贈り物のその先に   作:灯家ぷろふぁち

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偶然にも、アトランタがガンビア・ベイと同じ方法で提督に気持ちを伝えようとしています。提督はどうにか彼女のアプローチを避けようとしますが、さて、どうなるでしょうか。


連鎖の裏側

「食べる?」

 そうアトランタが言い、自分に渡そうとしている色とりどりの紙に包まれたキャンディ。これを見た提督は自身の内側にある動揺を極力表情に出さないようにし、こう答えた。

「悪いが、受け取れん」

「……何で?」

「……その、昼に食堂でたまたま甘味を食ったばかりでな。今は甘いものは、ちょっとな……」

 提督はらしくもなく嘘を吐いてその場を逃れようとする。しかしアトランタは更に食い下がった。

「今、食べなくてもいい。貰ってくれるだけでも」

「いや、遠慮しておく。それに、こういった場でそういった物は別にいいからな?」

「……そう」

 大人しくアトランタはキャンディをしまう。にべもなく提督が断ったせいか、少しだけ明るくなったように見えた彼女の表情は当初の暗いそれへと戻っていた。

 

(不味いな、こりゃ……)

 一人になった執務室で提督は大きなため息と共に天井を眺める。今のアトランタは、ガンビア・ベイと同じ状態に陥っているとしか思えない。提督からすれば、あくまで深刻な悩みを抱え込んでいるあの二人の艦娘の話を聞き取る事で、出来れば改善を促し、それを今後の艦隊運営に活かしたいと考えているだけなのである。それが何故提督と艦娘が好きあってるだの何だのという話になるのか。もしかするとこまめに話を聞き取る事自体が彼女達に好意を抱かせるような作用を起こさせているのか。

(アトランタには悪いが、今のペースだと勘違いがひどくなるかもしれんな……)

 そう思った提督は多忙を名目にアトランタとの個別ミーティングの日時を後ろ倒しにする事にした。ある程度時間をおけば、気持ちが冷めるという事もあり得るかもしれないからだ。逃げと受け止められても仕方が無いが、この場合、他に打つ手が無い。

 そしてミーティングの日が来た。若干間隔が空いてしまったが、見た限りではアトランタが不満を覚えているようには見えない。

 対話の内容も無難であった。現状について聞いている限り、特にここの生活で苦痛を覚えているという事は無いようだ。

「なら、良い。お前が考えているように、今後は他の連中と組ませる事も検討しよう」

 そう言って提督は今日の面談の終了をアトランタに伝えた。やれやれ、無事に終わってくれたか、日時をずらしたのは正解だったな、などと考えながら席を立とうとすると、アトランタが声をかけてきた。

「提督さん」

 彼女は片手を伸ばしてくる。その手にはスナック菓子の小袋があった。

「知ってるかもだけど、これ、スナイダーズって言うの。キャンディは嫌だったみたいだから、しょっぱいやつだよ。結構量も多いし」

(おい……)

 提督は内心で苦い顔を浮かべた。彼女の気持ちは全く冷めてなどいない。それどころか、前回提督が断った理由を曲解している。

「いや、悪いが、受け取れん」

 そう言われたアトランタは不思議そうな顔をした。

「甘い物はあんまり食べたくないのかなと思って持ってきたんだけど……」

「そういう訳じゃあ、無くてだな……」

 そう言って提督はアトランタに対し、現状のミーティングの趣旨を改めて説明した。今、こうやって提督がアトランタと会話する機会を設けているのは、アトランタ自身がこの鎮守府において極力円滑に任務を遂行出来るよう、その心理的な障害を解決出来るようにと、上官の立場から手助けする事が目的だ。相談に乗ったからといって何らかの報酬を期待しているわけではないし、こちらから呼び出しておいてそんなものを提供されたら二重に気が引ける。だからこそ、そういった物は控えて欲しいと伝えた。

 アトランタのスナック菓子を受け取らなかった理由に関しては、結局この場では建前しか言えなかった。仮に本当の事を言ってしまえば、彼女に与える心理的なダメージは計り知れないものになるだろうし、そうなればわざわざミーティングの機会を設けている事自体が、無意味に終わるどころか却ってマイナスの結果を招きかねない。

「ん、そう……」

 アトランタはそう言って引き下がったが、最近明るくなりつつあった表情は再び以前の暗いものへと戻ってしまっていた。提督としても良心が痛むところであるが、安直に受け取ってしまえばシャレにならない事態になると予想されるだけに、こればかりは容認する事が出来なかったのである。

 

