒されるというルーチンで、たやすく処理されてしまったというわけだ。
八八は存在そのものがバグ誘発機なのかもしれない。
相変わらず何から何まで何から何までおかしいなぁ、と呟きながら、洋館から去る八八の背中を童磨は見下ろす。
その顔には微笑みが浮かび、けれど瞳は冷たく、目だけが笑っていなかった。
「まさかまた会いそうになるとはね。
前は女の子の剣士を喰おうとしたのを邪魔してきて、止められたんだったかな……」
この男こそが黒幕。
血をかぶったような髪の下、綺麗に整った顔でにこにこと屈託なく笑い、人間の尊厳を踏み躙るようなことをしながら、何の罪悪感も顔に浮かべていない。
過去にあった"何らかの因縁"を語る口に浮かぶのは、愉悦。
表情に浮かぶは懐かしさと喜悦。
『こういう時、因縁の敵はそうするのがそれらしいから』という理由だけで、童磨は作り笑顔を浮かべて言葉を選ぶ。
「次に会う時は君が俺を殺す時か、俺が君を凍らせて部屋の飾り付けにするか、はてさて」
御子も童磨も同じだ。
その内心まで理解してから見ると、同じ感想しか抱かない。
何の感情もなく人を殺す―――『氷の人形』。
まともな心も感情もない童磨は、人間ではなく人形と言っても差し支えない。
人間を積極的に殺し食う、人の心を持たない、人間にとって最悪の
「どっちになるか楽しみだね」
因縁の敵を見るような目、ではなく。
その内家具にしたいと思う、家具の素材の木材を見るような目で、童磨は八八を見ていた。
夕飯にしたい肉を見るように、胡蝶しのぶを見ていた。
肥満鬼を倒した時点で洋館内の氷は消え、八八達は先に脱出していた十人の隊士達と合流、まずは仲間の安否を確認した。
「アレ? 言ってなかったかお前は物事を焦りすぎるのでお前がどう思おうが俺が決めることにするがその説明をする前に今の銀河の状況を理解するために己の師に詳しく聞く必要がありそれが少し長くなるのでお前はどうせ半分は爆発して意味なく耳が痛くなるからワクワクしかしねぇお前はやっぱりいい奴だな!」
「やめてくれませんか! 言葉の洪水をわっと浴びせるのは!」
一瞬、八八に空気と流れを全部持っていかれそうになったがなんとかこらえ、隊士達は預かっていた日輪刀――八輪刀――を八八に返却する。
「お返しします。捕まっていた人はちゃんと全員助けて、
「侍とは何事も自分で決められる者だ」
「ありがとうございました! ちゃんと自分で決めたから……後悔はしませんでした!」
「お前がどう思おうがお前が感謝するかどうかはオレが決めることにするよ」
「そこまで決めるのは正直どうかと……」
八八が隊士達と話し始めたのを見て、義勇は振り返り、月に照らされる洋館を見上げた。
「胡蝶。まだ洋館に鬼は居ると思うか? 俺は居る気がする」
「気配は感じませんでしたが……そうですね、私も居る可能性はあると思います」
「鬼を探すのはキライでね……本音を隠すのは出来ないタチだ」
「いや心眼で色々探してくださいよ」
「まだまだ心眼が足らぬ」
「前から思ってたんですがおかしくないですか?
心眼ってあるかないかでは?
