贈り物のその先に   作:灯家 柊(旧:灯家ぷろふぁち)

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提督をめぐって不穏な雰囲気へと陥ったガンビア・ベイとアトランタ。そんな中、アトランタは提督とのミーティングに出席するべく執務室に向かっています。


避けられなかった崩落

 今日はアトランタの個別ミーティングがある日だ。時間が近づいて来ていた為、彼女は執務室へと急いでいた。

 例え真実を知らされていたとしても、やはり提督と会って話をするのは楽しみだ。向こうが仕事の一環としてやっているのは分かっているが、それでも浮かれた気分にさせられるあたり、自分は毒されているなと内心苦笑する。

 だが、そんな気持ちも一瞬にして冷え込んだ。ちょうど執務室から出てきたガンビア・ベイとすれ違ったのである。この二人が目を合わせる事は無かった。

 アトランタは執務室に入室して着席した直後、提督に聞く。

「あたしが入る前に、ガンビーがここから出てきたけど」

 提督は別に不思議な事でも無いといった感じで答える。

「ああ、あいつもお前と同じなんだよ。ここでやってく上で色々と不安を抱え込んでいてな」

 だからガンビーはあそこまで提督さんの気持ちに詳しかったのか、この返事を聞いてアトランタは得心が行った。

「それで相談に?」

「そういう事。さっきまで話を聞いてたんだ。二人を同じ日にってのはなかなか難しいんだが、今日はまとまった時間が取れてな」

(結局、この人にとってはガンビーもあたしもひとまとめなんだ……)

 言いようのない哀しさがある。

(今日は何か持ってくるって事はしてないようだな。諦めてくれたか……)