 そして再度アトランタとのミーティングの日が来た。流石にあれだけ言ったのであれば自制出来るようになっていて欲しいものだ。

 しかし、提督の期待はアトランタが執務室に入室した段階で半ば打ち砕かれていたといって良い。

「はあ、ギリギリ、だった、ね……」

 息を切らせながら執務室に入ってきたアトランタ。その左肩には何やら見慣れないバッグを担いでいた。おそらく、バッグの中身は、以前から自分へ渡そうとしてきた差し入れのグレードアップ版ではないか。アトランタの表情を見ても、急いで駆け込んできたという状況を見ても、その可能性が高いと思わざるを得なかった。

 あそこまで言って伝わらないのか。そう思いつつ、自分の推測が間違いであって欲しいと考えながら提督はアトランタとのミーティングを開始したのである。

 

「よし、時間だな。お前ももういいぞ」

 キリの良い所で、提督は今回のミーティングの終了を宣言した。心のどこかに焦りでもあったのか、自分でも言い方が冷たいような気がした。

「提督さん」

 それでもなお、アトランタは提督に声をかける。彼女はバッグの中からサンドイッチケースを取り出した。

「今日は忙しかったみたいだし、お昼ご飯まだ食べてないよね? 私が作ったから、一緒に食べよ?」

「…………」

 アトランタの表情からは今まで以上の期待感が見て取れた。ここまでやれば受け取ってくれるだろうと言わんばかりである。確かに正午をとうに過ぎているにも関わらず、今日の提督は執務を優先して昼食をまだ摂っていない。アトランタにとっては都合が良い事この上ないが、提督にとっては真逆だ。大体、何で自分が忙しくてまだ昼食を摂っていない事まで彼女が把握しているのか。更に言えばその状況を知ったアトランタがこれは使えると思いつき、それから昼食の用意を始めたせいで今回のミーティングに遅刻しかけたのではないかと推測するのは考え過ぎだろうか。

「……いや、俺はまだ片付けないといけない作業が残っているから別で摂る。悪いが、それは他の皆とでも食べてくれ」

 有無を言わさぬという態度で提督はアトランタに言い席を立った。またも彼女の表情は暗くなった。

 

 ガンビア・ベイは廊下の向こう側から歩いてくるアトランタの姿に気が付いた。普段から決して明るいとは言えないが、今のアトランタはガンビア・ベイから見ても明らかに落ち込んでいる。

「アトランタ、どうかした?」

「……ん、ガンビー、か……」

 伏し目がちに歩いていたアトランタがガンビア・ベイに呼び止められ、暗い眼差しを向けてきた。流石にここまで沈んだ表情をしている彼女を見るのはガンビア・ベイにとっても初めてである。

「なんだか、ずいぶん落ち込んでるみたいだけど……」

 ガンビア・ベイは少々戸惑いながら聞く。

「別に。大した事は、無いんだけどさ……」

 アトランタのこの言葉が強がりな事くらいはすぐに分かる。

「提督さん、忙しいから……これ、食べてくれなかったんだよね……」

 そう言って彼女は自分の肩にかけたバッグを顎で示す。

「うーん、食べてくれなかったのはもったいないね。せっかく作ってあげたのに……」

 そう言われたアトランタの顔には一瞬、自嘲の笑みが浮かんだ。ただ、ガンビア・ベイが同調した事で言葉が引き出されたのだろうか、アトランタは更にこうも言った。

「あの人、全然他の人から物受け取らないんだね。前もあたしがキャンディあげようとしたら、断られたし」

「キャンディを……?」

 それで思い出したかのように、ガンビア・ベイが少々首を傾げながら空中に視線を向け、呟いた。

「そういえばアドミラル、私のキャンディは受け取ってくれたけど……」

 次の瞬間、彼女の胸ぐらはアトランタによって掴まれていた。それと前後して、提督の為に作った昼食の入ったバッグは床へと落下する。

「何で? どうしてガンビーのが良くて、あたしのがダメなの?」

 険しい表情のアトランタはガンビア・ベイを睨みつけたまま言う。ガンビア・ベイの方はと言えば、あまりにも突然だったその驚きで状況が把握出来ていない。

「……何でなんだよ。あたしはキャンディ渡そうとしたら断られたよ……。それで、スナック菓子渡そうとしたんだ。でも断られた。だから今日は自分で昼飯作って食べてもらおうと思ったんだ……でも、提督さんはアッサリ断った!!」

 正気を失ったかのようなアトランタは言葉を続ける。

「なのにさあ、何であんたのキャンディ受け取っちゃえる訳!? あたしの物は何にも受け取ってくれないのに!!」

 この瞬間、ガンビア・ベイはアトランタの心情を初めて理解した。

(そっか。アトランタもアドミラルの事を……)