心眼が足りないの逆は心眼が足りてるですか? どうなってるんです?」
「どう見ようとするかはその人による。
「ぐぅっこのっ……!」
鬼がまだいるかもしれない。
その話は八八達にとっては『それを考慮して考えるべき一要素』でしかないが、雑魚鬼相手でも命がけな一般隊士からすれば、無視できない話であった。
義勇達は万が一の可能性を口に出したつもりだったが、隊士達はうろたえてしまう。
「え!? じゃあ鬼を探して、もし居たら倒さないと―――」
「爆発して死ぬのに? 意味ないよ」
「えっ」
だがもっとうろたえさせる男が口を開いたので、隊士達の思考は一気に持っていかれた。
空から舞い降りたカラスが一羽、八八の頭の上にとまる。
「
「そうとも言えるし、そうでもないとも言えるカァー」
「あ、これ八八さんの鎹烏だ! 絶対にそう! 命賭けてもいい!」
八八の頭蓋骨がパカッと開き、カラスが落ち、閉じた頭蓋骨が口のようにカラスに噛み付いた。
「ギャァァァカァー!」
「これ見たことある! 食虫植物がハエ捕まえる時のやつだ!」
「
「『義を見てせざるは勇なきなり』……カァー」
「やり遂げたか。ならいい」
また頭蓋骨が開き、カラスがどこかへ飛んでいく。
頭蓋骨を閉じた八八は瞳を閉じて、頭の中から電波を飛ばした。
八八はサイボーグである。
彼の性能を最大限に活かせるのは、大正時代ではない。人類の宇宙開拓時代だ。
彼が頭の中から電波を飛ばしても、デジタル式の通信システムすらないこの時代では、脳内相互通信すらできない。
宇宙空間での会話機能も活かせない。
この時代において八八のこの手の機能は、電波の送信くらいにしか役立たない。
そうして、八八の電波を受け取り―――大量の爆弾が、洋館を吹っ飛ばした。
ドン、ドン、ドン、と爆発が繋がっていく。
あんぐりと口を開けたしのぶの視線の先で、洋館が崩壊していく。
夜を照らす真っ赤な火に、義勇が眩しそうに目を細める。
彼らの知らない所で、爆焔と瓦礫に童磨が飲み込まれていった。
「な……何してるんですか!?」
「鎹烏に爆弾を設置させて、拙者の煽の呼吸で着火した。煽という字には火がある……」
「煽り爆死攻撃の手段を聞いてるんじゃないですよ!
第一どう見ても今呼吸関係ない何かやって着火したでしょう!?」
地上の洋館も、地下の施設も、まとめて崩壊していく。
童磨が命じてやらせていた人間牧場の研究データと共に。
「お館様に頼まれて拙者、共に爆弾の開発に携わっていた。いくつか貰い受けた次第」
「まーた適当なこと言って! あのですね!
お館様は後方で内務やってる人です!
武器は使いもしませんし開発もしません!
そういうのは別の人がやってるんです!
お館様が作るにしてもそういう人通すから噂になります! 絶対!
秘密裏にやる理由なんて無い以上、嘘だとバレバレです! 意味もなく嘘つくなこのっ!」
「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」
「んんんんんッ!!」
思い切り叫び、叫ぶのをこらえ、息は切れ肩は上下し、しのぶは疲れ切った顔で額に手を当て、とても長い溜め息を吐いた。
「……もう夜も更けてますし、今から寝床探しましょうか」
「拙者、ゆっくり眠れる宿がいい」
「俺は飯が美味そうなところがいい」
「あーもう……」
「最近、しの八の限界を少し感じ始めました」
「胡蝶はよくやってくれた。うん」
「あーもうっ」
労るような言葉が少し気恥ずかしくて、しのぶは周りの人間に顔を見られないよう、誰よりも前に出て歩き始める。
探すは鬼殺隊協力者により運営される、隊士の拠点『藤の家』。
藤の家探しくらいは貢献しようと、張り切った名もなき十人の隊士達が、しのぶを追い越す勢いで駆け出していった。
もぞり。
もぞりと。
バラバラになった洋館の瓦礫の下から這い出る男の姿があった。
童磨である。
今の爆発で、洋館に隠れていた二体の鬼が跡形もなく吹っ飛び、されど童磨は咄嗟に氷の防御によって致命傷を避けていた。
「う、うぎぎ……」
普通、鬼を爆弾で吹っ飛ばして殺すというのは骨だ。
相当細切れにしても鬼は蘇ってしまう。
だがこの爆発は鬼を殺している?
何故か?