 提督がそんな事を考えていたところ、アトランタがこう聞いてきた。

「ところで、ガンビーはどんな話をしてたの?」

「うん? その辺りもお前と似たようなもんだよ。あいつにとって苦手意識のある奴がウチの連中の中にはいるからさ」

「そうなんだ。てっきり提督さんの事、口説いてるんじゃないかと思ってたんだけど」

 アトランタの言い方には刺があった。心当たりのある提督は内心ギクリとしながらも平静を装って、聞く。

「……何でそんな話になる?」

「キャンディ、受け取ってあげたらしいじゃない?」

 思わず絶句する。本来ならアトランタが知っているような事ではない。

「変な顔。ガンビーが言ってたんだよ。あたしのキャンディを提督さんが受け取ってくれない理由もその時教えてくれた」

 ふっ、と笑いながらアトランタは言う。そして、

「提督さんは断ってるみたいだけど、ガンビーは落とすつもりでいるみたいだね……アイツ、殺してやろうかと思ったよ」

 と言いながら立ち上がり、彼の肩に両手をおいて語りかける。

「フェアなんて気取るつもりはないけどね、あたしも言わないと。提督さんはあたしのモノにする。ガンビーなんかのモノにはさせない」

 自分の目も耳も届かない所でアトランタとガンビア・ベイの間に妙なやりとりがあったらしい。その事を知った提督は苦い顔を浮かべながら、

「どっちのモノになるつもりもないんだがな……」

 とだけ言い、諭すようにこう続ける。

「あのなあ、このミーティングの趣旨は散々説明したよな? お前らに苦手な奴らがいるから、出来ればそれを解消させたくてこういう事をやってる訳でな?」

 これを聞いた後、アトランタは軽く頷き、言った。

「うん、知ったこっちゃないんだよそんなの」

 自分の発言をバッサリと切り捨てられた事で提督は二の句が継げない。もはやアトランタの意識は本来の提督の目的を完全に逸脱してしまっている。

「大体さあ、同じ事ガンビーにも言ってるんでしょ? 納得してたのかなあ? 確実にしてないよねえ? あたしもおんなじ。納得なんて出来ない」

 視線を逸らす事もなくアトランタは言うが、彼女が浮かべるその微笑みは、むしろ薄ら寒いものを感じさせた。

「提督さんがあたしと二人きりで話してくれる。この時間がいつも凄く楽しみなんだ」

 更にアトランタは言葉を続ける。その目は心持ち細められたように見えた。

「あったかい気持ちにさせてくれる。隣に寄り添ってくれる。そんな提督さんが好きって思いたくなるんだよ」

 彼女の意識をどうにか是正させたい提督は極力淡々と返答した。

「それはお前の勘違いだ。俺はこういうのは仕事としてやってる訳だからな」

「勘違いだなんて思いたくない!!」

 とうとうアトランタは叫ぶ。そうして提督の肩から手を離し、

「……目的がどうだなんて話をするつもりならもうあたしは帰らせてもらうね。あたしは提督さんと一緒にいたい。なのに、そんな変な説教なんて……」

 そう言って、提督を見下ろすアトランタの目つきは鋭い。怒りが込められているのは間違い無いだろうが、心なしか獲物を狙う猛獣のようにも提督には見えた。

「おい、じゃあ、今日のミーティングは……」

「今日はもういいよ。とりあえず気持ちだけ伝えたらそれ以外はどうでも良かったし」

 そう言ってアトランタは足早に執務室のドアに向かい、それを開けた。

 次の瞬間、彼女の視界に入ってきたのは廊下の壁を背に腕を組んでいるガンビア・ベイの姿であった。

「……何でここにいるんだよ?」

「なんか、執務室に入って行くのが気になったから。アドミラルにおかしな事言うんじゃ無いかと思ってたら案の定……」

 アトランタを不快極まりないといった表情で睨むガンビア・ベイ。そんな彼女に対して、自身の中に急激に湧き上がってきた苛立ちを吐き出すようにアトランタは言う。

「盗み聞きかよ。ヘタレってのは趣味が悪いのか?」

 それに対してガンビア・ベイは皮肉めいた含み笑いと共にこう返す。

「私が教えてあげるまでズレた事やってたネクラに言われたく無いんだけど?」

 途端、アトランタはガンビア・ベイに掴みかかった。

「てんめえっ……!! 何偉そうに!! フラれたヤツがどのツラさげてこんな事してんだ!!」

「私はフラれた訳じゃ無いっ!! 分かってもらうって伝えてるもん!! 悪い虫がいたら監視するのが当然じゃない!!」

「結局フラれてんのと同じじゃねえかっ!! 姑にでもなったつもりかよっ!! 変に嗅ぎ回ってねえでさっさと引けっ!!」

 そう二人が罵り合いながら掴み合いをしていると、別の方向から、

「お前らいい加減にしろっ!!」

 と怒声が響いた。その声に驚き、瞬間的に硬直した二人が恐る恐るその方向を見ると、執務室から出てきた提督がこれ以上ないという険しい表情で睨んでいた。その眼力には流石の二人もゾッとする。

「……何やってんだ、お前ら?」

 提督はそう聞くと沈黙し、これ以上ないだろう不機嫌さを備えた鋭い視線を二人に向け続けた。しばらくして、

「何って、その……」

 と、気まずい表情でガンビア・ベイが言ったのに続き、

「け、喧嘩……か、な……」

 と、アトランタが不安そうに言う。提督は決して険しい雰囲気を緩める事なく、聞いた。

「……原因は?」

「……………………」

 ガンビア・ベイとアトランタは黙り込んでしまう。しかし、そんな態度はもはや提督には許せないものになっていたようだ。

「原因は何だと聞いているっ!!」

 軍人らしい腹の底からの大声を怒りと共に二人に叩きつける。ビクリと体を跳ね上げたのはどちらも同じであったが、先に発言したのはガンビア・ベイであった。

「アドミラルを口説いてる変な子がいるから、注意しようと思ったら……」

「はあっ!? 思い込みで彼女ヅラしてるヤツが何ぬかしてんだよ!?」

 アトランタがガンビア・ベイの発言に思い切り反発する。今のアトランタにとって、ガンビア・ベイは大切な人を抜け駆けして奪い取ろうとしている泥棒猫だ。そんな女が原因を自分に押し付けようとしたのだから当然の反応であった。

「つまり、俺が原因なんだな!?」

 再び口論になりかけたガンビア・ベイとアトランタは提督のこの一言で冷や水を浴びせられたかのようにまたも静かになった。額に手をあてた提督は言う。

「もう、散々言ってきたと思うんだけどな。あくまで俺は仕事の一環としてお前らと話をしていたんだ。だが、途中から不味い方向へ話が進んでいってな。どうにか出来ないかと思っていたら、今日これだ」

 そう言って顔を上げた提督ははっきりと言った。

「俺は元々その手の気持ち云々に関わるつもりは無い。まだ戦力として不安定なのにこれ以上こんな事で揉めるようならお前らを前線から下げる」

「好きにすればいい」

 一瞬、不安げな表情を見せたガンビア・ベイを横目にアトランタは即答する。彼女にしてみればその程度の扱いなど些細な事だ。

「それから、しばらくはこう言った相談の時間も無しだ」

「えっ……!?」

 続いて発せられた提督の発言には流石に二人とも声を上げる。驚きを隠せないという二人の表情をよそに、

「完全に対処をミスっちまったな……。本当なら、出来る限り面倒は見てやりたかったんだが……」

 と、提督は苦渋に満ちた表情で言う。

「俺が原因なら、むしろお前らには関わらない方が良かろう。いっぺん落ち着いて自分の気持ちをきちんと見つめ直せ」

 提督は最後にそう言って再び執務室へと戻り、バタン、と音を立ててそのドアを閉めてしまった。その際にちらりと見えた彼の表情は、これまでの二人が見た事も無い程暗いものであった。

 好意的に見れば、提督は二人の為に冷却期間を用意したと見る事も出来るだろう。確かに、この手のものは熱病に例えられる事もあるし、直ぐに治ると説明される事もある。だが、一過性の疾病だって拗らせれば慢性化する事だってあるし、彼女達が既にその状態に陥っていないと断言出来る理由などその実どこにも無い。

(見つめ直す? 分かり切っているものを何で見つめ直すの……?)