 直後、アトランタに対する激しい敵意が芽生える。このような事はガンビア・ベイにおいては珍しい。同時に、その目は驚きを含んだものから、まるで相手を見下すかのような冷え切ったものへと変化していた。

「八つ当たりはやめてくれない? いきなりで驚いたんですけど?」

 静かに言うガンビア・ベイ。アトランタにとって、彼女は慌ててばかりいるという印象が強い。だからこんな態度を取られるのは意外であったし、実に腹立たしい。

(余裕ぶりやがって……)

 そう言いたいのをこらえ、改めて問う。

「あたしは何で提督さんがあんたのキャンディを受け取ってくれて、あたしのを受け取ってくれないか、その理由を聞いてるんだけど?」

「ずいぶんキャンディを渡す事にこだわるのね?」

「誤魔化すんじゃねえよ!!」

 冷えた態度のガンビア・ベイに対してつい大声が出てしまう。だが、それで相手が動揺する訳でもなかった。

「誤魔化したつもりはないよ。だってさ、そのキャンディって単に差し入れのつもりで渡そうとした訳じゃないんでしょ?」

「!?」

「やっぱり」

 硬直するアトランタを見ながら、ふふ、と笑って皮肉な表情を浮かべるガンビア・ベイ。

「アドミラルは貴女の気持ちに気付いてるよ。キャンディを受け取ったらその気持ちを受け取る事になるのも知ってる。でもね……」

 そこで一息ついたガンビア・ベイは言う。

「あの人にはそういうつもりは全然無い。単に、それだけだよ」

 ガンビア・ベイを吊し上げるアトランタの手の力が弱まっていく。

「だったら、何で……」

 怒りを通り越して泣き出しそうな表情のアトランタに対してガンビア・ベイは説明を始めた。

「実を言っちゃうとね、私のを受け取ったのは、あの時のアドミラルはそういう気持ちの伝え方もあるんだって事を知らなかっただけなんだよ」

 アトランタは意外な思いに駆られた。では、提督がキャンディを受け取ったのはガンビア・ベイと気持ちが通じ合っているからでは無いという事なのか。それを肯定するようにガンビア・ベイは続ける。

「だからあの人は今、後悔してる。私ともそういうつもりは無いもの。それで、アトランタがキャンディを渡そうとしたの見て、『ああ、これガンビア・ベイと同じパターンだ』って思ったんじゃない? 最初から受け取らなければ揉めないよね? 贈り物がエスカレートしたのは流石に予想外だっただろうけど」

 そう言う彼女のとてつもなく暗い表情。それはアトランタの今の内面を鏡に映した物とも言えた。

「同じなんだよ、貴女も、私も。アドミラルはあくまで相談に乗ってあげてるだけ。私達の事、勘違いしてるって思ってる」

 とうとう、アトランタの腕から完全に力が抜け切り、ガンビア・ベイが解放される。

「そんな、勘違いなんて……」

「向こうはそう思ってないよ。私はアドミラルに『お前を勘違いさせてしまった』って謝られたもの」

 アトランタの目はこれ以上無い程大きく開かれ、その視線の先は廊下の床の上にあった。嘘だと思いたい。が、既に同様の経験をしている相手が目の前にいる時点で、それはもはや困難であった。ガンビア・ベイは床に転がったアトランタのバッグを見て、

「こういうのを用意するのはやめた方が良いと思うよ? アドミラルの事、困らせちゃうだけだから」

 とアトランタに言って彼女の横をすれ違ったが、すぐに歩みを止めて、振り返った。

「あ、最後に一つ」

 立ちすくんだままのアトランタにガンビア・ベイは語りかける。

「私はそれでもアドミラルに直接伝えたんだ。『この気持ちは勘違いじゃなくて本気なんだって分かってもらいます』って」

 途端、アトランタは振り返り、見つめてきた。真っ直ぐな眼差しでガンビア・ベイは続ける。

「本人は迷惑がってるかもだけど、これが私の気持ちだから。はっきりと口で伝えたの。『もっと良い物を贈ればきっと分かってくれる』なんて考えてる誰かさんと違って」

 その間、アトランタは終始無表情であった。

「じゃあね」

 と、片手をひらひらと振りながらガンビア・ベイは歩き去って行った。アトランタは無言のままその後ろ姿を見つめるだけだ。

 

 しばらくして、アトランタの噛み合わされた歯から、ギリッ、という音がした。


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