それは、八八が"侍だから"であった。
「……え、嘘でしょ、今の爆弾も剣技に入ってる感じ? なんで?」
不死殺しの技『候剣』。
ナマクラ刀でも鬼を殺せる、侍の秘技。
八八は持っていないが、侍は本来宇宙規模戦闘を行える大きさの機械生命体『キーホルダー』に搭乗し、ロボットアニメのような戦闘も行うものである。
その際、キーホルダーもまた、搭乗者の候剣の恩恵を受けることができる。
侍は素粒子操作能力を持つため、保持する武器に自分の技能を上乗せできるのだ。
八八は爆弾作成時、一工夫をしていた。
まず明治の終わりから大正時代にかけて普及したフライパンを購入。
玉ねぎをみじん切りにして、フライパンで炒める。
玉ねぎがきつね色になってきたら、パン粉、牛乳、にんにく、塩、砂糖、胡椒、そして事前にミンチにしておいた自分の腕の肉を混ぜる。
よく練った肉がまとまってきたら、楕円形にして少し潰し、フライパンで裏返しながら中まで火を通し、美味しそうな匂いがしてきたらデミグラスソースをかけて完成。
それを、大量の手裏剣と共に爆弾の中に入れたのである。
手間暇かけて作られた爆弾は見事に『八八の武器』に認定され、『候剣』を発動し、童磨の肉に再生不可の傷跡を残す。
奇襲ならば上弦にも通用した、と考えるべきか。
理想的な奇襲が決まっても上弦に致命傷は与えられなかった、と考えるべきか。
なんにせよ、産屋敷から頂いた高品質の爆薬と、長期間の爆弾作成期間が必要だったことを考えると、この爆弾攻撃はかなりコスパが悪そうだ。
腹に空いた穴を氷で塞いで、ふらふらと童磨は歩き出す。
童磨は怒りも悔しさもなく、感情のない微笑みを今も浮かべている。
その異常性こそが、この男の個性であった。
「ふぅ……ふぅ……傷治さないと……やっばい……」
瓦礫の合間を歩いていく。
日が昇る前に帰ろう……と、童磨が思っていたその時。
こそこそと瓦礫の合間を歩いていた童磨に向けて、大きな声が飛んで来た。
「コソコソ何をやってる!?」
「!?」
あんまりにも突然に、予想外に声が飛んで来たので、童磨は思わず瓦礫の合間に身を隠し、極限まで気配を隠す。
そっと瓦礫の陰から覗くと、そこには八八が居た。
何故か居た。
仲間達と宿探しに歩いていったはずなのに、何故か唐突に戻って来ていた。
(うわっ)
八八は童磨の存在に気付いたわけではない。
鬼が生き残っている可能性を念入りに潰しに来たのでもない。
ただ、そう。
これが侍。これが八八。鬼舞辻が異常者と呼んだ男。
ここには"コソコソ"があったのだ。
童磨のコソコソに、腐ったバナナに引き寄せられるカブトムシのように引き寄せられてきた八八を、早足でやって来たしのぶが連れ戻しに来る。
「……気のせいか」
「八八さんどうしたんですかー? 忘れ物ですかー?」
「コソコソを感じたのだが……まだまだ心眼が足りぬ」
「早く行きますよ。私達も先に行ってる冨岡さん達に追いつかないと」
引率のしのぶが八八を連れていき、ようやく童磨に安息が訪れた。
童磨はしのぶに心の中で感謝しつつ、八八に関するあれこれを一気に思い出し、愛用の扇を額に当て呟く。
「……妖怪かよ……」
深夜の厠でコソコソしてたらいつの間にか背後に立ってそうだ、と、童磨は八八に対し思う。
鬼が部屋でコソコソ布団に入ろうとした時、夜道でコソコソ歩いていた時、風呂場でコソコソ頭を洗っていた時―――その背後に、八八は居る。
童磨は、そんな気がしていた。
天国も地獄もない。
死んだら無になるだけ。
この世にはそんな妄想にすがる弱い人間だらけ。
だから騙したり食い殺したりして、救ってあげよう。
そんな考え方で生きている童磨にとって、八八は常に童磨の常識の一歩外側に居る。
扇に火を付けて燃やすと書いて煽。煽の呼吸は扇の鬼の天敵だった。