 その場に残された二人にはそんな疑問しか思い浮かばなかった。

 

 

 アトランタは自分に充てがわれた寮の自室の片隅でうずくまっていた。室内灯のスイッチはろくに入っておらず、薄暗い。

(何でだよ……そんなに怒らなくてもいいだろ……)

 彼女はそう心の中で呟く。この時点で、アトランタ、そしてガンビア・ベイには提督から書面による無期限待機の指示が下って既に数日が経つ。二人が喧嘩をして鎮守府内に余計な混乱を招いた、というのがその理由だ。

 この鎮守府では艦娘に割り当てられる寮の部屋は一人当たり一室が原則だ。部屋はそれなりに広く、生活に必要な設備は室内に一通り揃っているから待遇としては十二分であろう。が、身の回りの空間がどうあってもアトランタの心は空虚そのものであった。部屋の広さこそが彼女の虚しさを助長しているとも言えた。

「提督さんに会えなきゃ、意味が無い……」

 そう呟いたアトランタは一瞬沈黙した後、気がついたように顔を上げた。微笑みが浮かんでいたが、状況に似合わないだけにその表情が与える印象は不気味さが先に立つ。

(別にアポイントメントを取らなきゃ会っちゃいけないなんてえ、そんな事は無いもんねえ……)

 そう思いついたアトランタは立ち上がり、外出の為の準備をし始めた。

 

 この日の執務を終えた提督は自室に戻る最中であったが、気分は全く晴れない。目下、一番の気がかりはアトランタとガンビア・ベイの処遇についてであった。

(あいつらがあそこまで酷くなるとはな……)

 与えられた職務から自分が何者なのかを突き詰めて考えるに、極論を言ってしまえば艦娘に必要な指示を出すだけの存在という事になる。にも関わらず、そんな自分を巡って艦娘が衝突をしてしまっている訳で、当初目標としていた鎮守府の円滑な運用からはかえって離れつつある。それも、自分が行動を起こしたせいでそうなってしまっているのだからなおさら悩みは深くならざるを得ない。

 一旦、突き放して反省を促すという目的で二人には自宅待機を命じた。が、この処置にしたって、最善と言えるかどうかと問われればやはり疑問が残る。

(関わったら関わったで結局揉めるだろうし、かと言って何もしないのも、なあ……)

 提督はため息をつく。

 この鎮守府は一般の艦娘の寮とは別に、司令官クラスやそれに近い立場の者達が住む為の施設が同じ敷地内の別の場所に設けられている。提督の自室もまたそちらにあり、沈んだ気持ちのままそこに向かう。

 と、自室の近くまで来た提督は不審げな表情をした。

 何故か武装状態のアトランタがいたのである。

「どうした? お前には待機を命じていたはずだが」

 何で場違いな事なんかやっているんだという思いとともにそう質問する。すると、アトランタはこう答えた。

「うん、そうなんだけどね。提督さんの事をコソコソと嗅ぎ回るネズミがいるみたいだから」

 薄ら笑いを浮かべて提督に見せたのは撃墜された偵察機。よくよく見ると塗装のパターンからガンビア・ベイのものであると提督にも分かった。

「あたし、撃ち落とすのは得意だからさ」

 自慢げに言うアトランタに向かって、もはや提督は何かを言い返す気にもなれなかった。弾薬を使ったのなら報告書を出させるべきだが、あまりにもイレギュラーなケースだし、ならばどうさせたら良いのかなど考えるのも億劫になってしまっていた。

 

「堕とされた……」

 ガンビア・ベイはそう呟く。

 彼女は偵察機を飛ばして提督の行動を監視するようになっていた。本来なら交戦や敵への警戒・監視に用いる物であって、それ以外での使用は事故のリスクや運用時の消耗等を考えれば褒められたものではない。むしろ出撃を止められているからこそ、こういった使い方もそれらを考慮する必要無く出来るようになる訳で、そういった意味では提督の措置は悪手であると言えた。

 防空を主目的とする艦娘であるから、その側面から見れば、アトランタはガンビア・ベイとは相性が悪い相手である。

「でも、結構撮れてる」

 ガンビア・ベイは偵察機が撮影し、無線で送信してきた提督の画像データをPCに取り込んでチェックしていた。マウスを操作してあるフォルダを開く。そこにはこれまで彼女が自分の偵察機を利用して盗撮した提督の写真がずらりと並んでいた。

「えへへ、結構揃ってきたな。アドミラルが一杯だあ……」

 そう呟くガンビア・ベイの表情は暗かった。これまでのような撮影ペースは望めまい。彼女の行動に気付いたアトランタが、今後は提督の撮影を試みる機体を撃墜するようになるであろうからだ。

「大体、こんなの集めた所で……」

 ガンビア・ベイは呟き、苦しそうに俯いてしまった。彼女が欲しいのは提督本人であって、いくら画像を集めてもそれらは所詮ダミーだ。とても空虚さを埋める事など出来る訳ではないが、だからと言って今の行動を止められる訳でもなかった。

「好きなのに……アドミラルの事、本気、なのに……!」

 

 薄暗いガンビア・ベイの私室に、いつまでも彼女の嗚咽が響き渡っていた。

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